白と赤の決闘
トーキョー、中央区――ギンザ。
長身の運転手は、
アイズベルト・グループが運営している会員制高級レストラン。
俺は、薄暗い店内へと足を踏み入れる。
暗中。
目が慣れてくると、調度品の数々が視えてくる。
スタインウェイのグランドピアノ、
ひとつのテーブルに、人影が宿っている。
闇夜を
深紅のドレスを着たクリス・エッセ・アイズベルトは、人ならざる魅力を背負い、闇の中から俺を
俺は、一歩、踏み込む。
踏んだ瞬間――足元から導線が伸びて――レストランの床は、蒼色に光り輝き、俺の股をくぐるようにして金魚たちが通り過ぎる。
ほんのりと、輝いている蒼色の
俺がそれを踏む度に、波紋が広がって、どこからか押し寄せてくる波とぶつかり消える。
ワキン、リュウキン、プリストル・シュプンキン、ピンポンパール、テツオナガ、キンランシ……様々な種類の金魚たちが、俺を
俺は、金色の魚たちに導かれてゆく。
どこからか。
純黒の礼服を着た女性が現れて、美しい
俺は、座って――足を組む。
クリスは、微笑を浮かべ、彼女のワイングラスに赤色の液体が
「
「失礼、淑女もどきの前で足を組むのは
怪しげな美貌を
「質が悪い。ギンザの一等地、かつて英国の王侯貴族の前で腕を振るっていた
例え、この後、一流のメインディッシュが運ばれてきてもコレでは台無しね」
魔眼を開放しているクリスは、その
「
どれか一皿でも、
勢いよく、クリスは、フォークを前菜に突き立て――音もなく、皿ごと割れて、彼女は微笑んだ。
「
クリスは、目線で皿を下げるように命令し、ウェイターはその指示に従おうとする。
俺は、その手を
「でも、中には必要とする人間もいる。
俺は、もう、夕飯は喰ってきたからな。前菜だけで十分だ」
「……合わないな」
彼女の口端が曲がる。
「お前とは合わない」
「そんなことが言いたくて呼び出したのか」
俺は、苦笑する。
「悪いが、俺には、性悪腐れ女と
「大した男だ」
ワイングラスをくゆらせながら、彼女は笑う。
「私にそんな口を
「相手の心が読めなくて良かったな。もし、お相手の心が読めてたら、お前は今頃大量殺人鬼だよ。
俺は、全人類を代表して、お前にデカイ口叩いてるからな」
殺――
立ち上がったクリスの額に、人差し指と中指、その間に
「おいおい、人を呼び出しといて、先にキレてたら世話ないだろ。
知らなかったかもしれないが、水のお代わりなら、ウェイターが運んでくれるぜ?」
「…………」
微笑んだクリスは、俺の前に幾つも並んだフォークの位置を整える。
俺は、微笑を浮かべたまま、彼女が座り直すのを見守った。
「本題に入れよ。俺とお前が、仲良しこよしで談笑しながら、フルコースに
ひらりと。
俺の前の皿に、純白の手袋が落ちる。
演劇役者のように、華麗な手付きで手袋を投げたクリスは微笑む。
「決闘だ」
「デッキ、持ってきてねぇよ」
「私はお前が気に食わない、お前も私が気に食わない。
殺し合うための条件は整っている」
足を組んだまま、俺は両手を広げる。
「あんた、決闘罪って知ってる?
そんなに
「お前は男で、私は女。
ただの男女の私的なお付き合いに、日本政府が法を適用すると思う?」
俺の前にスープが運ばれてきて、俺は、たくさん並んでいるスプーンを眺める。
「コレ、どれ使えば良いの?」
「受けたら教える」
俺は、
「もしもし、スノウ?
うん、フルコースの食器、スープ用ってどれ使うの? うん、うん、えー、そんなん知らんわ、良いから教えてよ、帰り、アイス買ってくから……いや、ハーゲンは無理だろ、そんな金、
ニヤリと笑って、俺は、一番小さなスプーンを手に取る。
「それは、デザート用だ」
「あのクソメイドがァッ!!(スプーンを叩きつける)」
ウェイターさんの前で、恥をかいた俺は、赤くなった顔を両手で隠す。
「ち、ちっちゃいなって思ったもん……ちっちゃすぎるなって、ちゃんと、思いはしたもぉん……!!」
「誘いを受けろ、三条家の出来損ない」
挑発するかのように、クリスは
「良いのか、あの末妹は、私からの誘いに胸を高鳴らせていたようだけど……苦楽どちらに
ぴたりと、俺は、動きを止める。
「……どういう意味だ?」
「急に勘を鈍らせるな、この愚鈍が。
お前なら
静かに。
俺は、彼女を見つめる。
「良い
「お前がミュールをお泊り会に誘ったのは」
ぼそりと、俺は、ささやく。
「俺を決闘の場に引き出すためで……そのためだけに……あの子を誘ったのか……?」
クリス・エッセ・アイズベルトは吹き出す。
「あは、あは、あははっ!! 傑作!! 傑作だ!! ば、バカじゃないの!! お、お前!! こ、この私が!! この私が、あの出来損ないを!! それ以外の理由で、誘ったとでも思ったの!? ば、バカだ、この男は!! の、脳の中で花が咲いている!! あは、あははははっ!! は、腹が痛い!!」
「…………」
ひとしきり笑った後、涙を滲ませたクリスは笑顔を歪ませる。
「今更、あの出来損ないと仲良く出来るとでも思った? お前みたいな
クリスは、俺を
「私は、
使えない
それをお前は……新入生歓迎会の警備だと……このクリス・エッセ・アイズベルトに……足を引っ張るだけの出来損ないの妹のお
ドッ――ゴッ!!
クリスの手の下で、テーブルが真っ二つに折れる。
微動だにしなかった俺は、半分になって、彼女の
息を荒げながら、螺旋を
「お前は……あの出来損ないの妹の前で殺す……いつまでもいつまでもいつまでも……どれだけのことをしても……あの出来損ないは……まるで、自分はクリス・エッセ・アイズベルトの妹だと言わんばかりに懐いてくる……ふざけるな……私は……私は、あんな出来損ないの姉じゃない……ウザいんだよ……なんで、嫌われているとわかっているのに……付いて回る……あの出来損ないが……ッ!!」
原作通りに。
螺旋を描くように、歪みへと収束したクリスは、その両眼を俺に向けた。
「受けろ、三条燈色ッ!! お前を!! お前を殺すッ!! あの出来損ないの前で!! さもなければ、あの出来損ないを先に壊す!!」
俺は、そんな彼女の
飲み終えてから……席を立った。
「逃げるのか?」
「帰るんだよ。
デートってのは、相手に呆れられたらそこで終わりだ」
振り向いて、俺は、微笑を浮かべる。
「お前じゃ、相手にならねぇよ」
「ふざけ――」
ひゅっ。
彼女の頬を切り裂いた
呆然と。
目を見開いたクリスの頬から、血が
「視えたか?」
「…………」
「視えないだろうな、お前如きには。たったひとりの妹の想いも視えないお前如きには。一生、俺の矢は視えねぇよお前如きには。
たったひとりの妹とも、向き合えないお前が、誰に勝てるって言うんだ?」
毎日毎日毎日。
嬉しそうに楽しそうに、
彼女の笑顔は、純粋で、そこには姉妹の間で咲き誇る絆があった。
その美しい花を。
眼の前で、踏みにじるヤツがいる。
大事に大事に抱えていた想いを……彼女が育てきた想いを……祈り続けてきた願いを……汚らしい笑顔で、壊そうとするヤツがいる。
許せるか?
俺は、俺に問いかけて――叫んだ。
「許せるわけねぇだろ、テメェみたいなクソ女ァ!!」
俺は、魔力を
「人様の花壇に踏み入って、散々に踏みにじったテメェを!! 俺が許せるとでも思ったか!? あぁ!? そんなにブチのめされてぇなら、ブチのめしてやるよ!!」
笑いながら、俺は、叫び続ける。
「お前の言う
俺の
「
今更、逃げ出すんじゃねぇぞ、クリス・エッセ・アイズベルトォオッ!!」
ひらひらと。
宙を舞っていた純白の手袋が、クリスの手元に落ちる。
彼女の頬から
クリス・エッセ・アイズベルトは――遙か高みから――
「上等だ、踏み台が」