魔性の先輩
ダンジョンのド真ん中。
ティーテーブルを設置して、優雅に紅茶を
「……いや、なんで、ダンジョンのド真ん中で紅茶飲んでるんですか?」
「イレブンジスですもの。紅茶の時間じゃない。
ヒーくんも座ったら?」
「じゃあ、失礼して」
ざわついているダンジョン内。
どうして、スコア0の男が
「私の占いがハズレたの、初めてじゃないかしら」
「そういう場合もありますよ」
いや、まぁ、当たってるんだけどね。一回、死んでるし。
「その魔力、なに?」
俺は、手を止める。
「なに、とは?」
「純粋な人間のものじゃない。
それに」
ふわりと。
腰を浮かせた彼女は、俺の頬に冷たい両手を当てて――眼を
「払暁叙事、開眼したのね。
いえ、強制的に開いて、自分の意思で閉じきれてないだけか」
こ、こえぇ……な、なんなのこの
俺の戸惑いが伝わったのか。
笑みを浮かべたフーリィは、指先で、俺の頬をそっと撫でる。
「その魔眼、早く閉じた方が良いわよ。三条家にバレちゃうから。もしくは、もう、バレちゃってるかも」
「……真摯なアドバイス、痛み入ります」
「まぁ、なんにせよ、ヒーくんが生きててくれて良かったわ。自分の占い通りに人が死ぬのって、あまり良い気分はしないから。
ミルクは?」
「たっぷりで」
丁寧な手付きでミルクを入れてもらって、俺は紅茶を喉に流し込む。
「コンビニで売ってるヤツよりは美味い気がする!!」
「うふふ、舌、磨いて出直してきなさい」
「で、
注目なんて、浴び慣れているのか。
生徒たちの視線を一身に浴びながら、
「本日本時刻のフーリィ・フロマ・フリギエンスは、
「日本政府からの注文ですか?」
「名指しでね」
目を閉じて、フーリィは紅茶の香りを
「いや、『至高』の魔法士を呼び出すなんて、名状し
「残念、ハズレ。大したことないわよ。
この授業に参加しているご令嬢の中に政府とコネクションを持つお偉いパパ様を持つ子がいて、過保護の三文字の処置を求めたってだけの話……世間話をしたくて、110を押すような連中と大差ないから」
「でも、さすがに、ただの授業の付添いで呼ぶわけにはいかないでしょ?
「
微笑んで、フーリィは、俺のティーカップに二杯目を
「どちらにせよ、シック先生がいるから問題ないのに……あの
さっき、私から紅茶を強奪して、ブランデーで割るとか楽しそうにしてたわよ」
授業中に紅茶をブランデーで割って、親御さんの信頼を地の底にまで失墜させるアル中の
「まぁ、まだ時間はあるから」
椅子を寄せてきたフーリィから、冷たい肌の感触が伝わって、香水の香りが漂ってくる。
「私、ヒーくんとおしゃべりしたいなぁ」
「優雅なお茶会が、急にキャバクラみたいな雰囲気になってきたな……」
くるくると、人差し指で、フーリィは俺の肩をなぞる。
「私、最近、欲しい別荘あるの……買ってくれる……?」
「エグいレベルの高級店だ、ココ!!」
「で、なにか、面白い話でもないの?」
正直、強者とは関わり合いを持ちたくないんだが……逃してくれる様子もないし……話してみるのもいいか。
魔性の魅力で、俺を手玉に取って、暇つぶしをするらしい先輩に相談を持ちかけてみる。
「冒険者? スコア0だったら、登録すら出来ないでしょ?」
「
「名声を高めることが目的で、自分の仕事を見届ける見届人が必要か……ラッピーじゃダメなの?」
「絶対ダメです(断言)」
「なら、私とか?」
唇に人差し指を当てて、微笑を浮かべたフーリィは小首を傾げる。
「いやいやいや、ダメに決まってるでしょ。貴女レベルの人に付いてこられたら、貴女がなんと言おうとも手柄を全部吸い取られますから」
「なにそれ、つまんない」
さわさわと、フーリィは俺の腕を撫でてくる。
「だったら、私が良い子を紹介してあげましょうか?」
「そんな、先輩の紹介で付き合い始めましたみたいな
「え~、良いでしょぉ~?」
「ねぇ、さっきから!! 距離感、バグってるから!! 健全な青少年を
俺に寄りかかっていたフーリィは、笑いながら身を離す。
「ヒーくんは、からかい
「そういう
「仲介役、してあげよっか」
不敵に微笑んで、フーリィはささやく。
「放課後になったら、
「い、いかがわしい……」
「このフーリィ・フロマ・フリギエンスに、正面切って『いかがわしい』と
苦笑して――ふと、フーリィが顔を上げる。
「……来た」
バチ、バチ、バチ。
蒼白い雷光が
パッ――電光掲示板に色鮮やかなデジタル文字が表示され、そこには文字化けした時刻と行き先が指定されている。
その文字列は
四方八方から響き渡ってくる発車アナウンス、お嬢様たちは悲鳴を上げて、魔物たちは必死に逃げ始める。
音が、聞こえてくる。
電車の走る音だ。
俺は、闇を
暗がりに閉ざされていた線路、壁を削り取るような轟音が響き渡り――凄まじい勢いで、斜めった電車が突っ込んでくる。
ギィャギャギャギャギャギャギャギャッ!!
走行を続けるその電車は、赤黒い手をそこら中に伸ばし学園生を引っ掴む。
「きゃ――」
瞬間、俺の
魔力線を全身に伸ばした俺は、床材を跳ね飛ばしながら駆け回り、ありとあらゆる手を切り刻み――納刀したまま、地面に着地する。
手は、握り手に。
「働いてくださいよ!!」
「だって、ヒーくんの格好良いところが視たいんだもの」
「…………」
ちょ、ちょっと、ニヤついちゃった……。
一両、二両、三両。
目に
「それじゃあ、行きましょうか」
「えっ?」
ふわりと、浮き上がり。
フーリィは、俺の襟元を掴んで、窓ガラスをぶち破り――魔車の中へと、突入していった。