夢現の決戦
遊園地と言う舞台を選んだのも、彼女が得意とする
フェアレディの口端が歪んで――炎熱で黒焦げになった右足で、俺はそのまま踏み込み――彼女の笑みが消えた。
激痛を振りほどくように、俺は魔力を流し込む。
使い物にならなくなった右足を
右で踏み込み、左で駆け抜ける。
ドッ!!!!
地面が弾け飛び、仕掛けられた地雷が炸裂した。
「アルスハリヤァ!!」
緋色の両眼が
火炎の只中を片手で掻き分けて、黒煙を掻き消しながら、吹き飛ぶようにして前に進む。
フェアレディが用意した
避け損ねた俺の小指が吹き飛び、その犠牲を
蒼と白。
魔力の
一本の
「チッ」
フェアレディは、十指を振るい、俺が乗っていた
満月を背景に。
月夜に浮かぶ緋色の両眼、俺はその
「よぉ」
無表情で、俺は、ささやいた。
「覚悟は出来てるか」
振り――下ろす。
重なった視線と視線、紫電が跳ね跳ぶ。
幾重にも重ねられた
「あぁ、今宵の月も美しい」
俺の前で、フェアレディは微笑を浮かべて――来る――小指、薬指、中指、人差し指、親指!!
凄まじい速度で動いたその指、それに対応する糸、それらすべてを
「愚者……いや、この狂者が……!!」
下方の死角。
跳ね跳んだフェアレディの膝が、俺の
ひゅっ!!
きらりと、月明かりに照らされて、致死の
息だ。
その死を見つめながら、俺は、己に叫ぶ。
息をしろッ!!
「がはっ!!」
寸前、俺は呼吸と同時に回転し、
「げほっ……がはっ……はっ……はっはっはっ……!!」
揺れるゴンドラの上で、俺は血反吐を吐いて、血溜まりの中に突っ伏す。
笑い声。
「あぁ、あぁ、なんたる無残! 生ゴミの中で、藻掻き続ける
どうか、その悲劇に
「うるっ……せぇよ……」
ふらつきながら、立ち上がり、俺は笑った。
「三流役者が……自分の
血にまみれた両手で、俺は、九鬼正宗を構える。
「立ち位置を変えるなよ……その幻の中に、一生、立ってろ……」
嬉しそうにフェアレディは、顔を歪めて――ダンッ!
ゴンドラを勢いよく揺らしながら、踏み込んだ俺は、回り続けるゴンドラを足がかりにフェアレディへと迫る。
その瞬間、視界が傾いて、フェアレディは両手を交差させていた。
「あぁ、美しい……悪と正義の対立構図……無垢なる光の哀憐細工……我が
音もなく斬り刻まれた観覧車が、崩れ落ちてゆく。
空中に投げ出された俺は、
落下。
落下、落下、落下!!
あたかも、パズルを組み立てるように。
右手の小指を失くしたから、全部で九指、フェアレディの
重力変化を起こした
両足から蒼白い閃光が
「こ、コイツ……!?」
驚愕。
フェアレディは目を見開いて、十指を振るった。
飛翔するゴンドラ、勢いよく俺へと叩きつけられ――斬――真っ二つになったゴンドラの中へと飛び込み、内部の座席を蹴りつけて――外へと飛び出した俺は、白刃を腰の位置で構える。
「言ったろ」
俺は、魔眼で、魔人を捉える。
「
フェアレディは、腕を振――右で振り抜くと同時に、左の甲で刃を跳ね上げ――魔人の両腕が吹き飛ぶ。
ゆっくりと、フェアレディの表情が変化していく。
刃を返す。
俺は、そのまま、フェアレディの脳天へと刀刃を叩きつ――フェアレディは、
真っ赤な
その内部で、複雑怪奇な機構を描いて、罠の糸が張り巡らされている。
口の中に隠された
息が止まって、力が緩んだ。
「O Hero, Hero! Wherefore art thou Hero?」
口を開けながら、しゃべった魔人の両腕が再生し……一撃。
二撃、三撃、四撃、五撃、六撃。
いつの間にか、右腕と左腕に
「Bye, Hero!」
そして、飛んだ。
ぎゅるんっと、回転しながら、俺はミラーハウスへと叩き込まれる。
外壁を突き破り、内装をめちゃくちゃに。
半ば意識を失っていた俺は、上下左右の鏡に映るズタボロになった自分を見せつけられ、何枚もの鏡を自分の身体で叩き割りながら振り回されて――ポイ捨てされる。
頭、肩、背中、腕、腕、足、足、腹、腹、頭。
全身を地面に打ち付けながら、転がっていって、ようやく止まる。
「…………」
ゆっくりと呼吸しながら、俺は、どろりと流れる赤色を見つめる。
やっぱ、つえーわ、魔人……どこもかしこもいてぇ……もう少し、俺が強ければ、勝機もあったんだろうけど……さすがに、お釈迦様の手のひらの上で、お釈迦様相手に勝とうってのが無理な話か……。
「まぁ……でも……」
両手足に力を
全身に突き刺さったガラス片から血が
「お前には……絶対……敗けてやん――」
また、視界が回転する。
次は、メリーゴーラウンドへと叩きつけられ、すべての木馬を破壊してから地面を転がされる。
「…………」
真っ赤に染まった、自分の両手を見つめる。
赤黒く染まった両手は、小刻みに震えていて、俺は立ち上がろうとして――転ぶ。
何度か、顔を打ち付けながら、ようやく立ち上がる。
視界まで、赤色に染まっていた。
ふらふらとしながら、俺は、狭まった視界に魔人を入れ続ける。
「あぁ、なんと愚かな!」
両手を組んだフェアレディは、泣きながら訴えかける。
「なぜ、立つのですか! 貴方は、この世界の脇役! 私と言う主役の影に潜む卑しい
「この世界では、誰も、貴方を求めていない……お邪魔者だと言う理解はお有りですか?」
「今更の……話だろ……」
血溜まりでぬかるむ両足、俺は、必死に立ち続ける。
「もう、楽になりなさい。立たないで良いのですよ。この先、貴方が報われることはない。ただひたすらに、ゴミのように扱われてなにを得られると言うのですか?
嬉しそうに、フェアレディは微笑む。
「クリス・エッセ・アイズベルトは貴方を見捨てた。
そうでしょう?」
「…………」
「かわいそうに。貴方に必要なのは、慈愛の精神、この素晴らしき私の誠意。
さぁ、おいでなさい。貴方を愛で包んであげましょう。さすらば、貴方は救いの道へと至り、世界は輝きで満ちることになる。
さぁ、さぁ、さぁ! 私の胸に抱かれて、幸福になりなさ――」
「くっ……ふはっ……」
思わず、俺は吹き出して、フェアレディは
「……なにがおかしいのですか?」
「そりゃあ、おかしいだろ……人間の複製品
脇腹に突き刺さった木片、そこから大量の血を
激痛に
魔人が解せない愛を。
「良いか、教えてやるよ……よく聞け、魔人……今回の物語の主人公は、お前でも……もちろん、
「もう良い」
俺は、魔人を人差し指で
「死ね」
「
魔人は、片腕を振って――俺は、笑った。
「遅れてやって来る」
俺とフェアレディの間に、杖が突き刺さった。
地面に亀裂が走り、
意表を突かれて、フェアレディの顔が歪んだ。
満月の夜。
ふわりと、人影が下りてくる。
紫色のマントが揺れて、月光を浴びた
『至高』の
その肩書をすべて捨て去り、たったひとりのクリス・エッセ・アイズベルトとして……彼女は、己の意思で、舞台へと下り立った。
「悪いな」
闇夜に着地して、今宵の主役は、そっとささやいた。
「
俺は、苦笑して
「ホントにおせぇよ……主役が遅れてどうすんだ……」
「なにをホザイてる?
主役は、最初からお前だろうが」
髪を
「行けるか、私の彼氏?」
俺は、彼女の手を握り、笑いかけた。
「そっちこそ大丈夫だろうな、俺の彼女?」
「誰に物を言ってる」
彼女は、満面の笑みで答えた。
「私は、クリス・エッセ・アイズベルトだぞ」
「さすが、
夢幻の恋人同士は、笑い合って、手をつなぎ――
「じゃあ、そろそろ、この夢幻ごとあのクソ魔人を――ぶちのめしてやろうぜ!!」
「あぁ!!」
ふたりで、並び立った。