めいどかふぇ(本物)
電脳街アキハバラ――トーキョー、首脳区チヨダに存在する
エスコ世界のトーキョーは、現実世界の東京都をモデルにしている。
ただ、なにもかもそのままではなく、場所によっては大きな差分が
例えば、秋葉原は
アニメキャラや舞妓さん、前衛芸術が
人によっては、三分でリタイアする
ゲーム内では、
基本的にアキハバラへは、金稼ぎか買い物、ダンジョン探索、イベントのために訪れることになる。
特に、アキハバラで重要視されているのは金稼ぎと買い物だ。
アキハバラでは、魔力を電気に変換する『人間発電機』と呼ばれるバイトが存在しており、魔力量に応じたお金がもらえたりする。
この世界では、魔力と言うエネルギー源があり、
ハードウェア/ソフトウェア、ニッチな
例えば、効率厨のプレイヤーは、大量の電子機器を購入して自分に繋ぎ、クラッキングを仕掛け、魔神教のネットバンクから金を引き出し続けたりする(ゲーム内最高効率の金策方法)。
ただ、魔力には個人に属する特質があるので、そう簡単に魔力⇔電気変換を行うことは出来ない。
神聖百合帝国で、ルビィがPCと
正直、あの魔力⇔電気変換は、個人でやれるものではなく……ゲーム内でも、アキハバラの専門家に金を払ってやってもらっていた。
原作ゲームの観点から視ても、ルビィの異常さがよくわかる。
で、今回、俺たちの目的は金稼ぎでも買い物でもない。
メイドカフェである。
「なんで?」
「着けばわかる!」
ふんぞり返って歩く寮長は、何度聞いても『着けばわかる』としか答えてくれなかった。
透けている青い身体を持つメイドが、宣伝用の立て札を持って、通りを行き交っている。
魔術演算子を集めて、構築されている
映像を出力している
その隣の店では、床から天井まで中古PCが積み上げられ、地下に存在するシャッター通りには普段通りのカオスが存在していた。
「着いた着いた」
地下から更に地下へ。
寮長は、ズンズンと狭い階段を下りていく。
俺は胡散臭さを覚えながらも、彼女の後ろを付いていった。
看板。
その道中には看板があって、そこにはこう書いてあった。
『めいどかふぇ(本物)』。
本物は、普通、本物なんて書かない。なぜなら、本物だから(名推理)。
正直、胡散臭さしか感じない。
俺は、扉を開けて入店し――
「本物じゃんッ!!」
「いや、だから、本物って書いてありましたよね?」
「と言うか、なんで、お前ココにいるんだよ!? 急に出てくるな!! 心臓に悪いだろ!!」
「なーに言ってくれてるんですかね、このクソ主人様……美少女の登場に歓喜の声を上げるのは構いませんが、もう少しお静かに願います。
なにせ、ココは、めいどかふぇ(本物)ですからね」
店内を眺めてみれば、
テレビかなにかで、高級品として紹介されていた食器が使用されており、店内の調度品はどれも一流の品だとわかる。
キャバクラ紛いのコスプレ喫茶とは違って、“本物”の圧を感じ、そのコンセプトが五感を通して伝わってくる。
「……もしかして、コレ、寮長の
「いえ、申し訳ありません。スノウさんは私から誘いました」
申し訳無さそうに、リリィさんは頭を下げる。
「おい、なんで、まずわたしを疑うんだ」
「あぁ、リリィさんの誘いでしたか。なら、良いんですよ」
「な・ん・で、わたしをうたがったー! こたえろー! こらーっ!!」
ポカポカと、ミュールに腰の辺りを殴られる。
俺は、銀盆をくるくると回しているスノウを見つめ、彼女は苦笑交じりに
「私が言わないようにと頼んだんですよ。
この主人、私から卒業出来ないのは目に見えてるので、働くなんて言ったらウダウダウダウダ言い始めるかと思いまして。やれやれ、なにかと、束縛の強い
「婚約者の三条様に、勝手に話を進めてしまって申し訳ありません。
さすがに、ずっと秘密というわけにもいきませんので……このタイミングで打ち明けようと話し合っていたんです」
「なら、新入生歓迎会の準備にメイドカフェを使うって言うのは?」
「それは本当だ。わたしは嘘は
寮をまとめる人間として、虚偽を口にすることは許されんからな。こういった細かい正しさが名声を高めるんだ。
いずれ、誰も彼もが、わたしに付き従うようになる」
胸を張って、寮長はふんっと鼻を鳴らす。
「立ち話はそこらへんにして、とっとと座ったらどうですか?
御主人様は特別サービス、お水はセルフでどうぞ」
「おいおい、俺だけ特別扱いしたら、周りに俺たちのラブラブカップルぶりがバレるだろ。
とっとと、
「喰らえ(水ぶっかけ)」
「責任者ァ!!(被弾)」
ずぶ濡れになった俺は、リリィさんにハンカチで頭を拭かれる。
その様子を視ていたスノウは、舌打ちをして俺にメニューを投げてよこし、機嫌悪そうに奥へと引っ込んでいった。
「で、リリィさん、なんでスノウがココで? そもそも、ココはなに?」
どことなく、言いづらそうに。
リリィさんは、ゆっくりと口を開いた。
「ココは、アイズベルト家に解雇されたメイドたちが
スノウさんには、その取りまとめをしてもらってます」
よくよく視てみれば。
健気に働き続けるメイドたちは、恐れが入り混じった
当本人の寮長は、さっきから、メニューのパンケーキに夢中で気がついてはいなかったが。
「……なるほどな」
アイズベルト家。
末娘の
奴らは、人間を上位、中位、下位に区別して中位以下を“廃棄”している。
この廃棄こそが、アイズベルト家をアイズベルト家たらしめている理由のひとつだ。
その被害者は、
「契約の観点から視ても、解雇自体は違法行為ではありません。
でも、彼女たちの解雇理由は
基本的に、解雇者には他の仕事を
「
「御明察です」
俺は、なにやら、メイドたちに指示を出しているスノウを見つめる。
「でも、なんで、スノウなんですか? あの子たちのトップに立つのには、さすがに心もとないですよね?」
ぽかんと、リリィさんは俺を見つめる。
「スノウさんは、一時期、三条家でメイド長を勤めていた御方ですよ?」
「…………は?」
思わず、俺は声を漏らす。
「スノウが、三条家のメイド長? アイツ、モブじゃないの?」
「モブ……意味はよくわかりませんが、スノウさんの
あそこまで、依頼の意図を
……実力を隠す系の主人公か、アイツ?
正直、俺と漫才しながら、働いているおちゃらけメイドとしか思っていなかった。
「なんで、アイツ、三条家を辞めてるんだよ……?」
「恩がある、と言っていました」
俺の
「恩……」
「三条様は、お優しいから」
綺麗に微笑んで、リリィさんはささやいた。
「きっと、昔から、たくさんの方を助けてきたんだと思いますよ」
おいおい。
俺は、嫌な予感に汗を流した。
まさか、過去ヒイロのフラグが、
や、やめよう。深く考えるのはやめよう。昨日、肋骨を折ったばかりなのに、今度は脳が破壊される。
「とりあえず、ココがどういう立ち位置の場所なのか、スノウがなんでココで働いてるのかもわかった……でも、新入生歓迎会との関係性がわからないんだけど?」
「歓迎会には、新入生をもてなすメイドが必要だからな」
ナイフとフォークを持って、パンケーキを待っている寮長はおすまし顔で言った。
「こんな地下で辛気臭く働いているよりかは、たまには、お日様の下で働かせるのも良いと思ったんだ。
わたしのアイディアだぞ! リリィがどうしてもと言うから、コイツらを
ふっくらとしたパンケーキが運ばれてきて、ミュールは歓声を上げる。
楽しそうに、ちまちまと切り分け始めて……その嬉しそうな顔とは正反対に、リリィさんは不安気に顔を曇らせていた。
「良いアイディアだが」
だから、俺は、代わりに言った。
「十中八九、アイズベルト家の邪魔は入るだろうな」
と言うか、入ることは確定している。
ただ、その企みは、月檻の手で事前に潰されて、ミュールは彼女に対する信頼を高める……
「あ、あの」
パンケーキを運んできたメイドのひとりが、震え声でささやく。
「私は、やれるならやりたいです……折角、ミュール様に頂いた機会を
他のメイドたちも、同じような考えを持っているらしい。
かつて、
スノウが、微笑んで、俺を見つめている。
その答えを知っていると言わんばかりに。
「いえ、いけません。
三条様は非常に腕の立つ御方で、この御方が『危険だ』と明言しているのだから、コレを機に貴女たちも諦め――」
「いや、やろう」
きっと、リリィさんは、俺が自分側に付いて、一緒に説得してくれると思っていたのだろう。
驚愕で、彼女は、目を見開いた。
「コレは、俺たちとアイズベルト家の戦争だ。
あんたたちが、一方的に、こんな薄暗いところに押し込められてて良いわけがない……
言葉の波動を受けて、メイドたちの顔に
「成功させてやろうぜ、新入生歓迎会。
その上で、俺が、アイズベルト家に――」
ニヤリと笑った俺は、ひとつの
「本物の一流ってもんを教えてやるよ」
スノウは微笑して、リリィさんは
「アイス、まだか……?」
パンケーキに