駆け込み下車
窓ガラスをぶち破って、突入成功。
手持ちかばんみたいに引っ掴まれ、同行を余儀なくされた俺は、吊り革を掴んで勢いを殺しながら着地する。
「なんで、俺、強制同行なんですか? 警察ですら任意同行なのに、令状もなしに強制同行とか、
「あら、か弱い乙女をひとりで突入させるつもり?」
「今度、『か弱い』の箇所にマーカー引いた国語辞書をプレゼントしますよ」
「ありがとう。
『殺す』の箇所にマーカー引いて、ご返答させて頂くわね」
殺意満面の笑みのフーリィに、真顔の俺は両手を挙げる。
「で」
なんの変哲もない電車内。
既に車内に突入していた先客は、耳に赤鉛筆を挟んで、競馬雑誌を片手にイヤホンでレース中継を聞いていた。
「させさせささせさせぇ!!」
大事そうに日本酒『秘奥・鬼殺し』を抱えたシック先生は、急にがくりと
「敗けたパチ代を取り返す唯一の機会がァ……!!」
「コレが噂のウ○娘ですか」
「ファンに殺されるわよ、貴方」
俺たちに気づいた先生は、急ににこやかな笑顔を浮かべる。
「フーリィ、金、貸し――」
「おととい来やがれ♡」
可憐な笑顔を浮かべて、
「ちょ、ちょっと、返してよっ!! 人でなしッ!! 人から酒を奪って、恥ずかしくないのかっ!!」
「生徒から金を借りようとして恥ずかしくないの?」
「応ッ!!」
「…………」
せ、生徒が、教師に向けて良い目じゃねぇ……基本的人権の尊重を
「1ぱちにしておけば良かったァ……1ぱちにしておけばァ……1ぱちだったら勝ってたァ……!!」
電車内の長椅子の上で寝転がり、しくしくと、先生は泣き始める。
ため息を
「ヒーくんは、こんな大人になっちゃダメよ……?」
「応ッ!!」
「…………」
「じょ、冗談ですって……その目、やめて……」
ふと。
フーリィは、顔を上げる。
魔力の流れが変じて、俺の両眼が疼き、車内の電灯が明滅を始める。
チカチカチカチカチカチカ。
明るくなったり暗くなったりを繰り返し、貫通扉が音もなく開いて、三つの人影が姿を現した。
「…………」
顔面を黒い
赤黒い手で、喉を締め上げられた女生徒……盾にされている彼女は、苦悶の声を上げていた。
「ぐっ……うぅ……!!」
委員長だ。
窒息を起こしかけているのか、顔面が赤紫色に染まりつつあり、吊り上げられた空中で苦しそうに藻掻いていた。
「…………」
「ヒーくん、ステイ」
飛び出そうとした俺を制するように、フーリィは手で柵を作った。
頬に手を当てて、彼女はふんわりと微笑む。
「どなた? お食事の誘いなら、際限ないからお断りしているけれど」
「フーリィ・フロマ・フリギエンスだな?」
「あらら、会話も出来ないおバカさんたちが勢揃い。
ごめんね、ヒーくん、最初から私が目的だったみたい……巻き込んじゃったかも」
「いえいえ、お構いなく」
俺は、無属性の刀身を作って抜刀、舌でその刃をなぞる。
「丁度、今宵の九鬼正宗は、血に飢えてたとこですわぁ……!」
「今、昼間だぞ」
「敵側からツッコんできてんじゃねぇ!! ブチ殺すぞ、ゴラァ!!」
「ヒーくん」
こそりと、フーリィは俺に耳打ちする。
「一人一殺、出来る?」
俺は、フッと笑う。
「別に、三人倒してしまっても構わんのだろう?」
「じゃあ、よろしく」
「すいません、調子にノリました、一人一殺でお願いします」
フーリィは、苦笑し――ガシャァッン!!
三人組の横、窓ガラスが弾け飛ぶ。
飛び込んできたシック先生が、ひとりの顔面にドロップキックをかました。
「「「「はぁ!?」」」」
失神した仲間を視て、残されたふたりは呆然とし、シック先生は奪い取った財布を高々と掲げた。
「パチンコ代ゲットだぜ!!」
「ヒーくん、一人一殺!!」
「あの
俺とフーリィは、同時に動き――
「ヒーロくん、三歩前に出てから、その
「サンキュー」
アルスハリヤの指示のまま、抜刀して抜き打ち――
「な、なんで、視え……」
手応えあり。
刃のない刀身が、見事に急所を
バタリと、人間が倒れ落ちる音が聞こえてくる。俺は、ニヤニヤと笑いながら、口元へと九鬼正宗を持っていった。
「だから、言ったろ」
目が視えないまま、俺は、虚空をぺろぺろと舐める。
「今宵の九鬼正宗は、血に飢えているってなァ……!!」
「ヒーロくん、君の間抜けぶりは吐き気を
そうそう、おいっちにおいっちに。あんよが上手、あんよが上手」
両手を前に突き出したまま、アルスハリヤの指示に従って歩いていき……顔面に、柔らかい感触が伝わってくる。
「……ヒーくん、わざと?」
フーリィの右手がそこにあるということは、俺の頭の位置はココらへんにあるということで。
つまり、コレは。
「アルスハリヤ、貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「
「素晴らしいクレッシェンドだ(うっとり)」
俺は、フーリィから離れて、殺意のままに両腕を突き出してアルスハリヤを探す。
「絞め殺してやる……!!」
「うわー、たすけてー(棒読み)」
アルスハリヤの情けない声を頼りに、俺は、捜索を開始し――酒瓶に
が、柔らかいものがクッションとなって命拾いする。
「…………」
「う……ぅん……」
見覚えのある可愛らしい顔。
委員長ことクロエ・レーン・リーデヴェルトは、長い
離れようとした瞬間、目を開けた委員長は、ぼんやりと俺を見つめる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……き、奇遇だね(選択肢ミス)」
彼女は、視線を下ろし、自分の胸元に目をやって。
わなわなと震えながら、徐々に顔を赤くしていく。
「じ、事故ですか、事件ですか、それとも手の込んだ自殺ですか……?」
「刑事さん、手の込んだ事件です。犯人は、貴女の目には視えません。でも、俺の目には映るクソ畜生です」
「なぞなぞ……?」
俺は、ゆっくりと離れて、委員長はせかせかと衣服の乱れを整えた。
その後ろで、俺は、ずっと土下座していた。
「……で」
まだ、ほんのりと顔を赤くしている委員長は、リボンを結び直しながらささやく。
「三条燈色さん、貴方が私を助けてくれたと言う理解で合っていますか?」
「合ってません、性欲に敗けました(好感度不要論)」
「
最初に飛び出そうとしたのは貴方なんだから、一人一殺、お姫様を助けたのは王子様ってことにしておいてあげる」
「では、感謝します」
軽く頭を下げて、委員長は髪を掻き上げる。
「ただ、事故とは言え、年頃の男女同士が重なり合うのは、思春期特有の妄想的憶測を招きかねません。女性同士ならまだしも男女の関係性は、スキャンダラスでスパイシーですから、ゴシップ雑誌にカレーが好きなお子様に好まれる話題です。
異性交遊結構、不純異性交遊不結構。
この言葉を印刷して、訓示として胸元に掲げておいてください」
「そんな、早口言葉みたいな……でも、俺、プリンターもってないし……」
「『俺、プリンターもってないし』ではなく『ちょっくら、コンビニで印刷してきます』……代替手段を常に考えるように」
鋭い目つきで、
その様子を見つめて、フーリィは微笑む。
「もう、尻に敷かれてるわね」
「失礼ながら寮長、訂正を。
私と三条燈色さんは、夫婦関係に当たらないのでその語は適当ではありません」
「あらあら、照れちゃって」
「照れてません」
ちょいちょいと、フーリィに手招きされる。
シック先生から酒瓶を奪い取っている委員長を横目に、俺はフーリィが
「
「噂の魔法士狩りね」
魔法士狩り……
「高位の魔法士ばっかり、魔神教に襲われてるって言う例の?」
「よく知ってるわね。
集団で高位の魔法士に襲いかかって、亡き者にするって言うのが
「でも、あのフーリィ・フロマ・フリギエンスを殺そうとした割には、黒猫クラスの眷属が三人って不足にも程があるよね」
フーリィは、静かに顔を上げる。
同時に、俺も嫌な予感がして、窓の外を見つめた。
電車は走り続けており、狭いトンネルに突入したせいか、左右は
地下鉄トンネルを疾走するこの魔車は、果たして、どこに向かっているのか……俺たちは、顔を見合わせた。
「次の駅は?」
「終点。つまり、壁ね」
「……この電車ごと、葬り去るつもりか」
「生まれてこの方、電車なんか乗ったことがないから……下手に途中乗車なんて、お嬢様にあるまじきマナー違反しなければ良かったかしら」
フーリィは、電車の奥の暗がりを見つめて――苦笑する。
「あと、1分32秒。
ヒーくん、最後尾まで走れる?」
「走れるけど……たぶん、ひとりしか連れていけない」
「なら、クーちゃんをよろしく」
「クーちゃんって……委員長?
先輩と先生、あとこの三人組はどうするの?」
「あと、1分32秒、この電車ですることがあるから残る」
ニコリと笑って、フーリィは手を振った。
「じゃあ、行って」
「ごめん、委員長、説明してる時間ないわ」
「ちょっと、なんですか」
俺は、ひょいっと、委員長を抱き上げて目を閉じる。
魔力線を両足に集中させて、道中を塞いでいるであろう貫通扉を思い描き、真っ直ぐに駆け抜ける
「委員長、ジェットコースターとか大丈夫なタイプ?」
「え?」
「ちょっと」
俺は、足の裏に魔力を溜める。
「本気で走るわ」
一気に、それを解き放ち――ドッ――蒼色の流線が走った。
あまりの速さに、委員長は、声なき悲鳴を上げる。
踏み込む
魔力線による補強を行い、徐々に魔力量を増やしていって、全力で魔力を吹かし続ける。前方を塞ぐ扉は
ぞっ。
その行く手を阻むように、赤黒い手が床から生えてきて――
「あらよっと」
俺は、窓ガラスを蹴りつけて天井に着地し、回転しながら走り続ける。
「残15秒。間に合わないぞ、全力で行け」
ぼそりと、アルスハリヤがささやく。
後方からの破砕音――車両全体が波打って、衝撃で前のめりになりつつ、俺は姿勢をどうにか保ちながら疾走する。
どうやら、先頭車が、終点に到達して潰れ始めたらしい。
耳をつんざくような崩壊音を聞きながら、俺は魔力を解放し続けて、最後尾車の窓ガラスが視え――
「委員長、投げるわ」
「は?」
ぽぉんっと。
委員長を前方に放り投げて、彼女は驚愕で口を開いて。
俺は、一瞬だけ視えた
十文字が刻まれた最後尾車の壁が吹き飛んで、滑り込んだ俺は委員長をキャッチし、そのまま車内から飛び出す。
着地と同時に、トンネルの
音が
暗中で粉々に砕け散った電車は、ものの見事に廃車と化していた。
「あ、あぶな……さすがに、死んだかと思った……」
俺は、下ろした委員長のスカートの汚れを払う。
「委員長、大丈夫だった? 怪我ない?」
「…………」
「あ、はい」
立ったまま、器用に失神している委員長を背負い、俺は、アルスハリヤの案内を頼りにダンジョンから抜け出していった。