<< 前へ次へ >>  更新
7/253

銀色の危難

 俺ことヒイロくんの住処すみか、三条家・別邸の間取りを紹介しよう。


 まず、入って、目の前にエントランス。


 螺旋階段が視界に広がり、赤絨毯が敷き詰められている。


 螺旋階段とエントランスは、廊下に挟まれており……廊下には、和洋折衷わようせっちゅうの絵画が飾られている。


 廊下に飾られている絵画は、本物かどうかは知らないが、葛飾北斎の富獄三十六景、グスタフ・クリムトの接吻、ヨハネス・フェルメールの真珠の耳飾りの少女……その横に、俺が貼った、な○り先生作、ゆる○りのポスター。


 食事をるのは、ダンスパーティーが開けそうな大広間である。


 大広間のある一階には、娯楽室、書庫と図書室、ギャラリー、視聴覚室、応接室と化粧室が2つ。渡り廊下を挟んで、大和室、洋室と風呂(温泉)が2つに、化粧室と収納部屋が3つに、客間が5つ。


 2階は、客間がメインである。


 客間は、和と洋、遊び心を出したのか、中華の雰囲気のある部屋もある。


 そんな客間が1ダースほどあって、娯楽室と風呂(温泉じゃない)、化粧室がぽんぽんと配置されている。


 3階は、塔のようなつくりの星見台だ。


 天文台にあるようなバカでかい望遠鏡が設置されていたので、星を視ろと言う雰囲気をビシバシ感じる。


 庭に出てみれば、住み込みのメイド用の家が1棟、戦闘訓練用の訓練場にシャワー室(俺しか使わないのに、シャワーが1ダースくらいある)。


 鯉がうようよいる池のある庭園に、1階から入れる露天風呂、魔導触媒器マジックデバイスが飾られている武器庫、カンヌキが付けられた物置。


 別邸全体の見かけは、武家屋敷風と言ったところか。


 家紋の付いた大門は立派だし、対魔障壁が張られた塀の迫力は大したものだ。


 この別邸は、世継ぎの三条黎(ヒイロ妹)のものであり、俺は飽くまでも期限付きの貸し出しを受けている身に過ぎない。レイの住む本邸は、もっと凄いと言うので、三条家の権力の凄まじさがわかる。


 さて、そんな別邸が丸ごと、俺ひとりのために用意されている。


 当然、持て余す。


 このクソ・ファッキン・百合に挟まる男ことヒイロくんでさえ、俺は、どう扱えば良いかわからず困っているのだ。


 急に、こんなデカい屋敷に、ひとりで住めと言われても困惑する。


 誰かと、この不安を分かち合えたら。


 そう思っていた。


 そう……思っていたが……。


「ちょっと狭いけど、気に入った。わたし、日本、大好きだし。こういう雰囲気の家、住んでみたかったんだぁ」

「…………」


 誰も、百合ゲーのヒロインと同居したいとは言ってない。


「はい、搬入します!! 搬入しまぁす、退いてぇ!!」

「やったぁ、あたし、1階の隅の部屋ぁ! げっとぉ!」

「うっわ、ずるっ! じゃあ、ボクは、2階の窓付きのとこにしよっと」

「…………」


 誰も、御影弓手アールヴとか言うラピスの護衛12人(全員、美少女エルフ)と暮らしたいなんて言ってない。


「ねぇ、ヒイロさ~ん? シャンプーって、どれ使っていいんすか~?」

「…………」


 初対面にも関わらず、勝手に風呂に入って、素っ裸でシャンプーの居所を聞いてくる凄腕エルフと……同棲したいなんて言ってない。


「ね、ヒイロの部屋ってどこ? とりあえず、わたし、シャワー浴びて来るから、先に部屋で待ってて」

「…………」

「姫様~! なんか、ココ、隠し通路あるよ隠し通路~! お城と比べたら狭いけど、仕掛けがいっぱいで楽しいよ~!!」

「…………」

「ヒイロさ~ん? 聞いてんすか~? シャンプーっすよ、シャンプ~?」

「…………」

「あ、あとね、ヒイロ、わたし、ベッドじゃないと寝られないの。でも、やっぱり、せっかく住むからには和室が良いじゃない? 私室と寝室、分けても良いかな? 別に良いよね? やったー、ありがとー!」

「…………」


 俺は、無言で外に飛び出して、魔力で下肢かしを強化する。


 そのまま、夕焼け空へと飛び出して――


「エロゲじゃねぇか!!」 


 叫んだ。


 俺は、着地して、叫ぶ。


「エロゲじゃねぇかァ!!」


 そのまま、拳で地面を叩く。


「エロゲのオープニングじゃねぇかァア!!」


 ぜいぜいと、息を荒げながら、俺は公園へと移動してベンチに腰を下ろした。


 おかしい。


 俺は、自分の疑問を吐露とろする。


 コレじゃあ、エロゲじゃないか……どうして、こんなことに……百合ゲーなのに、どうして、ヒイロを中心にイベントが巻き起こるんだ……わけもわからず、引っ越しの手伝いをしてたら、もう夕方だし……どう考えても、間違えて、風呂場の扉を開けて『きゃー、の○太さんのえっちー!』とか起こるヤツだろコレ。


 俺は、ひとり、ベンチに腰掛けて涙を流す。


 俺は……俺は……一体、どこで間違えたんだ……ただ、俺は、彼女たちの儚い恋心を見守りたかっただけなのに……百合ゲーのモブキャラに転生して、教室の隅で『うふふ』とか笑いながら、百合パートを眺めていたかっただけなのに……。


 落ち込んでいた俺は、ハッと、正気を取り戻す。


 いや、現在いまの俺に落ち込んでいる時間はない。


 『一緒に住めば、いつでも、勝負できるから』とか言う意味のわからない理由で、俺と暮らし始めるエルフのお姫様はさておいて。


 お姫様(ラピス)が俺と一緒に暮らすと言うことは……“アレ”も、一緒に来る筈だ。


 最悪のシナリオが、脳裏をよぎって、ぞくりと怖気おぞけはしった。


 現段階のヒイロが、“アレ”と接敵した場合、恐らく勝率は1%もない。勝負にすらならないだろう。一蹴される。ありとあらゆるパターンの戦術を試しても、彼女に勝てるルートはひとつもないだろう。


 断言出来る。


 現段階の“アレ”は、このエスコ世界で最強だ。


 接触したら、終わる。


 彼女のヒイロに対する敵意は本物だ。


 ヒイロを敵視し、全自動で、百合の間に挟まる男をほふ断罪者スレイヤー……勝ち目がないのなら、避けて通るしかない。


 最も最悪なのは、ラピスの居ない時に、“アレ”と接触することだ。


 初対面ファーストコンタクトは、ラピスの居る時に、それも友好的な場面で戦闘意思がないことを示した状態でなければならない。


 戦うなんて、もってのほかだ。


 だとすれば、今日の夕食時、か……?


 俺は、腕時計を視て愕然とする。


 マズイ!! 今すぐにでも、この世界で最も腕の良いシェフを呼ばなければ!! 白いコック帽が、世界一、似合うコックを!! 三条家の権力をフルに使って歓待しなければ!! 俺の命が危ない!! ヒイロは死ね!!(矛盾)


 急いで、俺は、立ち上がり――ぞくり。


 寒気。


 どこからか、魔力が立ち昇っている。


 達人の間合い。


 間合いに……入ってしまっている。


 視線が、俺を貫いている。一歩も動けずに、そこに釘付けにされる。だらだらと、冷や汗が垂れ流しになって、全身が危険を呼びかけていた。


 銀色。


 銀色の危難タブーが、立っている。


 銀色の長髪、和と洋を合わせた戦闘服、身の丈を超える長刀を脇に従えて。


 美しい長身の美女エルフが、蒼色の瞳を爛々と輝かせ、一直線に俺を射抜いぬいていた。


 殺気が、針のように、俺の肌を刺し貫いている。


 夕暮れの赤紅あかくれないに、銀色の美が顕現けんげんしている。


 彼女は、すらりと長刀を――魔導触媒器マジックデバイスを抜き放ち、鞘を放り捨てた。


「ラピスを倒した強者と聞いています」


 鈴の音を思わせる美しい声で、彼女はささやいた。


「立ち合いましょう」


 からん、からん、と。


 鞘が、地面に落ちる音がして――彼女の瞳が、蒼く、白く、開く。


「三条燈色(ヒイロ)

 私は、貴方に――」


 現在いま、最も逢いたくなかった最強アレは、静かに、口端を曲げた。


「興味がある」


 俺、死にました(次回予告)。

<< 前へ次へ >>目次  更新