火サスとお誘い
放課後。
俺は、寮長室へと足を運ぶ。
「よ、よくもまぁ、のうのうと顔を出せたものだなぁ……!!」
勢いよく立ち上がった寮長は、脅すように杖を振りながら寄ってくる。
「なんすか、寮長」
「なんすか、じゃないだろうがぁああああああああああああああ!! お前、自分が何をしたのかわかってないのかぁあああああああああ!!」
丁度、そのタイミングでリリィさんが部屋に入ってきて、慌てて俺から寮長を引き剥がしてくれる。
「な、なにしてるのミュール!」
「離せぇええええええええええええええええええええええ!! コイツは、生かしておいちゃいけないんだぁあああああああああああああ!!」
「GUEHEHEHE(悪人の笑い声)」
むくりと。
雑誌を顔に置いて、ソファーで眠っていた月檻が身体を起こす。
「あぁ、帰ってきてたんだ……おかえり、ヒイロくん」
「おう、ただいま」
「で」
騒いでいるミュールを視て、月檻は微笑む。
「楽しいお
「盛り上がってるのは寮長だけで、俺の置き土産で大興奮してるんだけどな」
ふぁあと、あくびをして、主人公様は伸びをする。
「で、どうする? 新入生歓迎会の前にバレちゃったけど」
「バレて当然だし、逆に丁度良かったよ。
ようやく、落ち着いた寮長は、ぜいぜい言いながら俺に指先を突きつける。
「犯人は!! お前だ!!」
「う……うぅ……し、仕方なかったんですぅ……!!」
俺は、両手で顔を覆って
「仕方なかったんですぅ……っ!!」
「火サスで視るヤツだ」
「お、お前……よくも、こんなデタラメを……!!」
寮長は、俺に寮内新聞を突きつける。
そこには、寮長が寮から追い出した寮員(先輩)への謝罪文が書かれており……涙目の寮長と追い出した寮員(先輩)が並ぶ写真が貼られ、あたかも、寮長が謝罪をして和解が
「さ、最初から、このつもりで……い、いつの間に撮ってたんだこんなもの……わ、私のフリをして、寮内新聞を発行するなどどういう権限で……!!」
「嫌だな、寮長」
俺は、笑顔を浮かべる。
「誰もその欄を寮長が書いたなんて、言ってないじゃないですか。ただ、主語を『わたし』にして、俺は俺として、新聞係の皆さんに俺からの謝罪文を
でも、寮長が寮内新聞に力を
ニヤリと、俺は笑う。
「仕方ないですよねぇ?」
「こ、ころしてやる!! こいつーっ!!」
寮長は俺に飛びかかってこようとして、またもリリィさんに止められる。
「で、私は、ヒイロくんのお願いを聞いて、その記事の掲載権を手に入れてあげたわけだけど」
寝そべっている月檻は、新入生歓迎会の参加申請用紙を見せつける。
「お陰様で、この魔法の効果は抜群。
ミュールの悪評が流れる前と同じくらいの勢いで、どんどん、参加申請用紙が提出されてきてる」
寮長室の扉の隙間から、女の子たちが中を
足を組んで寝そべる月檻と目が合うと、彼女らは「きゃーっ!」と黄色い歓声を上げて逃げていった。
「で、この魔法をかけた魔法使いは……寮長を反省させて、和解をさせたのは、月檻桜ってことになってるんだけど。
どういうこと?」
「そりゃあ、狭い寮内の中の出来事だからな。お前自身が、必死に寮内新聞の掲載権を獲得したなんて噂は、誰から流れたとしてもあっという間に広がる。
それが、
「本当に、良く回る頭」
楽しそうに、月檻は俺を見つめる。
「どんどん、欲しくなるな……キミのこと……」
「とりけせー!! この寮内新聞をとりけせー!! 巧妙に校内新聞の発行日をズラして、私の目を
この悪人がーっ!! 私は、お前なんて、大嫌いだーっ!!」
最高だ。
俺は、完璧に
コレこそが、俺の目指した
主人公である月檻桜は、大勢の女の子たちから好かれ、ヒロインたるミュールは俺を嫌う。
新入生歓迎会をクリスに警護させれば、疑問に思った寮長は、その理由を調べ始める筈だ。
そこに情報工作を仕掛けて、月檻桜の手によるものだと思わせれば、全ての功績は主人公のものとなる。俺のことを嫌いなクリスは、きっと、俺への悪口雑言を妹に吹き込み好感度低下を加速させるだろう。
カーテンの隙間。
開いた窓から吹き込む風が、カーテンを揺らし、日光が俺を照らした。
そのぬくもりを感じながら、俺は、心中でそっとつぶやく。
勝っ――
「ミュール、ヒイロさんは、全て貴女のためにしてくれてるのよ?」
勢いよく、俺は、
真顔のリリィさんが、ミュールを見つめていた。
「ヒイロさんなら、貴女が喜ぶようなやり方は幾らでも出来た筈。それでも、わざわざ、こんなやり方を選んだのは……貴女が、自分で解決することを望んでいるからなの」
「リリィさん……あの……(恐怖で震える声)」
「わ、わたしには、解決するようなことなんて……なにもない……」
「でも、謝りたかったんでしょう?」
ミュールは、びくりと身じろぎをする。
「本当は、謝りたかったのに謝れなかったのは……アイズベルト家と言う看板に泥を塗りたくなかったから……ミュール、貴女は、自分にはこの寮しかないと思っているのかもしれない……自分が無価値だとも……でも、それは違う……貴女は、ミュール・エッセ・アイズベルトとして……ひとりの人間として生きて良いのよ……アイズベルト家なんて関係なしに、謝りたいなら謝っても良いの……」
「よ、余計なお世話だ……男なんぞに……世話になるつもりはない……」
「クリス様が、新入生歓迎会に来てくださるって」
勢いよく、ミュールは顔を上げる。
見る見る間に、彼女の顔に笑みが広がっていて、嬉しそうに浮き足立つ。
「ほ、本当か!?」
「えぇ、ヒイロさんが、クリス様をお招きしてくださったの。
クリス様が、ヒイロさんに『是非、
「お、お姉様が……三条燈色に……」
「ねぇ、ミュール、貴女にも味方がいるのよ」
両目に涙を浮かべたリリィさんは、彼女の両手を握ってささやいた。
「私以外にも……ちゃんと、味方がいるのよ……」
ミュールとリリィさんは、こちらを見つめて、顔を青くした俺は後ろに下がる。
いつの間にか。
日の光は遠ざかり、勝利の余韻は過ぎ去っていった。
取り残された俺は、徐々に後ずさりをして……断崖絶壁ならぬ窓にまで追い詰められる。
真っ青な顔を横に振りながら、必死で俺はささやいた。
「お、俺は……俺は違う……お、俺じゃない!! 俺じゃない俺じゃない俺じゃない!! 俺はなにもしてない!! クリス・エッセ・アイズベルトなんて知らない!! 会ったこともない!! 本当だ!! 信じてくれ!!
月檻ッ!!」
震えながら、俺は、月檻の両腕を掴む。
「つ、月檻なら信じてくれるよな……お、俺はなにもしてないって……俺は無実だ……し、信じてくれるよな……な……!?」
月檻は、微笑んで、ゆっくりと首を横に振る。
呆然と。
俺は、周囲を見回し、誰も味方がいないことを知った。
がくりと、膝をつき、俺は両手で顔を覆う。
「う……うぅ……仕方なかった……!!」
俺は、暗闇にささやく。
「仕方なかったんだぁ……!!」
「なんで、褒められるようなことして、火サスみたいな追い詰められ方してるの?」
こうして、新入生歓迎会事件は幕を下ろした。
ように、思えた。
新入生歓迎会に向けて、着々と準備が整っていき、かつてアイズベルト家に
寮長も、また、クリスが来ると言う楽しみが出来たお陰か、
俺は、そんな光景を視て、微笑んで――
「クリス様からお泊りのお誘いが」
新入生歓迎会2日前、リリィさんからの一言で、不穏な気配に身じろいだ。
「ミュールに?」
「はい」
不安そうに、リリィさんはささやく。
「アイズベルト家を通してのお誘いですから、断るわけにも……クリス様は、三条様を気に入っていたようですので、新入生歓迎会に行くと言い出した時には不審に思いませんでしたが……ミュールだけを誘うなんて……本人は断ろうなんて思ってもないようですが……」
いや、リリィさん、俺、めっちゃクリスに嫌われてるよ。
妙な勘違いをしているリリィさんは、クリスが俺目当てで新入生歓迎会に来ると思っているようだった(ある意味、勘違いではない)。
たったひとりで、アイズベルト家の魔の手からミュールを護り続けてきた彼女は、現実をきちんと認識していた。
クリスが、
見計らったかのように、リリィさんに着信があった。
「…………」
「リリィさん?」
「…………」
「大丈夫ですから」
俺は、微笑む。
「言ってください」
「……クリス様からです」
彼女は、顔を上げる。
「三条様と話をしたい、と」
頷いて、俺は電話を代わる。
「外に出ろ。迎えを出した。
お前と私で」
「友好を深めたい」
「良いね~、クリスちゃん」
俺は、自分が最も○したいと願う三条燈色を真似て笑いかける。
「俺も、丁度、可愛い女の子と遊びたかったところだよ」
画面越しに、クリスの顔が歪み――