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幸福に復活せよ

「説明しろ」


 二階の子供部屋。


 さっきまで存在していた天蓋てんがい付きベッドは消え失せ、代わりに二段ベッドが用意されていた。勉強机も密着して並べられ、お揃いのペンまで準備されている。


 仲良し姉弟の関係性の発展に伴って、子供部屋にはアップデートがほどこされていた。


 クリスに壁ドンされ、問い詰められている俺は、苦笑してささやく。


「おいおい、天下のクリス・エッセ・アイズベルトが、恋人繋ぎくらい経験したことがないわけがな………え? ないの?」


 顔を赤くしたクリスは、手負いの獣のように唸り声を上げる。


「悪いか……!」

「はぁ!? 悪いだろうがっ!!」


 反転した俺は、クリスを壁に押し付け、手のひらを顔の横に叩きつける。


「ミュールとお泊り会したんじゃねぇの!? あぁ!? その時に、普通よぉ!? こう!! 繋ぐだろうがっ!! 祈りを捧げるみたいに、お互いの両手を組み合わせてぇ!! 恋人繋ぎぃ!! 額と額を合わせて、眠りにつくのがお約束だろっ!!」

「実の妹とそんないかがわしいことしてたまるかっ!!」


 クリスは、俺の肩を掴んで、位置を反転しようとし――俺は、彼女の足の間に右足を差し込み、軸足を封じてから体重をかける。


 位置交換に失敗したクリスは、両眼を見開いた。


 ニヤリと笑った俺が、壁に手のひらを叩きつけようとして――蛇のように、クリスの右手が絡みつき、左の掌底が俺のアゴに入る。


「クソァッ!!」


 左の手のひらを軸にして。


 足払いをかけられた俺は、ぐるりと回転し、勝利に確信したクリスは微笑を浮かべる。踏み出した彼女は、そのまま、俺を壁に叩きつけようとしたが、宙空で身を捻った俺のハイキックに押し止められた。


 受け身をとって、俺は、右手を出した。


「…………ッ!!」

「…………ッ!!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 両手足が凄まじい勢いで旋回し、無限に等しい壁ドンと位置交換が行われ、俺たちは汗を流しながら壁をかけて戦い合う。


 30分後、汗だくになった俺は、息を荒げるクリスをベッドに押し倒していた。


 桜色に染まった肌、上下する胸、うるんだ瞳でこちらを見上げる美少女……彼女の頭の横に手を置いて、俺は、ハァハァと呼吸を繰り返す。


「…………」


 ど、どうしてこんなことに……!? こ、コレが、フェアレディの夢畏施の魔眼スウィート・スリーピィの能力か……!?


 片腕で顔を覆って、仰向けになっているクリスは、無防備な全身を晒していた。


 俺は、彼女からそっと離れて、部屋を出てから……数秒待って、再度、部屋に入る。


「よぉ、クリス」


 片手を上げた俺は、爽やかな笑顔を浮かべる。


「奇遇だな、これから説明するぜ」

「扉の出入りで、リセットされると思うなよケダモノがァ……!!」


 夢畏施の魔眼スウィート・スリーピィさんが、俺の味方をしてくれない……。


 クリスが、落ち着くのを待ってから。


 壁に背を預けて腕を組んだ俺は、こちらをにらむ彼女に言葉を投げかける。


「まず、最初に弁解させてくれ。

 俺は、ただ、お前とミュールに両手を握り合いながら眠って欲しかっただけだ。ソレは清廉潔白なる欲望エゴで、そこには一匙ひとさじの不純物が混じることもなく、若干の暴走はあったが普段の俺のままだったと言える。

 俺は、流れ星に願いをかける無邪気な子供のままだったよ……そんなロマンティックに免じて、手打ちとしてくれないか?」

「弁解の意味を拳で教えてやろうか?」

「すいませぇん!! ちょっと、あのぉ!! 押し付けがましいことしちゃいましたァ!! 暴走百合特急、各駅停車せずで、ホントにすいませんでしたァ!!」


 勢いよく反省の弁を伝えると、クリスは、隠し持っていた凶器(目覚まし時計)を置いた。


「寝ぼけるなよ、カスが。

 私とお前は、飽くまでも、敵同士でたまたま共同作業に取り組んでいるに過ぎない。口のき方に気をつけろ」

「ういーっす、おっす、しゃーっす!!」

「……説明を始めろ」


 なぜか、再度、目覚まし時計を握ったクリスの前で俺は口を開く。


「まず、フェアレディの復活につ――」

「おい」


 後ろ側に付いているツマミを回して、目覚まし時計の短針と長針を回転させながら、クリスが口を挟んでくる。


「回りくどい。回せ、もっと、後ろに。現在いま、そこまでさかのぼってどうする。時の無駄だ。フェアレディは、現実に存在していて、私たちは素晴らしい夢の世界で家族ごっこの真っ最中だ。

 既に復活したフェアレディについてどうこうと、茶飲み話を続ける必要があるのか?」

「なかったら、お茶()けなんて用意しないだろ」


 俺は、棚の上にあったクッキーの袋を手にとって投げようとし――彼女の元まで、歩いていき、手渡す。


「目、殆ど視えないんだろ。さっきの壁ドン合戦も、勘でどうにかしてたみたいだし、接近戦は向いてないんだな」

「……チッ」

「話を続ける。フェアレディの復活の原因だ」

「簡単な話でしょ」


 クリスは、クッキーをかじりながらささやく。


「フェアレディ派の仕業だ。眷属けんぞくが、あの腐れ魔人を復活させて、姉をベッドに押し倒すような弟をプレゼントしてくれたってだけの話」

「どうやって?」

「……どうやって?」


 繰り返したクリスは……静かに、片手で口を押さえた。


「…………」

「あんた、魔人の復活条件は知ってるか?」

「当然だ。復活の引き金(トリガー)は、各魔人ごとに決められていて、その要素は魔法士の間で『六忌避』と称されている」

「仰られる通り、さすが、飛び級の才媛さいえん

 例えば、アルスハリヤの引き金(トリガー)は『興味』……なら、フェアレディをこの世に降臨させたもうた奇蹟トリガーは?」

「……『不幸』だ」


 彼女は、ゆっくりと顔を上げる。


「フェアレディが復活したのは、あの教会の内部だ。間違いない。目が視えない分、私の魔力感知は鋭い。あの膨大な魔力の噴出は、魔人復活以外に有り得ない。

 あの教会の中で、フェアレディを目覚めさせる程の『不幸』があった……それは、一体……なんだ……?」

「よく考えてくれ。その『不幸』は、誰にとっての『不幸』だ?」

「当然、復活するフェアレディにとっての――おい、待て、待て待て待て。ヤツにとっての不幸、それはつまり」

「あぁ、そういうことだ」


 俺は、ささやく。


「フェアレディが復活する寸前、あの教会の内部には、も言われぬ『幸福』を感じている人間がた」


 絶句したクリスは、己の考えを振りほどくように頭を振る。


「……眷属けんぞくじゃないのか?」

「タイミングが違う。眷属が『幸福』を感じるのは、フェアレディが復活した“後”の話だ。前の話じゃない」

「なんの幸福だ……あの陰気臭い教会の中で、どこに幸せを感じる……?」

「ポイントは、眷属けんぞくは、その人物の『幸福』を満たすためにミュールをさらったってことだ。

 明らかに、奴らは、フェアレディ復活の準備を整えていた。教会と言う場は、フェアレディとの関連性が強く、彼女を復活させるための一要素として使われていた」

「誰だ、フェアレディを復活させた、そのバカは……!?」

「…………」


 黙り込んだ俺は、静かに目を伏せる。


 疑問だらけのクリスの顔から、日に当たった雪のように、徐々にその謎が溶け落ちていき……緩慢かんまんに、それでも着実に、彼女の面相は変化していって、それから両手で己の顔を覆った。


 必死にこらえていたのだが。


 ついに感情が決壊した俺は、ニチャニチャ笑いながら、彼女にささやきかける。


「そのバカが、誰か、わかってんだろぉ……?」

「ち、違う……!!」


 立ち上がったクリスの顔は、真っ赤で、彼女は必死に顔を腕の間に隠していた。


「えぇ? なにが違うんですかぁ? あれ? なんで、顔隠してんの? どうしました? 錬金術師アルケミストさん? 真っ赤なお顔でも、生成クラフト中ですかぁ?」

「く、クソが……クソがァ……!!」

「天才にも解けない難問の答え、凡才の俺が教えてさしあげますがぁ!!」


 俺は、笑いながら、彼女を指差した。


「クリス・エッセ・アイズベルトはぁ!! 妹のミュールを救うと言うシチュエーションにぃ!! 魔人が復活するくらいの幸福を感じてましたぁ!!」

「クソがクソがクソがァ……!!」


 クリスはベッドに逃げ込み、すかさず、俺は布団をかぶった彼女を追いかける。


 満面の笑みを浮かべた俺は、両手を叩きながらベッドの周りを歩き、追い込み羞恥漁を仕掛ける。


「『お前は、フリルの付いたドレスを着込んで、絵本の表紙でも飾るつもりか』! 『お前は、もうおしめをしてる歳でもない』! 『自分でどうにかしてみせろ』! 『そんなところで、ただ、腰を下ろすな』!」

「クソがァアア……!!」


 もぞもぞと動く布団の山の前で、俺は、キリッと顔面を整える。


「『私は、お前をののしって安寧を得ていた。なにか言うことは?』」

「…………ッ!!」

「あれ? え? クリスさん? なんか、厳しい感じのこと言ってましたけど? ん? もしかして、あれ? そう言う姉妹関係に憧れてて? 実現しちゃったことに? ミュールとの姉妹関係が修復されたことに幸福感じちゃってま――」


 ゴッ!!


 俺の額に目覚まし時計が命中して、でダコみたいになったクリスは、涙目で枕を構える。


「こ、殺す……お前を殺す……!!」

「お、落ち着いて……す、すいませんでした……ひ、久々のまともな供給だったから……ひもじかったから……!!」

「死ねッ!! 死ね、死ね、死ねッ!!」


 ばふばふ、ばふばふ。


 クリスの気が収まるまで、丸まった俺は、枕で殴られ続ける。


 ようやく、落ち着いた頃には、はぁはぁ言いながらクリスは飛び散った羽毛だらけになっていて、倒れ伏した俺は、額から流れた血で『姉妹百合』と書きのこしていた。


「で」


 10分後。


 包帯を頭に巻いた俺は、本棚にあった百科事典を膝に抱いたまま正座させられ、足を組んだクリスを見上げる。


「よしんば、お前の薄汚い思考回路が導き出した妄想めいた推測が、天文学的確率で的中していたとして。

 そのフェアレディ復活の引き金(トリガー)を私が満たしていることと、お前と私が恋人繋ぎから始めることの間になんの因果関係がある?」

「大有りだよ」


 俺は、笑って、親指で扉の外を指した。


「表に出な。

 たっぷりと、その妹思いのわがままボディに教え込んでや――目覚まし時計で、二度と目覚めなくされる!!」


 投擲とうてきされた目覚まし時計を百科事典でガードし、俺は、逃げるように扉の外に出た。

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