蒼い寮にこんにちは
青色の
とは言え、ところどころ、異なるところもある。
広大な寮の四方に建てられた尖塔の先端、そこに備わる
このプールを生成し続けるのには、どれだけの魔力と水と金が必要なのか。
まさに、力と水と金が溜まった水槽。
このプールもまた、
各寮の
それは
原作観点で言えば、
ただし、入寮は非常に難しいので、三条燈色のような元祖ド底辺には
本来であれば、足を踏み入れることも出来ない高貴なる寮の前で、俺は一時入寮申請を終えて、門が開くのを待っており――水音を立てながら、水の通路が出来上がり、サーフボードに腹ばいになったひとりの少女が流れてくる。
「オーホッホッホッ!!」
頬に手の甲を当てて、笑い声を響かせながら。
くるくると回転しつつ、ちっちゃな波に乗ってきた金髪の少女は、すたっと立ち上がる。
「あら、
ごめんあそばせ、お手洗いなら、駅前にまで駆けて行ってくださいます?」
「…………誰?」
「ハァ!?」
ピンク色の水着を着た彼女は、あたふたと、俺の前で角度を変える。
「わ、わたくしですわよ!? あ、貴方、頭でも打ったの、専属奴隷!? お、オフィーリア・フォン・マージラインですわ!!」
俺は、驚愕で
「お、お嬢!?
だ、だって、髪が縦にロールしてないから!!」
「貴方、わたくしが髪を下ろした姿も視たことあるでしょう!? 金髪縦ロールで、人様を識別するのやめてくださる!?」
「いや、だって……お嬢、髪、下ろしたら普通の美人なんだもん」
「…………」
腕を組んだお嬢は、ひくひくと、嬉しそうに頬をひくつかせる。
「お、オホホ……そんな美人だなんて、言われなれてますわ……底辺の男ごときの言葉で、このオフィーリア・フォン・マージラインの心が揺れるとは思わないことですわ……で、でも、もっと言いなさい……」
「で、お嬢、なにしてんの? 敷地内への不法侵入に設備の無断使用のコンボまで決めて、学園退学になっても知らないよ?」
プロポーションだけは、噛ませとは思えないお嬢は、ぷいっとそっぽを向く。
「なにをバカげたことを。
わたくしは、
余程、大事に思っているのか。
プールに入ってる間も、身に着けていたらしい『耽溺のオフィーリア』は、彼女の首元で輝いていた。
しゃらぁんと。
髪を
「わたくし、かのマージライン家のご令嬢ですから?
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! マジか、お嬢、すげぇええええええええええええええええええ!!(ただのお嬢ファン)」
「オーホッホッホッ!! そんなこともあり寄りのありですわぁ~!!」
門を挟んで、高笑いするお嬢と、そのお嬢を褒め称える俺。
悪目立ちしているのは間違いなく、普段であれば『しっしっ』と追い払われているところだったが、三条燈色太鼓持ちエディションがお気に召したのか、水着姿の鑑賞さえもお許しになられていた。
さて、原作では、お嬢はどこの寮に入るのかと言えば。
完全にランダムで、どの寮に入っても、自分の寮が一番だと言い張る『自寮大好き厄介勢』と化すことになる。
お嬢がどの寮に入っても、彼女との遭遇イベントには共通性がある。
散々にイキり散らした後に、主人公の方が上だと言うことを見せつけられ、泣きながら自分の部屋まで逃げて出てこなくなる……噛ませのお手本のようなイベントで、プレイヤーに癒やしと笑顔をプレゼントしてくれるのだ。
「お嬢、
「ふん、貧民から施しは受けませんわ……あら、意外に美味しい……」
門の隙間から、俺の
「…………」
「な、なんですの、その哲学的な表情は……?」
お嬢哲学に浸っていると、門が開いて、意外な迎えがやって来る。
「さ、三条くん、入寮してもらっても大丈夫ですよ」
「あれ、マリーナ先生? なんで、こんなところにいんの?」
我らがAクラスの担任、マリーナ・ツー・ベイサンズは、キョロキョロとしながら微笑む。
「あ、あの、ちょっと、ママ……じゃない、お母さんと喧嘩しちゃいまして……家出……ではなく、戦略的撤退生活を
そういや、マリーナ先生は、ベイサンズ伯爵家の家長と仲が良すぎる
「でも、意外ですね、オフィーリアさんと三条くんは仲が良いんですか」
「仲が良いわけがありま――」
「いえ、仲良くありません」
自分でも言っておいて、お嬢は、傷ついたような顔で俺のことを見つめていた。
徐々に、両眼が
「い、いえ、俺は、オフィーリアさんのことを友人だと思ってます……い、一方的な想いなのですが……」
「さ、最近、付き
では、ごめんあそばせ」
マリーナ先生は、ちらりと、俺を見上げる。
「…………」
「…………」
え、なんか、気まずい。
「じゃ、じゃあ、い、行き――げほっ、ごほっ、おええっ!!」
「む、無理にしゃべらなくていいですよ……案内してくれればいいんで……」
思わず、くの字になった先生の背を撫でると、彼女は顔を真っ赤にして飛び退く。
「ひゃあっ!!」
「あ、すいません、男に触れられたくなかったですよね」
「い、いえ……異性間の肉体的接触に
なんで、なんか、卑猥な言い方するの? 同性間の肉体的接触は、どんどん、していけ?
マリーナ先生に連れられて、俺は、
廊下に置かれている美術品、壁に飾られている絵画、ひとつ取ってみても
雑然としている
「御機嫌よう」
すれ違う
「ご、ご機嫌!!」
それに対して、我らがAクラスの担任は『I’m fine』みたいな英語的日本語の挨拶を返して、格の違いを見せつけていた。
果たして、この寮で、お嬢は大丈夫なんだろうか。
思わず、不安になってしまったが、この親心はさすがに過保護だ。お嬢も、もう良い歳なんだから、自分でどうにかするだろう。
「…………」
後で、フーリィに、お嬢が大丈夫か聞いておくか(過保護)。
距離を取って歩くマリーナ先生は、こちらを振り向いて笑みを浮かべる。
「い、良い寮……げほっ……でしょう……? 朝も昼も夜も静かだし、部屋にゴミを溜めても勝手に回収してくれるし、なんだか美味しいドリンク飲み放題だし……しょ、正直、実家よりも実家で……皆、私にお辞儀もしてくれるし……すごく、心地良いんですよね……」
「先生、休日も、部屋に引き
「最近、VRヘッドセットを買ったので、そうでもありませんよ?」
なにからなにまで、
エレベーターに乗って、最上階へ。
アンティーク調のデザインのエレベーターは、ボタンまで格調高く、豪邸に迷い込んだような錯覚の
「こ、ココです……」
「先生、ありがとうございました。お大事に」
「なにを……?」
心も身体も、外界と繋がれる
不摂生生活を送っているであろう担任教師は、首を
「はぁい、ヒーくん、さっきぶり」
当然のように生きている
「…………」
「あら、もしかして、心配してた?」
「そりゃあ、心配するでしょ。委員長を送り届けてから、一回、戻ったんですからね」
「ふふ、生意気」
苦笑して、フーリィは、ちょいちょいと俺を指で招く。
招かれて、俺は、差し出されたティーカップを受け取った。
「マリアージュ・フレールのブレンドティーよ。大して高くもないけど」
「飲めりゃあ、なんでも良いですよ。
で、壁に向かって突っ込んでる電車の中に居残りして、どんな課題を紐解いてたんですか?」
フーリィは、目を閉じて、紅茶の香りを
「女心、とか?」
「それは、秋の空と同じで移ろいやすくて解けやしませんよ」
湯気の向こう側で、蒼色の彼女は苦笑する。
「魔神教が狙ってる、次の
「…………」
「ダメよ、可愛いおねだり顔しても。貴方は、まだ、直接的には参加させません。せっかく、予言が外れたのに、また、死ぬような目に
「……アステミル・クルエ・ラ・キルリシア、ではないですよね?」
フーリィは、微笑んで――ノックの音。
仕組まれたかのように、話の流れが途絶える。
フーリィの手のひらに
「言ったでしょ、良い子を紹介するって」
導かれるままに、俺は、扉を開けて――その良い子を見つめる。
「……ふざけんなよ」
そして、大きくため息を