合体技
エスコには、合体技と言うシステムが存在している。
戦闘中、特定のキャラクターを組み合わせることで、掛け合いが発生したり、好感度がアップしたりすることがある。
その好感度が一定以上に高まった際に、解放されるのが『合体技』である。
サブヒロイン/サブキャラクターとの掛け合いのパターン数は、普通にプレイすれば網羅することが不可能なくらいに多い。
合体技も、嫌われ者の三条燈色も含めて、ほぼすべての組み合わせで用意されているのだから恐ろしい。
エスコは、百合ゲーなので、合体技の発生時には女の子と女の子が見つめ合っていたり、手を繋ぎ合っていたり、キスしていたりするCGが挿入される。
さすがに、サブヒロイン同士とか、サブキャラクター同士とかの合体技には、専用CGが用意されていたりはしないが、主人公とメインヒロイン/サブヒロイン/サブキャラクターの間での合体技にはすべてCGが備わっている。
唯一の男キャラである三条燈色の場合は、まるで、陵辱ゲームみたいなゲス顔を浮かべたヒイロと顔を赤らめたヒロインが並び、そのあまりの醜悪さに、CGコンプ出来ないプレイヤーも多い(このCGを手に入れなくても、CG回収率は100%にはなる)。
この合体技、原作ゲームではかなりの強技とされており、特に魔人戦では無類の強さを誇る。
なにせ、魔人には『人間を模した複製品なので、愛を理解できない』という設定があり、合体技には魔人特攻効果が付与されるからだ。
欠点らしい欠点は、それなりの時間をかけて好感度稼ぎが必要になること、ターン経過による高揚感を上げてからでないと発動出来ないこと、消費魔力が膨大なので序盤はまず撃てないということである。
正直、この合体技は、俺にとって必要のないものだと思っていた。
ヒロインの好感度稼ぎを行うということは、百合を破壊することに繋がりかねないからだ。
ただ、この夢畏施の魔眼の世界であれば、好感度上昇を気にする必要性はない。
原作ゲーム通りであれば、この世界で起きたことはすべてなかったことになる。
俺とクリスが、お互いを恋人同士だと思い込んでも、目を覚ました時には元通りの関係になっている。
だからこそ、俺は、全力でクリスを愛するし、クリスにも俺を愛してもらう必要がある。
俺とクリスで合体技を身に着けて、愛の力で魔人を打倒した時、俺たちはようやく望んだ関係性を取り戻すことが出来るのだ。
と言うわけで、早速、合体技の特訓に取り組んでいるわけだが……。
「断る!!」
第一歩目からして、クリスに拒絶されていた。
「いや、危急のことだし、しょうがないじゃん……魔力の共有化には、触れ合うことが必須なんだから……」
現在、俺がクリスと取り組もうとしていることは『魔力の共有化』である。
別に、特別なことででもなんでもない。普段から、魔法を用いる時にもやっていることだ。
例えば、魔法発動時には、俺たちは魔導触媒器と魔力の共有化を行っている。
構築した魔力線と魔導触媒器の導線を接続することで、肉体と魔導触媒器の魔力を共有化し、mppsを元に魔力の流入/流出を繰り返しているのだ。
この魔力の共有化は、人間同士でも行えるし、魔導触媒器同士で行うことも出来る。
この手順は、魔法士の間で『同期』と呼ばれている。
この同期を上手く使えば、魔法士の最大魔力にも依るが、ふたつの魔導触媒器の導線を魔法士の魔力線を仲介して繋ぎ、魔導触媒器同士を同期して、同時接続式枠の数を底上げしたりも出来る。
同期を人間同士で実施すれば、互いの魔力を分け与えることも出来るし、使用している魔導触媒器にセットしている導体の共有化も行える。
各個人のもつ魔力は、同じようで微妙に異なるので、魔力の共有化には魔力⇔電気変換と同じように変換が必要とされる。
腕輪のような変換器も存在しており、そういった補助具なしでの共有はかなり難しく、各個人ごとの癖を互いに掴み合う必要があるのだ。
当然、互いの魔力を共有するためには接続が必要なのだから、人間同士の場合は魔力線を繋ぐ必要がある……魔力線は体表と体内に構築されるのだから、肉体的な接触が不可欠になるのだ。
となれば、魔力共有に慣れていない現状、魔力線の数を増やして触れている面積を増やした方が事故率は下がる。
だからこそ、俺は『とりあえず、抱き合おう』と提案したのだが……顔を赤くしたクリスは、断固拒否の姿勢をとっていた。
「この蒙昧がっ!! 私をそこらへんの小娘と同じにするな!! 私は、クリス・エッセ・アイズベルト!! アイズベルト家の次女で、わ、私にまともに触れた女性はいないんだぞっ!!」
「だから?」
「だ、だから……こ、断る……」
何時もの居丈高な態度はどこへやら。
慣れていない分野で攻められると、発する言葉にもキレがなくなってしまう彼女にため息を吐いた。
「お前も魔法士ならわかるだろ?
本来なら、もっと直接的に行うところを、邪魔な衣服を通してやろうって言ってるんだ。わがまま言わずに、とっとと来いよ」
俺が腕を広げると「あぁ」とか「うぅ」とか呻きながら、視線を彷徨わせたクリスはぼそぼそとつぶやく。
「ど、同期なんて必要ない……わ、私の力があれば、あんな魔人……」
「いや、絶対に必要だ。
俺ひとりじゃ、絶対に魔人には勝てない。お前が鍵なんだよ、クリス。フェアレディもそれに気づいていて、お前の弱点を突くために、家族ごっこなんて始めたんだ」
この対応は、当然とも言える。
クリスと俺の総合力を比べてみれば、圧倒的にクリスの方が高い。だからこそ、俺ではなく、クリスを掌握することを優先したのだろう。その判断は正しいし、実際、俺はクリスを取られたら敗ける。
「ほら、来い」
再度、俺は、クリスを招く。
呻き続けていた彼女は、用心深い猫のようにちょっと近づいては離れてを繰り返し、ようやく、俺の腕の中に全身を預けた。
「…………」
触れるか触れないかの距離感で。
クリスは、俺の胸に両手を当てていて、彼女の白いうなじが視えた。
本来であれば、彼女は、男の腕の中に収まるわけもなく、そもそも、妹を腕の中に招き入れている側の筈で――心臓に、凄まじい激痛が奔る。
「ぐっ……ぉ……ぉぐ……!!」
だ、ダメだ、か、考えるな、こ、この世界では自己の確立は想像にゆだねられる……も、もし、本気で『死にたい』と考えれば、俺の意識はすべて完全削除される……!!
「…………」
無言で、身をゆだねるクリスは、俺の胸に耳を当てる。
白金の髪から、俺と同じシャンプーの香りが漂ってきて、胸元の辺りに柔らかな何かを感じた。小さな肩を抱いた瞬間に、彼女はぴくりと全身を震わせ、うなじが桜色に染まっていく。
ぎゅっと、彼女を抱き締める。
「……い、いたい」
「え、あ、ご、ごめんなさい」
ゆっくりと、力を緩めていくと、彼女はぶっきらぼうにささやいた。
「……へたくそ」
視界が――歪む。
な、なんか、あの、こ、声のトーンが、いつもと違くない……? な、なんで、そんな猫撫で声みたいな……い、いや、こ、コレは良いことなんだよな……お、俺は、クリスを好きにならないといけなくて……で、でも、俺は百合を護らないといけなくて……じ、自我が……ほ、崩壊する……!!
「り、リードは」
俺の胸の中で、顔を隠しているクリスはささやく。
「ど、どっちがやるの……早くして……しろ……」
「で、では、僭越ながら某から」
自分でも何を言っているかわからない状態で、魔力線を構築して、彼女の魔力線と接続を行う。
「…………ぁ」
小さな声が出て、クリスは、勢いよく両手で自分の口を押さえる。
真っ赤な顔の彼女は、下から、俺を睨みつけてくる。
「き、聞くな……ッ!!」
「そんなダイレクトクレームをもらいましても、お客様。両手が塞がっており、耳を塞ぐことは物理的に不可能でして、お客様」
「なら、私が塞ぐ!」
クリスは、両手で俺の耳を塞いだ。
完全に身体の前面がくっついており、さっきよりも密着率は上がっていたが、必死な彼女は気づいていないようだった。
数十分かけて、ゆっくりと、魔力線を繋いでいく。
想像以上に、魔力線の接続は難しかった。
当然ながら、俺とクリスが構築した魔力線は、太さや幅や輪郭、その質はまるで異なっており、最も良い状態で接続出来るように、互いに譲り合って魔力線を再構築していく必要があった。
「お、おい、なんだ、このデタラメな魔力線は……な、なんで、お前、今まで生きてる……?」
便利な魔人機構が、そこらへんのカバーをしてくれてまして。
俺の中で、なにかが身じろぎしている。
恐らく、クリスの魔力を受け入れたことに対するアルスハリヤからの無言の抗議だった。
無視して、俺たちは、魔力共有を続ける。
「魔力線の繋ぎ方が違う!! 魔力をそんなに一気に流し込むな!! mppsを意識しろと言ってるだろ!! 私じゃなかったら、お相手は破裂して、辺り一面は血の海だぞ!! しっかりしろ、ボケがッ!!」
「す、すいません……」
普段は、優しい師匠に師事を受けているせいか、クリスの苛烈なご指導はなかなか新鮮だった。
でも、思えば、興に乗った時の師匠は鬼だし、クリスは俺の身体を第一に考えてくれているので、罵声を浴びせてはくるものの、クリスの方が余程まともな鍛錬をさせてくれていた。
師匠とか、たまに『お前しか出来ねーよ、そんなもん』みたいな鍛錬させてくるし……クリスよりも天才肌だから、感情的に昂ぶってくると、無茶振りしてくるのがダメだと思います。でも好き(ツンデレ)。
5時間後。
俺とクリスは、汗だくになって、息を荒げながらようやく離れた。
ぺたんと、俺は、その場に尻もちをつく。
「し、死ぬ……」
「なにしてる」
げしっと、俺は、足蹴にされる。
「走るぞ。とっとと、手を繋げ。ようやく、まともに魔力線を繋げたんだから、その感覚を忘れないうちに同期時の運動性能も確認しておく。
ほら、立て」
俺は、手を握られて引っ張られ、涙目で首を振る。
「いやーっ!! やーっ!!」
「『やーっ!!』じゃない!! 良いのか、ココで心が折れたら、ミュールたちを救えなくな――」
「行くか(スクッ)」
「…………」
俺は、クリスと手を繋ぎ、砂浜を走り始める。
俺たちが走る姿を視て、フェアレディは、愉しげに薄ら笑いを浮かべていた。
そして、魔人の精神世界に囚われてから――一ヶ月が経った。