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24 ホブゴブリン戦――後編

後編です。




(良し…)

 うざかった手の痺れもほぼなくなり、指を確認するように動かしながらホブゴブリンを考察する。

 ホブゴブリンは隠密している私を見つけた。なので【暗視】か【探知】のスキルを持っていると思われるが……でも木の上にいた私に気づかなかったので、おそらくは前者かな。

 返り血の匂いという可能性もあるけど、ホブゴブリンも血塗れなのでその可能性は薄いと考える。……でもそうなると、暗視持ちの場合は、隠密レベル1の私だと存在がバレていればさすがに見つかってしまうのか。


【ホブゴブリン】

【魔力値:54/68】【体力値:197/340】

【総合戦闘力:96(身体強化中:111)】5down


 首の傷は人間なら致命傷なのに、出血がもう止まっている。だけどかなりの深手なので体力値は半減し、左目が潰れたせいで総合戦闘力が下がったままになっている。

 それでも戦闘力は私の倍以上ある。普通なら真正面から戦って勝てる相手ではないのだけど、強い相手が手負いで片目に慣れていないという好機はもうないだろう。

「………ふぅ」

 ゆっくり息を吸いわずかな怯えを払うように息を吐く。

 コイツとはここで決着をつける。逃げたほうが賢く、正しい選択だと理解しているけど……お前は私の“糧”となれ。


 コイツの武器は…手斧? 木こりが使うような斧だが、大柄なホブゴブリンが持つと手斧にしか見えない。

 ホブゴブリンはランク2の魔物なので所有スキルは【斧戦】レベル2だと仮定する。高ランクなら種族的に【威圧】を持っている魔物もいるけど、あれだけ騒いで威圧されないのなら本当にないのだろう。

 他のスキルがあるとしたら防御と体術くらいだろうか。属性魔術を使えるゴブリン種もいるらしいけど、もし魔術を使えるのならもう少し戦闘力は高いはずだ。

 暗視持ちらしいが慣れない隻眼で斧や石を投げてくることはないだろう。逆に投げてくれれば私が攻撃する隙にもなる。とりあえず、魔術や遠隔攻撃の警戒は小レベルとして“有る”としておこう。


『グガァ…ッ!』

 焦れたホブゴブリンが、私を警戒しながらも錆びた手斧を右手に構えてジリジリと近づき、私も黒いナイフを構えながら、コイツの潰れた左目の死角に回るようにして右手に移動する。

 もう隠密に意識を割く必要はない。ほとんど差はない気はしても、やっぱり隠密状態を維持しようとすれば、そちらに気を取られて運動能力がわずかにだが低下する。……生き残れたら修行しよう。


 足運びに注意して身体強化を全力で使いながら、私はカストロがやったように予備動作も見せずに死角からナイフを投擲した。

『グガッ!』

 何か投げられたと気づいたホブゴブリンが、とっさに左腕でナイフを受ける。

 コイツは山賊長と違って思い切りがいい。元から油断できる相手ではないけど、私はコイツへの警戒を一段階引き上げた。


『ガァアアッ!!』

 勢いよく踏み込んできたホブゴブリンが手斧を振り下ろし、私はそれを飛び避けるように右側の死角に避ける。

 本当だったら、そこで体勢を崩した私はそのまま斬り殺されてるのだろうが、まだ隻眼に慣れていないホブゴブリンは死角に逃げた私を追い切れない。

『ガアッ!』

 それでも見えない死角にデタラメに斧を振ってくる。

 一撃でも受けたら死が見える。私は怯えそうになる心をさらに奥へと沈め、冷静に死角へと回り込むように躱し続けた。


 コイツが隻眼に慣れる前に決着をつける必要がある。でも、私がコイツを倒せるとしたら【戦技】に頼るしかない。

 それで一撃で倒すことができなければ、軽い反撃をされただけでも、戦技を使った後で踏み込んでしまった私は容易く致命傷を受けてしまうだろう。

 残った片目を潰せれば勝機も見えてくるのだが、さすがにそれはホブゴブリンも警戒しているのか、狙ったナイフは確実に弾かれた。

 何か手はないのか……

(いや……一つあるか)

 ただし、これに失敗したら私はさらに窮地に追い込まれる。けれど、無謀に突っ込むよりもマシだと判断した。


『グガアアアアアアアアアッ!!』

 背後の森の暗闇に後ろ向きのまま逃げようとした私を、ホブゴブリンは確実に私の姿を確認して追いかけてきた。

 私の策は、コイツに【暗視】スキルを使わせること。

 私の『色』を視る暗視と違って、通常の暗視は、大気に満ちる魔素が風や生物が動くことによって起こる魔素の『反射』を、魔力で瞳を『身体強化』して視力を強化することで『視る』スキルだ。

 おそらく“視る”というよりも、私の『色』と同じように、視覚から取り込んだ情報を脳内で『映像化』しているのだと推測する。

 人族が【暗視】を1レベルしか会得できないのは、亜人や魔物に比べて基礎感知能力が低いからだとヴィーロに教わった。

 魔物であるコイツは、普段から暗視を使うことを慣れているのだろう。だからこそ、私の“策”が有効になる。


 予定通り暗視が必要な暗い森の中に入り、即座に隠密を使いながら私は“魔術”に集中する。


「――『トーン・プレ』――」


 闇魔術【幻聴(ノイズ)】の中に見つけた『その場所に』という単語を使う。

 後はイメージと魔力制御……そして魔素の『色』を見る私の感覚に頼るしかない。

 周囲に満ちる闇の魔素だけを取り込み、自分の魔素を闇色に染める。その魔力を魔力制御で放出して指定した場所に放つと、一気に魔力が減って足下がふらついた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 追いついてきたホブゴブリンが叫びを上げて突っ込んでくると、暗視で見つけた私に鋭く斧を叩きつけた。

 レベル2の【斧戦】スキル持ち。まともに食らえば子供の私なら一撃で引き裂いてしまうだろう。でもね――

 ガツッ!

『ガッ……!?』

 真横から不意に刃を突き立てられ、攻撃を受けたホブゴブリンが混乱したように腕を振り回して、真横にいた私を吹き飛ばした。


「………、」

 吹き飛ばされた私は痛みに耐えながら立ち上がり、切れた口の中に溜まった血を地面に吐き捨てる。

 その間、ホブゴブリンは私を襲ってこなかった。ううん、コイツは私を襲うことができなかった。

 ホブゴブリンの顔……その残った右目に深々と鉄串が突き刺ささり、コイツから完全に視力を奪っていたのだから。


 お前が斬った『私』は、闇の魔素で作った私の『人型』だ。明るい場所ならバレてしまうけど、【暗視】に慣れた者ほど初見で騙されてしまう。

 闇の魔素は粒子であり無形である。故に魔力とイメージ次第で大抵のことは可能になる……と仮説を立てたのだけど、上手くいって良かった。

 ただ、これは【魔術】であり【魔法】でもあるので、私の残った魔力を限界一歩手前まで消費してしまった。

 少しだけ魔力枯渇に近い飢餓感を感じて、顔に飛んだホブゴブリンの返り血を舌で舐めると、血の臭いでわずかに気が高ぶる。


「さて……」


『グガァ……』

 私が呟くと、声を聴き止めたホブゴブリンがビクリと身体を震わせ、追い詰められた獣のように唸り声をあげた。

 もう私に戦技や身体強化を使える魔力は残っていない。お前を一撃で倒す力は私にはない。でもお前は、目が見えないだけでまだ戦う力は残っているのでしょ?

 生きるために最後まで足掻け。

 私も最後まで……お前が死ぬまで(・・・・・・・)付きあってあげるから。


   ***


「ミーナっ!!」

「……あっ、セラさんっ!」

 セラが闇の中でミーナを見つけると、彼女は安堵したようにへたり込んだ。


 屋敷でセラがカストロを問い糾すと、あの子供は領境の森に見張りとして放置したらしい。

 カストロはスラムの出身で、過去に自分が犯してしまった罪の重圧により、同じスラム出身者を嫌悪していた。

 彼の過去に何があったのか知らないが、そのせいかカストロは仲間を裏切る者を嫌悪し許すことはない。

 そんな彼だからこそ信用できていた面もあるのだが、まさか幼い子供にまで当たるほど、こじらせて(・・・・・)いるとは思ってもいなかった。

 しかも配置したのが、ゴブリンが流れてくる可能性がある森である。

 そんな場所に浮世離れしたミーナが子供に食事を持っていこうと考え、下手をすれば二人の犠牲者が出ると知ったカストロもさすがに顔を青くした。

 そこで二人を急いで確保するべく、取り急ぎセラとカストロの暗部の騎士二人で捜索に向かうことになった。


「落ち着きなさい、ミーナ、何がありました?」

「そ、それが……森から複数の魔物の叫び声が何度も聞こえて、私…怖くて逃げ出して、でも子供がいるから……でも……」

 その証言に、本当にゴブリンが出たのかとセラとカストロが視線を合わせる。

「わかりました。カストロ、彼女を送ってからヴィーロを連れて戻ってきなさい。私はその子供を捜します」

「……かしこまりました」


 ミーナをカストロに任せて、セラは闇に溶け込むように駈けながら、袖口に隠していた細いナイフを両手に構える。

 ヴィーロが連れてきた子供ならゴブリンの一匹程度倒せるかもしれない。けれど自分に驕った若者は、勝てない数の敵に手を出して返り討ちにあうことも多かった。

 勝てない数なら逃げればいい。けれど……逃げられない状況だったらどうなるのだろうか?

 ミーナは複数の魔物の声を聴いた。ならばかなり近くにいたはずで、叫び声なら戦闘中の可能性もある。戦っている相手は誰か? それはヴィーロが連れてきた子供の可能性が高かった。

 それほど近くにいたミーナが逃げられたのは何故か? そしてその子供が逃げなかった理由は何か?

(まさか……)

 カストロは子供の外見からスラムの人間だと言っていた。スラムで生きてきたような子供が……いや、暗部の一族として幼い頃より鍛えていたセラや彼女の息子でも、誰かを救うために勝てない相手に挑むことは簡単ではない。

 もしそうなら、その子供はもう生きていないかもしれない。

 最悪の場合は、その子を連れてきたヴィーロに子供の死体を見せることになると、セラは気が重くなった。


 森の中で血の臭いを嗅ぎつけ、音もなく駈けていたセラが方向を変える。

 その血の跡はすぐに見つかった。だがそこには一体のゴブリンの死体があるだけで、複数いるという他の魔物も、子供の姿も見つけられなかった。

 セラは4レベルの【探知】スキルを駆使して血の跡を追う。そして森の向こうの暗闇に何かを見つけて――

(……何かいる)

 闇の向こうから放たれる鋭い殺気に思わず足を止めた。

 こんな殺気はゴブリンが出せるような殺気じゃない。少なくともランク2……下手をするとランク3相当の魔物がいる。

 ランク3以上の魔物を相手にするには少し装備が足りないが、それでもセラは臆することなくナイフを構え、そちらに足を踏み出した。

「……これは」

 そこにあったのは事切れて地に伏す三体のゴブリン。そしてあきらかにホブゴブリンと思われる魔物の死体は、その激しい戦闘を物語るように全身に無数の傷がつけられていた。

 そして……そのゴブリンとホブゴブリンらしき死体を前に、氷のような殺気を放つ血塗れの子供が、ナイフを構えたまま手負いの獣のように佇んでいた。



サツバツッ!

ギリギリの戦闘でしたがいかがだったでしょうか?

普通の物語だったらゴブリンは雑魚なのですが、一般人からすると脅威になります。


次回、勧誘。

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