婚約解消?
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あの日以来ラーシュ様の様子は変わらなくて少し安心してた。私はクレソニア様の事が気になってマーガレット様にお話を聞こうとした。けれどマーガレット様はダンスパーティー以来登校してないらしかった。思い切ってラーシュ様に聞いてみようかって思ったこともあったけど、やっぱり怖くて聞けなかった。
そうこうしているうちに何故か突然お父様からの手紙が届いたの。「次の休みは予定を開けておくように」って。これじゃ手紙じゃなくてただの伝言ね。ラーシュ様にそのことを伝えに行ったら、ラーシュ様もお休みしてるって言われたの。病気じゃなくて家の用事だって教えてもらった。
……なんだろう?嫌な予感がする。でも、まだ卒業式までは二月もある。大丈夫よね。
そしてスモールウッド学園のお休みの日、家に帰る為に支度をしていたら、迎えにきてくれたのはヒースコートさんだった。どうして?
そして馬車が到着したのはグラソン侯爵家の本邸。居間に通されたらグラソン侯爵夫妻とラーシュ様、そしてお父様、お母様そしてアグネータお姉様が揃って私を待っていたの。これって、もしかして……。いえ、でもまだ早いわ。卒業を祝うパーティーの後のはずなのに……。胸の音がドクドクと激しくなる。
ずっと嫌な予感はしてた。そしてその予感は当たってしまったの。
ああ、とうとうこの日が来てしまった。
「リファーナ、お前の婚約を解消してアグネータをグラソン侯爵令息様の婚約者にしたいと思ってる」
お父様の声が静かな部屋の中に響く。
みんな険しい顔の中、アグネータお姉様だけが勝ち誇ったような顔をしてる。つまりはもう全て決まってるってこと?
「リファーナよりもアグネータの方が美しく優秀です。侯爵家には姉のアグネータの方が相応しいかと」
いつも通りのお父様の無機質な声。娘の私達にはまるで意思が無いみたい。正反対にお母様は涙声だった。
「うちの娘は突然理不尽に婚約を解消されて不憫でなりません」
え?クレソニア様がお姉様と婚約を解消?どうして?だってあのダンスパーティーからまだ半月くらいしか経ってないのに……何があったの?マーガレット様がお休みしてるのと関係あるの?何故?何故?何故?
「グラソン侯爵令息様にはアグネータもずっと仲良くしていただいているとか、でしたら是非アグネータを婚約者にお願いできませんか?」
そ、そうだったの?全然気が付かなかった。やっぱり選抜チームの楽器のパート練習中に愛を育んでいたのね。それなのに私ったら馬鹿だわ。…………ラーシュ様はどう思ってるの?ラーシュ様の顔が見たい。けど、恐くて顔が上げられない。
「リファーナの了承は得ております。リファーナのことは聖地の音楽隊への就職が決まってるので心配ありません」
体がびくりと震えた。了承?どうしてお父様はそんなことを?私、今の時間で誰からもそんな話聞いてない。聞いてないわ。了承なんてしてない!
「リファーナさんのお気持ちをお聞きしたいわ。全然お話できていませんもの」
グラソン侯爵夫人が悲しそうな声が聞こえる。でも声が出ない。だってお父様の言葉はいつも絶対で、お姉様の望みはいつも叶えられて、お母様はそれにいつも賛成して、私の言葉はいつも届かないんだから。
「その必要はございません。娘は父親の言いつけには従うものです。リファーナの気持ちは関係ありません」
関係無いって何?私の気持ちはどうでもいいの?いつもいつもいつも……!突然心に湧き出てきたのは怒りだった。そう、私は怒ってるのよ!
その言葉に顔を上げるとラーシュ様と目が合った。思い出が甦ってくる。ずっと一緒にいたのに。怒りでいっぱいだった心が、今度は悲しみでいっぱいになった。
「いや……です」
「なんだと?」
いや…………。いや、嫌、嫌……私、ラーシュ様と離れたくない!ラーシュ様の幸せを願えるようになりたいって思ったのに、私の口から出た言葉はとても自分勝手で今更で……。でも止められない。
「嫌です!そんなお話聞いてないです!婚約解消なんてしたくない!私、ラーシュ様が好きです!」
もっと早く伝えれば良かった。こんな場でじゃなくて……。涙がこぼれた。もう無理なのに。あの日抱き合ってた2人の姿が頭に浮かぶ。私って本当に馬鹿だわ。
「みっともないわね……」
お姉様の呆れたような呟きが聞こえた。本当にそうだわ。みっともなくて見苦しい私。恥ずかしい。逃げてばかりいた私。こんな私じゃ、ラーシュ様に相応しくないわ……。この場から逃げ出してしまいたい。
顔を覆おうとした手を引かれた。え?手を引かれた?
「よし、じゃあ逃げようか」
「え?」
ラーシュ様がどうして私の腕を掴んでるの?立ち上がったラーシュ様に抱き寄せられた。
「みっともないって誰の事?自分の事?確かにあなたはみっともないね」
ラーシュ様がアグネータお姉様を睨み据えてる。
「なっ!」
「自分が婚約破棄されたからって、妹の婚約者を奪おうとするなんてね。どっちかって言うと気持ち悪いよ」
「こらこら、ラーシュ、もう少し歯に衣を着せなさい」
グラソン侯爵が呆れたように額を押えてる。婚約破棄?どういうこと?
「僕の婚約者を侮辱することは誰であっても許さない!」
「あ、あの……ラーシュ様?」
何で?混乱した頭にラーシュ様の言葉が光のように入って来る。今「僕のリファーナ」って言ってくれたの?
「理不尽と仰いましたが違うでしょう?アグネータ嬢はご自分の素行の悪さでクレソニア公爵令息に愛想をつかされただけでしょう」
グラソン侯爵様が冷たくお父様達を見据えた。グラソン侯爵様とは何度かお会いする機会があったけど、いつも優しく笑ってくれていた。こんな表情は見たことが無かったからとても驚いたわ。
「な、何てことを仰るの?酷いですわ!」
「アグネータ!」
お母様は顔を覆ったお姉様を抱きしめた。
「父上、母上、僕の気持ちは以前にお伝えしてある通りです。何も変わっていません。いえ、リファーナ嬢との結婚の意志は強くなりました。婚約者を取り換えるなんて有り得ない!!」
え?え?え?何が起こってるの?ラーシュ様はお姉様を好きなのではないの?
「お前の気持ちはよく分かったよ。ラーシュ」
グラソン侯爵夫妻はラーシュ様と私を優しく見つめてる。いつものお二人だわ。少しホッとした。
「父上、母上、後はよろしくお願いいたします。では失礼します。行くよ!リファーナ」
「ま、待ってください!ラーシュ様、どこへ?どうして……」
暖かな部屋。たくさんの本が並んだ本棚にクラヴィーアが置いてある広い部屋へ案内された。
「僕の部屋だよ」
「そんな場所に私が入る訳には……」
ええ?ドア、閉められた?
「言ったよね?」
じりじり近づくラーシュ様。どんどん後退りしてしまう私。
「さっき言ったよね」
とうとう窓際まで。もう下がれない。
「僕の事好きだって」
「あ」
そうだったわ。今さらなのに……。顔が熱い。恥ずかしい。……胸が痛い。
「はい……」
申し訳ありませんって言おうとした。ご迷惑なのにって。でもできなかった。ラーシュ様の顔が近づいて来て、あ、あったかい……。
唇が重なってる……。キスされてる……?
「っ」
反射的にラーシュ様の胸を押して離れようとした。でも駄目だった。背中や頭の後ろにがっちり腕が回されてて離れられない。
「ラ、ラーシュ様?」
キスの合間に何とか声を出せた。
「僕も好きだよ、リファーナ」
ラーシュ様の緑の瞳が私を映してる。
「婚約は解消しない。絶対にだ」
涙がこぼれた。体の力が抜けていく。
ラーシュ様の唇が私の涙をすくう。
「甘いね」
そのままキスを繰り返された。嘘よ。しょっぱかったわ。
私達はソファに並んで座って話をした。
「あの、本当に私で良かったんですか?」
肩を抱き寄せられて、親指と人差し指に口づけられた。
「何年一緒にいたと思ってるの?」
次は中指に。く、くすぐったい……けど逃げられない。
「ずっと、好きだったんだからね」
「ずっと、ですか?」
あんなに厳しかったのに?そして薬指にキスが落ちる。
「これからは遠慮しない」
最後は小指に。だんだん体が重くなってくる。あれ?ラーシュ様、倒れこんできてる?
「ずっとおあずけを食らってたんだから」
唇から頬、頬から首筋にキスが移動していく。ちょ、ちょっと待って。
「あ、あの、ラーシュ様?」
「恋人同士なら、いいんだよね?」
えっと、えっと何が起こってるの?
「ラーシュ様、そこまでです」
嘘……ヒースコートさん、いつからいたの?ずっと見られてたの?ああああ、恥ずかしい……。
「邪魔するな、アレン」
「いけません。ラーシュ様。それ以上はスティーリア伯爵令嬢が危険です」
「え?あ。リファーナ?大丈夫?ごめんやり過ぎた!つい……!」
「…………」
「リファーナ?!」
私、生まれて初めて気を失ってしまったみたい。
…………しませんでした。
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