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ダンジョン探索紀行

 さて、ダンジョンである。


 俺たちが暮らす現界と異界を繋ぐ特異点……最深層には、コアが存在し、その核を潰すことでダンジョンの入り口を塞ぐことが出来る。


 原作観点で言えば、各ヒロインルートに入れば『ダンジョン? なにそれ?』状態になるのは普通で、ルート内のイベント戦をこなすだけでも、クリア出来るくらいのゲームバランスになっている。


 そのため、原作では、わざわざダンジョンに潜らなくても百合を堪能たんのう出来る。


 とは言っても、プレイヤーの中には、万全をしてダンジョンに潜る者もいる。


 能力値パラメーターを上げたり、祕器ひきと呼ばれる高レアリティの魔導触媒器マジックデバイスを求めたり、導体コンソールを掘りに行ったり……目的は様々だ。


 それに、エスコはヌルゲーだが、ルートによっては牙をいたりもする。


 全てを敵に回す『悪堕ち(魔神)ルート』、鳳嬢魔法学園の頂点を目指す『学園長ルート』、なにもかもを手に入れようとする『ハーレムルート』……それらのルートは高難度のため、ダンジョンに潜る必要性も出てくる。


 エスコには、時間制限が存在している。


 本作は、月檻桜が鳳嬢魔法学園で一年間を過ごす物語であり、その間に、彼女を如何いかに育てて、どのような道に導くのか、そしてどういった結末へと至らせるのかを追体験するゲームだ。


 この一年と言う縛りが、一部ルートでは、極悪難易度を生んでいる。


 エスコは、一日の計画スケジュールを立てて、プレイヤーが月檻桜を導くゲームだと言っても良いが、各ヒロインルートでは好き勝手やれていたこの計画スケジュールが、高難度ルートでは牙を剥き出しにする。


 なにせ、この計画スケジュール、高難度ルートではどうやっても空きが足りない。


 例えば、死に授業……ほぼ能力値パラメーターが上がらず、マイナスイベントが起こる確率が高く、強キャラが仲間になることもない……そういった授業に時間を割いたりすれば、当然のように序盤で詰むことになる。


 他にも、報酬が渋すぎるイベントに入れ込んで、装備品や味方キャラが弱すぎて詰み。好感度とスコアを上げる時間がなく、敵対してしまったヒロインに敗けて詰み。魔人が復活したのを見逃して、ヒロインや重要キャラを殺されて詰み。


 高難度ルートに進んだ瞬間、エスコは、途端に凶悪なタスク管理を要求してくる。


 限られた期間内に能力値パラメーターを上げて、好感度とスコアを一定値以上にキープし、魔人の動向にも注意を払う。


 やることが……やることが多い……!!


 大抵のプレイヤーは、目を回すか泣くことになるが、そんな時にふと気がつく。


 下手に授業受けるより、ダンジョン潜った方が効率良いわ!!


 こうして、人ははいになる。


 気がつけば、百合ゲーをプレイしていた筈なのに、濁った目でブツブツ言いながら最効率でダンジョンを踏破とうはし続ける機械になっている。


 大好きだった百合イベントも、既読であれば無慈悲にSKIPされ、すべてが月檻桜を高みへと導くためのときとなる。


 最初は、高難度ルート攻略が目的だったのに。


 いつの間にか、その目的は薄れて消えて、月檻桜を最強に仕立て上げてノーマルエンドを迎え入れるプレイヤーは何人いたことか。


 ダンジョン、それは魔の領域。


 そんなダンジョンは、政府の管理下に置かれており、その管理を一律して引き受けているのが冒険者協会である。


 なにせ、ダンジョンからは、常に魔物が湧いて出てくる。


 そんな魔物が物見遊山ものみゆさんに市街部に下りてきて、人死にでも起こしたら大惨事なわけで……その入口を常に見張り、報告連絡相談、もしくは接敵して処理を行う実働部隊が必要なのだ。


 とは言っても、ダンジョンの数は多すぎるし、常に増えているし、手が回っていないのが現状である。


 そのため、政府並びに冒険者協会は、一般市民から有志の協力者をつのった。


 それが、冒険者である。


 政府から下りてきた依頼を冒険者協会が仲介し、冒険者はその要請ようせいを受け、一定額の成功報酬を受け取る。


 そのサイクルは、この世界では一般的なものとなっており、主婦や学生まで冒険者として登録されているくらいである。


 当然、ダンジョンには魔物が湧き出ており、危険性はそれなりに高いのだが、そこらのスーパーマーケットで魔導触媒器マジックデバイスが買えるような世界と言うこともあり、死亡率も極めて低いせいか大して問題視されていない。


 古来から異界と常に繋がっていて、魔物と戦闘を余儀なくされてきた世界なのだから、こういった危機管理に関しては、俺が元いた世界とは意識の差があるのかもしれない。


 環境と教育の違いは、まるで、物の見方を変えるしな……。


 と言うわけで、俺たち鳳嬢魔法学園生は、危険なダンジョンで行方をくらませた学友を救出しにやって来たのだった。


 『暗がり森のダンジョン』。


 原作で言えば『廃線駅のダンジョン』と並んで、初心者向きと呼ばれるそのダンジョンには、鬱蒼うっそうとした森林が広がっていた。


 異界の木々が生え伸びる暗がり森は、自生する植物から生態系まで、現界とはまるで異なっている。こういった外来種を現界に持ち帰るのは、生態系の保護の観点からも厳禁で、厳しく取り締まられている。


 暗がり森の名に恥じず、光源が存在しないダンジョンは薄暗かった。


 俺は、垂れ下がっている円筒形の実に手で触れる。


 瞬間、ぽうっと、それは発光して蒼白い光が辺りを満たした。


 通称、『灯果樹ランプフルーツ』。


 樹木内を循環する魔力を実が蓄え、魔物や動物を誘き寄せるために灯りを放つ樹木で、誘惑された生物のフンに混じった種から次代を繋いでいく。


 設定資料集によれば、まずくて食えたもんじゃないらしいが、試しに喰ってみたらシャンプーの味がした(グルシャン)。


 原作では、この実の前でボタンを押して光らせ、徐々に視界と探索範囲を広げていくことになるが……あまりにも、光る時間が短いので、ボタンと舌打ちを連打しながら、イライラしつつ攻略することになる。


「参考までに、お聞かせ願いたいのですが」


 灯実樹ランプフルーツを食った俺が、ラピスに背を撫でられながら吐いていると、巨大キノコに腰掛けた委員長に声をかけられる。


「な、なに……?」

「おふたりは、どのような魔導触媒器マジックデバイスを用いているんですか?」


 ラピスは、腰から純白の棒を取り出した。


 それに、魔力を流し込んだ瞬間――明朗な音を響かせながら、彼女の手の内でその棒は変形し、あっという間に真っ白な弓へと変わる。


「わたしは、『白雪姫弓エーレンベルク』。所謂いわゆる、機械弓ってヤツかな。短刀も勉強してるけど、苦手なままだから遠距離専門」

「手に取っても?」

「どうぞ」


 髪を掻き上げたラピスは、変形機構の弓を手渡す。


式枠スロット5……導線で繋がっているのは3と2……導体コンソールは、確かに、遠距離攻撃系統で埋まっていますね」


 やっぱり、ヒロインの武器つっよ!! 式枠スロ5って!! 式枠スロだけで、武器の強さが決まるわけではないけども!!


「mppsは幾つですか?」

「1000」


 mpps……Magic Point Per Secondの略称で、魔導触媒器マジックデバイス側で、1秒間に受け取れる魔力の限界量を表す単位である。


 簡単に言えば、mppsが高ければ高い程に、魔法の発動速度が上がって、魔力の操作コントロールが効きやすくなる。


 導体コンソール導体コンソールの間を繋ぐ導線の太さや長さ、各魔導触媒器(マジックデバイス)が得意としている基本導体(属性、生成、操作、変化の四種のどれか)、想像イメージしている魔法の物量……諸々の要素が噛み合って、魔法が発動するので、mppsが高い程に良いとは一概には言えないのだが……まぁ、基本的には、高い方が良いに決まっている。


 ちなみに、九鬼正宗のmppsは365である。


「導線が短いですね。特に、この中央の基盤となる式枠スロットから、伸びている二本は彫りが良い。腕の良い職人によるものです」

「…………」


 もし、式枠スロットが女の子であれば。


 この中央の基盤となる式枠スロットから伸びている二本は、恋人同士を繋ぐ赤い糸だろうな。でも、そうしたら、中央の子は二人の子と赤い糸が繋がっていることになるわけで……おいおい、大変なことになってきやがった(歓喜)。


「…………(ニチャァ)」

「三条さん、顔面が校則違反ですよ。やめてください」


 俺は、スッと、真顔に戻る。


「委員長って、魔導触媒器マジックデバイスフェチとかそっち系?」


 そんな設定あったっけかな……とか思いつつ、求められるままに、俺は委員長へと九鬼正宗を手渡した。


「いえ、特には……ただ、戦闘能力がないわけですから、多少なりとも、お手伝い出来るように努力しようかと。

 三条さん」


 眼鏡をかけて、俺の九鬼正宗を視ていた委員長は顔を上げる。


「整備、してますか?」

「………………うん」

「今、思い出してみて、心当たりがなかったのに嘘を吐きましたね。

 先程の顔面校則違反とあわせて、補修48時間にあたいするかと」

「顔面はともかく、お茶目な嘘については、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はあると思うんです……」


 委員長は、ため息をいて眼鏡を外した。


「戦闘中に魔力の暴発を引き起こす確率は、15%と言ったところでしょうか。死地に飛び込む度に、両手が吹っ飛ぶ可能性をけて、黒○げ危機一発に挑む遊び心と気概と狂った頭をお持ちですか?」

「狂った頭がそろえば、ビンゴだったんですが……」

「ビンゴ狙わないで」


 腕を組んだラピスは、苦笑する。


「アステミルは、そういうところ抜けてるから。師弟してい似て、ヒイロも、そこまで気が回らなかったんだよね。

 でも、大丈夫。わたしが、教えてあげ――」

「私が引き受けます」


 委員長にインターセプトされて、どことなく嬉しそうだったラピスは固まる。


「戦闘の出来ない私は、雑用係だと思って頂いて構いません。整備や準備、必要であれば、マッサージチェアで肩もお揉みします」


 それとなく、文明の利器に頼るな。


「……うん」


 ラピスは、しゅんっと顔を伏せて、俺は委員長に向かって片手を上げる。


 ナイス、カットォッ!!(心内ハイタッチ)


 そして、笑顔で下ろした。


「……まぁ、三条さんも整備方法くらいは覚えるべきなので、三人で行うのもやぶさかではありませんが」

「あ、ほ、ホント? なら、そうしよっか」

「ごめん、その日、用事あるわ(未来予知)」


 俺を無視して、謎の予定を立てるふたりを視て、バックレることを決意する。


 そして、俺は、羅針盤の形をした特殊な魔導触媒器マジックデバイスを取り出した。


「まぁりょぉくたぁんちきぃ~!!(テレレッテーテテー)」


 誰にも聞かれていないが、俺は説明を始める。


「ラピスちゃん、コレはね、冒険者協会に所属している人間の魔力を探知してくれるスゴイ道具なんだ。この道具を使って、これから、行方不明になった鳳嬢生を探すんだよ。

 うふふぅ」

「な、なんのマネ……?」


 ドラ○もんごっこに、精を出していると――ぎゅるんっと、針の先が一点を指した。


 対象の魔力を探知した時の反応、俺とラピスは勢いよく顔を上げて、委員長は眉をひそめる。


「思ったより、早く帰れそうですね」


 一斉に、俺たちは、針の示す先へと走り出した。

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