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知らなかったのか……? 水着イベントからは逃げられない……!!

 女の子たちの歓声が聞こえてくる。


 白い肌が水を弾き、黄色い声が響き渡り、肌色の女の子がはしゃぎ回る。


 プールに集った彼女たちから、水しぶきが飛んでくる。楽しそうに押し合いへし合い、柔らかな身体を押し付け合っている。


「きゃっ!」

「もー、やったなー!!」


 たまに、肩同士が触れ合って、意識していなかった友人を意識していたりする。


「あ、ご、ごめん……」

「う、ううん……こっちこそ……ごめん……」


 あぁ、百合神よ、白き花園(エデン)はココにあったのですね。


 このような素晴らしき天上の光景を垣間かいま見ることが出来て、貴方の敬虔けいけんな信徒であったことに感謝いたします。


「…………」


 俺が、その坩堝るつぼの中心にいなければなァ!!(豹変ひょうへん)


 肌、肌、肌!!


 俺は、大量の肌色に包まれている。ほのかなあかりの下、光輝くプールの中心で立ち尽くしていた。


 ただいま、我が豪華客船クイーン・ウォッチは、無事に次元扉ディメンジョン・ゲートを抜けて異界に入った。


 異界――星晶洞スターマイン


 全長、約600kmにも及ぶその洞窟は、『ラノヴァ海』と呼ばれる異界の海に半分()かっている海蝕洞かいしょくどうだ。


 洞窟の入り口や天井の穴から差し込む太陽光によって、洞窟内の海水は真っ青に染まっている。


 壁や天井に所狭ところせましと並ぶ『星晶』と呼ばれる結晶は、光を帯びて七色に輝いていた。定期的に腐食で砕ける星晶の破片は、魔力と反応して、輝きながら空気中に舞い散っている。


 薄暗い洞窟内。


 星晶片が降り注ぎ、水面が照らされる度に、ロマンティックな光景を見せてくれる。


 船上のプールも、星晶の破片でライトアップされていた。


 その様相ようそうは、豪華なナイトプールという感じで……この機を逃すまいと、大量のお嬢様たちが押し寄せていた。


 当然、名誉百合民たる俺は『こうしちゃいられねぇ!!』と、ダイナミックにプールから脱出しようとしたが、人波に押し流されて今に至る(ヒイロくん惨敗シリーズ)。


「…………」


 緋墨ひずみを医務室に送り届けて『俺は、彼女を護りたい!! プールから逃れたい!!』と、正義のいしずえを立てようとしたところまでは良かった。


 でも、先生から『意味がわからない。警備スタッフがいるのでりません。ギプスはもう外していいから遊んできなさい』とさとされ、号泣しながらエア札束で訴えても、無視されたのでどうしようもなかった。


「…………」


 誰が持ち込んだんだろうか。


 どでかいスピーカーから、甘いラブソングが垂れ流され、世はまさに大合コン時代!! みたいなノリである。


 Aさんたちスタッフは、銀盆にせたトロピカルジュースを配り歩き、俺は女体の柔らかさに包まれている。


「…………」

「ごめんね、ヒイロくん」


 白色のビキニを着込み、透けているパレオを腰に巻いた月檻は、俺の胸元にぴったりと密着していた。


「狭くて、動けないや」


 ニコニコとしながら、楽しそうに、彼女は俺の胸に耳を当てる。


「ヒイロくんの心臓、元気だね」

「…………」

「お兄様、申し訳ありません」


 黒色のビキニ姿のレイが、俺の左腕に抱き着いたままニコニコとする。


「一歩も動けません」


 上から下まで、俺と融合(Hな意味ではない)したいのかと思うくらいにくっついてきており、このままいくと三条家の融合モンスターがフィールドに出てきてしまいそうだった(Hな意味ではない)。


「…………」


 さっきから、無言で、顔を伏せているラピスは俺の背に張り付いていた。


 誰かに押されるたびに、頑張って踏みとどまろうとしているのだろうが、プールの床で滑って踏ん張れていないらしい。


 彼女が着ている水着の胸元のひらひらが、俺の背に当たったり離れたり。


 その度に、ラピスは恥ずかしそうに「ごめ……ごめん……」とささやいていた。


「…………」


 俺は、死んだ目で、上空を仰いだ。


 仰げば尊し……なんて言うが、仰いでも絶望しかない……俺は、どこを仰げば、尊さに辿り着けるんだろうか……本来、ココに立っているのは月檻の筈で……て言うか、もう、俺の中の男の子が暴走しちゃいそうだよ……。


 三人の柔らかさを味わいながら、俺は、つーっと眼尻まなじりから涙を流した。


 たすけて……たすけて……(懇願こんがん)。


 泣きながら、救いを求める俺の前に、すーっと浮き輪が流れてくる。


「あら」


 ド派手な水着を着た噛ませお嬢(オフィーリア)は、高そうなサングラスをかけ、トロピカルジュースを吸いながら、優雅に浮き輪へと全身を預けていた。


「月檻桜とその取り巻き……おまけの奴隷。

 こんなところで、なにをしてらっしゃ――」

「お嬢、連れてってくれ!!」

「えっ」


 俺は、泣きながら、お嬢に手を伸ばす。


「俺もその船に乗せてってくれぇ!! 頼む!! 俺は!! 俺は、その未来さきに行かないといけないんだ!! ココで!! ココで、『おしまい』なんて言えないんだよっ!! だから!! だからっ!!」


 俺は、涙ながらに叫ぶ。


「俺を仲間に入れてくれ゛ェ!!」

「嫌ですわ(無慈悲)」


 へへっ……お嬢にはかなわねぇな(鼻の下をこする)。


 気を取り直して、お嬢は、ストローの先で月檻をした。


「月檻桜!! 貴女、こんな衆目しゅうもくを集める場所で、男ごときとイチャつくなんてどういうつもりかしらぁ? まさに目に毒、信じ難い愚行、親の顔を視てやりたいってヤツですわぁ~!

 所詮しょせん、貴女のような庶民では、男くらいしか相手にしてくれない……と言ったところでしょうねぇ……?」


 ぱちゃぱちゃと、一生懸命、バタ足をして。


 くるくる回りながら、月檻と視界を合わせようとするお嬢は、ハァハァ言いながらストローを振り回す。


「まぁ……ハァハァ……わ、わたくしレベルになるとぉ? ま、毎日のように……ハァハァ……? ハァ……美しい女性からの縁談が……ハァハァ……山になって届――」

「ヒイロくんの胸筋すご~い」

「む、ムキーッ!! ちゃんと、人の話を聞きなさーい!!」


 ムキーッって言った!!(あぁ、ムキーッって言ったな!)


 ぜいぜい言いながら、くるくると回るお嬢は、全方向に向けて叫ぶ。


「貴女に決闘を申し込みますわー!!」

「え、私?」


 見ず知らずの女の子が振り向き。


「え、なに、わたしに言った?」


 また、知らない女の子が振り向いて。


「あれ、あたし? あたしと決闘? どういうこと?」


 たったの一言で、四面楚歌しめんそかに陥ったお嬢は、周りをキョロキョロしながら「うぐぅ……」とうめいた。


「つ、月檻、桜ぁ……!!」


 く、来るか……?(ゴクリ)


「お、おぼえておきなさいー!!」


 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!(お嬢ファン総立ち)


 両手と両足で、必死にぱちゃぱちゃしながら、顔を真っ赤にしたお嬢は颯爽さっそうと去っていた。


 やはり、プロの噛ませ役は違うな……彼女には、安定感がある……素晴らしい逸材だよ……主人公が相手をしていないにも関わらず敗北宣言をして逃げる……俺にはとても出来ない……いや、誰にも……コレは、お嬢にしか出来ないんだよ……(熱い語り)。


 と、お嬢に癒やされてる場合じゃない。


 いい加減、この状況をどうにかしなければ……緋墨ひずみの様子を見に行きたいとか言って、適当に脱出すれば良いか……。


「れ、レイ?」

「はい?」


 俺の腕に抱き着いて、甘えるように顔をスリスリしていた三条家のお嬢様は、ぱちくりとまばたきをする。


――」

「嫌です」


 スピードアタッカーか、コイツ……?


緋墨ひずみさんのところに行くなら、当然、私も一緒に行きます。お兄様の怪我も治りかけですし、おひとりでは心配ですから」


 未来予知能力者か、コイツ……?


「じゃ、じゃあ、ふたりで行こっか? ね? それで良い、ね? だから、一回、腕から手を離して、月檻に抱き着いてくれる?(姑息こそくな誘導)」

「桜さんよりもお兄様に甘えたいです。や、です」


 『や』じゃないよ、お前、可愛いなクソが……って、桜さん……?


 俺は、バッと、自分の口を手で覆う。


 え……も、もしかして、キテる……? ふ、ふたりは、もう付き合ってる……? は、恥ずかしくて、俺を間に挟むことでしかやり取り出来ない系……?


 震えながら、俺は、その可能性に辿り着く。


 そ、そう言えば、緋墨ひずみとバーに行く前、ラピスも月檻のことを『桜』って呼んでなかったか……? え、も、もしかして、三人で付き合ってる……? か、完全にキテるよなコレ……勝ったか……?


 俺は、ニチャァと笑う。


 勝ったな(ポジティブシンキング)。


「じゃあ、俺、緋墨ひずみのところに行くわ! 皆で仲良くな!」


 俺は、三人を引き離すようにして動き出し、全身が柔らかいままでちょっと歩いて、立ち止まるとまたピタッと俺に三人がくっつく。


「な、なんで、付いてくるのかな……?(半ギレ)」

「ヒイロくんが動くから」

「お兄様が動くから」

「ヒイロが動くから」


 なら、死ねば良いんですか?(全ギレ)


 俺は、冷静に、現状からの脱出方法を考える。


 月檻たちをけむに巻くのは難しい……ココは、正論でいった方が良いな。


「コレだけ混んでるプールなんだから、四人で動いてたらいつまで経っても抜け出せないだろ? 別に付いてくるのは良いから、ひとりずつプールから出ようぜ?」

「まぁ、そう言われてみれば」

「そうですね、一度、ひとりずつ出ましょうか」

「うん、わかった」


 クククッ……バカどもがぁ……!! 俺は九鬼正宗をプールサイドに隠してきてるんだよ……出た瞬間に強化投影テネブラエを発動して、速攻でいてやるぜ……! お前らは、三人、女の子同士でイチャついてるんだなぁ……!


「よし、じゃあ、分かれ――」

「三条燈色!」


 俺は、勢いよく、顔を上げる。


 スカートタイプの水着を着た緋墨ひずみは、俺に片手を挙げて、プールへと一歩踏み入れる。


「さっき、プールって言ってたから、ココにいると思っ――」

「来るな、緋墨ひずみぃ!!」


 俺は、必死の形相で叫んだ。


「来るなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 来るな、緋墨ひずみィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

「え、なに? なんで?」


 そのまま、緋墨ひずみはプールの中に入ってきて――


「…………」


 数十秒後、俺は、四方向から美少女に挟まれていた。


「な、なんで、こんな混んでるの……ちょっと、三条燈色! もっと、そっち行ってよ! さ、さっきから、身体当たってるじゃん!!」

「…………」


 飛んで水にるクソ不条理が(故事)。


「まぁ、いいや、三条燈色、あんたに話しておきたいことがある」

「まぁ、よくねぇよ……抱き着くな……離れろ……もう、ホントに……なんで、入ってくんだよ……俺を殺しに来たのか……優秀なヒットマンですね……すごいすごい……」

「なに、わけわかんないこと言ってんの? まぁ、いいや、逆にこの場所の方が都合良いからココで話すよ?」

「もう、好きにして(諦観)」


 水音を立てながら、緋墨ひずみは俺に身を寄せる。


 彼女は、俺の耳にささやきかけて――


「……マジかよ」


 俺は、驚きで目を見開いた。

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