霧の答え
「……解きましたね」
二日目、深夜。
朝から晩まで、戦い続けた俺は、半死人の
俺の相手をし続けた三人の
霧の謎が解けても、その感覚をモノにしなければ意味がない。
頭の先から足先まで、すべてが、熱を持って震えていた。
もう一度。
もう一度、それで解ける。
全身の感覚が
「…………」
月を隠していた雲が流れて。
月明かりが、俺と
すぅ。
霧を肺に取り込み、俺は、その霧を線として
魔力線。
その魔力の通り道へと膨大な魔力を流し込み、その
指先……指先、指先、指先ッ!!
「ぐっ……おっ……!!」
人差し指と中指の先端へと。
アルスハリヤの魔力が流れ込み、必死の思いで構築した魔力線がその制御を手助けし、必要なだけの魔力が供給される。
瞬間、ふと、全身が楽になる。
苦楽相交じり、世界が、照らされていく。
目。
目が、
「…………」
ぼんやりと、
幾千と表示された
「
立ち上がった師匠は、ぼそっとつぶやいて。
暗闇を拒絶するかのように、
前に進もうとして、自然と上体が倒れる。
瞬間、
「避けろッ!!」
遅い。
俺は、左手を振って、掻き分けられた霧が空気中を飛び――
ギャギャギャギャギャ!!
空気を擦るような音。
彼女らの逃走経路を塞ぐように、魔力壁が敷き詰められる。
「ッ!?」
そっと、指先を添える。
撃つ。
緋色の経路が視えて、俺は、そこに魔力を乗せた。
撃――転瞬――師匠の足が、俺の腕を上方へと蹴り上げ――ドッ。
完璧に制御された
ドッ――ゴォッ!!
形成されたと同時に、凄まじい炸裂音と共に破裂した
ざーっと、雨が降る。
びしょ濡れになった俺の前で、前髪を垂らした師匠は微笑んだ。
「おめでとう」
祝福の言葉と共に、俺は意識を失った。
目覚めたのは、次の日の昼間だった。
視えるのは、頭上を覆う天幕。
どうやら、意識を失った後、テント内に担ぎ込まれたらしい。
ぼんやりと
「おはようございます」
「……おはよう」
全身が熱を帯びていて、指先一本すら動かせなかった。
前に魔力切れで倒れた時と同じ症状。多少の息苦しさを覚えながらも、昨夜から何も食べていなかったせいか空腹感を覚える。
俺の空腹を察知したかのように、ニコリと微笑んだレイは、木製の器によそったおかゆを持ってくる。
ゆっくりと、俺を助け起こして。
「どうぞ」
「…………」
その
また、笑顔で、口元に突き付けられる。
レイに支えてもらっていないと起き上がれないくらいで、抵抗する気力もなく、俺はその
「弱ってるお兄様……か、かわいい……」
食事を終えて、俺は、また眠りこける。
次に目を覚ました時には、夕暮れ時で、良い匂いと柔らかさに包まれていた。
「……基本的人権の侵害だろ、コレ」
俺を抱きしめたまま、すぅすぅと師匠は眠りこけており、俺の背中に
どうにか、立てるくらいには回復していた。
師匠を押しのけて、レイの両手を外し、俺はテントの外に出る。
「「「…………」」」
薄暗闇に照らされて、三人のお面が怪しく
じゅうじゅうと音を立てて、白色の塊が溶け落ち、微動だにしないプリ○ュアたちがソレを見つめていた。
「「「…………」」」
「人が寝てる横で、
「「「…………」」」
「一斉にこっち視ないで……こ、こわい……」
天狗が折りたたみ式の椅子を設置し、手招きしてくる。
断り難い迫力があったので、俺はその輪に加わり、手渡されたお面(
見計らったかのように、あくびをしながら師匠がテントから出てくる。
「ふぁあ、よく寝まし――」
「「「「…………」」」」
「なんの儀式ですか!?(抜刀)」
その後、レイも出てきて、同じような流れを繰り返し。
お面を外した俺たちは、夕ご飯としてカレーを作ることにした。コーヒー入りのマグコップを片手に、鍋をぐるぐると掻き回し、優秀な妹が味を整えて、愚劣な俺はエルフたちから夕食を護る。
「「「「…………」」」」
「カレーにマシュマロは
病み上がりの俺は、邪悪なエルフたちから、どうにかカレーを護り切った。
早速、実食。
美味しいカレーを頬張りながら、師匠は俺に問いかける。
「霧の正体は、掴めましたね?」
「あぁ、わかったよ」
俺は、指先にまで――魔力線を伸ばす。
「アレは、霧の形をした“魔力線”だ。つまり、魔力を通す極細の
俺とレイは、無意識に魔力を流しっ放しだったから、初めてココに来た日、肺に取り込んだ霧から空気中の霧にまで魔力が流れて……魔力切れの症状を起こした」
魔力線。
それは、内因性魔術演算子を用いて造られ、魔力のみを通すことが出来る
以前、俺も、ランニングする時に使っていた。
普段、内因性魔術演算子……つまり、体内の魔力は全身を循環しており、流れっ放しの状態になっている。
その流れを一時的に変える“道”を作る、それが魔力線のイメージだ。
「初日は霧が濃かったお陰で、俺の扱いきれなかった魔力が外に出たから制御出来た。
逆に、次の日は霧が薄かったから、俺の扱いきれなかった魔力が外に出ることがなくて制御出来なかったんだ」
「正解」
師匠は、スプーンを片手に微笑む。
「俺は、魔力線は、魔力の流れを変えるくらいにしか使ってなかった……でも、
「それもまた正解。
貴方なら、自分で到達出来ると思ってましたよ」
微笑を浮かべながら、師匠は俺の頭を撫でる。
「一時的にですが、魔眼も開いていましたし……いずれ、『払暁叙事』も自然と開くことでしょう。
ただ」
師匠は、
「まだ、魔眼を開くには早すぎる。
一瞬、貴方は魔眼の力に溺れて、前後見境なく撃とうとした。アレは、ヒイロの意思ではなく、魔眼の意思だった筈です」
「仰る通りで、まさしく、意識乗っ取られてたわ……ほぼ記憶ないし……」
「まぁ、それはそれとして。
どうやって、気づいたんですか?」
俺は、ニヤリと笑う。
「温泉のお陰だよ」
「え……」
顔を真っ赤にしたレイが
「スケベ心で、霧の謎を解き、魔眼を開眼したんですか……?」
「まぁ、そうだね(好感度調節)」
「ち、違います! お兄様は、私の裸なんて視てません! 私の方から押しかけましたし、し、紳士的に振る舞っていました!!」
「いや、俺はドスケベだし、下心によって霧の謎と魔眼を開眼したよ(笑顔)」
「じゃ、じゃあ……」
顔を赤らめたレイは、俺を見つめる。
「お兄様は、私のことをそういう目で視――」
「嘘に決まってんだろふざけんなよ誰がスケベだ
「なら、温泉のどこで、謎を解いたんですか?」
俺は、ため息を
「湯けむりだよ」
「湯けむり……」
アルスハリヤが吐いた煙が、俺が伸ばした腕に沿い、線状となって這いずり回る。
「湯けむりが、肌に沿う形で線状になって、九鬼政宗の
鞘には、導体とソレを繋ぐ導線がある。だから、魔力の通り道、魔力線のことを連想して……その着想から、謎が
「すごい、お兄様……温泉に浸かっただけで、あの霧の謎を解いてしまうなんて……」
両手を組んだレイが、尊敬と愛情が
三人衆からもお面越しに視線を注がれて、俺は、誤魔化すようにカレーをかきこんだ。
「やはり、ヒイロは目が良いですね」
師匠は、慈愛溢れる手付きで俺の頭を撫で付ける。
「その着眼点、戦闘センスに裏付けられている。日常の些細なところからヒントを得て、己の
その上、たったの一日で、魔力線の扱い方も会得していますからね」
師匠は、俺の髪を整えるように指先で撫で回してくる。
「ただ、まだ、完璧に制御できているわけではない……実戦で使えるように、徐々に
俺は、頷いて――着信。
自動で
「や、やってくれたな、三条燈色!!」
彼女は、画面越しに俺を怒鳴りつける。
「な・に・が!! 座っていれば良い、だ!! この大嘘つきがぁっ!!
今直ぐ、戻ってこい!! 今直ぐ!! 今直ぐだぁっ!!」
「ごめん、ヒイロくん」
ひょいっと、寮長を持ち上げた月檻が微笑を浮かべる。
「バレちゃった」
丁度良いタイミングだ。
ニヤニヤと笑いながら、俺は、暴れ回る寮長に「明日、帰る」と告げた。