チャリで来た。
「もぉ、やめるわ!!」
俺は、泣きながら、白百合の仮面を地面に叩きつける。
「もぉ、やめるぅ……!!」
「ほ、本気で泣くなよ……ついさっき『大事な使命がある』とか言って、昼食の誘いを断ったばかりだろうに……」
「ああでも言わなかったら、2週間行方不明になった俺が、急にコスプレ衣装で現れた変態になるだろうがっ!! 大事な使命とか、格好良いこと言っておかないと、精神が耐えきれんわ!!」
「好感度を下げたいなら、コスプレ変態仮面で突き通せば良かっただろ」
「上がるんだよ!! 今までのパターンを振り返ってみれば!! そっちの方が、なぜか、好感度が上がるんだよ!! 素人は黙ってろ!!」
自転車を路上に止めて。
絶望に浸っていた俺は、ぽんぽんと頭を叩かれた。
顔を上げると、美しい笑みを浮かべているハイネが視界に入ってくる。
「泣くな、雑魚が」
「え、あ、はい、すいません(引っ込む涙)」
「乗って」
ママチャリに
シャー。
ママチャリは、軽快に走り始める。
気持ちの良い風だ。まるで、この先の素晴らしい未来を予兆しているかのような。
目を閉じた俺は、涼風に吹かれながらささやいた。
「で、コレ、どこに向かってんの?」
「
「アカン(両足ブレーキ)」
ママチャリを止めると、不満気なハイネに
「邪魔するな、下郎」
「下郎って……教主様(仮)になんて大層な口を
「終わってない」
自転車のカゴに、すっぽり収まったアルスハリヤがささやいた。
「言っとくが、もう、俺はお前がなにを言おうとも乗らないよ。これから、ハイネとママチャリで一周して帰るんだから。
どーせ、ラピスのところにも連絡いってるだろうし、賢い俺はラピスの元には向かわずにお
「本日、ラピス・クルエ・ラ・ルーメットが挙式するらしいぞ」
「……なに?」
俺は、地面から両足を上げて、ハイネは楽しそうに自転車を
「当たり前だろう。彼女は、ルーメット王家のお姫様だ。
「相手は? も、もちろん、女の子だよな?」
「男だ」
俺の笑顔が、一瞬で消え去る。
原作で、ラピスに婚約者が居るのは事実だ。
ラピス・ルートの途上で、ラピスは月檻を愛することに決めて、婚約者との婚約を破棄する。その時、覚悟を決めたラピスの微笑は一枚絵で表示され、その美しさに全俺が泣いた。
彼女に、婚約者がいることは間違いない。
だが、婚約者が女性であることは、ゲーム内で明言されていなかった。
「……どういう意味だ?」
「エルフと言うのは一枚岩ではなくてね。
彼女が
王家の護衛手を決めるにも、そうやって、氏族間のバランスを取るのが常だ。当然、それは、13の氏族のひとつである『クルエ・ラ』にとっても例外ではない」
「回りくどい言い方はやめろ。本筋を話せ」
苦笑して、アルスハリヤは目を閉じる。
「簡単な話だ。
ルーメット王家は、代々、男を
有り得る。
エスコには、幾つかの没イベントが存在しているが、その中のひとつに『結婚式の最中に、主人公がラピスを連れ去る』というものがある。
主人公上げイベントのひとつとして考えてみれば、ラピスの結婚相手に男が割り当てられていて、彼女を救うために絶対悪(男)を処断するという構図は実に好ましい。むしろ、そちらの方が盛り上がるだろう。
「……ラピスは、その男を愛してるのか?」
「愛してるわけないだろ。パワーバランスを取るためだけに、決められた相手なんだから。婚前の彼女は、
さて」
アルスハリヤは、
「君はどうする?」
「……ハイネ」
答える代わりに、俺は、ささやいた。
「全力で
「
ドッ――凄まじい勢いで、ママチャリは加速する。
俺は、彼女の肩に両手を置いて、
満月が空に
俺たちは、月明かりに照らされた宵闇を飛び、眼下には黄金の城が視えた。
中央に
ボッ――!!
唐突に、始まる迎撃。
蒼白い矢が飛んできて、俺は、その乱撃を弾いた。
「アルスハリヤ、迎撃は任せたッ!!」
「無茶を言うなよ」
硬質な音を立てながら、俺の周囲に張り巡らされた対魔障壁、乱射された矢の雨の中へと俺は飛んだ。
右手を広げて、手のひらに光玉を集める。
ガガガガガガガガガッ――防壁を潜り抜けた矢が俺の頬を
「邪魔だァアアアアアアアアアアアアア!!」
ボッ!!
撃ち放たれた
「ハイネッ!!」
「あいあい」
座席から浮き上がり、後輪を掴んだハイネは、俺へと自転車の前輪を伸ばす。
俺は、その前輪を掴んで、くるりと回転し着席する。
すとんと、落ちてきたハイネは、後部座席に座った。
「行くぞ、オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!(スカッスカッ)」
ベルを鳴らしながら、俺は前傾姿勢をとる。
ドッ――思い切り、踏み込み、立ち
「な、なんだ、コイツ!?」
「なんだ、コイツ!?(二回目) 衛兵はどうした!? 早く撃退しろ!!」
慌てて、城内から出てきたエルフたちに俺は叫ぶ。
「百合に男を挟むんじゃねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! クソエルフどもがぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「なにを言っ――」
「
行く手を
その勢いのまま、城の中へと突っ込む。肩やら腹やらに矢を受けながら、血まみれで廊下を爆走していった。
「教主、そのままだと死んじゃうよ」
「俺が死のうがなんだろうが、百合の間に挟まる男は殺す!!
アルスハリヤ、ラピスはどこだ!?」
「式場だね。エルフたちが『
このまま、真っ直ぐ、地下に下りていけば良い」
その助言を聞き入れて、俺は、階段をママチャリで駆け下りていき――大扉――座席から飛び降りて、ゆっくりと押し開いた。
しんと、静寂が押し広がった。
蒼白く輝いている水が、足元に満ちている。
床、壁、天井を大樹の根が埋め尽くしていて、一本だけ、
その先から
魔力線が走っている
そこにいたのは、たったの三人だった。
向かい合うふたりの間に、
全員、
向かい合うラピスともうひとりは、ヴェールで顔を隠していたが……俺には、どちらがラピスで、どちらがクソエルフかは一瞬で
ラピスの頬には、涙の
ダンッ!!
ラピスと婚約者、ふたりの間、その壇上に着地する。
「えっ!?」
「な、なに!?」
片手で仮面を押さえた俺は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、その裏側で笑った。
「結婚式の招待状なんて、俺には届いてなかったが……誰の断りを
「その声……」
ラピスは、息を呑む。
礼服を着たエルフが放った矢が、俺の仮面を叩き割り――
「悪いが、この子の運命の相手はもう予約済みだ」
仮面は砕け散って、きらきらと、その破片が宙空に散らばる。
素顔を晒した俺は笑った。
「少なくとも、この子を泣かせたテメェらの役目じゃないんだよ……わかったら、失せろ三流がァ!!」
俺は、魔力を