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どこにでも挟まる男

 黄の寮(フラーウム)の最上階。


 絢爛豪華な寮長室には、ふたつの人影があった。


 ひとつは威風凛凛いふうりんりん、ひとつは小心翼翼しょうしんよくよく


 寮長ミュールと同じ白金プラチナの髪を持った少女は、机に腰掛けて、教鞭きょうべんるように杖を構えていた。


 クリス・エッセ・アイズベルト――傑物けつぶつぞろいとうたわれるアイズベルト家の次女である。


 飛び級制度を利用して、アメリカの魔法大学院を卒業後、弱冠19歳で魔法結社『概念構造クオリアハイツ』に属した天才児。


 第一級の生成クラフト技術を持ち『錬金術師アルケミスト(優れた生成クラフトを行える魔法士の称号)』の受勲じゅくんを受けながら、同時に、『至高』のくらいいただくく最高峰の魔法士でもある。


 特徴的なステンドグラスのイヤリング。


 差し込む光によって、視える色が異なる彼女特有の耳飾り……紫色のマントを羽織った彼女は、持ち前の魔眼を妹に向けていた。


 対するミュールは、縮こまっていて。


 どうにか、威厳を保とうとしているのか、必死に顔だけは上げていた。


「ミュール」


 白金髪プラチナブロンドの少女は、つまらなそうに妹を見下ろす。


「なにこれ」


 彼女が持っているのは、ミュールお手製の絵がかれた寮内新聞だった。


 顔を真っ青にしたミュールは、おどおどと、左右の指をからませながらつぶやく。


「し、しんぶん……です……」

「この絵、誰が描いたの?」


 一転して。


 ぱぁっと、ミュールは笑顔になる。


「わ、わたしです! わたしが描きました! 我ながら上手く描けたと思っていて! 別に、寮員に褒められて嬉しいわけではありませんが、寮内でもそれはそれは好評だと、リリィから聞い――」


 ビリッ。


 音を立てて、クリスは新聞を破いた。


 ミュールは、ぽかんとした表情でそれを見守る。


「お前、まだ、自分の立場がわかってないの?」


 せせら笑いながら、クリスは傲岸不遜ごうがんふそんを顔にえがく。


「この寮は、アイズベルト家がお前用にこしらえた棺桶なんだよ。お前がなにもしないために、そのためだけに用意された暗がりだ。死体が動くな。魔力不全の出来損ないが、余計なことをするんじゃない」


 呆然と座り込んでいるミュールに、嘲笑ちょうしょうが降りかかる。


「なんで、魔法ひとつ行使出来ないお前が、鳳嬢に通えてると思ってる? アイズベルト家の権威のお陰だ。

 最近、黄の寮(フラーウム)の運営に精を出してるだかなんだか、お母様に便たよりを出してるそうだが……そんなもの、誰も読んでない。お母様の手元に届く前に、お前の名前が書かれた郵便物は全て焼却処分されてるよ」

「わ、わたしは……ただ……」


 どんどん、彼女の両眼に涙がまっていく。


 喉の奥から、振り絞るようにミュールはささやいた。


「た、ただ、わ、わたしは、自分に出来ることをしようと思っ――」

「お前に出来ることはない」


 嘲笑わらいながら、クリスは足を組む。


「出来損ないのお前に出来ることはひとつもない。新入生歓迎会だかなんだか知らないけど、似非エセのお前が企画するイベントに誰が興味をもつの?

 存在価値のないお前がり行う歓迎会に、参加しようと思う人間なんてどこにもいな――」

「すいませ~ん」


 ニヤニヤしながら、俺は、黃の寮(フラーウム)の寮内新聞をかかげる。


「この新入生歓迎会ってヤツに参加したいんですけど……参加申請、受け付けてもらってもいい?」


 開け放たれた扉に背を預けていた俺は、ズカズカと寮長室に踏み込み、破られた寮内新聞をセロハンテープでくっつける。


 それから、笑顔で、ソレをクリスに手渡した。


「はい、どうぞ」

「…………」


 怖気おぞけはしる程に。


 殺気のもった両眼が、爛々(らんらん)と光り輝き、俺を射殺いころそうとする。


「その綺麗な眼で、よく視てみろよ」


 俺は、口端を曲げる。


「良い絵だ。よく視えないなら眼科に行け。

 ひとりで行けないなら、エスコートしてやろうか?」

「ミュール」


 びくりと、ミュールは身体を震わせる。


「なんで、ゴミが寮内にいる?」

「そ、それは……」

「この落ちこぼれが、世界の法則ルールすら知らないのか。

 ゴミは――」


 螺旋らせんえがきながら、魔眼が開き――


「処分でしょ」


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 正方形に分断された机が波となって押し寄せ、俺の四肢ししを拘束しようとうごめき回る。


 咄嗟とっさに、背後へと飛ぶ。


 その動きを投影トレースするかのように、マホガニー材で作られた正方形は、先から先へと正方形を生成クラフトし追尾してくる。


 その全てが操作コントロールによるものではなく、生成クラフトによる高速生成だと気づいて肌が粟立あわだった。


 この段階で、真正面から勝てる相手じゃないな。


 引き金(トリガー)十二の生成(トウェルヴ・クラフト)不可視の矢(ニル・アロウ)


 空中で逆さまになった俺は、人差し指と中指で経路線レールを描き――両眼が、チカリとうずく――膨大な数の可能性ルートが表示された。


 クリスは、両眼を見開く。


「なんだ、その魔力量は……!?」

「ぐっ」


 あまりにも、情報量が多すぎる。


 脳みそがパンクして、視界がブラックアウト、出力をなるべく絞って――魔力の塊が、指先から吹き飛んだ。


「ちっ!!」


 ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコッ!!


 クリスは杖の引き金(トリガー)を引き、泡状の緩衝材が正面に現れる。


「上がれッ!!」


 経路破棄レール・ブレイキング壁面反射ウォール・リフレクト


 魔力の経路線レールを破壊して、緩衝材の直前に壁を生み出し、反射した不可視の矢(ニル・アロウ)は天井に跳ね上がる。


 指先を――振り下ろす。


 再度、壁を跳ねた矢は、頭上からクリスへと降って――


「魔力の隠し方も知らない素人がッ!!」


 クリスを包むようにして、高速生成された緩衝材に阻まれる。


 彼女は、勝ち誇ったかのように微笑み――その顔は、驚愕へと変わった。


 既に接敵している。


 俺は、拳を振り上げて――


「姉妹百合出来ねぇなら帰れッ!!」


 緩衝材に叩きつける。


 そのまま、貫こうとして、当然のように右腕を絡め取られた。


「ですよねぇ~!! 勝てるわけねぇ~!!」

「殺す……!!」


 目にも留まらぬ速さで、クリスはじれた槍を作り出し、そのまま俺を刺し殺そうとして――対魔障壁に阻まれた。


「おいおい」


 顕現けんげんしたアルスハリヤは、空中であくびをする。


「人が気持ちよく眠ってる間に、速やかに自殺しようとするのはやめろ。君と言う人間は、どこまで脳を退化させれば気が済むんだ。

 この百合猿が。少しは、自分のために頭を使え」

「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 貴様、死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!(絶叫)」

「やれやれ、だから、出てくるのは嫌だったんだ」

「お前は……なんだ……?」


 クリスは、愕然がくぜんとして歯噛みする。


「お前が、あの月檻桜か……このけた違いの魔力量……感覚センスだけで、ココまで戦えるのは見上げたものだが……」

「あぁ、自己紹介がまだだったな」


 俺は、魔人アルスハリヤを従えたまま笑った。


「三条燈色、百合を護る者、つまりはお前の敵だよ」

「三条……燈色……」


 拘束を解かれる。


 机から下りたクリスは、バサリとマントを広げた。


「三条家に恩を売るつもりも関わるつもりもない。お前を殺したら面倒だ。命は助けてやる。

 だが、これ以上、そこの出来損ないに関わるようなら」


 螺旋状の魔眼が、俺を射抜き、彼女は俺に自分の名刺を突き出した。


「この私が殺す」


 俺は、その名刺を受け取り――格好良く破り捨てる。


 ふたつに分かれた名刺は、ゆっくりと床に落ちた。


 ひゅぅぅううううっ。


 開いた窓から風が入り込み、名刺が吹き飛ばされ、クリスは今にも泣きそうな(主観)表情を浮かべた。


 俺は、そっと、その眼尻まなじりを指で拭きながら横を通り抜ける。


 キッと。


 俺は、彼女を横目でにらみつけた。


「お前を殺――」


 ドゴォッ!!


 高速生成された床材が、俺を突き飛ばし、勢いよく壁に叩きつけられる。


「手本、見せようとしただけじゃん!! 手本、見せようとしただけじゃんッ!!」

「死ね」


 俺の苦情は受け付けず、ツカツカと、クリスは去っていった。


 唖然あぜんとしていたミュールは、我を取り戻し、恐る恐る俺に近寄ってくる。


「だ、だいじょうぶか、三条燈色……?」

「また、あばら折れた^^」

「三条様!!」


 血相を変えたリリィさんが飛び込んできて、倒れていた俺を支える。


「申し訳ございません……たすけて、だなんて……貴方は、アイズベルト家にはなんの関係もないのに……本当にごめんなさい……」

「俺は良いから、寮長の介護を……そっちの方が、俺の怪我に効く……想像しただけで効いてきたァ……!」


 甲斐甲斐かいがいしく、リリィさんは俺の応急処置を続ける。


 うろうろとしていたミュールは、ぴょこぴょこと爪先立ちをして、心配そうに俺のことを見つめていた。


 それから、急にハッとしてふんぞり返る。


「ふ、ふんっ! 運が良かったな、三条燈色! お姉様が本気だったら、貴様なんて、今頃はただの肉片になっていたぞ!

 まぁ、コレにりたら、余計なことに首を突っ込むのはやめ――」

「ミュールッ!!」


 リリィさんに怒鳴られて、寮長はびくりと身体を浮かせる。


「ヒイロさんに御礼を言いなさい!! 今すぐッ!!」

「べ、別に……わたしは、頼んでないし……そ、それに、三条燈色は男だから……」

「ミュールッ!!」

「…………………あ、ありがとう」


 ぼそりと寮長はつぶやき、なおも怒ろうとするリリィさんを制止する。


「いや、実際、勝手に首を突っ込んだのは俺だから。自分で好きでやったことなんだから、そんなに怒るようなことじゃないよ」

「おーっ!

 三条燈色、お前、ちゃんと自分の立場を理解し――」

「…………」

「うっ」


 リリィさんに睨みつけられ、ミュールはしゅんっとしょげ返る。


「三条様」


 深々と、リリィさんは頭を下げる。


「本当に……ありがとうございました……」

「逆に、暇だったからちょうど良かったですよ。また、呼んでください」


 リリィさんは、微笑んで、俺は笑いながら寮内新聞を見せつける。


「それに、この新入生歓迎会、凄く楽しそうですしね。あんなヤツに潰されたら、困っちゃいますよ」

「ありがとうございます……では、改めて。

 新入生歓迎会への三条様の参加申請を受諾じゅだくいたしますね」

「えっ」


 俺は硬直し、ちっちゃな寮長は笑いながら俺の背を叩く。


「おーっ! そう言えば、この寮長室には参加申請書を持ってきたんだったな! 三条燈色、お前が一番乗りだぞ! 見上げた忠誠心じゃないか! よしよし! お姉様にたて突くほどに、歓迎会に参加したかったんだな!

 なら、お前には、歓迎会の準備の手伝いとわたしの補佐をやらせてやろう!」

「あの、いや、俺」

「ミュール、そこまで、やってもらうのは……それに、歓迎される側が準備に回るというのも……」

「でも、本人がやりたいと言っているんだぞ?

 ほら、やる気満々だ」


 ちらりと、ふたりに視られる。


 期待にあふれた視線、クリスが歓迎会をぶち壊そうとする可能性、色々と心配な寮長の動向……全てが噛み合って、俺は、泣きそうな顔で笑った。


「喜んで、てつだわせてもらいますぅ……!!」


 こうして、俺は、新入生歓迎会準備補佐に就任し――次の日の放課後、早速、やる気満々の寮長に呼び出されたのだった。

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