20 旅の目的地
第一章のラストです。
この地域で一番の大都市、トーラス伯爵領の街に着いて二日が経った。
この街で何かする予定はないのだけど、どうやら私はかなり疲労が溜まっていたらしく、到着早々熱を出して丸一日眠っていたらしい。
子供の身体で旅をして、徹夜で戦闘とかしたのだからある意味当然かも……。
それから体力が回復して熱が下がってから鑑定水晶を使ってみると、少しだけステータスが変わっていた。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク1】
【魔力値:47/77】7Up【体力値:52/55】3Up
【筋力:4(4.4)】【耐久:5(5.5)】【敏捷:7(7.7)】【器用:6】
【短剣術Lv.1】【体術Lv.1】
【光魔術Lv.1】【無属性魔法Lv.1】
【生活魔法×6】【魔力制御Lv.1】【威圧Lv.1】
【隠密Lv.1】【暗視Lv.1】【探知Lv.1】
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:39(身体強化中:41)】3Up
ようやく【鑑定スキル】を覚えたみたい。その結果、修行の影響もあり魔力も増えたみたいで、戦闘力が若干上がっている。
ただ一つだけ誤算だったのは、今までの水晶を使っていた鑑定と違い、スキルとしての【鑑定】は、魔力を5ほど消費した。起きたばかりで魔力が減っているのはそういう理由がある。
それは気をつけていれば気にするほどでもないけど、起きてみると身体が身綺麗になって、着ていた服が平民の女児が着るような薄い寝間着に替わっていた。
「…………」
部屋にある銅板の鏡に、まるで街に住む普通の女の子のような私が映る。……でも、やっぱり目付きは悪い。
はじめて使うような柔らかいベッドに清潔なシーツ。どうやらこの宿は、高ランクの冒険者であるヴィーロが泊まるようなそこそこのランクの宿屋らしい。
ヴィーロは私の世話を女給に金を払って頼んでいたようで、目を覚ました私のところへ女給が現れて、彼女の弟が昔使っていたというまともな古着を貰った。
今まで着ていた貫頭衣はかなりボロになって、洗濯すると破けてしまったそうだ。
彼女から『服をダメにして、お父さんにごめんなさいと言っといてね』と伝言されたけど、もしかしてヴィーロと親子設定になっているの?
丸一日の絶食で空腹を覚えた私が、一階の食堂で野菜スープとパンという久々に『まともな人間の食事』を味わっていると、外から戻ってきたらしいヴィーロが私を見つけて、女給に煮出し茶を頼みながら私がいるテーブルの向かいに座る。
「おう、もういいのか?」
「おはよう、オトーサン」
「……俺はまだ三十五だと言っただろう」
だから私のお父さんより年上だ。
「体調が戻ったのならすぐに出るぞ。行けるか?」
「問題ない」
多少は怠いが動くのには問題ない。
ヴィーロの表情と口調から察するに、これも私を依頼主に紹介して仕事を任せられるかの試験も兼ねているのだろう。
「それにしても……目立つな」
「ん?」
残りのパンを胃に詰め込んでいると、ヴィーロが私のピンクブロンドの髪を指さしていた。
ああ、なるほど……。今まで灰をまぶして光沢を抑えていたけど、行水ではなく久々にお風呂に入ったせいか、以前よりも光沢が増している気がする。
「かまどの灰でも貰えるかな?」
「ああ、後で頼んでみるか。だけどな……その髪の艶は魔力の増えた影響だと思うぞ。そのうち灰程度じゃ誤魔化せなくなるかもな」
「……そっか」
髪に灰をまぶしていたのは危険に巻き込まれないように目立たないためだ。
今の状態なら、ヴィーロがいるので身の危険はそれほどない。でも将来的に独り立ちするのなら灰に代わる何かを探さないといけなくなる。
「それならコイツで勉強しておけ。お前に属性があるのなら、将来的に“幻惑”で誤魔化せるかもしれんぞ」
少し考え込んだ私を揶揄するようにヴィーロが一枚の紙を差し出した。
「……闇魔術の呪文?」
その紙には、前に教えてもらった【
闇魔術のレベル1である【
呪文は『モバサオーイアーニデレクレス』
……やはり微妙に覚えにくい。一般的な意味としては『その物の重さを変えろ』という意味になる。
ヴィーロによるとこれも光魔術の【
……確かに微妙だ。もう一つも【
けれど、この呪文を知ったことで私は、ずっと考えてきた闇魔術の疑問が少しだけ解消された気がした。
多分だけど……闇属性の魔素は本物の闇とは違う。
「……ありがと」
「気にすんな。それとコイツを持っておけ。お前は金串を使っていたが、あれは投げには向かないから、遠隔スキルを覚えるのは難しいぞ」
ヴィーロがテーブルを滑らせた布に包まれた物を開いてみると、中には刃渡り10センチ、刃幅が2センチ、柄の長さが7センチほどの投げナイフが数本包まれていた。
私が投げに使っていた三本の鉄串は何度か戦闘に使ったことで残り1本になっている。私も何か補充を考えていたけど、ヴィーロは私の使う武器をよく見てくれていたようだ。
この手の投擲武器は、暗殺にも使える『暗器』の類になるので普通の店には売っていない。専用の店まで行って買ってくれたヴィーロに私がまた礼を言うと、彼は必要経費だから気にするなと軽く手を振った。
あの山賊の根城には金貨数枚分の金銭が隠してあったそうで、私はその分け前として金貨三枚分の報酬を受け取っている。
なので宿を出るとき、私の世話をしてくれた女給に、服の礼だと銀貨一枚を渡すように頼んでおいた。安い宿なら着服される恐れもあるけど、一泊が銀貨一枚の宿ならそんなことをしないと思う。
……金貨の一枚は、ガルバスに返すために大切に仕舞っておこう。
「では先を急ぐとするか」
「了解……」
……宿を出るとまた幾つかの視線が纏わり付いてくる。視線だけで確認すると若い男性も確認できた。
私の髪の色が珍しいのだろうか……? それとも髪の艶が戻ると女に見えている?
いや、髪を切ってから一ヶ月くらい経っているので髪も数センチ伸びているから、少年らしさが薄れているのかも。
たった一ヶ月で伸びるには少し長いような気もしたけど、身体の成長と同じで髪が伸びるのも早いのかもしれない。
とりあえず路地に入って灰をまぶすとそれなりに視線も落ち着いた。
ほとんど見てはいないけど、この伯爵領の街はかなり裕福な印象がした。それでも路地に入るとそれなりに嫌な視線も感じる。
光が強い場所は闇もまた深くなる。辺境のさらに辺境であるトーラス伯爵領でもこれなのだから、どこか遠くに行こうと思うのならかなり強くならないといけないね。
「……ねぇ、そろそろ目的地を教えてくれる?」
正門から街を出て、東の方角へ進み始めてから私がそんな言葉を口にすると、ヴィーロは少し悩むようにしながらも、意外と簡単に口を開いた。
「そろそろ教えてもいい頃か。俺達が向かう場所は、ここから東にあるダンドール辺境伯領だ。そこにある避暑地に、とある貴族がお忍びで療養に来る。そこの周辺警護の一部を担うのが俺達の仕事だ」
「……貴族」
やはり貴族絡みか……。しかもお忍びで療養だとすると、それなりの地位を持つ貴族である可能性がある。確かに私にとって危険には違いないが、力を得ることは貴族との絡みもある程度は許容しなければいけないことだと思っている。
それにしてもかなり重要なことをよく身元不明な浮浪児に話したものだ。
私ももうヴィーロを悪人だとは思っていないけど、ヴィーロも私みたいな浮浪児を信用できると思ってくれたのだろうか。
「でも、それにどうして私みたいな子供が必要なの?」
「それについては依頼主からの要請だ。まぁ多少は予想がつくが…… たぶんその療養に来る貴族が“子供”だから……かもな」
「……ふぅ~ん」
さすがにまだ依頼主の名前までは教えてくれなかったが、その貴族が子供と言うことで私を捜している血縁者ではないと少しだけ安堵する。
今の私だと血縁者に見つかれば強制的に貴族にされる。そしてあの女の“知識”のように、色々な男を手玉にとって、色々な人を不幸にするような人間にされてしまうかもしれないのだ。
力のない状態で貴族と関わるのは危険だと分かっている。でも今回のことは私が乗り越えなければいけないことだと感じた。それからも逃げるのなら、私は一生逃げ続ける人生になるだろう。
私は運命を乗り越えられる力を手に入れる。
それからヴィーロと幾つかの貴族領を越えて東を目指す。
子供連れと言うことで襲ってきた野盗やゴブリンなどもいたが、すべてヴィーロによって私の修行の“糧”とされた。
私自身はランク1のままで戦闘力もほとんど変わっていないけど、『経験』という面で、私は確実に“成長”していた。
そして一週間後……
「ここが、ダンドール……」
なだらかな丘が続く平地が広がり、涼しげな風が吹くこのダンドール辺境伯領が、私が初めての仕事を貰う場所だった。
そしてこの地で……私は、人生に関わる『悪役令嬢』と呼ばれる少女たちと出会うことになる。
次から第二章、『暗部の戦闘メイド』編になります。
次章からは乙女ゲームの関係者もチラホラ出てくると思います。
それとついにストックがなくなりました。
なので、次回は土日の更新にして、それ以降は週に2~3回の更新になると思います。
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それではまた。
ついでに今回の旅を地図に赤線で記してみました。
若干の貴族名の修正がございます。