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表と裏の百合活動

 ようやく、シナリオの本流は元に戻った。


 騒ぎに次ぐ騒ぎ。


 レクリエーション合宿は幕を閉じ、俺たちは楽しい学園生活へと舞い戻る。


 豪華客船クイーン・ウォッチでの魔神教襲撃事件は、鳳皇家(学園運営者)による報道規制がかれたらしく、俺が戻ってきた頃には報道は沈静化していた。


 なにせ、一連の事件で行方不明になっていたのは男でスコア0。犠牲者と言えばそれくらいで、三条家からは『死んでOK』のお墨付き。


 騒ぎが大きくなり過ぎるわけもない。


 現界に拠点を構えるアルスハリヤ派の中心メンバーが、ことごとく刑務所にブチ込まれ、一件落着と相成っていたらしい。


 三条分家と揉めていたレイは、まだ、正統後継者の座に着いたままだ。


 三条家は派閥争いが絶えず、レイを持ち上げているBBA連合以外にも、隙あらばレイをおとしいれて、己やその子を正嫡せいちゃくとして認めさせようとする者もいる(三条燈色くんは、存在を無視されている)。


 レイがさらわれたからと言って、その首謀者が三条家全体であるとは言い切れない状態なのだ。


「後継者の座を明け渡すつもりはありません。

 力はあった方が良いですから」


 当の本人のレイは、あっさりとそう言っていて。


「三条家の間に立って、私がお兄様を護ります」


 そんな風に、笑っていたりした。


 俺だって、むざむざ、レイを後継者争いの場に居合わせて危険に晒すつもりはない。


 シナリオが進めば、この問題は月檻がどうにかするだろうが……その時は、俺も微力を尽くすつもりだ。


 ラピスも、無事に学園への復帰を果たした。


 俺は、神殿光都アルフヘイムに出禁になった。『次来たら、○す』を丁寧な三百文字前後にしたためたお手紙を頂戴ちょうだいした。


 月檻は、何時いつも通りだ。


 のほほんとして、とらえどころがない。


 ただ、前よりも、距離感が近くなったような感じはする。たまに、甘えてくるような素振りも見せるので、猫みてーなヤツだなと思ったりもした。


 いい加減、百合ゲー主人公の自覚をもって、女の子をドンドン落として欲しい。


 で、俺はと言えば。


「お金がありません」

「……は?」


 二杯目のご飯を俺に差し出しながら、スノウはそう言った。


「どういう意味?」

「いや、そのままの意味でしょ。それ以外にどういう意味があるんですか。ご主人様の頭の中では『お金がありません』は、『パチンコ代よこせ』にでも変換されるんですか。ヒモを養ってるメンヘラみたいな思考回路してますね」


 俺は、大葉味噌をご飯の上にのせて、もりもりと食べ始める。


 ほかほかのご飯が舌の上で踊り、味噌の旨味と絡み合う。


「うっま……」

「きしょい顔して、舌鼓したつづみ打ってる場合じゃないですよ。

 金ですよ金、この甲斐性かいしょうなしが。日々、私がどれだけの節約術を駆使してるのか知ってますか。スーパーのタイムセールでエンカウントするおば様たち、接近戦インファイト強すぎて、遠距離からちびちび戦うタイプの私では勝ちようがないんですよ」


 俺は、イカ明太を食べながら『イカと明太子を最初に合わせた人間は天才だな』と驚きを隠せなかった。


 驚愕の表情で、俺は、スノウにささやく。


「それって、お金がない……ってコト!?」

「さっきからそう言ってんだろ」

「すいません、調子にノリました。刃物による一方的なインファイトは勘弁してください」


 出刃包丁を構えたスノウは、すっと、腰の後ろに刃物を仕舞う。


「暗殺者の方々からご提供頂いた金も、一時しのぎにしかならなかったしなぁ……まぁ、大丈夫だ。

 一応、金稼ぎの当てはある」


 メザシをつまみながら、俺は、箸の先を空中で彷徨さまよわせる。綺麗に正座しているスノウは、黙々とご飯を食べていた。


「俺、冒険者になろうと思うんだ」

「なるほど、良い考えだと思います。ヒイロ様は、ダンジョンへの立ち入り許可証も既に発行されてますしね」

「そう思って、昨日、学園の冒険者協会に行ってみたんだけど……スコア0は、冒険者登録出来ないって言われちゃった」

「へぇ、なるほど」


 たくあんをかじりながら、スノウは頷いて――動きを止める。


「いや、それ、ダメじゃないですか。無職とニートがそろって、敗北条件整っちゃってるじゃないですか」

「学生を無職ニート扱いするのはやめろ。

 正直、予想外だった。そもそも、スコア0って立ち位置が特殊過ぎて、まさか冒険者登録も行えないとは思わなかったわ」


 ゲーム内では、冒険者として登録するための条件は特に設定されていない……と思っていた。だが、実際のところは違ったのだろう。


 学園に通って、冒険者協会に行く頃には、主人公のスコアは100は超えているだろうし。冒険者登録の条件が『スコア1以上』なんて、余程、特殊なプレイをしない限りは気づかない。


「で、どうします?

 私、ヒイロ様を探してたこともあって……まだ、勤め先が見つからないんですけど」

「え、いや、お前、勤め先は三条家だろ?」

「そんなもの、とっくの昔に解雇されましたよ」


 冷静沈着に。


 お味噌汁をすすって、ほうっとスノウは息を吐いた。


「当たり前じゃないですか。バレますよ、それは。ヒイロ様は、三条家の監視下にいるんですから。本来、レイ様のお側にいないといけない私が、お役目を放棄して貴方のお世話を焼いてると知られれば解雇されるに決まってるでしょ」

「え……じゃあ、現在いままで無給で働いてたの?」

「はい、当然」


 さーっと、俺は顔色を青くする。


「いや、お前、レイのところに戻れよ……三条家の侍女って、高給取りだろ? なんで、俺のところに残って人生をふいにしてんの?」

「さぁ」


 ちらりと、スノウは俺を見つめる。


「なぜでしょう」

「このバカ……そういうことは早く言えよ……クソ……とっとと、レイのところに戻れ。

 レイなら、金回りも良いだろうからお前の給料も――」

「嫌です」


 ぽりぽりと、スノウはたくあんをかじる。


「嫌って……なんで?」


 彼女は、顔をそむける。


「……自分で考えれば」

「わかんないから、聞いてるんだけど」


 どうやら、スノウの意思は固いらしい。


 説得には応じそうにもないし、レイから言い聞かせてもらっても、恐らくゆずらないだろう。


 こうなれば、どうにかして、俺が給料を払ってやるしかない。


 冒険者として働けないとなると、バイトするくらいしかないが……学生と言う身分である以上、深夜帯の仕事は出来ないし、月給制のバイトを今から始めたら来月には干物になっている。


 現在いまの俺が、手っ取り早く簡単に、金を稼げる手段はひとつしか考えられなかった。


「三条様」


 憂鬱ゆううつな気分で寮の外に出ると、掃除をしていたリリィさんが出迎えてくれる。


 相変わらず、美しく優雅なメイド服姿だ。


 ただ、そこにいるだけで、空気がやわらいで安らいでいく感じさえする。


「お出かけですか?」

「まぁ、ちょっと……本当は、遅れてる授業の復習でもしようと思ってたんですが……リリィさんは、日曜なのに働いてて偉いですよね」

「三条様も、日曜に授業の復習をしようとするなんて頭が下がります。

 あの子なんて、まだ眠っていますから」


 リリィさんは、くすくすと笑う。


「いやいや、もう、授業の復習してる場合じゃなくなったので」

「大丈夫ですか? 少し、顔色が優れないような」


 そっと、リリィさんは俺の顔をのぞき込んでくる。


「なにか困ったことがあったら、何時いつでも言ってくださいね。ただでさえ、屋根裏部屋に住まわせて申し訳なく思っておりますから」


 男に対して、ココまで優しいとか聖人か……しかも、寮長ミュールとの百合関係まで匂わせてくるし最高だなぁ……?


 じーんと、胸に染み渡る感動を味わっていると。


 リリィさんは、一枚のプリント用紙を取り出して、俺に手渡してくる。


「まだ、三条様にはお渡ししていませんでしたよね。

 どうぞ」


 それは、一枚にまとめられた寮内新聞だった。


 各寮では、寮長が指名したメンバーに役職が割り振られることがある。


 そのひとつが『新聞係』で、この役職が割り振られた生徒は、週に一回、寮内の催事イベント寮内報道ニュース、連絡事項が書かれた新聞を発行し、寮メンバーに配布する活動を行っている。


 新聞と言っても、プリント一枚の簡単なものだ。


 大した負担にはならないし、学業が優先されるので、対応不可の場合は一週休みなんてこともよくある。


 他の寮ではそうでもないが、黃の寮(フラーウム)では、寮長ミュールが寮内新聞に力を入れていた。


 ゲーム内でも発行される黃の寮(フラーウム)の寮内新聞は、意外とよく出来ていて、本編とは関係がない情報を隅から隅まで読んでいた覚えがある。


 寮内新聞には、寮長ミュールお手製の絵がかれており、寮内の交友イベント『黃の寮(フラーウム) 新入生歓迎会』の開催日時が記載されていた。


 寮長ミュールの気合いが、紙面からはみ出て視えるくらいだ。寮長としての威厳と言うものを、この歓迎会を通して見せつけるつもりなのだろう。


 新入生歓迎会……そう言えば、俺がない間に入寮面接は終了していたのだった。全生徒が各寮に割り振られているのだから、新入生歓迎会のイベントが発生するのは当然、俺にもその参加資格があるらしい。


 寮に住んでいない生徒にも、この新入生歓迎会への参加が認められている。


 ゴミカスクソ野郎の総本山、我らがヒイロくんも嬉々として参加し、女の子たちを品定めして月檻にぶっ飛ばされると言う流れがあった筈だ。


「是非、参加してくださいね」

「あぁ、はい、時間があったら」


 まぁ、俺は、参加しないけどね^^


 女の子たちが集まって、交友を深める場に男は必要ないので……俺の代理として、スノウに参加させるか。


 リリィさんと別れて、俺は街に出る。


 駅前まで足を運んでから、裏路地に入って――ゴミ箱の中に入っていった。


 この世に必要ない男を焼却処分すると言う暗喩あんゆではなく、このゴミ箱が次元扉ディメンジョンゲートになっているという話だ。


 どぼんっ!!


 俺は、頭から水の中に落ちて、青色の只中にる屋敷へと泳いでいく。


「教主様」


 タオルを持ったシルフィエルに出迎えられる。


 俺は、丁寧な手付きで頭を拭かれながら、屋敷内の階段を上がっていった。


 最上階。


 小さくて簡素な部屋の中に、ぽつんと、古ぼけた玉座があった。


 ホコリを払ってみると、導線が走っている背もたれが視えた。


 玉座に腰掛けた俺は、肘掛けに魔力をめて――ぶぅんと、眼前に画面ウィンドウが広がる。




 【国家名】

  Not Found

 【資源数】

  木材:0

  鋼材:0

  食材:0

 【産出数】

  木材:0

  鋼材:0

  食材:0

 【所属員】

  コマンダーユニット

   三条燈色

  ユニークユニット

   シルフィエル・ディアブロート

   ワラキア・ツェペシュ

   ハイネ・スカルフェイス

  ノーマルユニット

   Not found

 【建造物】

   拠点ホーム

 【テクノロジー】

   Not found




 俺のうちにあるアルスハリヤの魔力を認めて、敷設型特殊魔導触媒器コンストラクタ・マジックデバイスが俺をあるじとして承認した。


 設定を変えていないせいか、簡易的に表示されている国家状況ページを視て笑った。


 イケる。


 ニヤリと俺は笑って、国家名を入力する。




 国家名 -> 神聖百合帝国




 センスあふれる国名をつけて、両手を広げた俺は笑った。


「シルフィエル」

「はい」


 胸に手を当てて、シルフィエルは深々と頭を下げる。


「俺は、この神聖百合帝国を広げて金をもうける……そして、いずれ」


 足を組んだ俺は、高笑いを上げる。


「異界に百合の花を咲かせる。

 それこそが、我が、神聖百合帝国の本懐である」

詔勅しょうちょくうけたまわりました」


 異界の金は、現界の金にも替えられる。


 この国家運営システムが使われるのは、『悪堕ちルート』くらいのものだが……このゲームシステムを利用して、俺は、金を手に入れてスコアを取得し、百合の花を異界にも咲かせてみせよう。


 利用出来るものは、なんでも利用してやる。


 俺は、裏稼業の印として、白百合の仮面をかぶった。


「我ら、魔神教改め百合教、本日より行動を開始する!!」

「はっ」


 笑いながら、俺は、片手を振って――表は学園生活、裏では国家運営――そんなちぐはぐな生活が始まった。

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