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ダビデとゴリアテ

 夢畏施の魔眼スウィート・スリーピィの世界は、頑強がんきょうに構築されている。


 夢の中では、どんな突拍子もないことが起きても違和感を抱かないように。


 夢畏施の魔眼スウィート・スリーピィが創り上げている精神世界は、滅多なことでは揺るがず、壊れず、おかしいと気づくことすら出来ない。


 時間が経過すればする程に、底のない沼にハマったみたいに意識の自重で落ちていき、いずれ奇妙なことを奇妙だと思わなくなる。


 最終的には、フェアレディのことを本当の母親のように感じてくる筈だ。


 例えば、俺たちがるフェアレディ・ハウス。


 階段を上り下りするだけでも、家具の配置が変わっていたり、ソファーの色が変わっていたり、暖炉があったりなかったりする。


 その変化に気づくことは出来ても、一瞬で慣れて、疑問視することはない。


 ただ、『あたたかな家庭』と言う根本自体は崩れることがなく、母親役はフェアレディで、俺の姉役(もしくは妹役)はクリスになっており、捏造写真の群れに囲まれて、団欒だんらん家族物語を強制されていた。


 そして、その強制力の魔の手は、誰であろうとも及ぶことになる。


 それが、天才と褒めそやされている少女であっても。


「…………」


 巨大なローマ風呂。


 水瓶みずがめを持ったフェアレディの像が、同心円状に色違いのタイルを順々にいた浴槽にこんこんと湯を注いでいた。


 一般家庭に存在して良いレベルの風呂ではないが、俺もクリスも、この巨大な浴場を当然のものと受け止めていた。


 バスタオルを巻いたクリスが、円形の浴槽の前で仁王立ちしていた。


 その顔面は、歪みに歪みきっている。


 同様に、腰にタオルを巻いた俺は、腕を組んでコリント式(柱の装飾方法のひとつ)の柱を見つめる。


 柱頭に莨菪花アカンサスの装飾がほどこされた柱には、華美で不足がなく、見れば見るほど現実のものだと思えてきてしまう。


「あぁ、我が子たちよ! 豊かな人生にあたたかな乾杯を共に捧げましょう!」


 あでやかなる肢体したい


 『刮目かつもくせよ、我が美をとらたまえ!』とでも言わんばかりに、裸体を隠そうともしないフェアレディが浴場に姿を現した。


 自信と誇張で飾られた芸術品のような裸身は、確かに、美貌びぼう権化ごんげといっても良いが。


 ココまで堂々とされると、逆に、劣情をもよおしたりはしなかった。


「…………」


 いや、コレは、フェアレディに親愛の情……つまり、彼女を家族だと思いこんでいるから、そういう感情が湧いてこないのか?


 俺は、振り向いて、桃色に染まっているクリスの太ももを見つめる。


「……えっちだな」

「は?」

「エッ――」


 髪を引き掴まれて、浴槽に沈められる。


 数十秒ほど、顔面を強制洗浄された後に解放されて、我に返った俺は恐怖で震えた。


「た、助かった……姉妹百合の片割れをえっちな目で見るところだった……百合をえっちな目で視て良いかについては意見が分かれるところだが……俺的にミュール✕クリスは、健全百合だからえっちな目で視てはいけない……レギュレーション違反を起こすところだった……ありがとう……」

「目を覚ませ(再度、顔面を水面に叩き込む)」


 お湯の中で、30数えてから、ようやく俺は平静を取り戻した。


 三人で、湯の中にかる。


 湯気の只中で、足を伸ばした俺は、全身の血管が開いていく感覚に集中した。


 なんで、俺は、全裸の魔人と一緒に風呂に入ってるんだろう?


「…………」


 右を見ると、全裸の美少女(ノーガード)


「…………」


 左を見ても、全裸の美少女(タオルガード)


「…………」


 どうして、この女性ひとたちは俺を挟んでるんだろう?


「……おい」


 小声で呼びかけられて、俺は、クリスの方を振り返る。


 偉そうに腕を組んで、頬を上気させた彼女は、湯の中でゆらゆらとタオルを揺らしていて……かなり際どいところまで見えていたが、健全百合に不埒な思いを抱いたりはしない俺は両手で印を組んで無効化した。


リンッ!! ピョォッ!! トォーッ!! シャーッ!! カイッ!! ジンッ!! レツッ!! ザイッ!! ズェーンッ!!

 百合ユリ百合ゆり百合ゆりィッーャァ!!」


 俺は、クリスに微笑みを向ける。


「で、なに?」

「コイツ、何事もなかったかのように……これから、どうするつもりだ?」


 別に聞こえようが聞こえまいが、ココはフェアレディの精神世界でてのひらの上なので意味はないのだが……ひそひそと、クリスはささやいた。


「考えたんだけどさ」


 俺は、ニヤリと笑う。


「フェアレディ、ココでぶっ殺さねぇ?」


 愕然がくぜんとクリスは硬直し、うっとりと、水面に映った自分に見惚みとれている魔人を見つめる。


「脱出の手立てを探すんじゃないのか?」

「いや、そんなこと一言も言ってないでしょ」


 無言で、クリスは、濡れた前髪をき上げる。


「……どうやって?」

「精神を崩壊させる。つまり、この世界を粉々に破壊する。

 鬼が飲み込んだ一寸法師みたいに、たまに小者が大物を上回る場合もあるし、フェアレディはきっとその事態を想定してない。

 と言うか、表の世界で、正々堂々、コイツを倒せる気がしないからからめ手で打ち倒す」

「こんなところで、ダビデとゴリアテを再現するつもりか?

 あの羊飼いには石ころがあったが、私たちの手にあるのは夢幻だけだ。それに、ヤツは巨人ではなく魔人で、肥大化した自己をあわせ持ち、あの愚劣な精神性に傷がつけられるとも思えない」


 俺たちの話に合わせるかのように。


 グイド・レーニ作『ゴリアテの首を持つダビデ』が、浴場の壁面に浮き上がり、徐々にその様相が変じられていく。


 陶酔とうすいした表情で、魔人フェアレディの首を見つめる小人ヒイロ……まるで、番狂わせ(ジャイアントキリング)を誘うかのような挑発行為、俺はその招待をニヤけ面で受ける。


 己の勝利を確信している美女は、哀れみの表情で、俺に慈愛の眼差まなざしを捧げていた。


「どうやって」


 クリスは、ささやく。


「どうやって、あんなヤツの心に傷をつける?」

「手の中に夢と幻しかないなら」


 ニヤニヤしながら、胸に手を当てたダビデは、彼女ゴリアテへと丁重に頭を下げた。


「ダビデにならって、それを放り投げれば良いんだよ」


 俺の挑発を受けて、微笑わらったフェアレディは、己の首に人差し指と中指を当てて――ちょきちょきと、切ってみせるフリをした。

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