<< 前へ次へ >>  更新
54/253

チャリで来た。

「もぉ、やめるわ!!」


 俺は、泣きながら、白百合の仮面を地面に叩きつける。


「もぉ、やめるぅ……!!」

「ほ、本気で泣くなよ……ついさっき『大事な使命がある』とか言って、昼食の誘いを断ったばかりだろうに……」

「ああでも言わなかったら、2週間行方不明になった俺が、急にコスプレ衣装で現れた変態になるだろうがっ!! 大事な使命とか、格好良いこと言っておかないと、精神が耐えきれんわ!!」

「好感度を下げたいなら、コスプレ変態仮面で突き通せば良かっただろ」

「上がるんだよ!! 今までのパターンを振り返ってみれば!! そっちの方が、なぜか、好感度が上がるんだよ!! 素人は黙ってろ!!」


 自転車を路上に止めて。


 絶望に浸っていた俺は、ぽんぽんと頭を叩かれた。


 顔を上げると、美しい笑みを浮かべているハイネが視界に入ってくる。


「泣くな、雑魚が」

「え、あ、はい、すいません(引っ込む涙)」

「乗って」


 ママチャリにまたがったハイネは、特徴的なジト目でこちらを視てくる。断ったら殴られそうなので俺は荷台に乗った。


 シャー。


 ママチャリは、軽快に走り始める。


 気持ちの良い風だ。まるで、この先の素晴らしい未来を予兆しているかのような。


 目を閉じた俺は、涼風に吹かれながらささやいた。


「で、コレ、どこに向かってんの?」

神殿光都アルフヘイム

「アカン(両足ブレーキ)」


 ママチャリを止めると、不満気なハイネににらまれる。


「邪魔するな、下郎」

「下郎って……教主様(仮)になんて大層な口をくんだ……聞いてくれ、ハイネ……俺たちは、神殿光都アルフヘイムには向かわない……もう、戦わなくて良いんだ……終わったんだよ……終わったんだ……」

「終わってない」


 自転車のカゴに、すっぽり収まったアルスハリヤがささやいた。


「言っとくが、もう、俺はお前がなにを言おうとも乗らないよ。これから、ハイネとママチャリで一周して帰るんだから。

 どーせ、ラピスのところにも連絡いってるだろうし、賢い俺はラピスの元には向かわずにおうちに帰るのでした。ちゃんちゃん」

「本日、ラピス・クルエ・ラ・ルーメットが挙式するらしいぞ」

「……なに?」


 俺は、地面から両足を上げて、ハイネは楽しそうに自転車をぎ始める。


「当たり前だろう。彼女は、ルーメット王家のお姫様だ。しかるべき婚約者がいて当然、日本への留学から帰郷して『もう、日本には行かない』とまで断言しているのだから、女王になる覚悟が出来たと見做みなされても仕方ないさ」

「相手は? も、もちろん、女の子だよな?」

「男だ」


 俺の笑顔が、一瞬で消え去る。


 原作で、ラピスに婚約者が居るのは事実だ。


 ラピス・ルートの途上で、ラピスは月檻を愛することに決めて、婚約者との婚約を破棄する。その時、覚悟を決めたラピスの微笑は一枚絵で表示され、その美しさに全俺が泣いた。


 彼女に、婚約者がいることは間違いない。


 だが、婚約者が女性であることは、ゲーム内で明言されていなかった。


「……どういう意味だ?」

「エルフと言うのは一枚岩ではなくてね。

 彼女がおさめる神殿光都アルフヘイムには13の氏族が存在しており、王の血筋たる『クルエ・ラ』を除いた12の氏族から、最も強き者が御影弓手アールヴとして選出される。

 王家の護衛手を決めるにも、そうやって、氏族間のバランスを取るのが常だ。当然、それは、13の氏族のひとつである『クルエ・ラ』にとっても例外ではない」

「回りくどい言い方はやめろ。本筋を話せ」


 苦笑して、アルスハリヤは目を閉じる。


「簡単な話だ。

 ルーメット王家は、代々、男をめとっている。底辺の男を頂点の女が迎え入れることで、パワーバランスを取るんだ。そうすることが習わしになっていて、そこに合理性が存在するかどうかは議論すらされていない。

 所謂いわゆる、悪しき慣習ってヤツだ」


 有り得る。


 エスコには、幾つかの没イベントが存在しているが、その中のひとつに『結婚式の最中に、主人公がラピスを連れ去る』というものがある。


 主人公上げイベントのひとつとして考えてみれば、ラピスの結婚相手に男が割り当てられていて、彼女を救うために絶対悪(男)を処断するという構図は実に好ましい。むしろ、そちらの方が盛り上がるだろう。


「……ラピスは、その男を愛してるのか?」

「愛してるわけないだろ。パワーバランスを取るためだけに、決められた相手なんだから。婚前の彼女は、魔導触媒器マジックデバイスを取り上げられて身を清めている状態だろうし、今から連絡を取ることは出来ないだろうね。

 さて」


 アルスハリヤは、たのしそうに両手を広げる。


「君はどうする?」

「……ハイネ」


 答える代わりに、俺は、ささやいた。


「全力でげ」

了解ラジャー


 ドッ――凄まじい勢いで、ママチャリは加速する。


 俺は、彼女の肩に両手を置いて、次元扉ディメンジョンゲートを潜り抜けて――夜空が視えた。


 満月が空に宿やどっている。


 俺たちは、月明かりに照らされた宵闇を飛び、眼下には黄金の城が視えた。


 中央に螺旋らせん状の尖塔を持った、荘厳そうごん神殿光都アルフヘイム……そのスケール感に合わないママチャリで空を飛ぶ俺たちは、金色の光源に照らされて、輝く夜空を二輪で駆け抜けていく。


 ボッ――!!


 唐突に、始まる迎撃。


 蒼白い矢が飛んできて、俺は、その乱撃を弾いた。


「アルスハリヤ、迎撃は任せたッ!!」

「無茶を言うなよ」


 硬質な音を立てながら、俺の周囲に張り巡らされた対魔障壁、乱射された矢の雨の中へと俺は飛んだ。


 引き金(トリガー)


 右手を広げて、手のひらに光玉を集める。


 ガガガガガガガガガッ――防壁を潜り抜けた矢が俺の頬をかすめて、血を流しながら、俺は思い切り魔力をめる。


「邪魔だァアアアアアアアアアアアアア!!」


 ボッ!!


 撃ち放たれた光玉ライトは、その道中で歪曲し、凄まじい速度で直進して着弾――エルフたちは、景気よく吹き飛んだ。


「ハイネッ!!」

「あいあい」


 座席から浮き上がり、後輪を掴んだハイネは、俺へと自転車の前輪を伸ばす。


 俺は、その前輪を掴んで、くるりと回転し着席する。


 導体コンソール、接続――魔力表層で、ママチャリを強化した俺は、そのアルミボディに魔力線を走らせて――ドゴッ、と、音を立てて着地する。


 すとんと、落ちてきたハイネは、後部座席に座った。


「行くぞ、オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!(スカッスカッ)」


 ベルを鳴らしながら、俺は前傾姿勢をとる。


 ドッ――思い切り、踏み込み、立ちぎした俺は城壁の上を走り始めた。


「な、なんだ、コイツ!?」

「なんだ、コイツ!?(二回目) 衛兵はどうした!? 早く撃退しろ!!」


 慌てて、城内から出てきたエルフたちに俺は叫ぶ。


「百合に男を挟むんじゃねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! クソエルフどもがぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「なにを言っ――」

天誅てんちゅう轢殺れきさつ!! 四文字殺語ォ!!」


 行く手をはばんだエルフを跳ね飛ばし、俺は、白煙を上げながらドリフトする。


 その勢いのまま、城の中へと突っ込む。肩やら腹やらに矢を受けながら、血まみれで廊下を爆走していった。


「教主、そのままだと死んじゃうよ」

「俺が死のうがなんだろうが、百合の間に挟まる男は殺す!!

 アルスハリヤ、ラピスはどこだ!?」

「式場だね。エルフたちが『宇宙樹の間イグドラ・ミディア・ム』と呼んでいるところだ。

 このまま、真っ直ぐ、地下に下りていけば良い」


 その助言を聞き入れて、俺は、階段をママチャリで駆け下りていき――大扉――座席から飛び降りて、ゆっくりと押し開いた。


 しんと、静寂が押し広がった。


 蒼白く輝いている水が、足元に満ちている。


 床、壁、天井を大樹の根が埋め尽くしていて、一本だけ、こうべを垂れるみたいに太い根が垂れ下がっている。


 その先からしたたる蒼い水は、光をまとっていた。


 魔力線が走っているだんのくぼみに、ぴちゃんぴちゃんと、水滴が垂れ落ちている。


 そこにいたのは、たったの三人だった。


 向かい合うふたりの間に、だんが挟まっており、その後ろに純白の礼服をまとったエルフが控えていた。


 全員、裸足はだし


 き出しになった肌には、魔力線で紋様もんようえがかれている。


 向かい合うラピスともうひとりは、ヴェールで顔を隠していたが……俺には、どちらがラピスで、どちらがクソエルフかは一瞬で理解わかった。


 ラピスの頬には、涙のあとが残っていて――無意識に、俺は飛んでいた。


 ダンッ!!


 ラピスと婚約者、ふたりの間、その壇上に着地する。


「えっ!?」

「な、なに!?」


 片手で仮面を押さえた俺は、ゆっくりと立ち上がる。


 そして、その裏側で笑った。


「結婚式の招待状なんて、俺には届いてなかったが……誰の断りをて、この子を泣かせてる……?」

「その声……」


 ラピスは、息を呑む。


 礼服を着たエルフが放った矢が、俺の仮面を叩き割り――


「悪いが、この子の運命の相手はもう予約済みだ」


 仮面は砕け散って、きらきらと、その破片が宙空に散らばる。


 素顔を晒した俺は笑った。


「少なくとも、この子を泣かせたテメェらの役目じゃないんだよ……わかったら、失せろ三流がァ!!」


 俺は、魔力をめて――大量の矢が飛来した。

<< 前へ次へ >>目次  更新