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暗がり森の作戦タイム

 『暗がり森のダンジョン』、最深層。


 そこには、層そのものを包み込むような巨木があった。


 そのうろには、ぽつんと小さな教会が建てられており、静粛さと神聖さをはかりにかけて釣り合いをとっているかのようだった。


 くらい。


 教会への道には、大量のキャンドルがき詰められ、錚々(そうそう)たる葬列を為しているかのように視える。


 点々と散らばった魂みたいな。


 宙に浮き上がった橙色の灯火が、二等辺三角形を形成し、樹木として直立しているかのようだった。


 ともった灯りが、あたかも、ぽつぽつと実る果実みたいだ。


「…………」


 その光景を前に、俺は足を止める。


「……違う」

「違う? なにが?」


 ラピスの問いかけには答えず、俺は無言で思考を巡らせる。


 本来の『暗がり森のダンジョン』の最深層には、あんな教会が備わっていたりはしない。ただ、巨木のうろが存在し、そこで一般的なRPGでよく目にする巨木を模した魔物と戦闘を行うだけの筈だ。


 あの教会は、どちらかと言うと……いや、だが……有り得ないと言う言葉で否定するのは……マズイな……。


「確かに、違いますね」


 委員長は、ぼそりとつぶやく。


「『暗がり森のダンジョン』の最深層に、あんなにえる教会が建っているなんて話は聞いたことがありません。カップルや家族連れ、表紙でポップ体が踊るような旅行雑誌の読者層を狙い撃ちするようなリニューアルオープンをほどこしたとも」

「ラピス、委員長」


 『帰れ』と口に出しても、聞く気はないだろうなと思われる顔つきで、ふたりは俺の様子をうかがってくる。


「……なにがあっても、絶対に俺の指示に従え」


 俺は、真顔でささやく。


「答えがNOなら帰れ。YESなら一緒に行こう。

 それが最低条件だ。譲る気がないなら、俺は、現在いまからお前らを連れて引き返すしかなくなる」

「YES」

「今更、その確認作業は不要かと」

「……よし、なら、現状を整理しよう」


 俺たちは、暗がりに身を隠して、拝借したキャンドルの小さな灯りに群がる。


 俺は、魔力探知機を取り出して、その針先が教会を示しているのを確認し、呼び出した画面ウィンドウに文字列を書き込む。


「前置きとして、これから俺が話すことは、飽くまでも推測だ。ほぼほぼ確信はあるが、今後、その推測にすがって動くしかなくなる。

 良いか?」


 こくりと、ふたりは頷く。


「まず、俺たち『百合ーズ』は――」

「お待ち下さい。

 その『百合ーズ』と言う呼称は、正式名称として本決定されたと言う理解で合っていますか?」


 しょぱなから、急ブレーキをかけられ、俺は手のひらを委員長に突き付けた。


「そのお待ち下さいは、お待ち下さい。

 アレだよ、委員長、そこは現在いま、あんまり重要なところじゃなくてさ。言うなれば、アレだから、ラーメンで言うところのメンマと言うか。確かに、要素としてからんではくるけど、そんなに重要じゃな――」

「待ってよ、ヒイロ。

 わたしは、メンマをないがしろにするのはどうかと思う。『重要じゃない』の一言で切り捨てる程、メンマを下に視るのはさすがのヒイロでも許さない」

「どうでしょうか、私は三条さんに同意します。

 もし、メンマが重要だとしたら、ほとんどのラーメン屋のメニューには『チャーシューラーメン』と並んで『メンマラーメン』が常設されていなければならな――」

「いや、急に脇道入って、全力で爆走し始めるのやめてくれる? 現在いま、メンマに関して議論する時間じゃないんだよ。生死をける決戦が繰り広げられるかも知れないのに、メンマで仲違いしたまま死ぬとか嫌だよ俺」


 険悪になっていたラピスと委員長は、無言でこちらを見つめる。


「委員長は、もう、『百合ーズ』で認めてくれてたかと思ってたけど……」

「揉めるのが嫌だったので」

「メンマで揉めるのは良いんだ……。

 まぁ、じゃあ、仮称『百合ーズ』として話を続けるね」


 俺は、画面ウィンドウに『百合ーズ』と書いて円で囲む。


「俺たち『百合ーズ』は、偶然、冒険者協会で行方不明者の捜索を引き受けた。だから、この『暗がり森のダンジョン』にやって来たわけだけど……実は、この『暗がり森のダンジョン』には、他のふたつの組織の思惑が見え隠れしていた」

「ふたつの組織?」


 別に反対側からでも視えるのに、並んで肩を擦り寄せてくるラピスから距離を取りつつ、俺は彼女に答える。


「まず、魔神教フェアレディ派。

 そして――」


 俺は、ささやく。


「三条家」

「え……三条家って、ヒイロの生家だよね……色々とちょっかいかけてきてた……?」


 驚くラピスに、頷きを返す。


「では、あの魔導触媒器マジックデバイスの横に書かれていた烙印らくいんは?」

「三条家の仕業だ。

 お手々を汚したくない連中特有の表現として、実行済みの悪行を流れに入り込んできたフェアレディ派になすり付けようとしてる」

「ちょ、ちょっと、待ってよ。どういうこと、混乱してきた。つまり、現在いま、この『暗がり森のダンジョン』には、魔人教と三条家、二方向に敵がいて、それぞれ別々の目的で動いてるってこと?」

「あぁ、そうだ、そして折しもその目的は同じだった」


 魔人教、三条家と書いて円で囲み、俺は矢印の先を中央の個人名にもっていく。


「ミュール・エッセ・アイズベルト」

「ミュール・エッセ・アイズベルト……黄の寮(フラーウム)の寮長ですか……彼女に両者から狙われる理由があるとは思えませんが……」

「いや、ある。

 だからこそ、奴らは、ミュールを釣るために黄の寮(フラーウム)の先輩をかどわかした」


 寄ってきたラピスは、俺の腕に手で触れて顔をのぞき込んでくる。


「…………」

「な、なんすか、ラピスさん……?」

「わかった、ヒイロだ」


 綺麗な瞳で、こちらを見つめるラピスは、俺に身を寄せてくる。


「三条家は、ヒイロのことを見張ってて、新入生歓迎会での一連の出来事を視てたから、ミュールさんのことを人質として使えると思ったんじゃないの?」

「せ、正解……あ、あの、俺、男なんで……こ、こんなの間違えてるぅ……ち、ちかいよぉ……やめてぇ……(か細い悲鳴)」

「あ、ご、ごめん」


 俺から少しだけ離れて、顔が赤いラピスは髪をき上げる。


 対照的に顔を真っ青にした俺は、恐怖で震える手で、三条家の目的に『ミュールを人質にして、三条燈色を殺害する』と書き込む。


「では、フェアレディ派の目的は?」

「それは……あの中に入ればわかる……ただ、三条家とは異なる目的を持ってると思ってもらえればそれで良い」


 今後のこともあるし、妙な興味を持たれたら困るからな。


 わざと、俺ははぐらかして、教会の方を見つめる。


 たぶん、遅かれ早かれ、ふたりはもう来ている筈だ。もしくは、あの女性ひとは、別の魔法士も連れて来てるかもしれないが。


 俺は、魔神教の目的に『三条家とは別の目的』と書き込む。そして、俺たちの直ぐ隣に小さな円を書いて『第四勢力』と追記した。


「この第四勢力って言うのは……?」

「味方……の筈」

「なんですか、その曖昧模糊あいまいもことした『~だと思います』的な婉曲えんきょく表現は?」

「だって、わかんないんだもん。いや、場合も場合だから、突っかかってこないとは思うんだけど、ちょっと自信がないんだよね」

「つまり、まとめると」


 どうしても、俺と付かず離れずの距離をキープしておきたいらしいラピスは、ぬくもりが伝わってくるくらいの距離感でつぶやく。


「わたしたちの敵は『魔人教』と『三条家』、あの教会では二種類の敵が待ち構えてて、三つ巴の戦いになるってこと?」

「まぁ、そういうこと」

「…………」

「委員長、『わざわざ、火事場に突っ込むとかバカじゃないですか』的な婉曲えんきょく表現は、顔ではなく口に出して頂いて結構です」

「バカじゃないですか」

「それは、ただの罵倒だと思います」


 委員長は、ため息をく。


「なるほど、だから、貴方は我々を巻き込まないために、着ぐるみキノコの尋問もひとりで行ったんですか」

「俺の努力は虚しく、全部、聞かれてたのね……はい、そうです……」


 じっと、彼女は、俺を真正面から見つめた。


「結成間もなく、歴史は浅く、己の私欲で動いて秘密にまみれた仲間を護ろうとする貴方の尽力は好ましく思います。

 私のような得体の知れない存在を受け入れ、無心の信頼関係で封蝋ふうろうするのは、いささか、お人好しにも程があるかもしれませんが……性善説を信奉する貴方のこころざしは、エルフの姫君すら魅了しているわけですからね」

「…………」

「ラピス、面ァ、上げろォ!! 伏せるな、顔ォ!! コイツは、俺たちの熱い信頼関係にひびを入れてくる性悪説の信奉者だぞ!! 戦おうぜ!! オールウェイズ・ファイトが、俺らの信仰箇条だろ!! 耳が赤いのは、寒いからかなァ!?」


 委員長の鉄仮面にほころびが入って、彼女はほんのかすかに微笑んだ。


「だからこそ、私は、貴方に付いていきますよ。

 日の浅い信頼関係を明くる日に繋ぐために、仮称『百合ーズ』として」

「え……なんで、笑っ……こ、こんな短期間で、デレたんじゃないよね……?」


 すっと、委員長は、何時いつもの無表情に戻る。


「デレてません」

「いや、だって、笑っ――」

「笑ってません。表情筋の運動を貴方の主観がそうとらえただけです。それ以上続けるのであれば、フェイシャル・ハラスメントとしてしかるべき機関に通報します」

「あ、はい、すいません(社会的弱者)」

「それで、今後の動きは?」


 俺は咳払いをして、本題へと立ち戻る。


「俺たちには、偶然と言う名の優位性アドバンテージがある。

 それを上手く使う」

「偶然って……偶然的な要素があるとしたら、丁度、冒険者協会に行った時に行方不明者の話があったこと……?」


 まだ、少し、耳が赤いラピスに俺は「正解」と返す。


「つまり、三条家は、これから俺を脅すために何らかの方法で連絡を取ってくる。オーソドックスな『ミュール・エッセ・アイズベルトを返して欲しくば』ってヤツ。

 で、その連絡を入れてから、俺がノコノコ、ミュールを捕らえてるこの最深層に来るまでにはそれなりに時間がかかる。そのことを奴らも理解してる筈で、でも、はからずも俺は既に最深層に来ていて……その時間差の意識の差、油断を突く」

「奇襲ですか」

「そういうこ――」


 着信。


 着信名は『リリィ・クラシカル』で、俺はニヤリと笑う。


「さぁ、行くぜ、仮称『百合ーズ』。

 本来、居る筈のない場所へ……招待状が届いた直後に、油断しきってるお歴々の前で、来賓らいひん席を蹴飛ばしてやろう」


 静かに、俺たちは、行動を開始した。

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