ヒロインとの決闘
ラピス・クルエ・ラ・ルーメット。
エスコ世界に存在する亜人種……皆、大好き、エルフの少女である。
しかも、彼女は、エルフの国のお姫様である。終盤、訪れる『世界樹のダンジョン』は、彼女の国の一部なので、ラピスをパーティーに入れていないと入ることが出来ない。
簡単に言えば、三条家なんて目じゃない
遠距離戦については、最強と言っても過言ではないだろう。
彼女専用の
距離が離れたら、まず、近づく前に殺される。
その上、
『悪堕ちルート』では、彼女とも戦うことになるが、正直、ラスボスよりも強い。
そんな最強の一角、ラピスさんは、ヒイロ殺害率第一位でもある。
彼女のルートで、何度、ヒイロは死んだことだろう(死霊術で蘇って、何度も殺される徹底ぶり)。
エルフの姫君であるためか、彼女への対応を間違えたら、OUT扱いで虫けらのように殺される。一番、笑ったヒイロの死因は、彼女の取っておいたアイスを食べてしまったことだが……今は、もう、笑えない。ホントに笑えない。
「なに、どうしたの」
腰元まで、伸びる金色の髪。
彼女の背面を包んでいるその長髪は、薄暗い廃駅の中でも輝いている。
ゲームキャラクター……としか思えない美しさで、彼女は、髪を掻き上げてこちらを見つめる。
「男、か」
口に片手を当てて、彼女は笑う。
「思わず、助けちゃったけど……男だったら、助ける必要なかったかな」
ほぼほぼ、ヒイロ以外はモブだったので、ゲームプレイ中は気づかなかったが。
この百合ゲー世界における男の扱いは、あまり、褒められたものではないらしい。簡単に言えば、差別的な待遇を受けている。
まぁ、当たり前と言えば当たり前である。
百合に男はご
そんなものは常識なので、このエスコ世界では、男は無視されるか虐げられるかである。俺も、たぶん、女の子として転生してたら、男は無視してたし、ヒイロは○してたのでなにも言えないが。
「しかも、スコア0点」
俺のスコアを視たのだろう、ラピスはくすくすと笑う。
「君、早く帰った方が良いよ。怪我しないうちにね」
バカにされているのはわかっているが、俺としてはそんな場合ではない。
アイツは……アイツは、いないだろうな。
俺は、キョロキョロと辺りを見回して、この段階で最も会いたくない
「ちょっと、聞いてるのっ!」
無視したと思われたのか、ムキになったラピスが食ってかかってくる。
「あぁ、ごめんごめん。たすかったたすかった。
それじゃあ、じゃあな」
危ないは危ないが、この段階のラピスは宝弓も持っておらず、初期ステ自体も大したことないので……俺は、適当に返事をする。
それが勘に触ったのか、立ち去ろうとする俺の腕を彼女は掴んだ。
「待ちなさいよ」
どっちやねーん!! 早く帰った方が良いのか、このままココに居た方が良いのか、どっちやねーん!!
「君、わたしが、誰かわかってるの」
「痴女っぽい格好したエルフ」
「ち、ちがっ! コレは、正装でっ!! ど、どこ、視てるの!?」
「胸、太もも、胸、太もも」
「ふつーに答えるな!! 二度見するな!! 悪びれろ!!」
スカート丈を必死に伸ばしながら、顔を赤らめた彼女が睨みつけてくる。
元々、喧嘩っ早いキャラである。
今更ながら、対応の仕方を間違えたなと思いつつ、俺の腕を離さない彼女に目線を向ける。
「…………」
正直、俺は、主人公と一緒にいるラピスが好きであって、ラピス単体が好きかと言われると……うーん……やっぱり、この子の魅力は、気を許した主人公と軽口を叩いてる時だと思うんだよなぁ。
百合ってのは、ふたり並ぶことで完成するわけであって……単体で、お供えされても困るというか。
「な、なに視てるの……言っとくけど、わたし、スコア3万点だから」
そんなに豊かでもない胸を張って、彼女は
「君と3万点差、わかる?」
「えっ!? それって、つまり!?」
俺は、驚きの表情を作り、ラピスは期待に顔を輝かせる。
「3万点差って……ことか……!?」
無言で、ラピスは、背負っていた弓を下ろした。
「運が良いね」
ぴきぴきと、青筋を立てながら、ラピスはささやく。
「せっかくだから……戦闘の稽古、つけてあげる……構えなさい……」
おっ、稽古と名ばかりの
彼女のルートで、稽古の最中に事故死したヒイロが、何人いたことか……死んでいったヒイロたちに
「喜んで受けるが、条件がある」
まぁ、コレで、無意識に煽った
「俺が勝ったら、あんたの持ってる
こんな低階層で、ちまちま、低レアリティの
「なに、勝てるとでも思ってるの」
鼻で笑って、彼女は頷く。
「勝てたら、ひとつどころか、全部あげるわよ」
「あ、そう……なら、不正がないように、お互いの
あんたは、遠距離主体だから、距離を取った方が良いか?」
俺とラピスは、互いの
頷いた彼女は、俺に
「この状態で良いよ。ハンデ」
そう言うと思ったよ。
俺は、内心、ほくそ笑む。
初期ステのラピスは、別に、近距離戦が不得意ってわけでもないしな。徐々に、遠距離特化型になっていくわけで。
だから、彼女は、近距離戦にも自信がある筈だ。こう言ってくるのはわかってた。
「じゃあ、始めるぞ」
「OK」
余裕そうに笑みを浮かべて、ラピスは弓を片手に持つ。
「メイド、合図してくれ」
事態の推移を見守っていた三条家のメイドは、こくりと頷いて片手を挙げる。
そして――振り下ろす。
「開始!!」
当然、ラピスは、距離を取る。
背負っている機械弓の弦に指を添えて、
「えっ!?」
「はい」
俺は、
「おしまい」
光剣を彼女の首筋に当てた。
ジジジジジ……揺れるように、姿形を変える光の魔剣を突きつけられ、彼女の額から汗が垂れ落ちる。
「な、なんで……そ、操作の
俺は、もう片方の手を開く。
そこには、彼女のデバイスに付けられている筈の
「えっ!?
い、いつの間に外し――さっきの、デバイス交換の時に!! でも、気づかない筈が!?」
「代わりに、余ってたゴミ
さすがに、見た目じゃわからないだろ。達人だったら、武器の重さで、違和感に気づくらしいが……3万点のお姫様には荷が重かったかな」
ラピスは、屈辱で顔を真っ赤にする。
「ひ、卑怯者……!」
「戦いに卑怯もクソもないだろ。誰が『相手の
敵対してる相手に、不用意に、唯一の武器を預ける方がバカだろ」
俺は、魔法を解除して、刀を鞘に戻す。
「約束通り、全部、もらっていくわ。
気前、良いね。ありがとう」
俺は、彼女のデバイスから、外しておいた
「い、一個だけにしておこーっと」
さ、さすがに、ヒロインを泣かせるのは……解釈違いです……。
と言うか、調子にノッて、負かせちゃったけど、今更ながらに不安になってきた。恨みつらみを抱かれて、最悪、将来的に殺されるんじゃないだろうか。
ヒロインとの仲を育むよりも、戦力強化に注力したのはミスでは?
「お、おつかれしたぁ……」
俺は、コソコソと、その場から立ち去ろうとして――服裾を掴まれる。
「…………ぃ」
「はい?」
「もっかい!!」
真っ赤な目で、ラピスは叫ぶ。
「もっかい、しょうぶ!!」
「えぇ……」
その後、俺は適当に敗けて「本気出せ!!」と喚く姫君を置き去りに、ダンジョンから外へと逃げ出していった。