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烙印と罠

 量産品の長剣型魔導触媒器ソード・マジックデバイス


 地面に横たわる長剣の横には、痕跡がしたためられていた。


「……フェアレディの烙印らくいん


 俺のささやきに反応して、ラピスは魔導触媒器マジックデバイスに手を伸ばし――俺は、その腕を掴んだ。


「ダメだ、お前は触るな。

 なにが仕掛けられてるかわからない……そう言うのは俺の役目だ」

「でも」

「良いから触れるな。お前に怪我させたら師匠に殺されるわ。

 委員長、ちょっと距離取ってて」


 こくりと頷いた委員長が離れて、俺は、魔導触媒器マジックデバイスに触れる。


 なにも起こらない。


 そっと、導線をなぞって、残留している魔力を確認していく。


 ほのかに残っている魔力に探知機の針先が反応し、ハマっている導体コンソールをゆっくりと取り外してから安堵の息を吐いた。


 馬鹿と魔力は使いよう。


 仕掛け次第で、魔導触媒器マジックデバイスは罠に変化する。


 例えば、導線の途中に異物を挟んでおいて、持った瞬間に魔力の逆流を引き起こし、短絡ショートによる接続不良(人間と魔導触媒器マジックデバイスは、導線と魔力線を通して繋がっている状態)、からの心停止を引き起こすとか。


 もしくは、魔導触媒器に火薬を仕込んでおいて、属性『火』と生成『火炎』の導体コンソールをセット、ループさせる構造の導線を彫っておき、魔力を流し込んでおけば、誰かが触れた瞬間に残留魔力が反応して爆発を起こすとか。


 自分がその場にいないのにも関わらず、魔導触媒器マジックデバイスを通じて人を殺す方法は数百は思いつく。


 第五の魔人『烙禮らいらくのフェアレディ』は、真正面からの戦闘ではなく、そういった小細工を仕込むことを好む。


 師匠は、本ゲームにおける最強であることは確かだが。


 正直、あの女性ひとは、一部の魔人と相性が悪すぎる……あまりにも心優しいから、下衆げすな搦手を持ち出されると弱い。


 単純な戦闘能力、戦略/戦術を組み立てる才覚センス、未来予知レベルの対応力はバケモノレベルだが、高潔な精神性とその肩書きが、あの女性ひとにとっての重荷となってしまっている。


 まぁ、師匠を害するようなカスは、全員、俺が潰すんですけどね^^


 師匠とラピスの師弟愛、これ即ち、俺にとっての甘露かんろ。甘すぎ注意のスウィーティー、年齢差のある師弟百合とか最高だから、好き勝手に守護神キーパーやらせてもらうんでよろしくぅ!!(大声)


 出来れば、魔人討伐は、月檻にやり遂げて欲しい。


 だが、そこにこだわって、ヒロインたちが毒牙にかかってしまったら本末転倒だ。


 対魔人戦は、慎重に進める必要があるだろう。


 そもそも、魔人はヒイロが敵うような相手ではないが、原作ゲーム知識持ちの俺の優位性アドバンテージを活かせれば……最悪、アルスハリヤの時みたいに、自爆特攻でも仕掛ければ良い。


 百合に挟まる男とか、あの、らないんで(苦笑)。


 犬死には御免だが、ヒロイン死亡によるBADエンドコースを俺の死で回避出来れば、エスコ世界に来た甲斐かいがあると言うものよ。


 俺の人生は、百合に捧げまぁす!!


 百合に挟まる男の命とか、特に三条燈色の命とか、そういうのぽーいで。ヒイロくん、俺の中で、有害男性として指定してるので廃棄処分は当然ですね。はい。


「…………」


 と言うわけで、喜んで地雷撤去をした俺は、ラピスたちに振り返る。


「オッケー、問題なし」


 寄ってきたラピスが、宝石みたいに綺麗な瞳で俺を見上げる。


「フェアレディの烙印……魔神教……?」


 以前、襲撃された時のことを思い出したのか。


 ラピスは、ぶるっと震えて、腰の魔導触媒器マジックデバイスに手を伸ばしていた。


「どうでしょうね」


 ひざまずいた委員長は、現場に残された魔導触媒器マジックデバイスを見つめる。


「フェアレディ派が、現場に烙印を残すなんて話は聞いたことがありません。深夜のドンキに出没するヤンキーじゃあるまいし、わざわざ、現場に悪戯の痕跡を残して何の得があるのか……メリットが見当たらないかと」

「なら、その心は?」

「模倣犯の可能性が高い」


 顎に手を当てたラピスは、ゆっくりと口を開く。


「でも、どうだろ……フェアレディ派に限らず、魔神教って、眷属けんぞくたちの管理が行き届いてるとは言えないでしょ? それに、少数精鋭ってわけじゃなくて、適当な選考でどんどん増やしてるし。

 深夜のドンキに出没するヤンキーが、眷属として働いてる場合もあるんじゃない?」

「ですが、深夜のドンキに出没するヤンキーが、このような烙印マークを好んで誇示するとも思いませんが」

「なんで、もう、深夜のドンキに出没するヤンキーが犯人みたいな流れになってるの?」


 そもそも、ラピスは、深夜のドンキに出没するヤンキーがどういう人物なのか知らないだろ。


 委員長は、立ち上がって、スカートに付いた土を丁寧に払った。


「どうにも、きな臭くなってきましたね。

 判断は如何いかに?」

「進むだろ。

 臭いくらいで文句言ってたら、日本の真夏の通勤列車とか乗れないし」


 急に。


 ラピスは、ちょこんと後ろに下がって、木の陰に隠れてから自分の匂いをいでいた。


「……別に、変な臭いしないよ?」

「い、いや、だって、ダンジョンに入ってから少し汗かいたし! 変な臭いするとか思われるくらいなら死んだ方がマシ!!」


 顔を真っ赤にして、俺から距離を取るラピスの前で、泰然自若たいぜんじじゃくとしている委員長は目を閉じ立ち尽くしている。


「委員長を見習えよ、乙女心を素手で絞め殺したレベルの不動さだぞ」

「えぇ、そういった失礼なことを口走るやからごと絞め殺してきたので……気にしたことはありませんね」

「す、すいやせん……えへへ……あっしとしたことが、口が滑りやした……」

「ヒイロ、異様に三下のマネが上手いよね」


 褒められてるのに、なんか、全然嬉しくない。


 とりあえず、俺は、ドンキ・ヤンキーの痕跡を足で消す。


 被害者が残したらしき魔導触媒器マジックデバイスを持って、俺たちは、ダンジョンの奥へと進んでいった。


 少し進んでから、早速、魔物とエンカウントする。


「…………」


 二本足で歩き、巨大な右拳を持つ人型のキノコ。


 フェアレディ派の魔物、『巨躯菌糸ヒュージマッシュ』である。


 各種の魔物は、六柱の魔人、いずれかの配下として扱われており、そのダンジョンで最も影響力が大きな魔人につかえる魔物の出現力が高くなる。


 原作ゲームでは、各魔物がドロップするアイテムは異なるので、特定の魔物を狙う場面もある。そういう時には、事前にダンジョン情報を参照して、そのダンジョンを支配している魔人を確認しておくことも大切だ。


 どうやら、現在いま、『暗がり森のダンジョン』を支配下に置いているのは、烙禮らいらくのフェアレディらしい。


 三体の巨大キノコは、のそのそと歩きながら近づいてくる。


 彼らの武器は、巨岩のように固く大きな右拳で、大振りなモーションで愚直な右ストレートを仕掛けてくる。


 原作では、そのHIT率は異様に低く、だが、当たれば大ダメージ……所謂いわゆる、痛恨の一撃を狙ってくるタイプの敵だった。


 ちなみに、なぜか、お嬢に対してこの手の攻撃は必中になる。


「…………」


 ゆっくりと近寄ってくるキノコから、俺たちは距離を取って、ラピスは遠くから土矢を射掛いかける。


 彼らは、それでも、真っ直ぐ向かってくる。


「…………」


 俺たちは、距離を取る。


 チクチク、チクチク。


 矢が刺さったキノコたちは、傷つきながらも、執拗しつようにこちらに向かってくる。


「…………」


 委員長はあくびをして、俺たちは距離をとる。


 チクチク、チクチク。


 ついに、一匹のキノコが倒れる。


 二匹のキノコは、倒れた一匹のキノコに駆け寄り、両脇から肩と背中を叩いて激励げきれいを送った。


 手と膝をついた一匹のキノコは、ふるふると頭を横に振る。


 それでも、二匹のキノコは、彼をふるい立たせようと右拳で身体を叩いてやった。


 ついに。


 一匹のキノコは、よろけながら立ち上が――その脳天に、土矢が突き刺さった。


「人の心とかないんか!?」

「え、な、なにが……?」


 『変化:土』を用いて、地面から土矢を変化形成し続けているラピスは、大量の矢をキノコたちに送りながら首を傾げる。


「一回……一回、撃つのやめよ……あのさ、武士道とか、そういう言葉、あるじゃん……?」

「横から失礼。

 そう言った古色蒼然こしょくそうぜんとした観念にすがるのはどうかと思いますが。我々の選択した戦術は、至極、合理的な判断の下に決断されており、魔物相手に慈悲をかける必要はありません。

 キノコ、死すべし。慈悲はなし」

「正面から失礼。

 言ってることは正しいだろうが、正論は感情論で打ち消させてもらおう。

 だって、俺、アイツらと」


 俺は、己の拳を打ち合わせて叫ぶ。


「正面から、ぶつかってみてぇ!!」

「相撲部屋に入りなさい」

「うるせぇ!! ぶつかりてぇ!! 己の力を示してぇ!!」

「あ、ヒイロッ!!」


 俺は、キノコたちに向かって駆け出し――あっという間に囲まれ、ボコボコと右拳で殴られる。


「いや、ちょっと!? アレ!? 正々堂々は!? 武士道は!? さっきまでの熱い流れは!? え、嘘でしょ!? なに、お前ら!?」


 うずくまった俺は、物凄い勢いで駆けてきた追加のキノコたちに取り囲まれ、猛烈に踏みつけられる。


「ぐぁああああああああああああああああああああああああああ!! 小賢こざかしいトラップだったぁああああああああああああああああああ!! 少年漫画を愛する子供心を利用されたぁあああああああああああああああ!!」

「遠くから失礼。

 御母堂ごぼどう胎内たいないに、脳みそを置き忘れてきたんですか?」


 どうにか、包囲網から抜け出した俺は、遠距離から不可視の矢(ニル・アロウ)で卑怯なキノコどもを吹き飛ばす。


 散り散りに逃げたキノコたちのことは、深追いしたりせず、ボロボロになった俺はラピスたちの元に戻る。


「さすがに、フェアレディ派は賢いな……」

「貴方がバカなんですよ」


 強敵との戦いを終えて、俺は、泣きながら首を振る。


「ちょ、ちょっと、悔しいから、あっちで泣いてくるね……恥ずかしいから、のぞかないで……」


 俺は、ラピスたちから離れて、木々を掻き分けて進む。


 魔力を制御して気配を消した俺は、葉とあしに己の姿を隠して、音もなく抜刀し――一気に、首筋へと刃を突き付けた。


「よう」


 冷徹な刃に、命を握られている巨躯菌糸ヒュージマッシュ


 人型のキノコは、ラピスたちを視ていた目をゆっくりとこちらに向ける。


「なぁ、教えてくれよ」


 俺は、口端を曲げる。


「その着ぐるみ、ドンキで買ったの?」


 巨躯菌糸ヒュージマッシュの皮をかぶった人間は、目元に空いている穴を通して、俺のことを静かに観察していた。

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