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17 修行の旅



「ガルバスっ! それ、魔鋼製のナイフじゃねーかっ!」


 ガルバスが持ってきたナイフを見てヴィーロが声をあげた。

 魔鋼(まこう)…? そう頭で思った瞬間、あの女の“知識”から断片的な情報が流れてくる。


 魔鋼……魔鉄とは永らく魔素の濃い地域にあった鉄が変化した物で、凄く硬くて、凄く値段がお高い。……情報が少ない。あの女の武器に対する興味なんて値段くらいしかなかったので、ある意味当然か。


「そうだ。俺が若い頃に作った“駄作”だ」

 ガルバスが顔を顰めながら、自分が作ったらしいその真っ黒なナイフを『駄作』と評する。

「その頃もそれなりに出来るつもりだったが、それで調子に乗ったあげく、いい素材で作ればもっと良い物が出来ると、思い込んだあげくに出来たのがこれさ」

 ガルバスはナイフを苦い物でも口に入れたような顔で見て、軽く振ってみせる。

「こいつは鋭いだけで“威”が足りねぇ。見た目ばかりに拘って、何を“斬る”のか考えてもねぇ。だが、細身の分だけ軽いし、魔鋼だから丈夫でその特性からある程度血糊を弾く。おめぇみたいなガキにはちょうどいい武器よ」


 刃渡り30センチ程度で刃の幅は3~4センチほど。片刃の直刀で先に行くほど細くなっていくそのナイフは、確かに魔鋼という強固な素材で作られながら、堅い物や強靱な筋肉を裂いてダメージを与えるのには向かない感じがした。

 それでも筋力が少なく、相手の弱点のみを攻めていくタイプの今の私には、本当にちょうどいい武器だと思う。


「……ガキにちょうどいい“魔鋼の武器”ってなんだよ。それよりお前がガキに武器をくれてやるなんて珍しいな」

「誰がただでやると言ったっ! おい、灰かぶりっ! てめぇにこの駄作を金貨一枚で売ってやるっ! 俺が死ぬまでに払いに来いっ! さあ、やるぞ。灰かぶり、お前も手伝えっ! 裏庭から水でも汲んでこいっ!」

 ガルバスは一方的に早口でそう言うとドカドカと炉のほうへ歩いて行く。ガルバスが死ぬまでって……ドワーフの寿命っていくつだろ?

 唖然としながらそんなことを考えていると、音もなく近づいてきたヴィーロがこっそりと教えてくれる。

「魔鋼製のナイフなんて最低でも金貨五枚はする。ガルバスの初期の作品で、あいつにとっては不本意な出来だったとしても、金貨10枚はするはずだ。まぁ、あの偏屈爺さんに何を気に入られたのか知らないが、ありがたく貰っておけ」

「……うん」


 私は運命に抗い一人で生きることを決めて孤児院を出た。

 世の中にはあの孤児院の老婆や、私に成り代わろうとした女だけでなく、スラムでも私が子供で小金を持っている“だけ”で狙ってくる酷い大人がいた。

 それでも、フェルドや雑貨屋の爺さん、ヴィーロやガルバスのような、何も持ってない浮浪児に何かを与えてくれる人もいる。

 基本的に他人に気は許さない。孤児が虐待されてても見て見ぬ振りをしていたあの町の住民のように、自分を守るために子供を犠牲にする大人もいるのだ。

 だから私は強くなりたい。他人の悪意を退けるために。

 だから……この出会いを大切にして、強くなったら出来るだけの恩を返そうと私は思った。


 それから裏庭の井戸で水を汲み、炉に入れる木炭を運び、空いた時間でヴィーロに斥候が使う体術の手ほどきを受ける。

 途中で飽きたヴィーロが酒場に行ってしまったが、私はその場に残ってガルバスの手伝いをしながら、短剣と闇魔術の練習をした。

 夜になると、ヴィーロが酒場で買った酒と食事を持って帰ってきた。

 私の体力が尽きて眠ってしまい、朝になって鍛冶場の土間で眼を覚ますと、ガルバスが手直しした黒いナイフを私に渡してきた。


 元は大人が片手で使う用の軽ナイフだったけど、握りの部分が手直しされて子供が両手でも握れるようになっていた。

「握りが合わなくなったら、酒でも持ってまた来やがれっ。今度はちゃんと金も持ってこいよっ! ガッハハッ!!」

「うん。また来るよ。絶対……」

 黒いナイフは、フェルドのナイフより少し長かったけど刃が薄いので驚くほど軽く、今の私には少しだけ大きかったけど、しっくりと手に馴染んだ。


 ヴィーロの銀色の短剣も直っていたようで、それを受け取って、口が悪くて偏屈な…少しだけ甘いドワーフの鍛冶屋を後にする。

 その時、ガルバスが、

『王都に行くことがあったら、俺の弟がやっている防具屋に行ってみろ。変人だが俺の紹介だと言えば、何か見繕ってくるだろうよ』

 ――と言っていた。

 偏屈の次は変人か……。王都に行く機会があるか分からないけど、変人ドワーフが作る防具ってどんな物だろう?


「それじゃ、アリア。この町を出る準備をしろ。移動しながら色々と仕込んでやる」

「うん」


 どこに行くのだろう? この町の北側には魔物が出るらしいので、そこで魔物を相手に修行をするのだろうか?

 孤児院から逃げて森で生活していた私だけど、まともな旅はしたことがない。

 でも確か、北部にある魔物が出る辺りは半日もあればつくはずだ。その程度ならどのくらいの物資が必要になるのだろう?

「それじゃまずトーラス伯爵領に向かう。馬車は使わないからそのつもりでいろよ」

「……北じゃないの?」

 私が疑問を口にすると、ヴィーロが昨日より少し伸びた無精髭を撫でながらニヤリと笑う。

「冒険者らしく魔物でも狩ると思ったのか? 俺でもある程度の魔物なら狩れるし、お前でもゴブリン程度なら狩れるだろう。だが、今のお前じゃ魔物の生息域はまだ早い。簡単に死なれたら俺の手間が増えるだろ? その前にある程度の斥候の技術を教え込んでやる」

「……了解」


 それもそうか。この国の中でも深い森には魔物が出る。だけどそれはゴブリンやコボルトなどの弱い魔物で、強くても魔狼やホブゴブリン程度だ。

 ゴブリンとは、人間の子供程度の体躯をした知能の低い醜い魔物で、かなり大雑把に分けるとゴブリンも“亜人”の一種らしいが、ドワーフやエルフのような知性のある亜人と分けるために『獣亜人』と呼ばれることもある。まあ、それはそれで獣人たちが嫌がるので、結局『魔物』ということで落ち着いた。


 ヴィーロによるとゴブリンの戦闘力は30から50程度らしい。

 これは武器を持った一般人と同程度の戦闘力だ。最弱と呼ばれるゴブリンでも短剣スキルを得た私よりも高いので少しだけガックリしていると、ヴィーロがその理由を教えてくれる。


「戦闘スキルを得てもレベル1だとあまり戦闘力に影響はない。あきらかに差が出てくるのはレベル2からだな。だが、戦闘力をあまり信用するな。

 お前の戦闘力が低いのはまだ子供でステータスが低いからだ。はっきり言えば、そこら辺を歩いている大人だとお前よりも戦闘力は高いが、戦えばお前のほうが戦いを有利に進められるだろう。

 戦いは“技能”も大事だが、最も大切なことはそれを扱う“経験”と、それを活かす“知恵”だ。戦闘力はあくまで目安程度にしておけ」

「わかった」


 戦闘力はただの目安。でも、戦闘力に10倍も差があったら、もしかしたら戦えるかもしれないけど、逃げたほうがいいだろう。

 町の大人の戦闘力は40程度。ちなみにヴィーロを鑑定させてもらうと。


【ヴィーロ】【種族:人族♂】【ランク4】

【魔力値:170/190】【体力値:278/310】

【総合戦闘力:900(身体強化中:1094)】


 やはり強い。単純に私の20倍の戦闘力があったので、即座に逃げに入った私の判断は間違っていなかったわけだけど、ここまで戦闘力が違うと逃げることさえも難しいのだと理解した。


 町から出るときは初めて正門を使った。

 今までは不法侵入していたので出るとき何かあるかと考えたが、私が冒険者ギルドの認識票(タグ)を見せると門番の衛士は軽く確認しただけで通してくれた。

 だけど、【ランク1】の認識票で出入りできるのは登録したこの町だけだ。

 確かトーラス伯爵領までは二つか三つの貴族領を通るはず。自由民である私は大きな町に入るたびに銀貨1枚もの大金を払わないといけないので、ヴィーロが出してくれるとしても出費の多さに不安になると、ヴィーロはあまり町に寄らないつもりらしい。


「貴族領を抜けるだけなら、俺の同行者として俺の認識票で通れるはずだ。そうでないとランク違いのパーティーを組んで遠征ができなくなるからな。さすがに外壁のあるような町だと無理だが、基本は主街道を使っても、寝泊まりは山道のある小さな町や村で宿を取る予定だ。まぁ、ほとんど野宿になると思うが」


 まずは南に向かうと聞いてあの孤児院のある町を通るのかと警戒していたが、あの町は南と言うより南東にあり、主街道とは繋がっていないらしい。

 でも主街道を通るのなら結局大きな町に寄ることになるのではと思ったけど、このホーラス男爵領では、銀貨を取られるような壁のある町は、あそこと他の貴族領に近い宿場町の二つだけだそうだ。

 その宿場町は午前中に出て夕方には着く距離だ。ヴィーロが言うにはそこには立ち寄らず、そのまま次の貴族領に向かうらしい。

 でも、そんな旅だと食料は大丈夫なのだろうか? 森で動物を狩れればいいけど、そればかりをしていては行程も遅れるし、修行も滞る。


「食料なら安心しろ」

 そうヴィーロが言って、自分の背負い袋を軽く叩いた。

 見た目は少し古びているが、頑丈そうでそれなりに高そうな革の背負い袋だ。だけど大きさ自体は私の背負い袋とそんなに変わらない。

「そんなものに入るの……?」

「ああ、知らないか? こいつは空間魔術のかかった袋で、中には見た目の5倍は物が入る。……とんでもなく高かったんだぞ」

「空間魔術……」


 そう呟いた瞬間、“知識”からあの女の師匠の授業が浮かんできた。

 空間魔術は闇魔術の一種だ。空間に干渉することで物体の重量を変えたり、ヴィーロが持つ袋のように内部の容量を拡張することもできるらしい。

 けれど、言葉にするほど簡単な魔術ではない。以前思い出した【空間転移】もそうだけど、実用レベルだとかなりの上位魔術になる。

 空間拡張だと最低でもレベル4以上。人が跳べるような空間転移になるとレベル6は必要になる。

 そこら辺の細かい原理を知りたいけど、例の如くあの女は自分が使えない魔術に興味などなかったらしく、授業内容をほとんど覚えていなかった。……本当に厄介。

 私もヴィーロから闇魔術【幻聴(ノイズ)】の呪文を教えてもらったけど、いまだに魔術の発動兆候すら見えていない。

 何がいけないのか……。おそらく“闇”に関するイメージがよくない気がする。

 空間魔術。幻惑魔術。……普通に考えれば闇とは関係ないように思える魔術が使えることこそが“鍵”となるような予感がした。


 ヴィーロの最初の宣言の通り、夕方近くに宿場町の壁が見えてきたが、外壁に沿うように外を回ってそのまま次の子爵領に入った。

 この子爵領は今までいたホーラス男爵領六割程度の大きさしかない。だからといって男爵領が栄えているのではなく、男爵領は危険な魔物生息域に面しているため兵士や騎士を多く抱えないといけないので、広い領地はその補填の意味もあるらしい。

 実際、民の生活自体は子爵領のほうが少しだけマシに見える。大きな町に寄っていないので正確ではないけど、途中で立ち寄った大きな村などは、あの孤児院があった小さな町よりよほど豊かに見えた。

 そうして元の町を出てから二日が経ち、立ち寄った村から出立するときヴィーロが無精髭を撫でながらニヤリと男臭い笑みを見せた。


「アリア。この辺りで山賊が出ると村長が言っていた。今夜、お前の修行にその山賊を狩りに行くぞ」

「…………」


 いきなり実戦訓練か……この男、やっぱりスパルタだ。



偏屈爺さんたち、ツンデレ気味?


次回、平和に暮らしていた山賊たちを、闇の住人達の理不尽な暴力が襲う。


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