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ちょっと歪んだ姉妹百合

 六人の敵対者は、ゆっくりと、クリスを囲むように移動した。


 興味がなさそうな顔で、ポケットに両手を突っ込んだクリスは、奥の椅子に縛り付けられているミュールを見つめる。


「なにしてるの」

「…………」


 目を見開いたミュールは、今にも泣きそうな顔で頭を下げる。


「チッ……簡単にかどわかされて。お前は、フリルの付いたドレスを着込んで、絵本の表紙でも飾るつもりか。

 少しは、アイズベルト家としての自覚をもちなさい」


 思い思いに。


 魔導触媒器マジックデバイスを構える六人を完全に無視して、ひとりの姉はひとりの妹を見つめた。


「妹の面倒を見るのは姉の役目。

 だけど、お前は、もうおしめをしてる歳でもない。姉に泣きつくな。自分でどうにかしてみせろ。そうでもなければ、私は、お前を認められない」

「…………」

自惚うぬぼれるなよ」


 目で訴えかける妹に、姉は苦笑で答える。


「権力をかさに着れるのは、相応の風格を身に付けてからだ。とら如きの威を借りて、狐程度に甘んじるな」

「余裕だな、クリス・エッセ・アイズベルト。まさか、本当に、妹をエサにしてお前が釣れるとは思わなかったよ。

 我々、魔神教の理想のために、お前には死んでもら――」

「しゃべるな、ゴミ」


 渦巻く両眼で、クリスは、口を挟んだ眷属をめつける。


現在いま、私は、妹と話している。お前(ごと)きが私と口をけると思うな、カスが、ね」

「……調子にノルなよ」


 空中に、赤黒い口腔こうこうが開いた。


 その巨大な口は、ゲラゲラと笑いながら、歯茎をき出しにして――クリスへと襲いかかり――四方八方に弾け飛ぶ。


 パッ、パッ、パッ!!


 長椅子に真っ赤な血痕が飛び散り、神聖な教会が真っ赤に染まる。


「なっ……!?」


 微動びどうだにせず。


 ただ、視ただけで、口腔内に大量のガスを生成クラフトし、内側から爆発させたクリスはじっとミュールを見つめる。


「失望させるな、ミュール。

 お前は、私を倒した男の前に、その剣刃の前に飛び出した……そんなところで、ただ、腰を下ろすな。アイズベルト家でしょ」

「アッハッハ、おいおい、くだらん三文芝居ヒューマンドラマが始まったぞ」


 笑いながら、三条家の剣士は刀のさやを叩いた。


「私は、ココまで、そこの妹さんをエスコートさせてもらったがね。色々と、聞かせて頂きましたよ。

 至高の魔法士、錬金術師アルケミスト概念構造クオリアハイツが誇る天才児のクリス様……あんたのお眼鏡にかなう妹様は、魔法ひとつ唱えられない欠陥品。あのアイズベルト家の人間だと言うから、恐れおののいてたが、その実態は杖の形した棒きれを振り回すちっちゃな女の子だ」


 仲間の肩に手を置いて、背をくの字に折った剣士は大笑いを続ける。


「アッハッハ、聞いてみれば、魔力不全だってなぁ! ま、魔力不全、アハハハハ! あんたら、アイズベルト家は、女系と血統を徹底させるために色々とやらかしてるって聞いたが……だから、こんな出来損ないが生まれるんだよ」

「…………」

「あんたのその眼。ソレもだ。アイズベルト家は、天才一族なんて呼ばれてるが、その実、なにかしらの欠陥を身体に抱えてる。

 ソレ、殆ど、視力がないんだろ。だから、魔力でしか人を判別出来ない」


 ――お前が、あの月檻桜か


 初めて、クリスと出会った時に、彼女は俺を視てそう言っていた。


 彼女は、声で俺を男だと認識していたが、視力がとぼしく外見だけを視て判断は出来なかった。もしかしたら、俺は女なのかもしれないと勘違いして、俺のことを月檻桜だと言ったのだ。


「三条燈色を見張っている最中に、お前とそこの妹の会話も聞かせてもらったが……あんたが、殊更に、この子を『出来損ない』と呼ぶのは、自分もそうかもしれないと不安に思って押しつぶされそうだからじゃないのか。

 本当は、自分より格下の妹を罵倒ばとうすることで『自分は、コレよりはまだマシだ』って安堵してたんじゃないのか? あ? 最愛の妹様は、あんたにとっての精神安定剤で、だからわざわざ、あの寮にまで出向いて文句をつらねてたんだ。違うか? ん?」

「…………」

「アッハッハ、反論しろよ。可哀想に。妹様が泣きそうだぞ」


 涙が潤む瞳で、宙空を睨みつけて、ミュールは身体を震わせていた。


 そんな妹を見つめて、クリスは口端を曲げる。


「ミュール、お前は驚かないだろうが、全て、コイツの言う通りだ。

 私は、お前をののしって安寧を得ていた。なにか言うことは?」

「…………」


 口に布を噛まされたミュールは、ただ、真っ赤な眼で姉を見つめる。


 妹の眼を受けて、姉は眼を閉じた。


「クックックッ……お泊り会ねぇ……このクリス・エッセ・アイズベルトが……かつて、出来損ないとさげすんでいた妹と並んで眠りにつくとは……無様に男に敗けた挙げ句、妹からの贈り物の可愛いパジャマを着て、病院のベッドでそこらのフルーツをご賞味するとはねぇ……」


 顔を片手で押さえつけ、笑いながら、クリスはささやいた。


「天才か……笑える……あの男に命乞いをして、踏みつけにしていた妹に救われ……どうして、私は、ココにいるのか……死ねと願っていた妹を助けに……クックックッ……おいおい、あの男の腐った思考回路が感染うつったのか……ついに、私も終わりだなぁ……クッ……クックックッ……」

「おいおい、狂っ――」


 六人は、声を失った。


 ぐるぐると廻る、無限回廊、その螺旋絵図。


 両の眼で『螺旋宴杖』を廻転させる少女は、蒼白い光に包まれて、ぞっとするような笑顔で宙空に杖を投げ入れた。


 くるくる、ぐるぐる。


 廻りながら、引き金(トリガー)を引かれた杖は円弧を描き、クリスは人差し指を六人に向けた。


「私は妹と話してる――黙れ」


 瞬間、宙空で雪崩を起こした大量の岩石が、拳の形を形成し――凄まじい勢いと精度で、人体の急所を乱れ打った。


 その一秒で、何度の打撃を行ったのか。


 少なくとも、この場にいた人間には、俺を含めて誰も視えなかっただろう。


 猛烈な速度で叩きつけられた六人は、赤黒い血痕アートを描きながら、ずるりと倒れ落ちる。


 ダーンッと。


 そのひとりを受け止めたパイプオルガンは、久方ぶりに息吹を取り戻し、強烈な和音をひねり出してから沈黙した。


 場が静まり返る。


「…………」


 不用意に飛び出さないようにか。


 フーリィに首根っこを押さえつけられていた俺は、額から汗を流した。


 なんで、俺、アイツに勝てたんですかね……?


 つまらなそうな顔で、その行く末を見守っていたクリスは、縛られている妹へと歩み寄ろうとして――その首筋に、光る刃を見出した。


 血まみれで立ち上がった眷属は、ニヤニヤと笑いながら人質の命を握る。


「勝ったと思ったところ悪いわね。教会だからか、敬虔けいけんなる信徒だからか、それとも単に容姿が好みだったからか……我々の祈りを神が聞き届けた。

 最初から、貴女には、勝ち目なんてなかったのよ」


 あたかも、幽鬼のように。


 腕やら足がへし折れている他の五人は、常軌じょうきいっした頑丈さで起立した。

まるで、り糸が付いてるみたいに。


「…………」


 無表情で、立ち止まったクリスの肩に矢が突き刺さる。


 その上体がブレて、を構えている三条家の連中はニヤニヤと笑い、クリスの脇腹に三本の矢が刺さった。


「むーっ、うーっ、むーっ!!」


 藻掻もがくミュールの前で、クリスの全身に矢が刺さっていく。


 そのうちの何本かが、肺を傷つけたのか。


 クリスの口端から血が垂れ落ちていき、無表情の彼女は、何事もなかったかのように立ち尽くしている。


「良い子だ、動くなよ」


 わざと、急所を外している。


 痛めつけるように射的を楽しむ六人は、笑いながら、彼女に苦痛を与え続けている。


「お姉様、わ、わたしはもう良いですからっ!!」


 口枷くちかせを外されたミュールは、必死に叫んだ。


「こ、こんな奴ら、倒してしまってください!! こ、こんな奴ら!! こんな奴らっ!!」


 クリスの腿に矢が刺さる。


「こんな奴ら……お姉様なら、簡単に倒せるじゃないですか……な、なんで……お、お姉様は、こんな奴らには敗けないのに……なんで……」


 ただ、じっと、クリスはミュールを見つめる。


 ミュールは、息を呑んで、その視線を受け止め――クリスの腰に矢が刺さり、彼女はついに膝をつき――ミュールは、刃を突きつける女の手に噛み付く。


「ぐあっ!?」

「ぅぅうううううううううううううううううううっ!!」

「う、うわっ!? な、なんだ、やめろ!! このクソがッ!!」


 拳で殴打されながらも、ミュールは噛み付いて離れず、その姿を視てクリスは楽しそうに笑っていた。


「良いぞ良いぞ、お姫様なんぞに甘んじるな。アハハ、噛み付け噛み付け。お前もあの男も、身の程知らずのバカだが。

 だからこそ」


 血まみれのクリスは、ふらつきながら立ち上がり――苦笑する。


「私は、敗けたんだ」

「お姉様ッ!!」


 そんな彼女に、一斉に、六本の矢が飛んで――弾け散った。


「招待状をもらっておいて悪いが」


 クリスの前に着地した俺は、刀を振って、弾け散らした矢の残骸の前で笑った。


「俺の登場は、時間指定不可だ」

「ひ……」


 ボロボロと泣きながら、顔を歪めたミュールはささやく。


「ひいろぉ……!!」


 ふらふらと揺れていたクリスは、前のめりに倒れ――俺は、彼女の頭を肩で受け止める。


「おつかれ」

「……お前なんぞに」


 苦笑を混じえたまま、クリスはささやく。


「……ねぎらわれるいわれはない」

「そう言うなよ、良い姉妹百合だったぜ。

 俺たち、仲良く喧嘩した仲なんだし……って、話してる途中に気、失うなよ」


 俺は、彼女を優しく長椅子に寝せる。


 驚愕で身体を硬直させている五人の前で――ミュールを捕らえていた一人は、上方から、俺が投げた長剣型魔導触媒器ソード・マジックデバイスが直撃し昏倒こんとうしており――俺は、刀を肩に担いで、へらへらと笑った。


「ヒロインの成長イベントに、協力してもらったのに悪いんだけどさぁ」


 俺は、笑みを引いて、真顔でささやく。


「お前らの祈りは、もう届かねぇよ」


 思わぬ闖入者ちんにゅうしゃに、勝利を確信していた顔が歪んで――俺は、大量に飛来した矢をい潜りながら駆けた。

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