雪の日
来ていただいてありがとうございます!
「寒いと思ったら……」
朝目覚めたら、外は一面真っ白な世界だった。
「これだと演奏会は中止かしら」
私は週一回の演奏会に正規隊員として参加するようになった。前の演奏会でご一緒するはずだったソフィア様に声をかけてもらって、そのグループに入れてもらえるようになったの。次の演奏会は五日後。雪が積もっていたら楽器を出せないので、中止になってしまうと聞いていた。
「雪……」
あの時も、私が前の時で塔から突き落とされた時にも雪が降ってた。前の時とは色々なことが変わってしまってる。ううん。聖地の音楽隊を目指したことでラーシュ様と関わるようになって、他の人とも関わるようになって、知らなかったことを知るようになっただけかもしれない。でもまだ分からない。
私を塔から突き落とすのは誰なんだろう……?
「そう、グラソン様はお忙しいのね」
「そうなんです。卒業式の運営委員になったんです」
今日は雪のせいで登校できない生徒が多くて各自自習になったの。だからマーガレット様とカフェに来ているの。マーガレット様とゆっくりお話しするのは久しぶり。嬉しいけど、お姉様とクレソニア様のことがあるから少し気まずい気持ちがあった。
テーブルの上には温かいお茶と、スノー―クリスタルって綺麗な名前の真っ白なケーキが置かれてる。とても美味しそうだけど、それよりも先に言わなくちゃ。
「あの、お姉様とクレソニア様の事なんですけど。この度は姉が大変申し訳ありませんでした!」
「まぁっ!」
マーガレット様はとてもびっくりなさってて、私もびっくりしちゃった。
「どうしてリファーナ様が謝るの?リファーナ様は全然悪くないでしょう?」
「でも私の姉がクレソニア様を傷つけてしまったので」
「そうですわね……。アンソニーは本当にアグネータ様を想ってたから。ショックが大きかったみたいですわね」
ああ、お姉様ったら本当になんてことを……。
「でも大丈夫よ。ご家族の皆さんも私もいますから。だんだん元気になって来てるのよ」
「そうですか……。本当に申し訳ございません……」
マーガレット様がクレソニアさまを励ましてくださってるのね。もしかしたら二人はこの後想い合うようになるのかもしれない。前の時は二人が愛し合って、お姉様が婚約解消されてしまうのだっていう認識だったけど、本当は違ったのかもしれないわ。
「ふふふ。リファーナ様は真面目ね。貴女が私に謝る必要は全然無いのにね」
そうなんだけど、私がクレソニア様に謝罪はできない。せめてマーガレット様にくらい……ああ、これは自己満足だわ。私の謝罪なんて意味がないわよね。
「結婚前に婚約者以外の方ととても親しくなさる方は一定数いらっしゃるわ。そしてそれを気になさらない方々も。男性でも女性でも。まあほぼ男性ですけれど」
そ、そうなの?一定数?婚約していても?
「そういう価値観もあるという事ですわね。ですから、アグネータ様だけが悪いわけでは無いと思うの。ただ、アンソニーはそれを絶対に許せなかったということね」
「……私も嫌です」
「ええ。私もよ」
マーガレット様がお茶に口をつけたので、私もお茶を飲んだ。甘い香りの温かいお茶は冷えた指先と体を温めてくれた。
そういえば、アグネータお姉様は結局お茶の件では処罰されなかった。というよりその事件(?)そのものが表に出ることはなかったの。ラーシュ様はお父様が体面を守るために裏で手をまわしたんだろうって。
ご迷惑をおかけした音楽隊の方々には謝りに行ったけど、皆さん優しくて今日のマーガレット様のように、私のせいじゃないって言ってくださった。お姉様のことも悪気があった訳じゃないからって許して下さった。その時にソフィア様に一緒に演奏しないかって誘ってもらえたの。優しい方達ばかりで頭が上がらなかった。頑張って歌うことでお返ししていきたいと思ってるの。
「さあ!今日はリファーナ様が聖地の音楽隊の試験に合格したお祝いよ!おめでとう!リファーナ様!ここは私のおごりですわ!ケーキをいっぱい食べちゃいましょう!」
「ありがとうございますっ!あ、このケーキ、なんだかサクサクします!とっても美味しいですよ」
「あら、本当ですわね!」
この後私は大好きなショコラケーキも食べちゃった。マーガレット様はショコラの他にもう一つベリーのタルトも注文してた。このカフェもケーキが美味しいわ。今度はラーシュ様と一緒に来たいって思ったの。
「へえ、オルコット嬢とデートしたんだ?」
二日ぶりのラーシュ様との歌の練習。休憩中に私は雪の積もった園庭を見ながら、マーガレット様とカフェに行った話をしたの。
「デート……。デートは恋人同士がするものでしょう?えっと、前にラーシュ様と私が王都へ行った時とかがデートで。その、ラーシュ様と私は恋人同士ですから。女の子同士だとお茶会でしょうか?」
ああ、恋人同士なんて言うと恥ずかしい……。
「…………っ」
あれ?ラーシュ様がクラヴィーアの上に突っ伏してる。
「ラーシュ様?どうかなさいましたか?」
「……ううん。リファーナってさ……」
「はい?」
「何でもないよ」
そっぽを向かれちゃったわ。どうしたのかしら?
「あ、また降り始めましたよ」
「雪?ああ、また降ってきたのか」
ラーシュ様の顔が何故か少し辛そうに見える。
「大丈夫ですか?お疲れなのではないですか?」
「いや、何ともないよ。ただちょっと雪は苦手なんだ」
「私もちょっと苦手です。寒いですし。一緒ですね」
「そうだね」
ラーシュ様も窓辺に来て私の肩を抱いてくれた。
卒業するまでは私は学業の合間に聖地の音楽隊の活動に参加することになる。だから近いうちにあの塔へ行って歌うことになるの。もしかしたらまた同じことになってしまうかもしれない。もしそうなったら私は助かるかしら……。
私は誰からそこまで恨まれているんだろう。怖い……。
「…………ラーシュ様、もし私がいなくなったらどうなさいますか?」
「え?」
しまった、つい不安になって変な質問をしてしまった。
「すみませんっ!なんでもないです。あっ」
突然ラーシュ様に強く肩を掴まれた。
「…………何を言ってるの?またどこかへ行くつもり?僕を置いて……」
「ラーシュ様?」
どうしたの?様子が変だわ。私を見てるんだけど、どことなく焦点が合ってないみたい。
「離さないから、もう二度と」
「ラ、ラーシュさ……んん」
壁に追い詰められて強く抱きしめられた。そしてそのまま噛みつくように何度も何度も口づけられた。
どれだけそうしていたかしら。頭がぼんやりする……。いつの間にか抱きしめられたまま二人で床に座り込んでしまっていた。
「ごめん……こんな……」
私はラーシュ様の腕の中で首を振った。
「いいえ。わたしこそごめんなさい。私がおかしなことを聞いてしまったから……」
「…………二度と言わないで。リファーナがいなくなるなんて」
私だってラーシュ様がいなくなったら嫌だもの。自分が不安だからってラーシュ様も不安にさせてしまってどうするの?馬鹿だ、私。
「でもどうして?」
「…………夢を見たんです。あの塔から落ちる夢を。それでちょっと怖くなってしまって」
そう、あれは夢のようなものだと思おう。前の時と今は全然違う。大好きな歌を思う存分歌えて、それを職業にできて、大好きな人ができた。そしてその大好きな人とは将来結婚する約束までしてる。ほら、全然違うじゃない。きっと大丈夫よ。
「大丈夫。ただの夢だよ。リファーナは僕が守るから。安心して」
「はい……」
ラーシュ様は今度は優しいキスをくれた。
カタン……
音楽室の外で小さな音がした。ラーシュ様は急いで私を立たせてくれて、外を見に行ったの。
「誰もいないな……」
「風の音でしょうか……」
ラーシュ様は少し困ったように笑った。
「……誰かに見られていたら、ちょっと言い訳できないね」
「あ」
頬がカァっと熱くなった。前にロッティー様達に言われたみたいなことをしてしまったわ……。はしたないって言われてしまっても仕方ない。だってラーシュ様とのキスは嫌じゃなかった。むしろ嬉しかったから。
「練習、再開しようか」
「はい!」
その日は演奏会の為の歌を完璧になるまで練習したの。結局演奏会は降り積もった雪のために中止になってしまったけれど。
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