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お嬢は止まんねぇからよ

 俺は、下投げで、導体コンソール投擲とうてきする。


「うっ!?」


 ソレは敵の手首に当たって、勢いよく弾けた。


 飛来してきた導体コンソールにビビって仰け反った眷属けんぞくAは、お嬢から手を離して後ろに下がる。


 俺は、お嬢を抱きとめ、回転しながら足刀そくとうを放つ。


 綺麗に、鳩尾みぞおちに入った。


「おごっ!?」


 うずくまった眷属Aの頭上で、放り投げた九鬼正宗を受け止める。


 と同時に、背後からの剣戟けんげきを受け止めた。


「おいおい、団体さんかよ……お客様方、乗船許可はお取りですか?」


 ぞろぞろと、いてくる眷属たち。


 A、B、C、D、E、F、G……両目を動かして、数を数えた俺は、今にも気を失いそうなお嬢を片手で抱える。


「こ、この……っ!!」


 両手に幾ら力をめても、足腰入れないと無駄だっつうの。


 刃と刃が、拮抗きっこうを続ける。


 一生懸命、俺を捻じ伏せようとする眷属Bは、顔を真っ赤にして力を入れ続けていた。


 さて、どうするかな。


 同年代の少女で構成された眷属たちは、量産品の両手剣クレイモア……魔導触媒器マジックデバイスを持ち、身体強化の引き金(トリガー)は既に引いているのか、その長物ながものを軽々と構えていた。


「…………」


 眷属Aは、ほぼ無力化した。眷属Bも、大した実力じゃない。


 原作ゲームの知識で言えば、今回の襲撃イベントに加わっている眷属は、最下位クラスの『黒猫』の筈だ(眷属はファミリアとも呼ばれ、魔人が使役しえきする魔物、精霊、動物の名称でランク分けされている)。


 であれば、大した相手でもない……とは言っても、お嬢に指一本も触れさせないとなると、数も数だしまともに相手をしたくないな。


 洒落しゃれたカフェのド真ん中。


 椅子とテーブルの間で、睨み合って、力を比べ合いながら俺は考える。


 めんどいし、逃げよっかな。


「よっと」


 急に力を抜いて、眷属Bの両手剣クレイモアを受け流す。


「えっ……ちょ、ちょ……ちょっ……!」


 前方向に流れた力をそのままに、つんのめった彼女の背中を押しながら足をかける。


 すっ転んだのを確認してから、うやうやしくもお嬢を抱き上げた。


「失礼しますよ、お嬢様」

「ひゃっ!」


 お嬢を両手で抱き上げたまま――両足に魔力線を走らせ――ドッ!!!!


 床材とこざいを弾き飛ばしながら、俺は一気に駆け出した。


「に、逃げたわよ!! 追いなさい!!」


 眷属たちは、慌てて、俺たちを追いかけ始める。


「スライディングスライディング!! ジャンプジャンプ!!」

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 凄まじいスピードで、テーブルの上を滑ったり飛び越えたり。


 周囲の景色が線となって消え去り、ジグザグに駆けているうちに、プール・ジャグジーが視えてくる。


「お嬢って水陸両用!?」

「はぁ!?

 な、なに言ってま――ガボボボボボボボボボボ!!!!」


 返事を待たずに、俺は、プール・ジャグジーへと飛び込む。


 大量の泡が視界を埋め尽くし、温水が全身を包み込む。


 俺はお嬢を水中に引きずり込みながら、数十秒間、水面を睨みながら頃合いを見計らって――


「ぶはぁ!!」


 顔を上げる。


 まさか、プール・ジャグジーに飛び込むとは思わなかったのか。


 眷属たちの姿は消えており、別方向から足音が聞こえてきて遠ざかっていった。


「お嬢、大丈夫か。危なかったな。

 どうにか、上手くけたみた――」

「…………」

「し、死んでる……」


 慌てて、お嬢を引っ張り上げて、俺は彼女の胸元を両手で押した。


 ぴゅーっと、漫画みたいに口から水を吐いて、お嬢はガバっと起き上がる。


「あ、貴方、わたくしを殺すつもり!? わ、わたくし、今までの人生で1秒以上、水面に顔をつけたことないのよ!?」

「ご、ごめん……幼稚園児だって、3秒くらいは顔つけられると思うよ……(無意識の煽り)」

「そもそも、水中に隠れるなら隠れると言いなさ――」


 バッと。


 赤面したお嬢は、両手で胸元を隠した。


「どうしたの? 急に自分を抱き締めたくなった?」

「な、なんでもありませんわよ……お、おだまりなさい……!!」


 俺は、お嬢の透けたシャツを視て察し、上着を脱いで彼女にかける。


「あっ……」


 彼女は、そっと、こちらを見上げて……勢いよく、そっぽを向いた。


「ふ、ふんっ! す、少しは、気がくようですわね。

 あの御方の優しさと比べれば、天と地、マージライン家とその他くらいの開きはありますが」

「そいつは、ありがたきしあわせ。

 雑談はコレくらいにして、移動しようぜ。アイツら、戻ってきたら面倒くさいし。俺もお嬢をどっかに隠して、月檻たちを見守らないといけないし」


 俺は歩き出し、お嬢はトコトコと付いてくる。


 急にジャグジーに入る羽目になったせいか。自慢の縦ロールを維持できなくなったお嬢は、金髪美少女に様変わりしていた。


 金髪縦ロールに出来るくらいだから、元々、髪は長かったのだろう。


 こうして、髪を下ろした彼女の長髪は、腰の辺りにまで伸びていた。俺の上着を胸の前にかき集め、ゆっくりと歩く彼女は別人のようだ。


「な、なんですの……急にジロジロと……前を向いてお歩きなさい……不躾ぶしつけですわよ……」

「いや、こうして視ると、普通に美人だなと思って」

「はぁ!?」


 顔を真っ赤にして、お嬢は叫ぶ。


「お、男なんかに言われても嬉しくありませんことよ!! わ、わたくし、社交界で『美しい』なんて、秒単位で言われておりますから!!

 そ、それに、わたくしには心に誓った相手が――もがあっ!」


 お嬢の口を塞いで、俺は、彼女に「しーっ」とささやいた。


 人差し指で、曲がり角の先をす。


 三人組の眷属が、しばられている鳳嬢生を取り囲んでおり、彼女らに両手剣クレイモアの刃先を突き付けていた。


「なんですの?(ひょっこり)」

「ひょっこりしちゃらめぇ!!」


 思い切り、曲がり角の先に飛び出したお嬢を捕まえて引きずり戻す。


「ん?」


 すれ違いで、眷属がこちらを振り返る。


 両手両足で羽交い締めにしたお嬢は「もがもが」言いながら、俺の上でもがいており、小さな声でしゃべるように言いつけてから手を離す。


「れ、レディーの身体に、ベタベタ触るものじゃなくってよ……!!」

「すいませんすいません、でも、ひょっこりはやめてください。ステルスミッション中なんです、俺たち」

「わ、わかってますわ……ちょ、ちょっとした冗談に決まってるでしょう……!!」


 身体半分はみ出た状態で、お嬢は曲がり角の奥をのぞき込む。


「…………」


 目を細めて敵をとらえていたお嬢は、勢いよく戻ってくる。


「オーホッホッホッ!(控えめ)

 コレが、『いついかなる時も優雅たれ』をかかげるマージライン家の実力ですわぁ!!(かすれ声)」


 パーフェクトだ、お嬢(感涙)。


「で、どうしますの?

 淑女の義務として、あの御方たちをお救いしなければなりませんわ」

「ココは、貴女の忠実なる下僕しもべたる俺にお任せください。

 まだ、貴女が出るような場面ではありませんからね」

「それもそうですわね……わたくし、幼い頃から『真打ち』、『秘密兵器』、『奥の手』、『2アウト満塁でしか打席に立たないピンチヒッター』と呼ばれ続けて、お母様からは、前に出過ぎないようにと厳命されていたくらいですから」


 さすが、ママは、完全にお嬢の扱いを理解してるわ。


「ですが、たまには、腕を振るわなければびつきますわね……ココは、ふたりでTeam(とても良い発音)を組んで、一気に打倒することにいたしましょう」

「ま、マジすか……お嬢、導体コンソール、なに持ってるの……?」

「たくさんありますわよ。

 ほら、コレとか。綺麗でしょう?」


 お嬢、それ、ビー玉や(にっこり)。


「じゃあ、あの、俺が前に出るから……上手い具合に援護を……くれぐれも……! くれぐれも、前に出過ぎないようにお願いしてもよろしいでしょ――」


 お嬢は、勢いよく、廊下に飛び出す。


「わたくしの名は、オフィーリア・フォン・マージライン!!(バーン!!)

 ひれ伏しなさい、巨悪ども!!(ドバーン!!) 天と地が許しても、このわたくしが、貴女たちを許しませんことよっ!!(ドババーンッ!!)」


 た、たまらねぇ(ビクンビクン)。


 三人の眷属たちは、両手剣クレイモアを引っさげて一気に突撃してきて――自信満々で、お嬢は、首飾りを構える。


「喰らいなさい!! ワルモノ!!」


 導体コンソール、接続――『属性:光』。


 ぴかっ。


 お嬢の首飾りが、ちょっと発光して収まる。


「あら?」

「ふんぬらばぁ!!」


 俺は、お嬢に斬りかかった三人分の剣撃を全て受け止める。


「そう言えば、今日は、朝から調子が悪かったですわ……電池切れかしら……」

「うぎぃ……いひぃ……!!(泣きかけ)」


 俺は、お嬢の首に両手を回している形で、三本の剣を受け止めて――両腕に一気に魔力を溜め込み――放つ。


「「「きゃあっ!!」」」


 三人は、後ろに倒れて、俺はお嬢の肩を掴んでくるりと背後に回す。


「…………」

「頭を撫でないでくださる? 礼儀をお知りなさい?」


 俺は、九鬼正宗を一振りし――引き金(トリガー)――光剣ルークスを生み出し、下段に構える。


「さて、お仕置きの時間だ。用意はいいか。うちのお嬢が悪を許さないって言うからな、ならば、俺はそれに従うまでよ」

「さ、三条燈色……月檻桜と並ぶ要注意人物……!」

「慌てないで! こっちには人質がいるのよ!!」

「動くな!!

 人質がどうなっても良――」


 ひゅっ。


 呼吸を吐いて、身を沈め、一気に接敵した俺は彼女らの両手剣クレイモアを巻取り――三本、同時に、天井に突き刺さった。


「え……は……?」

「あ、あれ? 剣は?」

「は、はや……はやすぎる……でしょ……」

「よくおぼえとけ」


 俺は、正面の眷属に剣先を突き付けて口端を曲げる。


「お前らを倒した敵の名前をな。

 その名は――」

「オフィーリア・フォン・マージライン!!」


 勝てねぇ(勝負放棄)。


 俺は、人質の少女たちを解放し、代わりに眷属たちを拘束する。


 首飾りをピカピカしながら、眷属たちに勝利宣言をかますお嬢を尻目に、俺は少女たちに船外へ出るようにうながした。


「備え付けのボートがある。自動運転付きだし、スタッフの人たちも避難誘導してる筈だからその指示に従えば良い。

 ところで、この中で、一緒に命の危機に陥ったことで恋に落ちた子いる? 後で景品を贈るから、名乗り出てね」


 俺は、彼女らに安全なルートを教えて送り出す。


「お嬢も一緒に行きな。隠れてるよりかは、もう、この船から下りた方が良いわ。この後、修羅場かもしれんし」

「貴方は、どうしますの?」

「え? 心配してくれるの?」


 両腕を組んだお嬢は、ぷいっと顔をそむける。


「ふんっ、誰が男の心配なんか。

 勘違いしないでくださる? 人命救助を捨て置いて、自分だけ逃げ出すなんてこと、勇敢なるマージライン家に出来ることじゃありませんわ」

「はいはい、お嬢お嬢。

 俺は、大丈夫だから、この子たちと一緒に――」


 ぞくっ。


 凄まじい魔力の奔流ほんりゅう、背筋が凍りつき、俺は勢いよく天井を見上げる。


 おいおい……なにが来やがった……なんだ、この魔力量……眷属どもとはけたが違うぞ……とんでもねぇ……程度がわからない……俺より上だということしか……だからこそ、逆に危機感が湧いてこない……。


「な、なんですの」


 お嬢は、震えながら、俺の服のすそを掴む。


「なんですの……コレ……」

「お嬢、直ぐに船を下りろ。良いな。直ぐにだ」


 俺は、冷や汗を流しながら口端を歪める。


 月檻でも……コレは、無理だ……たぶん、高位の魔法士レベル……俺は……勝てるか……いや、行くしかない……たぶん、月檻は下でボス戦の真っ最中だ……現在いま、コイツと戦えるのは……俺以外にいない……やるしかない……。


「全員、直ぐに船を下りろ!!

 あんた、この子を頼む!! この子たち……眷属たちも連れてってくれ!! なるべく、速く、この船から離れろ!! 良いな!?」

「あっ、ちょっと!?」


 俺は、ひとりの女の子にお嬢を任せて――一気に、船上へと上がっていった。

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