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酒気帯び授業

 トーキョー、シンジュク。


 繁華街、歓楽街、オフィス街と多岐たきに渡る呼び名を持っているが、ダンジョン街と言われる程に、ダンジョンの数が多い地区のひとつでもある。


 原作では、シブヤ、イケブクロ、シンジュクの三大副都心は、ダンジョンの数が多めに設定されており、能力値パラメーター上げや導体コンソール掘りのために訪れることが多かった。


 主人公こと月檻桜の目的は、『全てのダンジョンの核を潰すこと』である。


 設定資料集によれば、トーキョーには、大小合わせて1032個のダンジョンがあるらしい。ただ、それなりの頻度で新ダンジョンが発見されているため、その数は常に上昇傾向にある。


 普通の人間が、楽しい学園生活を送りながら、日々増え続けるダンジョンの核を潰し切ることは不可能だ。


 そのため、主人公の目的は、魔神/魔人討伐、ヒロインとの恋愛、権力の掌握、はたまた世界一のチーズケーキ屋さんを目指す……と移り変わっていき、最終的には、ダンジョンの『ダ』の字もなくなっていたりする。


 浮気性の主人公には困ったものだが、それだけの要素を盛りまくった開発側にも責任がある。


 と言うか、百合ゲーなのに、黙々とダンジョンに潜って、乱数調整をしているエスコ学会員のような連中の方がおかしいわけで。


 そもそも、進め方によっては、百合を放り捨ててエンディングを迎えるのが容易であることが問題なのだろう。


 最終的には、百合ゲーの『百』も『合』もなくなることが大半なので、過激な百合好きからは『嘔吐物ゲー』なんて言われたりもしていた。


 本作をプレイする前に、興味を持った俺が実況配信をのぞいた時には、真顔の男性が謎の国家運営を続けながら、Aボタン連打でチーズケーキを作っている地獄絵図がそこにった。


 演出スキップしていることもあって、配信開始から終了まで女の子が画面に映ることはなかった。


 なら、エスコって、百合ゲーじゃないの?


 と聞かれたら、NOと答えてあげるが世の情け。


 なぜならば。


 ダンジョンに潜らなければ、魔神/魔人と関わらなければ、チーズケーキを作ったり国家運営をしなければ……あなたは、素敵な百合と出会えたのだから。


 これは、お前が始めた物語だろ(正論)。


 と言うわけで、ダンジョンとは、百合を愛する者からすれば避けるべき難所である。


 うっかりハクスラとパラ上げにハマれば、本来の目的である百合を放ったらかしにして、別ゲーを遊び続けてしまう魔のいざないなのだ。


 だから、逆に、俺は!! 全力で!! ダンジョンを攻略するッ!!


 百合に男はらず。これぞ、我が正道よ。


 まぁ、本日のところは、ただの授業であり、六人の孤児みなしごと国を抱えている以上、そこまで本腰を入れるわけにもいかないのだが。


 さて、今回、俺が訪れたダンジョンは『廃線駅のダンジョン』だ。


 このエスコ世界に転生した直後、スノウを引き連れてきてやって来た場所である。全5階層の浅さを誇り、出てくる魔物も雑魚ばかり、分岐路も殆どないため『脳死A連打迷宮』と言われていたりもする。


「では、グループを組んでください」


 耳にはピアス、首にはシルバーアクセサリ。


 アッシュレッドのショートヘア、革ジャンとダメージジーンズ、如何いかにもバンドやってますみたいな雰囲気……『ダンジョン探索入門』の教鞭きょうべんをとり、Cクラスの担任をつとめている『シック・ハイネス・ライドヴァン』はささやいた。


 青い顔の彼女から、うっすらと、酒の匂いが漂ってくる。


「グループは、何人で組めば良いですか?」

「三人、座敷でもカウンターでも……とりあえず、生で……」

「先生、ココは居酒屋じゃなくてダンジョンです」

「すいません、タコワサも追加で……」

「私は、笑顔でタコワサを持ってくる店員ではありません。この無駄な時間に対して、時給も発生していません」


 酒気を帯びた彼女は、今にも吐きそうな青い顔でささやく。


「なら、どなたですか……?」

「アルコールに敗北をきっした教員の授業を受けている哀れな生徒です」


 我らがAクラスの委員長は、ぴしりと背筋を伸ばしたまま答える。


 シック先生は、まさに病的シックな表情で口を押さえた。


「じゃあ、タコワサないの……!?」

「三人一組だそうです、皆さん。

 人数的にも綺麗に割れるので、散らばりましょう」


 原作通り、教員としてはダメダメな先生である。


 シック先生は、廃線駅の線路の上で、サイ○イマンにやられたヤム○ャみたいな姿勢をキープして体力の回復をはかっていた。


 この『ダンジョン探索入門』の授業だが、俺が上手くかわしたこともあり、顔見知りは誰ひとりとしていない。


 まぁ、ある意味、当然だ。


 主人公もヒロインも、ダンジョン探索なんて、わざわざ習うような段階ではない。


 授業に参加していれば単位がもらえるので、楽をしたかったり、あまり魔法の腕に自信がないような子が必要とするレベルのものなのだ。


 レイもラピスも月檻もお嬢も……誰もこの授業はとっておらず、俺は余裕綽々の表情で、腕組み後方クソ男面が出来ていた。


 気づけば、俺以外の全員で、グループが出来上がっていた。


 コレだよッ!!


 ぼっちの俺は、心の中で歓声を上げる。


 俺が!! 求めてたのは!! コレだよッ!! コレこそが、この世界の正しい姿だ!! 男は不要!! 不要なんだ!! 美しい花をむしばむ害虫は、人の手で取り除かれるべきなのだからッ!!


 ニヤニヤとしながら、俺は、倒れ伏すシック先生に声をかける。


「先生」


 俺は、髪を掻き上げながら、フッと笑う。


「組む人がいません」

「きみは、なにをほこってんの……?」


 じゃあ、先生と組みましょうか。


 とか言う理想のルートはえがかず、彼女は、大声を張り上げる。


「じゃあ、この男の子をグループに迎え入れてくれる人~?」


 しーん。


 全員が全員、如何いかにも嫌そうな顔で目配せし、ハズレくじを引くのは誰かと目線で相談し合っていた。


 その素晴らしく美しい光景に、俺は熱い涙が込み上げてくるのを感じ、思わず口元を押さえる。


「うっ……うぅ……!!(感涙)」

「ほら、貴女たちが差別するから泣いちゃったよ。ひっでぇね。鳳嬢のお嬢様たちは、アルコール中毒者の底辺公務員以下の差別主義者だと言うことが明らかになりました。

 へいへい、拍手拍手~!!」


 真っ青な顔で、シック教員は皮肉の拍手を送る。


 その横で、俺は、泣きながら首を振る。


「ち、ちがうんです……お、おれは、人の美しさに感動していて……な、なんて、美しいんだ……るべき姿の世界が、こんなにも綺麗だなんて……こ、心が震えるぅ……!!」

「なかなか、きみも煽るねぇ」


 本心だッ!!


 そう叫びたかったのに、今までがつらすぎたせいか、決壊した涙腺は留まることを知らず。


 俺は、ただ号泣しながら、首を振り続けた。


「わかりました」


 凛とした一声。


 Aクラスの委員長は、友人たちに引き止められながらも、その制止を振り切って前に出た。


「不本意ながら、お引取りいたします」

「おっ、さすが、委員長! よーっ、(柏手かしわで)、総理大臣!

 委員長ちゃん、飲みたい騒ぎたい! はい! 胃腸に関して自信があるある! 漢方漢方一気漢方!!」

「手慣れたコールはやめてください。

 酒気()び教員が素面しらふの生徒に対して、一気飲みコールをする……れっきとしたノンアルコール・ハラスメントとして、然るべき機関に通報させてもらいますので」

「ぐいぐいよしこい! ぐいぐい! ぐいぐい!!」


 通報を煽るとか、コイツ無敵か?


 ため息を吐いた委員長は、ちらりと、俺を横目で視る。


「……貴方を歓迎します」

「NO THANK YOU(爽やかな笑顔)」


 俺の断りを、社交辞令だと受け取ったのか。


 俺は、Aクラスの委員長とCクラスの女の子、ふたりの女子と同じグループで行動することになってしまっていた。


 Cクラスの女の子は、これ見よがしに、敵意の目線を向けてくる。


 いや、すいません……ホントにすいません……邪魔しないんで、ホントに邪魔しないんで……ゆるしてください……ホントになにもしないんで……。


「じゃあ、グループ分けも終わったところで……本日の『ダンジョン探索入門』ですが、私が第5層に置いてきた『秘奥・鬼殺し』を取ってくれば終了になります。

 みんな、がんばれ。アドバイスは、テレパシーで送っておいた。受け取れなかった人たちは、着信設定を見直してきな」

「『秘奥・鬼殺し』……特別な魔導触媒器マジックデバイス……『祕器ひき』ですか……?」

「いや、酒」

「…………」

「一番、最初に、第五層に到着したグループには単位をあげます」


 場がざわつく。


 脳みそ酒漬け教員の授業を取ってしまったことに、後悔を覚え始めていた生徒の皆さんは、顔を見合わせてひそひそ話をしていた。


 どうやら、一気に、お嬢様たちのやる気が跳ね上がったらしい。


 なんだかんだ言って、シック先生は、生徒の操り方を熟知しており……ワンカップ酒を片手に、ニヤニヤと笑っていた。


「あのグループ、可哀想」


 くすくすと笑いながら、他のグループの女子たちが俺を指した。


「スコア0の男なんて、足手まといにも程があるでしょ」


 いや、ホントだよ……百合の邪魔になるし、適当に途中で消えよ……。


「……授業をなんだと思っているんだか」


 真顔の委員長は、嘆息をき、俺とCクラスの女の子を瞥見べっけんする。


漸進的前進ぜんしんてきぜんしんを心がけましょう。

 ダンジョンと廊下は、走ってはいけません」


 さすが、委員長、良いこと言うわぁ……!


 感心していると、俺を見上げたCクラスの女子は舌打ちをする。


「……最悪」


 俺もだよ……気が合うね……(曇り時々号泣)。


「はい、では、よーいドンッ!!」


 合図と同時に。


 わーっと、生徒たちは走り始めて、シック先生は姿を消した。


 さすがに、監督者としての責務を果たすつもりはあるらしく、先走る子供たちの保護に向かったのだろう。


「は、早く行かなきゃ!!」


 Cクラス女子は、焦燥感にかされ、前方を走る生徒たちをチラチラと視た。


 対照的に冷静な委員長は、ちらりと、腕時計に目線を下ろす。


「パニックを起こした集団は危険です。少々、時をおきましょう。

 シック教員風に引用すれば『流れるビールは泡を立てない。諸君、急ぐなかれだ』……焦慮にさいなままれる賢者は存在しません」

「で、でも……」

「行きたければ、お好きにどうぞ」


 Cクラスの女の子は黙り込み、俺は、委員長がいればどうにかなるかと安堵の息を吐いた。


 後は、どこかのタイミングで、姿を消せば良い。


 そう、俺は思っていて――


「……嘘やろ」


 数分後、その期待は、早くも裏切られるのだった。

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