<< 前へ次へ >>  更新
5/253

ヒロインとの決闘

 ラピス・クルエ・ラ・ルーメット。


 エスコ世界に存在する亜人種……皆、大好き、エルフの少女である。


 しかも、彼女は、エルフの国のお姫様である。終盤、訪れる『世界樹のダンジョン』は、彼女の国の一部なので、ラピスをパーティーに入れていないと入ることが出来ない。


 簡単に言えば、三条家なんて目じゃない金持ち(リッチ)である。


 金持ち(リッチ)な上に強い。


 遠距離戦については、最強と言っても過言ではないだろう。


 彼女専用の魔導触媒器マジックデバイス、『宝弓・緋天灼華イリオヴァスィレマ』はチートだ。


 距離が離れたら、まず、近づく前に殺される。


 その上、導体コンソールの組み合わせ次第で、中距離にも対応出来るようになるので、一か八かで近距離戦を挑むしか勝ち筋がない。


 『悪堕ちルート』では、彼女とも戦うことになるが、正直、ラスボスよりも強い。


 そんな最強の一角、ラピスさんは、ヒイロ殺害率第一位でもある。


 彼女のルートで、何度、ヒイロは死んだことだろう(死霊術で蘇って、何度も殺される徹底ぶり)。


 エルフの姫君であるためか、彼女への対応を間違えたら、OUT扱いで虫けらのように殺される。一番、笑ったヒイロの死因は、彼女の取っておいたアイスを食べてしまったことだが……今は、もう、笑えない。ホントに笑えない。


「なに、どうしたの」


 腰元まで、伸びる金色の髪。


 彼女の背面を包んでいるその長髪は、薄暗い廃駅の中でも輝いている。


 ゲームキャラクター……としか思えない美しさで、彼女は、髪を掻き上げてこちらを見つめる。


「男、か」


 口に片手を当てて、彼女は笑う。


「思わず、助けちゃったけど……男だったら、助ける必要なかったかな」


 ほぼほぼ、ヒイロ以外はモブだったので、ゲームプレイ中は気づかなかったが。


 この百合ゲー世界における男の扱いは、あまり、褒められたものではないらしい。簡単に言えば、差別的な待遇を受けている。


 まぁ、当たり前と言えば当たり前である。


 百合に男はご法度はっと、百合に挟まる男は死ね、である。


 そんなものは常識なので、このエスコ世界では、男は無視されるか虐げられるかである。俺も、たぶん、女の子として転生してたら、男は無視してたし、ヒイロは○してたのでなにも言えないが。


「しかも、スコア0点」


 魔導触媒器マジックデバイスを通せば、スコアは、誰にでも視られるように公開されている。


 俺のスコアを視たのだろう、ラピスはくすくすと笑う。


「君、早く帰った方が良いよ。怪我しないうちにね」


 バカにされているのはわかっているが、俺としてはそんな場合ではない。


 アイツは……アイツは、いないだろうな。


 俺は、キョロキョロと辺りを見回して、この段階で最も会いたくない女性アレがいないことに胸を撫で下ろした。


「ちょっと、聞いてるのっ!」


 無視したと思われたのか、ムキになったラピスが食ってかかってくる。


「あぁ、ごめんごめん。たすかったたすかった。

 それじゃあ、じゃあな」


 危ないは危ないが、この段階のラピスは宝弓も持っておらず、初期ステ自体も大したことないので……俺は、適当に返事をする。


 それが勘に触ったのか、立ち去ろうとする俺の腕を彼女は掴んだ。


「待ちなさいよ」


 どっちやねーん!! 早く帰った方が良いのか、このままココに居た方が良いのか、どっちやねーん!!


「君、わたしが、誰かわかってるの」

「痴女っぽい格好したエルフ」

「ち、ちがっ! コレは、正装でっ!! ど、どこ、視てるの!?」

「胸、太もも、胸、太もも」

「ふつーに答えるな!! 二度見するな!! 悪びれろ!!」


 スカート丈を必死に伸ばしながら、顔を赤らめた彼女が睨みつけてくる。


 元々、喧嘩っ早いキャラである。


 今更ながら、対応の仕方を間違えたなと思いつつ、俺の腕を離さない彼女に目線を向ける。


「…………」


 正直、俺は、主人公と一緒にいるラピスが好きであって、ラピス単体が好きかと言われると……うーん……やっぱり、この子の魅力は、気を許した主人公と軽口を叩いてる時だと思うんだよなぁ。


 百合ってのは、ふたり並ぶことで完成するわけであって……単体で、お供えされても困るというか。


「な、なに視てるの……言っとくけど、わたし、スコア3万点だから」


 そんなに豊かでもない胸を張って、彼女は威張いばる。


「君と3万点差、わかる?」

「えっ!? それって、つまり!?」


 俺は、驚きの表情を作り、ラピスは期待に顔を輝かせる。


「3万点差って……ことか……!?」


 無言で、ラピスは、背負っていた弓を下ろした。


「運が良いね」


 ぴきぴきと、青筋を立てながら、ラピスはささやく。


「せっかくだから……戦闘の稽古、つけてあげる……構えなさい……」


 おっ、稽古と名ばかりの私刑リンチを行うつもりだな。


 彼女のルートで、稽古の最中に事故死したヒイロが、何人いたことか……死んでいったヒイロたちに追悼ざまぁを。


「喜んで受けるが、条件がある」


 まぁ、コレで、無意識に煽った甲斐かいはあったか。


「俺が勝ったら、あんたの持ってる導体コンソールをひとつもらいたい」


 こんな低階層で、ちまちま、低レアリティの導体コンソールなんて掘ってられないし……丁度良い機会だ、カモにさせてもらおう。


「なに、勝てるとでも思ってるの」


 鼻で笑って、彼女は頷く。


「勝てたら、ひとつどころか、全部あげるわよ」

「あ、そう……なら、不正がないように、お互いの魔導触媒器マジックデバイスを交換して確認し合おう。正々堂々をむねとする、三条家の決闘の作法だ。

 あんたは、遠距離主体だから、距離を取った方が良いか?」


 俺とラピスは、互いの魔導触媒器マジックデバイスを交換して確認し合う。


 頷いた彼女は、俺に九鬼正宗くきまさむねを突き出した。


「この状態で良いよ。ハンデ」


 そう言うと思ったよ。


 俺は、内心、ほくそ笑む。


 初期ステのラピスは、別に、近距離戦が不得意ってわけでもないしな。徐々に、遠距離特化型になっていくわけで。


 だから、彼女は、近距離戦にも自信がある筈だ。こう言ってくるのはわかってた。


「じゃあ、始めるぞ」

「OK」


 余裕そうに笑みを浮かべて、ラピスは弓を片手に持つ。


「メイド、合図してくれ」


 事態の推移を見守っていた三条家のメイドは、こくりと頷いて片手を挙げる。


 そして――振り下ろす。


「開始!!」


 当然、ラピスは、距離を取る。


 背負っている機械弓の弦に指を添えて、引き金(トリガー)、彼女の身体は強化されて後ろに跳躍――出来ない。


「えっ!?」

「はい」


 俺は、九鬼正宗くきまさむねを抜刀し――


「おしまい」


 光剣を彼女の首筋に当てた。


 ジジジジジ……揺れるように、姿形を変える光の魔剣を突きつけられ、彼女の額から汗が垂れ落ちる。


「な、なんで……そ、操作の導体コンソールすらも知らなかったのに……引き金(トリガー)から刀剣の形を取るまで……は、早すぎる……それに、なんで、わたしの身体強化が……発動しなかったの……」


 俺は、もう片方の手を開く。


 そこには、彼女のデバイスに付けられている筈の導体コンソールがあった。


「えっ!?

 い、いつの間に外し――さっきの、デバイス交換の時に!! でも、気づかない筈が!?」

「代わりに、余ってたゴミ導体コンソール付けておいたからな。

 さすがに、見た目じゃわからないだろ。達人だったら、武器の重さで、違和感に気づくらしいが……3万点のお姫様には荷が重かったかな」


 ラピスは、屈辱で顔を真っ赤にする。


「ひ、卑怯者……!」

「戦いに卑怯もクソもないだろ。誰が『相手の導体コンソールを外してはいけない』なんて言ったんだ。

 敵対してる相手に、不用意に、唯一の武器を預ける方がバカだろ」


 俺は、魔法を解除して、刀を鞘に戻す。


「約束通り、全部、もらっていくわ。

 気前、良いね。ありがとう」


 俺は、彼女のデバイスから、外しておいた導体コンソールを全て持ち去ろうとして……涙目のラピスを視て、そっと、それらを床に置いた。


「い、一個だけにしておこーっと」


 さ、さすがに、ヒロインを泣かせるのは……解釈違いです……。


 と言うか、調子にノッて、負かせちゃったけど、今更ながらに不安になってきた。恨みつらみを抱かれて、最悪、将来的に殺されるんじゃないだろうか。


 ヒロインとの仲を育むよりも、戦力強化に注力したのはミスでは?


「お、おつかれしたぁ……」


 俺は、コソコソと、その場から立ち去ろうとして――服裾を掴まれる。


「…………ぃ」

「はい?」

「もっかい!!」


 真っ赤な目で、ラピスは叫ぶ。


「もっかい、しょうぶ!!」

「えぇ……」


 その後、俺は適当に敗けて「本気出せ!!」と喚く姫君を置き去りに、ダンジョンから外へと逃げ出していった。

<< 前へ次へ >>目次  更新