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30 王女奪還 ①

案の定長くなったので、分割して前倒し投稿です。




 誘拐されたエレーナを追って、私は小さな横穴の中を進んでいく。

 あのメイドが情報を流していたとしても、事前にこれだけの穴を掘る時間があるはずもなく、おそらくは土魔法の使い手が誘拐犯にいるのだと推測する。


 セラの仲間たちが見張っていても、地下までは調べられなかったか……。

 そもそも人手不足だから私のような子供まで使っている。今回エレーナの側にいたセラの仲間は対応してくれた侍女一人だけだが、彼女も隠密や探知に長けているわけではなく、肉盾となるために戦士の技能をいくつか持っているだけだと聞いていた。

 組織の全員がセラのような高い斥候技能を持っているはずもなく、大部分はおそらく情報を収集する間諜のような者なのだろう。だからセラは私のような得体の知れない子供に技術を仕込もうとしたんだ。


 外にいる上級執事に連絡が取れても、追いつくまでに十数分はかかるだろう。それまでにエレーナを発見して、私一人で足止めをする必要がある。

 こんな、子供か細身の女性なら通れるほどの微妙な場所を、子供一人を抱えて移動したのなら、相手は斥候(スカウト)職か盗賊(シーフ)系、もしくは……

「……暗殺者(アサシン)か」

 魔術を使う暗殺者なんて私が想定する最悪の相手だ。それでも追わないといけない。でもそれは請け負った仕事だからじゃない。


 住宅三軒分の地下を進むと唐突に縦穴に変化した。私は隠密を使いながら身体強化をかけて土肌に指をかけながらスルスルと穴を昇り、気配を探りながら穴の外を窺うと、一人の小汚い男がバタバタと逃げ出す準備をしているのが見えた。

 単独犯ではなく仲間がいたか。もしかしたらただの物漁りという可能性もあるけど、私はすでに攻撃することを決めていた。


「……【触診(フィール)】……」


 私が口の中で唱えると、男は驚いたように入り口のほうを振り返り、その瞬間飛び出した私は、袖口に隠していた2本のナイフを投げ放つ。

「ぎゃっ!?」

 背中に2本のナイフを受け体勢を崩した男の足に蹴りを入れて転がすと、うつ伏せになった男の背を蹴るように片膝をついて、黒いナイフを首元に突きつけた。

「逃げた女と子供はどこだ?」

「……な、なんだよ、お前っ! 俺は何も…ぎゃあっ」

 とぼけようとした男の首から背中までナイフで切り裂き、再びナイフを首に当てる。

「時間がないから、【回復(ヒール)】で治るような拷問はしない」

 威圧しながら首にナイフを滑らすと、男の顔が一瞬で青くなった。

「お、俺は、金もらって見張ってただけなんだよっ! 勘弁してくれっ!」

「そんなことは聞いていない」

「ぎゃあああっ!」

 今度はナイフを背中に刺して抉ると、痛みに耐えかねた男が喋り出す。

「あの女は、子供を抱えて右……いや、左の方へ行ったっ! そこに馬車があるっ!」

 その滑らかすぎる物言いに途中でさらにナイフで抉ると、本気だと悟った男が慌てて言葉を変えた。

「他に仲間は? 嘘だったら戻ってきて殺す」

「ほ、他にはいねぇっ! 街の外にいけば仲間がいるってっ! 嘘じゃねぇ!」

「わかった」

 ゴッ!

「がっ…」

 身体強化した両手でナイフの柄を頭に打ち、男の意識を落とす。

 これ以上は聞いても無駄だと判断する。それに生かしておけば、追いついてきたセラの仲間がまた情報を聞き出して追ってきてくれるだろう。


 投げたナイフを回収して外に出ると人気のない細い裏路地だった。

 男は左に行ったと言っていたが、最初は右と言っていた。念の為に顔を地面にギリギリ寄せるようにして瞳を身体強化すると、確かに右の方に足跡が残っていたが、左手のほうに足跡を消したようなわずかな痕跡が見つかり、私はその方角へ駆け出した。


 実戦では初めてだったけど【触診(フィール)】の発動は確認できた。

 これは私が【闇魔法】で構成した、“闇魔術”の呪文で位置を指定し、“闇魔法”で効果だけを与える魔術と魔法の併用幻惑魔法だ。

 その効果は、対象となる生物の『任意の場所』に『触れられる』感覚だけを与える単純な効果しかなく、実際に触れてもいないので木の葉一枚動かせないけど、構成を出来る限り削った結果、魔力消費はたった5で抑えられた。

 魔術なら呪文を唱えるだけで発動できるが、魔法は脳内で構成を組み立てなければいけないので、とっさに使うのはまだ難しい。でもこんな場面なら有効に使えるし、消費も低いので慣れれば使える場面は多いだろう。


「……こっちか」

 偶に足跡を確認しながら追跡を続ける。足跡は一つ。上手く足跡を残さないように歩いているけど、微かに“荷物”を抱え直すような擦れた足跡が残っていた。

 担いだエレーナが重かったのか、エレーナに意識があり暴れているのか分からないけど、性別が女であることを考慮しても、それほど筋力は高くないと感じた。


 敵を暗殺者だと仮定したが、どうしてそいつはエレーナを殺さなかったのか?

 セラは敵の姿を、敵対する派閥から送られてきた者だと予想した。それが正しいのなら、誘拐犯の目的はエレーナを生きたまま連れ帰り、利用することだろう。

 だとするなら、暗殺者である必要はない。筋力の低さから考えて相手は戦闘がメインではない、盗賊系の斥候ではないだろうか?

 ならば命までは取られない。そう仮定してもいいが、いざとなったらいつでも殺せるだろうと考え、甘い考えは止めておく。


 こちらの勝利目標は、第一がエレーナの命で、その次が彼女の奪還となり、敵を倒すことが目的じゃない。

 敵の正体を知りたいところだけど、それは私の仕事ではなく、その辺りの優先順位を間違えると大変なことになる。

 戦闘系ではない斥候でも、おそらく敵はホブゴブリン以上の強敵になるだろう。私はどうしてそんな危険を冒してまで一人で追うのか……と自問する。

 仕事だからじゃない。私は、……エレーナに死んでほしくないだけだ。


 優先順位を頭に叩き込み、裏路地を駈けていると少し開けた場所に、個人の行商人が使うような馬車が見えた。

「見つけた」

 外には細身の影が一人、そして馬車の中から金色の髪が見えたのを確認した私は、走りながらスカートを翻し、脚に括り付けた数本のナイフを引き抜いた。


   ***


 エレーナが物心ついたときには母による英才教育が始まっていた。

 母としての温もりを感じたこともなく、幼いエレーナはその温もりだけを求めて厳しい教育を受け続けた。

 その結果、四つの魔術属性と大人顔負けの知性を得るに至ったが、その代償としてわずか四歳で会得した属性と強い魔力は幼い身体を蝕み、同年代の子供と走り回れるような身体ではなくなった。

 貴族の間でもあまり知られてはいないが、多くの属性を得ると、強い力を得る代わりに術者の寿命を代償とする。

 エレーナの場合は、大人の身体になるまで成長できれば、子を為すことは難しくても普通に生きることはできるだろう。だがそれは、王位を得るには致命的であり、母の興味は急速にエレーナから離れていった。


 母の温もりを得ることもなく、丈夫な身体さえ失ったエレーナを支えたのは、正妃が産んだ王太子である兄であった。

 穏やかで人の痛みを感じることのできる優しい兄。エレーナは彼を慕い、兄しか頼れる者がいないのだと思えるほど執着した。……ようにエレーナは見せかけた(・・・・・)


 自分が母のいいなりになったままでは、国はいつか国王派と貴族派に別れて二分する。兄である王太子の優しさには救われた部分もあり、個人的に兄妹としての好意は持っているが、兄の“優しさ”は二分された国を纏めるほどの“強さ”ではなかった。

 あのままのエレーナでは、貴族派の言葉を退けることはできなかっただろう。だからこそ、『執着』を演じてまで、国王派であると内外に示す必要があった。

 この事実を知るのは、現状では父である国王と前国王と皇太后である祖父母、そして乳母を含めたわずかな側近のみである。

 もし王太子が次代の王として“弱い”と判断されたとき、王太子の子が成人するまでの“教育”と、王代理としての“女王”の役目を果たすため、母である第二王妃に知られることなくエレーナの王教育は続けられていた。

 正妃の子から王の座を奪うべく教育した第二王妃の成果は、母を裏切ってまで国の安寧を考える“知性”をエレーナに与えてしまったのだ。


 今回のダンドールへの療養も、いきすぎたエレーナの頭を冷やすことではなく、わずか七歳で王家のバランスを調整しているエレーナを気遣った父から勧められた、療養ではなく『休養』だったのだ。


 その休養の地にダンドールを選んだのは、従姉妹であるクララがいたからだ。

 クララは三歳から六歳までの三年間を王都で暮らしており、その間、エレーナの遊び相手として週に三日は登城していた。

 他の子供のように媚びを売るでも乱暴でもなく、ダンドールの姫としての気品を持つ一つ年上のクララを、エレーナは本当の姉のように慕っていた。

 だからこそ、彼女の癒しを求めてこの地まで訪れたのだが、二年ぶりに会ったクララは少し様子が違っていた。


 微かな“違和感”と言えばいいのだろうか。

 穏やかな気質はそのままに、エレーナさえも知らない知識まで持っていたクララに、最初はようやく話が合いそうな相手ができて喜んでいたエレーナだったが、会話をしているうちに“別人”と話しているような錯覚を覚えた。

 エレーナを見る瞳が、以前のような純粋な好意から警戒するような視線に変わっていた。クララに“何か”があった。それを彼女は隠している。

 それを見極めるために、――正直に言えば以前のような関係に戻りたくて、クララがエレーナを見たように警戒の色を見せた人物らしきメイドを強引に引き抜いた。

 別に違っていてもよかった。そのピンクブロンドの髪は先々代王妃の肖像画に描かれていた髪の色と同じで、今よりももっと幼かった頃は、金の髪よりも桃色の髪のほうが良かったと密かに憧れていた色だった。


 その桃色髪の少女の名はアリア。年齢は聞いていないが平民なら10歳前後で、魔力で成長している今のエレーナと見た目はさほど変わらない。

 印象的だったのはその瞳……美しく華やかな人間を見慣れているエレーナから見ても可愛らしい顔立ちをしているのに、その翡翠色の瞳は、何かに立ち向かうような強い力をたたえていた。

 その中身も普通に考える子供とは違っていた。子供とは思えないほど冷静で冷淡でありながら、細やかに人を見ていて、エレーナが何か欲しいときはすぐに気づいて近づいてくれた。

 共感……というのだろうか。孤高とも言えるアリアの在り方は、エレーナに自分がけして“独り”ではないと感じさせる安堵感を与えてくれた。

 一度だけ他のメイドが物を落としたとき、一瞬でエレーナを庇うように身構えていたので、もしかしたらアリアは、噂に聞く暗部の“戦闘メイド”なのかもしれないと思うようになった。


 そしてクララのことだが、彼女が気にしていたのはどうやらアリアで正解だったようだが、クララの反応を確かめる前に、その髪の色にトラウマでもあるのか、クララのほうから距離を置かれてしまった。

 それならそれで構わない。今はクララのことよりアリアと一緒にいるほうが刺激的で心が生き返るような気がした。

 だから久しぶりに自分から買い物に行こうという気分になった。だけどそれは油断でしかなかった。


 国王派になったはずのエレーナはいまだに貴族派の希望であると同時に、自分が生きているかぎり、新たな貴族派を纏める象徴を立てたい貴族家にとっては邪魔な存在でしかなかったのだ。

 薬物を使われたのか一瞬で身体の自由が奪われ、一緒にいた侍女も倒れて動かなくなった。犯人は採寸するはずの店員だった。その女は自由の利かなくなったエレーナを担ぐと、家具をどかした床の穴から、あっさりと外に連れ出した。

 どこからエレーナが立ち寄る場所の情報が漏れたのか? 貴族派の使用人は雇っていないはずだが、連れ去られる途中で見たそのメイドが裏切ったのだろう。

 その顔は忘れないと目が合ったメイドを睨みながら、エレーナは心臓の魔石から光の魔素を生成し、全身に満たすことで毒物の中和を試みた。


「あら、もう動けるようなったの? さすがに優秀ね」

「……殺さないの?」

 いくらか毒を中和できたが、まだ身体は動かない。エレーナはこの歳で光魔術を2レベルまで使えるが、それでも何の毒か分からなければ【解毒(トリート)】でも完全に除去することはできなかった。

 少しでも動けるのがバレているのなら黙っているより情報収集したほうがいい。

「依頼主の希望で殺しはしないわ。そもそも殺すような依頼なら、ギルド経由でも受けなかったけどね」

 意外とお喋りな女店員は、真っ赤な唇でニコリと笑いながら、ウインクまでして見せた。殺しをしない。ギルド経由の仕事をする人間なら、冒険者か……


「……盗賊(シーフ)?」

「その通り。私たちは国や領主に尻尾を振る飼い犬になった斥候(スカウト)でも、殺すことしか出来ない野蛮な暗殺者(アサシン)とも違う、技術を芸術の域まで極めた誇り高き盗賊(シーフ)さまよ」


 盗賊ギルドに貴族の誰かが依頼したと言うことだ。魔物と戦う冒険者の斥候(スカウト)とも、対人戦を極めた暗殺者(アサシン)とも違う、侵入と盗みを極めた盗賊(シーフ)ならば、誘拐任務には打ってつけだろう。


「賢くて可愛い女の子とお話しするのは愉しいけど、街を出るまでは大人しくしてね。今から追加の毒をあげるけど暴れてもいいのよ? すごく痛くしてあげるから」

「……くっ」

 あの手際を見るに暴れても無駄だろう。けれど、このままどこかの貴族の手に渡っても、おそらく何かしらの署名を強要され、情報を搾り取られたあげくに始末されるのがオチだった。

 舌が微妙に痺れて魔術が発動するか分からない。何も出来ないが、それでもエレーナが女盗賊を睨み付けると、それを見て嬉しそうする女の手がエレーナに触れる寸前、

 カンッ!

「「っ!」」

 二人の間をすり抜けるように1本のナイフが馬車に突き刺さった。

 エレーナと女盗賊の目が一斉に飛来した方角へ向けられ、エレーナの碧い瞳に黒いメイド服を着た、桃色髪の少女の姿が映る。


「……アリアっ!!」



戦闘まで辿り着きませんでした。

次回、王女奪還 その②


次は一日空けて 木曜更新予定です。


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