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パーティー結成

 目深まぶかにかぶった野球帽。


 丁寧に編み込まれた金色の長髪(ポニーテール)……そっと、その帽子をとると、片腕を押さえたラピスは、恥ずかしそうに目をそむける。


「こ、こんばんは」

「……本日の営業は、終了しました」


 俺は、扉を閉めて、フーリィの方に振り返る。


「あのさ、人の話、聞いてました? お姫様抱っこして、耳鼻科までご案内差し上げましょうか? 脳神経外科に緊急搬送すんぞ?」

「だって、私、ラッピー推しだもん」

「『だもん』じゃないんだよ、『だもん』じゃ。

 俺が必要としてるのはビジネスパートナーであって、この薄汚い手を清めちゃうような美少女じゃないんですよ。美しい百合は可憐な花々と並ぶべきで、隣に腐臭のする男を配置したら、根腐れ起こしちゃうでしょ?」

「あら、その反応? ラッピーのことは、可愛いと思ってるってこと?」

「やめろ、お前、やめろ。世話焼きお姉さんみたいな立ち位置から、俺とラピスの仲をこうとするな」


 何時いつになく、浮足立つ寮長の前で俺は嘆息をく。


「あのですね、俺たちは、古き良き好敵手ライバルなんですよ。『やるじゃん』、『お前もな』とか言いながら、ニヤッと笑って、拳と拳をぶつけ合うタイプの熱い好敵手ライバルなんです。

 胸のときめきとか、解釈違いだから、ノーサンキューね」

「失礼します」


 俺の背後で、扉が開いて。


 きちっと制服を着こなした委員長が、寵姫ちょうきのように綺麗な顔をのぞかせる。


「クロエ・レーン・リーデヴェルト、参上いたしました」


 その後ろから、私服姿のラピスが、コレ幸いと言わんばかりに室内へと滑り込んでくる。


 なぜか。


 ふたりの少女は、俺を挟んで、フーリィの前に並んだ。


「…………」


 そっと、後ろに下がろうとして――


「動かないでくださいますか、三条さん」


 目を閉じて、しとやかに手をそろえている委員長に止められる。


対称性シンメトリーが崩れます。女性2に対して、男性1なのですから、貴方が中央で起立しておくべきです。本席の座長は寮長ですから、あの方から視て、美しく所作しょさを揃えることは必要事項でしょう。

 それと、先程は、ジェットコースターを楽しませて頂きましてありがとうございました。貴方は、命の恩人ですね」

「い、いえ、とんでもないです……はい……」


 視線を感じて、ちらりと、横を視る。


 こちらに熱視線をそそいでいたラピスは、頬を染めてから、野球帽のツバを深く下ろして顔を隠した。


 そんな俺たちの様子を視て、フーリィは微笑む。


「良かった、サプライズと顔合わせは大成功ね」

「寮長ォ……俺ェ……必要としてるのは、ひとりなんですよォ……ダンジョンに潜ったら、俺の分の報酬は丸々消えるんでェ……あんまり、大人数を巻き込みたくないって言うかァ……なァ……?」

「三条さん」


 委員長は、髪をき上げて耳にかける。


「貴方の要請ようせいは、寮長から聞き及びました。

 私には開示出来ない重要な目的があるため、無償での貴方へのご協力は惜しみません。先程の騒ぎで、貴方の実力も確認出来ましたし、戦闘では役には立ちませんが手助けくらいはさせて頂くつもりです」

「重要な目的……?」

「夢見がちに換言すれば、乙女の秘密ですね」


 すまし顔で、委員長は俺の追求を避ける。


「早速の助言ですが、ルーメットさんにはご助力頂くべきかと。

 神殿光都アルフヘイムの姫殿下と言えば、下々の者の間では『ちょーヤバい』として有名で、上々の者の間では『森窓の黄金姫』として高名……三条さんの目的である『俺、やべー、目立ちたいわ』の強力な力添えとなるでしょう」

「なんか、遠回しに、俺と一般庶民をバカにしてない?」

「してません。下界民特有の被害妄想です」

「いや、でも、ラピスは……」


 期待するかのように、こちらを見上げていたラピスは、一転して悲しそうに目を伏せる。


 彼女は、何かをこらえるかのように下唇を噛んだ。


「…………」

「必要だわァ!! なんで、最初に、誘わなかったんだろ!? 俺って、バカだなァ!! 素晴らしい敵手ライバルが、手助けしてくれるって言うのに、断るわけがねぇよなァ!? ありがとよ、寮長、最高のサプライズプレゼントだわッ!!(号泣)」

「ふふ、喜んでもらえて良かった」


 帽子を脱いだラピスは、嬉しそうに微笑む。


「良かった……最近、避けられてるかなって思ってたから……久しぶりに、ヒイロと一緒にられて嬉しい……」

「ど、どういう意味……それ、どういう意味……?(荒い息)」

「ラッピー、ヒーくんが、貴女を避けてるなんて誤解よ。むしろ、大切に思っているからこそ、無報酬でのお手伝いを頼めなかったの。

 いじらしい男心をわかってあげて? ね?」


 フーリィは、こちらに向かってウィンク――真顔の俺は、殺意をめて、彼女を見つめ返した。


 帽子で口元を隠して、ラピスは、ちらっと俺を見上げる。


 目が合ってしまうと、彼女は、嬉しそうに目元をほころばせた。


「…………」


 俺の肩に、可愛い鳥さんでも止まってたのかな^^


「三条さん」


 両眼を上に向けて、現実逃避に専念していた俺は、委員長に声をかけられて正気を取り戻した。


「話がまとまったのであれば、冒険者協会で話をつけてきませんか? 善は急げ、時は金なり、遅刻厳禁の校則もあることですから」

「そ、そうだね。委員長、さすがだね。ベストオブ委員長だね。

 ちょっと、その前に、先輩と話があるから廊下で待っててもらっても良い?」

「承知しました。

 学外活動時間も限られていますので、お早めに。3分測ります」


 ピッと音を響かせて、委員長はタイマーをセットし、勝手にタイムキーパーへとジョブチェンジしてから廊下に出ていった。


「ヒイロ」


 ラピスは、俺に向かって、綺麗な微笑みを向ける。


「後でね」

「う、うん」


 ご機嫌の彼女は、委員長に続いて外に出る。


 寮長室には、俺と寮長が取り残され。


 事務仕事に精を出していたフーリィは、苦笑してから俺を見つめる。


「お姫様を廊下に待たせる王子様なんて、前代未聞じゃない?」

「毒リンゴで商売してそうな魔女と話をつける必要があるんで。

 魔神教が狙ってる、次の標的ターゲット……アステミル・クルエ・ラ・キルリシアじゃないんですよね?」

「答えはYES」


 俺は、安堵の息を吐く。


 まぁ、ラピスを呼び出してる時点で、師匠アステミルではないだろうと思っていたが……時期的には有り得ないのだが、なにがあるかわからないからな。


「なら、誰?」

「美人との会話を長引かせるために、同じやり取りをループするつもり?

 貴方は、本件には関わらせません」

「俺の知ってる人間ですか?」

「YES/NOでの回答を迫る人間ひとは、会話がヘタクソって自己紹介してるようなものだから、素敵な夜を一緒に過ごしたいとは思わないし、丁寧な御返事をしたためるつもりもなくなっちゃう」

「わかったよ、そっちは貴女の領分だ。無理には立ち入らない」

「素敵な口説き文句」


 微笑を浮かべつつ、フーリィは書類に目線を落とす。


「でも、一歩、踏み出しても良い?

 さっきのダンジョン探索入門、あの魔車の乱入のせいで、寮長には招集がかけられたってことになってたけど……でも、本当の狙いは、寮長の命だったわけで、その呼出し自体も魔神教の思惑の内だったんですよね?

 寮長を呼び出したお偉いさんって、魔神教の一員だったりしません?」

「一歩どころか、女性ひとのこと押し倒しにかかってるわよ」


 積もった書類に目を通しながら、彼女は長い足を組む。


「正直、その線を漁っても、成果は薄いでしょうね。普通、そこまでわかりやすく、ヒントを出したりしないわよ。ていよく利用されたってところね。その背後関係まで洗ってたら、切りがないし、ストレスのせいでお肌が荒れちゃう」

「なら、次の標的ターゲットの襲撃に来たところを待ち伏せるしかないですね。

 多少、襲撃時間がずれる可能性もあるし、順番に見張りに付くのはどうですか? もしくは、人員を雇って、怪しい動きがあったら俺か先輩に知らせてもらうとか。

 とりあえず、現時点で集まってる情報を口頭形式でまとめませんか?」

「そうねぇ……」


 フーリィは、硬直して、書類から俺に目線を移した。


「驚いた。

 ヒーくん、貴方、想像以上に頭が回るのね」

「はい?」

「貴方、『依頼者が怪しい』なんてわかりきってたことを話題に出して、私の油断を誘った挙げ句、さも代替案を出しているみたいに見せかけて、魔神教襲撃の情報を引き出そうとしてたでしょ?」

「…………」

「少し、貴方のことを甘く視てたかもね。平板へいばんな口調で、なんてことないように続けるから、危うく視えない罠に引っかかるところだった」


 蒼い目が、俺をとらえる。


「貴方が、敵に回らないことを祈るわ」


 ……俺も、同意見だけどな。


 結局、フーリィは俺の詐術トリックには引っかからず、情報を引き出すことは叶わなかった。


 まぁ、師匠アステミルが関わっていないことは確認出来たから良しとしよう。


 廊下に出た瞬間、委員長はタイマーをストップさせる。


「2分42秒、優秀ですね」

「あざーっす!! ざっす!!(体育会系)」

「ヒイロ、あの女性ひととなんの話してたの?」


 俺は、苦笑する。


「有り難いお説教、喰らってただけだよ。

 行こうぜ、冒険者協会、閉まっちゃったら面倒だしな」


 興味津々のラピスには誤魔化しを入れて、俺たちは学園へ向かって歩き出した。






 鳳嬢魔法学園内、大広間。


 多種多様な設備が取り揃えられるそこには、冒険者協会ものきを並べており、特徴的な制服を着た受付嬢さんが丁寧な対応をしてくれていた。


 本革製のソファーが、設置されている待合スペース。


 申し付ければドリンクが出てくるそこで、俺たちは、発行された番号札を画面ウィンドウに焼き付け待機していた。


「……遅いな」

「ね。

 なにかあったのかな?」


 ラピスが、カウンターの奥をうかがって……ぱたぱたと、可愛らしい受付嬢さんが、こちらに駆けてくる。


「申し訳ございません。

 誠に勝手ながら、本日の受付は終了させて頂きます」

「え、なんかあったんすか?」

「その……」


 言葉を濁した彼女の前で、俺は、ラピスに親指を向ける。


「こちらにおわす御方をどなたと心得ますか? 恐れ多くも神殿光都アルフヘイムのお姫君、ラピス・クルエ・ラ・ルーメットにあらせられますよ?

 生憎あいにく、紋所系統のモノは持ち合わせていませんが、鳳嬢魔法学園にラピスりとブイブイ言わせてます」

「言わせてません(ぺしぺし)」

「痛い痛い、そういうの委員長にやって。

 要するに、厄介事なら、こちらのお姫様並びに助さん格さん的な立ち位置にいる俺たちが受け付けます」

「じ、実は……」


 え、こんなんで、マジで話しちゃうの!? コンプライアンスとか大丈夫!?


「本学園の生徒様が、ダンジョンで行方ゆくえくらませまして……当然、ダンジョンなので、危険性はあるのですが……鳳嬢魔法学園の生徒様と言えば、腕利き揃いですから、ダンジョン内での行方不明なんて久々のことでバタついており……」

「なるほど、わかりました。

 その捜索――」


 俺は、ニヤリと笑う。


「俺たち『百合ーズ』が引き受けましょう」

「なんですか、そのファミレスみたいな陳腐な名称は?」


 委員長の苦情は受け付けず、俺は突発的に発生したイベントに名乗りを上げた。

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