<< 前へ次へ >>  更新
16/261

16 偏屈な鍛冶屋



「【突撃(スラスト)】っ!」


 私のナイフで突き出した【戦技(せんぎ)】の衝撃が、1メートル先の丸太を抉る。

 【戦技(せんぎ)】とは、単音節の無属性魔法で、武器を媒介として発動する近接戦闘職の必殺技のようなものだ。

 使用には魔力を消費して、通常攻撃の数倍の威力を放つことが出来る。

 ただし、簡単に使える分、使用には制限があり、レベルが高くなるほど使用魔力は多くなり扱いが困難になる。そして一度使うと筋肉に熱のような魔素が溜まり、その熱が冷めないうちに無理に使うと筋肉を傷つけてしまう。

 もちろん痛めた筋肉は【回復(ヒール)】で回復可能だが痛みは抜けず、無理に【回復(ヒール)】で使い続けると、数日間は腕が上がらなくなるそうだ。


 短剣術スキル、ランク1の戦技は、【突撃(スラスト)】だ。

 片手でナイフを突きのように使い、その衝撃を倍加して前方に放つ。

 射程は技量によって1メートル以上にもなり、威力が低くリーチの短い短剣の弱点を補ってくれる、かなり使える戦技だった。


 戦技は碌な知識がなかったので覚えるのは難しいかと考えていたのだけど、ヴィーロに型を教えてもらい、手本を見せてもらうと予定の1時間も経たずに使えるようになっていた。

 【突撃(スラスト)】は無属性の魔力を刃の形に放つだけの『魔法』だ。魔術ではなく魔法と言うことを意識して、魔素の流れを再現するように、魔力を飛ばすのではなく刃を伸ばすようなイメージで使う。

 これは稚拙ながらも生活魔法をすべて覚えた経験が役に立った。でも魔力制御を覚えていなかったら、もっと時間がかかったと思う。


 パチパチパチ……

「結構です、アリアさん。素晴らしい戦技でした。あなたを冒険者ギルドのランク1冒険者として歓迎いたします」

 試験官を兼任していた受付の女性が拍手で出迎え、すでに出来上がっていた認識票(タグ)を私に手渡してくれた。本来なら試験が終わってからしばらく待たされるのだけど、私が光魔術を使えることで問題なしとして、先に作ってくれていたらしい。

 ニコリと優しく微笑んで手渡してくれた女性が、打って変わって剣呑な眼差しを背後の男に向ける。

「ヴィーロさん、訓練場使用料と登録料、合わせて銀貨二枚早く払ってくださいね」

「態度が違いすぎるだろっ!」

「若くて可愛い子と、おっさんで、態度が変わるのは当然だと思いませんか?」

「くそっ、反論できねぇっ!」


 ……それでいいのか。まぁ、仲が良いのだと思っておけばいいか。


「アリア、次行くぞ」

「うん」

 不満を表すようにどかどかと歩くヴィーロの後に続いて、私も冒険者ギルドを後にする。チラリと振り返ると受付の女性が私に気づいて手を振ってくれた。

 そういえばあの女の“知識”では、新人冒険者は必ずガラの悪い冒険者に絡まれるイベントが発生する伝統があるらしいのだが、ヴィーロがいたおかげか、そちらは少しお預けらしい。


 とりあえずヴィーロとの仕事の話をしよう。

 彼の予定では、一週間程度のお使いを何度かさせられて、それで使いものになりそうならヴィーロが直々に戦闘訓練を施し、それで信用できると分かったらそこからあらためて依頼主のところで仕事をするはずだった。

 私がヴィーロを信用しきっていないように、彼もまた私を完全に見極めていないようで、その依頼主が誰なのか、そこでどんな仕事をするのかまだ教えてもらっていない。

 でも……もしかしたらその依頼主が貴族である可能性があるのか。

 さすがに貴族が浮浪児まがいの子供に仕事をさせるとは思えないけど、もし貴族でも今の私は少し背が伸びているので、すぐさま孤児院から消えた子供だとは気づかれないと思う。

 あれほど貴族を警戒していたのに、どんな心変わりが起こったのかというと、今の私は生きるために強くなろうとしているが、フェルドとヴィーロを見て、強くなるのはそれなりに目立つことなのだと知った。

 強くなれば貴族と関わる機会があるかもしれない。その時に一々全部逃げるか、正体を隠したままある程度許容するかで、その後の人生が大きく変わってくる。

 なので、ヴィーロという保護者を間に挟んで貴族と接触できるのはよい機会だと考えた。可能なら酷い貴族と関わったときの“保険”として伝手がほしいけど、それは欲張りすぎだろう。それにたぶん、依頼主が貴族だったとしても浮浪児に仕事をさせるような貴族ならそれほど偉い貴族じゃないと思う。

 それに、最終的に単独で他国に脱出できる実力を得られれば、見つかっても平気なんじゃないかと思い直したのだ。

 そして『強くなる』ためには、ヴィーロの仕事をするのが一番早い気がした。


「それじゃ、仕事をさせるために最低限のことが出来るように鍛えてやる」

「……わかった」


 脳裏に、フェルドとした子供がするとは思えない修行光景が浮かんでくる。

 でも、その間の生活費はヴィーロが出してくれるらしいし、それだけでなく日当として小銀貨1枚くれるらしい。

 普通の平民からすると安いような気もするけど、スラムの浮浪児からすると、過ぎた好待遇なので文句などあるはずがない。


「それと……アリア。お前のナイフを見せてみろ」

「うん?」

 他人に武器を渡すのには不安はあるが、ヴィーロほどの手練れに拒んでも何の意味もない。ヴィーロは私が差し出したナイフを受け取ると、若干顔を顰めて微妙な顔つきになった。

「……こいつは、貰い物か?」

「うん? そうだけど……」

 私の返事にヴィーロは軽く溜息をついて、そのままナイフを私に返す。

「そいつは解体だけに使うか、予備の武器にしておけ。どっちにも使うとすぐに血糊で切れ味が落ちるぞ」

「でも、戦うときはどうするの?」

「俺がこの町に来た一番の理由は、この町の鍛冶屋に用があったからだ。お前の手に合う奴を買ってやる。そのナイフじゃ、ガキには握りがデカすぎるんだよ」

「……うん」

 元々大男のフェルドが使っていた物なので握りも大きい。それは私も自覚していたので、買ってくれるというなら喜んで貰う。

「それと……これも履いておけ」

「ん?」

 ヴィーロが差し出したのは半ズボンだった。露店で目についた物を買ったのか、多少サイズは適当だったが履けないこともない。

 でも、どうしてこれが必要なのだろう? 意味が分からず首を傾げてヴィーロを見上げると、ヴィーロは顔を顰めて私の頭を乱暴にかき回した。

「お前は戦闘の時にヒラヒラさせすぎなんだよっ」


 よく分からないことを言って歩き出したヴィーロを追って私も歩く。何故か分からないけどあまり聞かないほうがいい話題なのかもしれない。


「そういえば、戦いの時、魔術を使った?」

 ヴィーロが戦闘途中で魔術らしきものを唱えた後、前にいたはずのヴィーロが後ろにいたのは、彼の魔術ではないかと思った。その現象を尋ねると、ヴィーロもそれを思い出したのか歩きながら軽く振り返る。

「ああ、あれか。俺は【闇魔術】を使えるんだよ。レベル1で一つしか使えないけど、あれは、“音”を任意の場所で発生させる魔術だ」

「……闇魔術」

 なるほど、幻惑系の闇魔術か。音をどこかに立てるだけなら大したことはないように聞こえるが、ヴィーロや私のような斥候職が使うのなら色々な場面で役立ちそうだ。

「私に闇魔術を教えて」

 せっかく知識で覚えていない闇魔術を知っている人が見つかったのだから、ここで逃す手はない。私がそう言うとヴィーロは脚を止め、私を見下ろしながら少しだけ考える素振りを見せた。

「魔術か……。お前に闇魔術の属性があるのか分からんから、覚えられるか保障はせんぞ? 教え方なんて知らないから呪文だけなら教えてやるが……それでもいいか?」

「充分」


 そもそも誰かに習ったこともない。呪文と意味さえ分かれば、また時間をかけて少しずつ解析していけばいい。

 そんな会話をしながら表通りを歩いていくと、ヴィーロはスラム街に近い低所得者層の住宅地へと足を向けた。

 ここって確か……あの雑貨屋の爺さんの店があるところかな? そういえば、爺さんが偏屈な鍛冶屋のドワーフのことを話していた。だとしたら、これから行くのはそのドワーフの鍛冶屋なのかも。

 それからしばらく低所得者が住む地域を歩いていると、遠くから金属を叩くような音がどこかから聞こえてきた。そこが目的地なのか、ヴィーロが慣れた様子で入り組んだ路地へと入り、しばらく進んだ辺りで少し大きめの石造りの作業場に辿り着く。


「ガルバス、いるかっ!」

 ヴィーロが怒鳴り声のような声を出すと、少しして奥から銅鑼を鳴らすような大声が返ってくる。

「ひとんちの前で、でけぇ声を出すんじゃねぇっ!!!」


 ビリビリと鼓膜を震わせるような声に思わず耳を押さえると、奥から背は小さいが横幅はフェルド以上もありそうな、真っ白な髭を生やしたドワーフの老人が現れる。

 老人…だよね? 私も“知識”で知っているだけで、ドワーフと会うのは初めてなのでよく分からない。


「なんだ、ヴィーロの小僧か。酒でも持ってきたのか?」

「いい加減、“小僧”は止めてくれ。前に頼まれた物が集まったから持ってきたんだよ。ほれ、火吹きトカゲの魔石だ。上物だぜ?」

「おお、やっと揃ったか。それがないと炉の熱があがらん。早速使ってみるぞっ」

「おいおい、金くらい払えよ。かなり手間がかかったんだぞ」

「みみっちいこと言うな。前に作ってやった短剣を出せ。新品同様にしてやる」

「……仕方ねぇな」


 やり取りはよく分からないが、結構親しい関係のようだ。それでどうやって武器を直すのか興味深く覗いていると、ようやくドワーフ…ガルバスが私に気がついた。


「おめぇの子か? ……いや、お前の顔じゃ違うな。弟子か?」

「何気にひでぇな……まぁ、弟子みたいなもんだ。こいつにナイフを使わせたいんだが何かあるか?」

「こんなガキに持たす武器はねぇっ!! …と言いたいところだが、そこら辺にある奴を適当に持ってけ。ヴィーロのツケにしてやる」

「……魔石の代金も貰ってないのに、ツケにされるのか?」


 ヴィーロのそんな呟きを無視してガルバスが魔石の一部を炉に投げ入れた。

 炉に灯っていた炎の色があきらかに変わり、強烈な熱気が溢れ出る。肌を焼くような熱気の中で、ガルバスが酒瓶から口に含んだ酒を炉に吹きかけると、炎が踊るように揺らめいた。

 きっとただのお酒じゃない。火吹きトカゲの魔石とそのお酒のせいか、私はその炎に宿る魔素の、あまりにも鮮やかな『色』に魅せられるように声を漏らした。


「……きれい……」

「…………」


 私の呟きを捉えたガルバスが、炉から顔を上げてマジマジと私を見た。

「おめぇ、この火の“色”が分かるのか?」

「混じりけのない……“赤”」

 思わず無意識にそう答えると、ガルバスは私の顔をジッと見ながら、白い髭を撫でるようにゆっくりと頷く。

「その髪……お前が雑貨屋の偏屈爺が言ってた、“灰かぶり”か」

「…………」

 お互いに相手を“偏屈”と言ってるのか。


「おい、灰かぶり。おめぇ、武器はナイフだったか?」

「うん」

「よし分かった。おいっ、ヴィーロっ!! そんな買った奴が下取りで置いてったようなクズ武器なんて見てないで答えろ!! おめぇ、明日まで時間はあるかっ!?」

 ガルバスの声に、鍛冶場の隅で箱にあった短剣を真剣な顔で選んでいたヴィーロが、驚いた顔で振り返る。

「クズ武器を選ばせてたのかよっ!? まぁ、明日くらいなら別にいいが……どうしたんだ?」

 ヴィーロが答えるとそれに頷いたガルバスが奥へと行き、しばらくして戻ってくると一本の細身で真っ黒なナイフを私に差し出した。


「俺が昔作ったナイフだ。灰かぶり。お前の手に合うように直してやる」




申し訳ありませんが、次回の更新は土曜日になります。


次回、新しい武器

<< 前へ次へ >>目次  更新