敵と敵と味方
キノコの着ぐるみを着た敵が――動いた。
刃影が視えた。
着ぐるみを突き抜けてきた剣刃が、横に
「おいおい、攻撃するなら一声かけろよ」
苦笑しながら、俺は、左の死角に潜り込んできた敵を見つめる。
着ぐるみ越しに、その両眼が言っていた――
「
左。
俺は、抜き放った
「なっ……!?」
「アステミル・クルエ・ラ・キルリシア流――秘剣・借用刃」
――借りた物は、自分の物ですよ
戦闘中にも関わらず、
距離を取ったキノコは、
見覚えのない女性だ。
視界を確保しなければ、勝ち目はないと判断したらしい。
身元を隠すためなのか、戦闘装束とは思えない私服を着た彼女は、ゆっくりと腰を落として軍刀に手のひらを押し付ける。
「…………」
強いな。少なくとも、黒猫クラスの眷属より上だ。
「はじめましてのご挨拶は?」
「…………」
「少年漫画によく出てくる武人みたいに、剣で己を語っちゃうタイプ? でも、暴力だけで人間はわかり合え――」
ノーモーション。
俺は、
「はぁ!?」
驚愕のまま、軍刀を抜刀、
ガラ空きの脇腹に、
「卑怯者ッ!!」
「苦情申請は、あの世で、
敵ながら見事な反射神経で、俺の一刀を受けた彼女を褒めてやりたいところだったが、一手遅れている。
既に、俺は、九鬼正宗の
逆、左脇腹、打ち付ける。
「がっ……はっ……!?」
入った。
打たれた彼女は、激痛で顔をしかめて目を
魔力を
俺の
ゆっくりと、俺は、彼女の顔を
「……はじめましてのご挨拶は?」
びくびくと、彼女の両手が痙攣する。
恐怖で見開かれた両眼を見つめて、俺はささやいた。
「初対面だろ……今後、仲良くする気があるなら、自己紹介してくれても良いんじゃないのか……?」
「こ、殺せ」
「なに勝手に、己のロマンティックに酔い始めてんだよ。俺が顔面の皮膚を焼き始めたら、ぬるいヒロイズムなんぞ絶叫で掻き消されるぞ。
とっとと話せ」
「ど、どうしてわかった……
「好感度を上げないためだ……あと、少年の心を持つ男の子をバカって言うな……!」
「好感度……?」
「オウムのマネして、時間稼ぎするのはやめろ。
一問一答、順番ずつに。お前の番だ。答えろ」
「わ、私は……魔人教……ふぇ、フェアレディ派の眷――」
俺は、思い切り、魔力を
四方に蒼白い閃光が
「嘘で舌を濡らしてんじゃねぇよ……言っとくが、この世界の百合を害する連中に、俺は
少しは脳みそ使って、まともな返答を
「わ、私は、ただの雇われの身だ!! 知らない!! 依頼人と何より自分の安全のために、詳細は聞かずに、
「雇われ……暗殺者か……
「い、一問一答! 順番だろ!?
どうやって、こちらの擬態を見破った!?」
「
両眼が、俺を見つめる。
「みゅ、ミュール・エッセ・アイズベルト……」
「は?」
嘘を言っていない。
真正面から俺の視線を受け止めて、彼女は恐れを目元に浮かべる。
「なんで、そこで、ミュールの名前が出てくる?」
「し、知るか、私はただの雇われだぞ……」
俺は、量産品の
「コレの横に、フェアレディ派の
こくりと、彼女は頷く。
「なんのために?」
「だ、だから、知らない!! ただ、指示を受けて行動しただけだっ!!」
「…………」
――模倣犯の可能性が高い
なんとなく、裏が読めてきたな……ただ、複雑に絡み合ってる糸を解く必要がある……俺の予想が正しければ……敵は“二方向”にいて、
俺は、暗殺者を解放する。
「
大した情報を持ってないから、消されたりはしないだろうけど……念の為に、隠れておいた方が良い」
「み、見逃すつもりか……?」
「俺に見つかった時点で、あんたは、もう損切りを考え始めてるだろ。今更、ミュールをどうにかしようとも思ってないだろうし。俺の質問に答えて依頼者を裏切った時点で、もう、身を隠すこと以外に生き残れる道はない筈だ。
まぁ、でも、次見かけたら……よろしく」
無言で。
警戒を
『はい、もしもし』
「すいません、『百合ーズ』の三条燈色です。
『はい、もちろん。どうぞ』
「行方不明になっている鳳嬢生は――」
電話に出た冒険者協会の受付嬢さんに、俺は尋ねる。
「ひとりですか?」
『ひとり……だったのですが、つい先程、二次遭難が報告されています。
つまり、ふたりになりました』
やっぱりか。
疑惑が確証に変わって、俺は問いかける。
「最初に行方不明者として打ち上げられた鳳嬢生の所属寮を調べられますか?」
『はい……えーと……
「では、二次遭難者の氏名は?」
『えぇと……』
そして、彼女は、俺がよく知る氏名を口に出した。
『ミュール・エッセ・アイズベルト様』
「…………」
全部、繋がった。
最初に行方不明になった元・
ミュールだって、そこまでバカじゃない。
自分に戦闘能力がないことを知っているし、初心者向けのほぼ危険性がないダンジョンとは言っても、たったひとりで助けに行ったりはしないだろう。
必ず、護衛を
「『暗がり森のダンジョン』の入り口に仕掛けられている監視カメラ映像を送ってもらえませんか? 俺たちが依頼を受けて、ダンジョンに入る5時間前まで」
『承知いたしました』
映像が送られてきて、俺はもうひとつの
『どうしたの? 急に電話なんて?』
「悪い、手伝ってくれ。たぶん、リイナなら直ぐに終わる。
今から5時間分の監視カメラ映像と女の子の写真を送るから、その写真に映った女の子がダンジョンに入った前後の映像を切り取って俺に送ってくれ」
『急ぎね。
了解、わかった。直ぐに終わらせる』
神聖百合帝国の経済/外交担当相を務める優秀な少女は、あっという間にミュールを見つけ出して切り取った映像を送ってくる。
「…………」
見知らぬふたりの女性に脇をガッチリ固められて、不安そうな顔で、『暗がり森のダンジョン』へと入っていくミュールの映像……どう視ても、その女性たちは素人ではなく、腰に差している刀が気になった。
「……腰の刀、ズームアップ出来るか?」
『ルーちゃん』
電話越しにキーボードの音が聞こえてきて、ズームアップと解像度の調整が繰り返され、俺は
「……量産品じゃない」
『え?』
「腰に差してる刀、量産品じゃない。金持ちの
ミュールが黙って付いて行ったってことは、あの子が信用するに足りる身元があった筈……この女たちがアイズベルト家の人間だったら、ミュールはもっと偉ぶった態度を取ってる……だとしたら……やっぱり、コイツら……」
俺は、静かに、顔を上げる。
『シルフィエル様たち、動けるわよ』
「いや、間に合わない。無理矢理、無許可でダンジョンに突入させても良いが、冒険者協会と揉めるのは避けたい。
俺が直接行く」
『そう言うと思った。気をつけなさいよ』
「自分、はぐれ剣士慎重派なんで……心配無用」
電話口の向こう側から、苦笑交じりの声が聞こえてくる。
『だよね。あんたなら大丈夫だろうけど、無事に帰ってきなさいよ。
待ってる。頑張れ』
画面が消える。
苦笑した俺は、立ち上がり、振り向いて――目の前に立っているラピスを見つめた。
「ヒイロ」
美しく、儚げに。
編み込んだ髪を解いた彼女は、黄金色の
「行こっか」
その気高い姿を視て、俺は、改めて納得する。
やっぱり、この子は、ヒロインなんだ。
「はい」
満面の笑みを浮かべて、彼女は、俺に拳を突き出した。
俺は、笑って、その拳に拳を突き合わせる。
「やっぱり、俺たち、
「…………だ」
「え?」
頬を染めたラピスは、小首を
「もう、
「委員長ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 委員長ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!(絶叫)」
「はい、呼ばれて飛び出ました」
茂みの奥から、委員長が救いの手を差し伸べる。
俺は、ラピスから離れて、委員長の背に隠れながら震える。
「もう一回言ってみろォ!! もう一回言ってみろ、ラピスッ!! 言えるもんなら、もう一回、言ってみろォ!! この委員長に同じセリフを言ってくれぇ!! 頼む!! 頼む頼む頼むッ!!」
「ば、ばか……ち、違うって……へ、変な意味じゃないから……」
「はい、
「三段解決にかこつけて、イチャついてる場合ではないのでは?
行きましょう」
俺とラピスは、顔を見合わせて、それから委員長に視線を
「足手まといにはなりません。
愚心ながら、我々は、三人揃って『百合ーズ』を営業しているのでは?」
「……ヤバい時には、何よりも自分の命を優先して逃げる。
約束できるか?」
「我が
「わかった、行こう」
俺は、ニヤリと笑って、九鬼正宗を叩く。
「全員で、パーティー会場に殴り込みだ。きっと、お偉方が
歴史に名を刻む『百合ーズ』の初お披露目だ。
精々――」
俺は笑う。
「派手に行こうぜ」
ラピスと委員長は、頷いて、俺たちはダンジョンの奥へと向かって行った。