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エルフのお姫様

 早朝、ランニングウェアを着て、ランニングを始める。


 気持ちの良い朝である。


 朝日は輝き、小鳥たちは鳴き、世界はヒイロ以外を祝福する。


 呼吸は2回吸って、2回吐く、テンポ良く。


「ふっ、ふっ、はっ、はっ……!」


 引き金(トリガー)は引いてある。


 強化された下肢かし


 蒼白い魔力線が繋がった両足は、ぐんぐんと身体を前に引っ張って、景色があっという間に流れ去っていく。


 魔法の起点となるのは、魔導触媒器マジックデバイス


 だが、その魔法を如何いかに活用して増大し、自分のものにするかは魔法士(エスコ世界における魔法使いの通称)の実力次第だ。


 ゲーム的に言えば、能力値パラメーターである。


 体力、筋力、魔力、知性、敏捷。


 エスコ世界における能力値パラメーターは、この五種類だが、最も重要視される能力値パラメーターは……魔力である。


 魔力は魔法の基礎である。


 どれだけ強い魔導触媒器マジックデバイス導体コンソールを手にしていても、魔法士の魔力がゴミでは光玉ライト一発撃てば魔力切れ。


 逆に言えば、どんなに弱いデバイスでも、魔力が高ければ、一撃必殺の光玉ライトも撃てる。


 で、この魔力を上げるには、ひたすら、地味な鍛錬を繰り返すしかない。


 世界の外側でコントローラーを握っていた時は、『鍛錬』のコマンドを計画にセットして、その中から魔力強化を選べば良かったが……こうして、ゲーム世界に来た現在いま、効率よく魔力を上げるには魔力強化ランニングが必要だ。


 単純に、身体強化系統の導体コンソールを付けて、下肢強化に注力、ランニングしているだけではあるが。


「うわっ、なに、あの人、はやっ!?」

「魔法使ってるにしても速すぎない!?」


 徐々に、効果は現れ始めていた。少なくとも、この早朝5時に、俺よりも早いヤツはいないらしい。


 俺は、速度を落として、わざと二人組のランナーにぶつかる。


「きゃっ!」

「だ、大丈夫?」


 少女が、一緒に走っていた少女に抱きとめられて。


「……ぁ」

「ご、ごめ……すぐ、離れるね……」

「ううん、べつに……もうちょっと、このままで……」


 辻百合、御免!!


 階段の手すりを飛び越えて、そのまま跳躍、思い切りショートカットをかける。


 公園内に着地。


 俺の跳躍と着地を視ていた女性は、ぽかんとして、ヨガを中断していた。


 走りながら、俺は、今後の計画に思いをせる。


 本番は、学園入学後だ。


 とりあえず、死亡フラグまみれの学園編に備えて能力値パラメーターを上げる。コレは必須事項だ。死にたくないし。


 ヒイロの初期パラメーターは、そんなに悪くない。


 悪いどころか、良いとも言って良い。


 お邪魔キャラのヒイロは、全プレイヤーのヘイトを一身に受け止める存在だが、パラメーター自体はそんなに悪くない。


 装備している九鬼正宗くきまさむねは、運用次第で終盤戦にも通用する。ヘイトを集める存在ゆえか、体力がずば抜けて高く、名家、三条家の血筋を継ぐ男だけあって魔力の伸び代は高い。


 まともに鍛えれば、ラスボス戦でも活躍出来ただろう。


 まぁ、大概、その前に死ぬんですけどね(笑顔)


 と言うわけで、パラメーター上げにいそしめば、突発的なヒイロ死亡イベントはどうにか出来るだろう。


 次に必要なのは、エスコ世界で最重要視されるスコア上げだが……コレは、正直、もう諦めた方が良いかもしれない。


 あれから、何度か、ダンジョンに潜ってはみたものの、スコアは0点で固定されて微動だにしない。なにをしても上がらない。


 スコア評価機関に問い合わせしたら、数秒後に着拒された(普通に泣いた)。


 たぶん、ヒイロのスコアは、今後、上がることはない。


 スコアが、本当に大事になってくるのは学園入学後だ。なにかしら、抜け穴的なものを見つけて、スコアを上げなければ、ありとあらゆる弊害を受ける。


 つーか、そろそろ、ドクター・○ッパー以外の飲み物を飲みたい(号泣)。


 で、パラメーター、スコア以外で重要になるのはヒロインの好感度くらいだが……現在いまは、彼女たちに絡むのは得策ではない。


 もちろん、ヒロインたちの好感度を上げれば、ラピスのような『絶対ヒイロ殺すウーマン』の襲撃を避けられる可能性も出てくる。


 だが、もし、その過程でヒイロが『百合に挟まる男』判定を受ければ、この世界は、どのようにしてヒイロを処理するかわからない。


 急に、ラスボスが降ってきて、GAME OVERとか普通に有り得る。いや、マジで有り得る。他人のアイス食っただけで、殺されるようなヤツだぞコイツは。


 それに、俺は、主人公とヒロインが結ばれる姿が視たいしな……陰ながら、百合の花に水をやるポジションがベストだ。


 と言うわけで、最近『しょうぶしろ、しょうぶ!!』と付きまとってくるラピスさんは迷惑極まりないのだが。


「…………」


 俺は、ちらりと、樹上に隠れているエルフを見つめる。


 濃緑のローブとフード、姿を隠した美少女エルフが、点々と、俺のランニングコースに配置されていた。


 彼女らは、魔導触媒器マジックデバイスを通して連絡を取り合っている。


 たぶん、ラピスの命令だろうな。


 げんなりしつつ、俺は、白昼堂々と、鼻メガネを付けて望遠鏡でこちらを監視するメイドを見つける。


「…………」


 いや、アイツも、なんなんだよ!! ずっと、付いてくるんだけど!!


 俺は、一瞬で詰め寄って、メイドの鼻メガネを取る。


「おい」

「こちら、メイド・デルタ。はい、変装してるのでバレてません。

 ふふ、あの男、間抜けですよ」

「おい、コラ」

「ふふ、バレてません」

「バレとるだろうがぁ!! 現実逃避はやめろ!! 無敵か、お前はァ!!」


 白髪のメイドは、俺から鼻メガネを奪い取り、とっとこ逃げていった。


 ため息を吐く。


 俺は、エルフ集団に見張られながらランニングを再開した。


 ヤバい気がする……本来のヒイロは、嫌われ者で、誰も寄り付かない人間の筈なのに……なんで、まだ百合に挟まってもないのに、こんな注目を集めてんだコイツ……もうちょっと、ヒイロらしくしとけばよかったか……まぁ、無理だが。


「あちー……」


 俺は、二時間ほどランニングをしてから、三条家の別邸に戻る。


 とりあえず、シャワーだシャワー。冷水を飲みたい。道中、自販機しかないから、ドクター・○ッパーしか飲めてない。喉がうるおいを求めてる。ドクター・○ッパー以外のものを補給したい。飲めるなら百合を飲みたい。


 俺は、別邸の扉を開けようとして――


「遅い」

「うおっ!?」


 落ちてきた金色に、驚愕で飛び退る。


 目の前に下りてきた芸術品、いや、エルフのお姫様……ラピス・クルエ・ラ・ルーメットは、涼し気なワンピース姿で髪を掻き上げる。


「許可もなく、二時間も走らないで。ずっと、外で待ってたんだから。

 ご令嬢(レディー)を待たせっ放しって、連絡くらいすればいいじゃない。御影弓手アールヴたちの連絡がなかったら帰ってたよ」

「…………」


 俺の胸を、つんつんと突いて、彼女は荷物を持ち上げる。


「わたし、今日から、ココに住むから」

「……は?」


 荷物を持って、彼女は、我が物顔で三条家へと入っていく。


「ね~? 君の部屋って、うえ~? わたし、二階の角部屋で、君の隣の部屋の方が良いんだけど~? そっちのほうが都合いいでしょ~?」

「……はぁ」


 俺は、一瞬、呆けて――


「はぁあああああああああああああああああああああああ!?」


 慌てて、彼女を追いかけた。

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