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あれ、コレ、詰んでね……?

 俺は、現界トーキョーに押し出される。


 次元扉ディメンジョンゲートの向こう側で、シルフィエルはひざまずいてこうべを垂れた。


「では、また、いずれ。

 現界なら、そうそう奴らも仕掛けてはこないと思いますが……御用がある際は、何時いつでもお呼びください」


 いや、もう、呼ぶことはないです。


 次元扉ディメンジョンゲートが閉じて、人気のない裏路地で俺は安堵の息をいた。


 しかし、なにが起きてるんだ。


 大通りに出て、駅前を歩きながら、俺は思考を巡らせる。


 なぜ、俺が生きている。


 間違いなく、俺は、爆発に巻き込まれて死んだ。避けようがなかった。死の瞬間、巡った走馬灯は、俺が『神』とランク付けした百合作品たちだった。


 疑いようもなく、アレは、ひとりの百合好きの死だったのだ。


 俺は、自動ドアを抜けて書店に入る。


 それに、俺の魔力量がけた違いに増えていたことも気になる。吹き飛んだ筈の左腕も、元通りに生えてるのもわけわからんし。


 なにが原因で、俺は生き返り、教主様と呼ばれ、魔力量が増えることになったのか。


 書店から出た俺は、駅前のベンチに座り込む。


 グズグズしている暇はない。一刻も早く、その原因を突き止めなければ。


 焦燥感を覚えながら、俺は、購入してきた『た○えとどかぬ糸だとしても(4)』のページをめくり続ける。


 クソッ……俺の身体は、どうなっちまったんだよ……!!


 早くこの原因を調べなければと、俺は焦りを覚えながら書店に戻って『た○えとどかぬ糸だとしても(5)』を買ってくる。


 ちくしょう……俺の身体よりも、この続きの方が気になる……!!


 ベンチで読み終えた俺は、焦燥しょうそうに駆られながら、書店にダッシュして6巻と7巻を購入してきた。


 1時間後。


 俺は、ニコニコとしながら頷いた。


 百合は、いずれ癌にもくようになる^^


 連戦で疲れ果てた身体が、百合を欲していたのか……完全にえた俺は、冷静さを取り戻していた。


 しかし、この世界の本屋は最高だな。ほとんどの漫画や小説は、主人公もヒロインも女性で、百合の供給過多だ。『犬も歩けば百合に当たる』状態で、この世界は、こんなにも美しかったのかと感動した。


 百合の美しさを再確認した代償として、俺は電車賃を失ってしまっていた。


 ずっと、ベッドで眠りっぱなしで身体もなまっていたし、学園まで軽く走っていけばいいか。


 引き金(トリガー)を引いた俺は、走り出し――


「え?」


 凄まじい勢いで景色が流れ去って、驚愕で止まる。


 振り向いて。


 俺が走った跡をかえりみて、数秒間、呆然と立ち尽くす。


 おいおい、嘘だろ……魔力なんて、まともにめてないぞ……コレ、制御出来てないんじゃないのか……? 下手すれば、現在いまので人をいて殺してたぞ……百合を求める熱意が燃料に変わり、百合暴走特急と化してしまったのか俺は……?


 走るのは危険だと判断して、俺は、学園まで歩いていくことにする。


 その道中で、偶然、スノウとすれ違った。


「よう、スノウ。

 買い物? 今日の晩御飯、俺の分もある?」

「違いますよ、行方不明になった貴方の捜索に決まってるでしょ。晩御飯のことなんて、この二週間、まともに考えられてませんから。寝不足でお肌のコンディションは最悪、あのバカ主人、今頃、どこをほっつき歩いてるんだか」


 その言葉通り、スノウの目の下にはくまが出来ていた。


「まぁ、あの人が死ぬわけがありませんが……」


 腫れ上がった両目を擦って、彼女は鼻声でささやく。


「え? あれ、二週間もってた?

 ほとんど寝てたせいか、そんなに時間が流れてるとは思わなかったわ」

「はぁ、なにをそんなに脳天気な。

 まぁ、そういうわけで、私は忙しいので夕飯は自分で作ってください。さよなら」

「ん? もう、俺、見つかったんだから良いんじゃないの?

 まぁ、いいや、おつかれ。また、後でな」


 俺は、スノウと別れて――背後から、ドロップキックをらう。


「とても痛い!!(感想)」


 ずさぁっと、俺は、景気よく地面を滑る。


 あれよあれよと、ひっくり返されて、スノウは俺の腹の上に馬乗りになった。両目を見開いた彼女は、俺の胸ぐらを掴んで引っ張る。


「生きてるなら、連絡くらいよこせっ!! ふざけんなふざけんな!! 死ね、死ね、死ねッ!!」

「すいませんすいません、勘弁かんべんしてください!! 痛い痛い!! そんなに、心配してるとは思わなかったんです!! 死にかけてて、連絡出来なかったので!! グーはやめてください!! 顔が変形してしまいます!! お慈悲を!!」


 ぽこぽこ、殴られて。


 彼女は、嗚咽おえつを上げながら俺の胸に突っ伏した。


「ふざけんなぁ……しね……しねぇ……!!」

「いや、本当は、死んでる筈なんだけどね……すいません、死に損ないまして……申し訳ない……」

「ふざけんな!! 死ぬなっ!! でも、死ね!!

 死ぬな(ドンッ)死ね(カッ)死ね(カッ)死ぬな(ドンッ)!!」


 理不尽の極みで、フルコンボだドン!!


 数十分後。


 ようやく、スノウは落ち着きを取り戻し、俺たちは並んで公園のベンチに腰掛ける。


「…………」

「あの……服のすそ、離してもらっていいですか……久々に、ドクター○ッパー飲みたくて……自販機に買いに行きたいんです……」

「……離したら、またどこかに行くでしょ」

「行かない行かない。久しぶりのドクター○ッパーで、身体が耐えられずに即死しなければ、問題なく戻ってくるから」

「飲むな、そんなもん!!」

「えっ……正論、やめて……?」


 ずびずび、鼻をすすりながら、スノウは俺の服裾ふくすそを掴んで離してくれなかった。


 仕方なく、従者同伴で自販機に向かう。


「スノウ、なに飲む?」

「……お茶」

「OK(ドクター○ッパー、連打)」

「いや、私、お茶って言いましたよね?」


 受け取り口に出てきたドクター○ッパーを視て、俺は狼狽うろたえる。


「ば、バカな、俺の身体はどうしちまったんだ……他人にドクター○ッパーを押し付けるような人間である筈がないのに……怪我が原因か……?」

「はぁ、なら、それはご主人さまの分で。

 次こそ、お茶、押してください」

「OK(ドクター○ッパー、連打)」

「ぶっ殺しますよ?」


 よくよく考えてみれば、俺はスコア0なので、ドクター○ッパーしか買うことが出来なかった。


 なので、コレは俺の責任ではなく、政府による圧政の一端と言えよう。


 まぁ、一口飲めば、スノウもドクター○ッパーしか飲めない身体になるだろうし……なにも問題ないかな^^


 俺たちは、飲み物片手に並んで座る。


「それで?」

「うん?」

「レクリエーション合宿で、なにがあったんですか?」


 隠すわけにもいかないだろう。


 俺が道連れ覚悟で爆死を選んだことは伏せて、俺は、スノウに現在いまに至るまでの経緯けいいを話した。缶を両手で包んだ彼女は、何時いつになく神妙な顔つきで、頷いてから口を開く。


「また、新しい女が増えたんですか……」

「嘘でしょ? 俺の命()けの戦いは、その一言に収束されちゃうの?」

「冗談です。

 まずは、今後の方針を立てる必要がありますね。正直、こんなにあっさりと帰ってくるとは思わなかったので、頭の中がスクランブル状態ですが……なるべく、レイ様たちには、ショックを与えないような形で再会しましょう」

「え? なんで? 普通に『帰ってきたよ~』で良いんじゃないの?」


 スノウは、深い溜め息をく。


「御主人様は、いつも、見通しが甘すぎます。砂糖、吐きますよ。歯、溶け落ちちゃいますよ。女子たちが群がるわけですよ」

「だって、そんな、遊び人の男が二週間消えただけだろ? 女のところで、遊びほうけてるとか思って終わりじゃないの?」

「もしかして、客観視の機能がそなわってらっしゃらない……?」


 スノウは、言い聞かせるように説明を始める。


 どうやら、レイは、俺が消えた原因は三条家にあると考えたらしい。


 氷の仮面をかぶった彼女は、正統後継者としての地位をフル活用して、否定する三条家の面々を追い詰めていき、分家の連中は恐怖で夜も眠れない始末しまつとのことだ。なんか、可哀想だね(他人事)。


「もう、アレは、ヤクザ同士の抗争ですよ。

 この二週間、私は、目も口も笑ってないレイ様の横で、人間の醜さと薄汚さ、そして権力の恐ろしさをの当たりにしてきました。完全にレイ様は暴走してます。早く止めないと、三条家は根幹から崩れますよ」


 予想外の事態に凍りついた俺は、続いて、耳を疑うような話を聞かされる。


「それに、ラピス様は、神殿光都アルフヘイムに帰られました」

「は? なんで?」

「ヒイロ様が行方不明になったからに決まってるでしょ。

 日本にいれば、ヒイロ様のことを思い出すから、もう神殿光都アルフヘイムから出たりしないと言っていました」


 あれ……俺がいない間に、月檻と進展してるかなとか思ってたけど……想像以上に、やばい事態になってない……?


 ゆっくりと、冷や汗が、俺の額を垂れ落ちてゆく。


「で? 師匠アステミルと月檻は?」

「ふたりでタッグを組んで、魔神教の日本支部を片っ端からおそってます。アレは、最早、逆恨みの八つ当たりで視てられません」


 あ、アカン……気軽に死んだら、想像以上にやばいことになってる……し、シナリオがメタメタにぶっ壊されて原型がない……は、早く修正しなければ、百合どころじゃなくなる……なんで、たかがヒイロが、そこまで重要な地位をめてるんだ……どう考えてもおかしいだろ、現在いまからでも死ねや……!


「す、スノウさん、ご相談が」

「無理ですよ。

 貴方が生存している証拠を彼女たちに突きつけて、それから失踪するつもりでしょう? 私は御主人様に付いていくつもりなので、別にソレはソレで構いませんが、彼女たちだってこの世の果てまで探しに来ますよ」


 僕はね、百合の味方になりたかったんだ(辞世の句)。


 絶望した俺は、無言で立ち上がる。


「どこへ?」

「と、トイレ……」


 俺は、スノウから離れて、公園の噴水に腰掛ける。


「…………」


 たすけて(四文字懇願(こんがん))。


 ど、どうすれば良い……レイたちに俺が生きていることを普通に伝えれば……本当に取り返しがつかなくなる気がする……謎の好感度UPが起こるような気が……俺の自殺や失踪が、シナリオの流れをめちゃくちゃにする可能性があるとすれば、気軽にその選択肢を選ぶわけにもいかなくなった……。


 逃げられない。


 かと言って、正面から立ち向かうわけにもいかない。


 コレは、もう、詰ん――


「お困りのようだね、三条燈色くん」


 勢いよく、顔を上げる。


 ベージュ色のトレンチコートが、風で揺れて。


 煙草たばこから漂う紫煙しえんの向こう側で、翠玉色の目玉が輝いていた。


「僕ならば、この窮地きゅうちから君を救えるが」


 俺が殺したはずの魔人――アルスハリヤは、わらった。


「どうす――」

「死ね(投擲とうてき)」

「だろうね(直撃)」


 九鬼正宗を額に受けて、アルスハリヤは後ろに倒れた。

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