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金と力の使い方

 神聖百合帝国、拠点ホーム


 俺の指示通り、水晶宮クリスタル・パレスやらは解体されて、そこには木造の屋敷だけがぽつんと取り残されている。


 その屋敷の中で、うごめくく影は7つ。


 1階のリビングには、3人掛けのソファーが2個、階上から持ってきた玉座がひとつ。


 一方のソファーには三体の人外、もう一方には別の意味で人外の三人。


 座りづらい玉座には、俺が座っている(三人掛けのソファーを2つ用意することで、二方向から百合を観測出来る皇帝の席(ベストポジション))。


 思い思いにソファーの上で、過ごす彼女らの前には、会議用に導入した縦長のダイニングテーブルがあり……雑用係として、任命されたマグロくんとカツオちゃんが、隣のキッチンで夜食作りに精を出していた。


「じゃあ、定例の会議を始めるけど……三条燈色、あたしが進行で良い?

 シルフィエル様にやらせるよりかは、格下の私が雑務を引き受けた方が良いと思うし」

「気をつかう必要はありませんよ、ルリ。

 教主様からは、我々も貴女たちも、平等だと指示を受けております。今回の件で、私も、貴女たち及び人間の評価を改めているし妙な気遣いは不要です」

「いえ、そんな」


 ちらりと、緋墨ひずみに視られる。


「緋墨、お前に任せる。信頼してるしな。お前には、秘書的な立ち位置にいてもらえると安心できる」

「そ、そう……まぁ、なら、やるけど……」


 髪を掻き上げて、彼女は画面ウィンドウを立ち上げる。


 巨大な画面(ヒュージ・ウィンドウ)が表示されて、ペン型の魔導触媒器マジックデバイスを持った緋墨はさらさらとそこに記入していく。


「では、神聖百合帝国、定例会議を始めます。

 皇帝三条燈色の提案により、定例会議は六人の幹部から議題を集めて、その解決をはかる場とします」

「わー、きょー様、ついには皇帝様じゃないですかぁ。すごぉーい」

「どうも、皇帝の三条燈色です(キリッ)」

「えへへ……教主様、格好良い……!」

「顔がウザい」

「ハイネ様、きょーちゃん、一回落ち込むと長いから。上げといて」


 わーわー持てはやされながら、足を組んだ俺はキメ顔で片手を上げる。


「続けて、緋墨ひずみ(キリッ)」

「…………」

「冗談です、すいません(キリリッ)」


 咳払いをして、元の空気を取り戻した緋墨はカツカツと文字列を書き込む。


 膝の上にラップトップ(ノートPC)を広げたルビィは、凄まじい速さのタイピングで追従ついじゅうして筆記していく。


 どうやら、書記を買って出てくれたらしい。


「とりあえず、最優先議題は役職決め……簡単に言えば、誰が何をするか。コレをしないと、人的資源(ヒューマン・リソース)が無駄になる。

 役割がないと人は働かないからね」

「あ、知ってる……えへ……アレだよね、経済担当相、軍事担当相、外交担当相、科学担当相とか……そういうヤツ……」

「りっちゃん、ソレ、シヴィ○イゼーションね」

「ですが、意外と的をているようには思えますね。

 最低限でも、それくらいは決めておきたい……後は、大雑把に、国営補佐、農業担当相、情報担当相、教育担当相、治安維持担当相くらいは欲しいですが」

「国家規模を広げる必要がないなら、教育と治安維持はしばらくは不要。残りの七つを私たちで割り振るべき」

「ずるるるるるるるるるるるるっ!!(ワラキアが、二郎をすする音)」


 緋墨は、画面ウィンドウに七つの担当相を記載する。


「最終決定権は、教主兼皇帝兼三条燈色のあんたに任せるけど……大体の感覚で、あたしが割り振っても良い?」

「まぁ、大体、決まってるだろうし問題ない。よろしく」


 こくりと頷いて、進行役は各々の名前を記載きさいしていく。


 国営補佐:椎名しいな莉衣菜りいな

 軍事担当相:ワラキア・ツェペシュ

 経済/外交担当相:緋墨(ひずみ)瑠璃るり

 科学担当相:ルビィ・オリエット

 農業担当相:ハイネ・スカルフェイス

 情報担当相:シルフィエル・ディアブロート


「……ハイネとワラキア、逆じゃね?」

「あー、きょー様、人のこと食いしん坊キャラみたいに思ってますぅ!? 食いしん坊が農業を担当するべきって、戦隊ヒーローのイエローはカレー好きくらいのとんでも理論ですよぉ!?」

「アヅッ!? 汁!! さっきから、汁、飛ん――」


 俺の目に汁がINして、俺は両手で目を押さえながら藻掻もがく。


「目が、目がぁ~!!」

「あはは! ジ○リのアレじゃん! ジ○リのアレじゃん!!」

「遊んでないで、もうちょっと皇帝らしくしなさいよ、あんた……」


 モコモコのパジャマを着て、二郎ラーメンすする怪物と化したワラキアは、爆笑しながら俺を指差す。


 カツオちゃんが、小刻みに震えながら、彼女に三杯目の二郎ラーメンを差し出した。


「わーい! わー、ラーメン大好き!」

「きょーちゃんは知らないだろうけど、ワラキア様って戦闘に関しては天才だと思うよ?」

「えっ!? マジで!?」


 三人の人間は、顔を見合わせて頷いた。


「戦術、戦略観点まで、彼女の才能が及ぶかはわかりませんが……我々、三人で真正面から殺し合ったら、彼女ワラキアが圧勝するでしょうね」

「シルフィエルより強いの!? この性悪ラーメン頭が!? 嘘でしょ!?」

「なんか、酷いこと言われてる気がしますけどぉ、脂が脳に回ってよくわかんないから許しちゃいまぁーす!」


 天地返し(ラーメンの上にっているヤサイと麺を入れ替える二郎プレイヤーの基本技)を仕掛けている幽寂の宵姫(ヴァンパイア・ロード)は――跳ねたスープを箸先でとらえて、当然のように食事を続ける。


「…………」

「ただ、集団戦となったら、ハイネにも勝つ見込みがあります。なんでもありであれば、私も勝てるかもしれません。

 そういう塩梅あんばいですが、純粋な強さであればワラキアに及びませんね」

「で、でも、ルリちゃん……ワラキア様は確かに強いけど……戦術面で言えば、ハイネ様の方が良いんじゃないの……?」

「…………」

「緋墨の顔に『でも、ワラキアを農業担当相にするわけにはいかない』って書いてあるぞ。全部、二郎にされるからな」

「こう視えても、私は、命を操ることに関しては得意。死せる闇の王(リッチ・キング)だから、生から死の扱いは任せて。ぶい」


 ハイネは、無表情でピースサインをする。


「そ、それじゃあ、他に意見がなければ決定で」


 こうして、六人の役割が決定される。


 続いて、議論は、魔神教の階級制について移る。


「あぁ、あの『黒猫』とかのヤツか……使い魔をモデルにした階級制だっけ……確か、三階級で、悪靈イービル孤烏カラス黒猫キャットだろ?

 緋墨たち三人は、黒猫だったんだっけ?」


 三人は頷いて、緋墨は切り出す。


「正直言って、この階級制は神聖百合帝国には必要ないと思ってる。この六人に階級付けしても無意味だし。しばらくの間は、廃止して良いかなって」

「ルリちゃんに同意。無駄なことはどんどんはぶこう」


 こうして、少なくとも、アルスハリヤ派では一時的に階級制が廃止される。


 早々と次の議題へ、今後の方針に話が移り変わる。


「と、とりあえず、教主様の言う通り……発展させた建築物は解体して、ユニットも魔力に戻したし、占拠してた土地は解放したけど……えへへ……その分のお金と魔力が、一気に戻ってきたから……国庫がスゴイことになっちゃった……」


 俺の前に、画面ウィンドウが飛んでくる。


 た、確かに、コレはスゴイことになってる……そりゃあ、0からのリスタートとはいかないだろうと思ってたけど……。


「で、このお金、どうする?」


 俺は、既に、考えていた答えを返す。


「短絡的な考えで、規模の大きな行動を起こし続けたら破滅だろ。

 金の使い方を知らない素人が、慣れない富を扱い始めて地獄に落ちるのは、歴史上の成金たちが物語ってる。それに、あまりにも目立ち過ぎると、他の魔人たちが同時に目覚めて多面的な攻撃を受ける可能性があるし、最悪、魔神が覚醒してゲームオーバーだ」


 実際、エスコには、魔神の覚醒条件が存在している。


 その覚醒条件は多岐に渡っているが、ハッキリとわかっているのは、ヤツは世界を変えるような善行を見逃したりはしないということだ。


 例えば、俺がこの金を使って、世界平和を実現しようとしたりすれば……間違いなく、魔神は目覚めて、俺たちはなすすべなく全滅する。


「やれやれ、正解だ」


 珍しく、姿を現したアルスハリヤが、空中で足を組んであくびをする。


「君は稀代きだいのアホだから、忠告してやろうと思ったが……自分の両手が届かないところまで、なにもかも救おうとするんじゃないぞ。

 それはただの蛮勇で愚行と呼ばれるたぐいのもので、過去、英雄と呼ばれて持ち上げられたバカどもが辿たどった破滅の道だ。民衆に良いように操られて、無様に死にたくなければ、自分が救えるものと救えないものの区別くらいはつけろよ?」

「お前(ごと)きに言われんでも、それくらい理解してるわ。死ね」

「どうだか」


 アルスハリヤは消え去って、俺は苦笑する。


「その金と魔力は、今後の国家運営に使わせてもらう。

 ただ、使えるものは使う。飽くまでも、俺の両手が届く範囲で」


 そう、俺の両手が届く範囲……つまり、月檻桜の手によるハッピーエンド、百合の咲き誇る花園を目指すためだけに使う。


 それ以上は、越権行為だ。少なくとも、俺はそう思うし、アルスハリヤの言う通り蛮勇と勇気を履き違えてはいけない。


 まぁ、現在いまのところは、な。


「良かった」


 ホッと、緋墨は息をく。


「他の魔人を目覚めさせて、全面攻勢に出てぶっ倒すとか。全世界の百合を救うとか、実現不可能な絵空事を言い出さないか心配してたから」

「…………」

「言い出さないでよ……ホントに……」

「冗談だ。大丈夫だよ、わきまえてる。しかるべき時がくるまで、ゆるゆると国家運営を続けていこう。

 たぶん、この力が必要な場面が来る筈だからな」


 ニヤリと、俺は笑う。


「ただ、その場面は、思ったよりも早く来るかもしれないけどな」

「……どういうこと?」


 俺は、話を始めて――ため息をいた緋墨は、眉間を押さえた。






 魔法結社とは、ひとつの目的と理念をもとに魔法士が集い、形成されている集団のことである。


 その目的は、高尚なものから低俗なものまで。


 概念構造クオリアハイツのような一流の魔法結社は、立派な企業のひとつとして経営されており、経済的利益を粛々(しゅくしゅく)と上げ続けている。


 その目的たる『魔法士の想像イメージを概念化して、普遍的な構造体を創り上げる』の副産物を商品化して売り出すことで利益を得ているのだ。


 『魔法士の想像イメージを概念化して、普遍的な構造体を創り上げる』。


 要するに、概念構造クオリアハイツは、魔法士の想像イメージ導体コンソール化させて誰でも使えるようにしようとしている。


 例えば、俺の光剣ルークスは、一般的な打刀を参考にして構築している。


 長さ70cm、元幅は3.2cm、先幅は2.1cmとしており、重ねに平肉の膨らみまで、鳳嬢魔法学園の大圖書館アーカイブの蔵書を参考にして作り上げた。


 どこかの誰かさんが、俺と同じように光剣ルークスを構築しようとしたら、慣れていないその誰かさんが想像イメージを創り上げるのに数週間はかかるだろう。


 そこから、安定させるのに数週、速度を求めるのであれば更に数週間。


 下手すれば、俺とその誰かさんの才能はかけ離れていて、俺と同じ光剣ルークスを脳内で構築するのに数十年かかるかもしれない。


 だが、その想像イメージを丸ごと導体コンソール化して、魔力を流し込めば実現出来るとすればどうだろうか?


 習得期間は、たったの数秒で済む。


 概念構造クオリアハイツは、そういうとんでもないものを創ろうとしている。


 概念構造クオリアハイツのお偉方は、その実現のために大金をはたいてクリス・エッセ・アイズベルトをスカウトし、彼女はそれを了承して、結社と個人はガッチリと握手を交わし合っている。


 そんな握手の間に割り込むようにして。


 俺は、魔法結社に足を踏み入れ、ガラス張りの応接室に通されていた。


 革張りのソファーに座った俺は、肩を怒らせながらクリスがやってくるのを見つめていた。


 彼女は、入ってくるなり、魔力をほとばしらせる。


「……ゴミがなにをしに来た?」

「まぁ、座れよ」

「なにをしに来たのよ、スコア0風情ふぜいが!? お前(ごと)きに呼び出されて、冷静でいられるとでも思っ――」


 ドンッ!!


 緋墨ひずみは、テーブルにアタッシュケースを叩きつける。


 びくりと、クリスは反応する。


 俺は、そのケースを足で蹴り開いて――大量の札束を見せつけ――驚愕で、クリスの動きが止まる。


「なにをしに来たって?」


 せせら笑いながら、俺は、両手をソファーに回して足を組む。


「楽しい交渉おしゃべりだよ。金銭おともだちを引き連れて、最大効率の解決方法を提示しに来てやったんだ。

 三条家のお坊ちゃまが、アイズベルト家のお嬢様と仲良くなろうって、わざわざ出向いてやったんだぜ?」


 前髪をき分けて、俺は彼女を見つめる。


「とりあえず、お客様に名刺をくれよ」


 呆然と立ち尽くす彼女に、俺は笑顔で呼びかける。


「この間、ついつい、破いちまったからな。面倒かもしれないが、もう一度、出逢いの場面シーンからやり直しだ。

 だから――」


 俺は、彼女を見つめながらささやいた。


「座れよ」


 青い顔をしたクリスは――静かに、座り込んだ。

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