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ヒイロくんの勝利宣言

 武装解除した後、俺は、眷属けんぞくたちの烙印らくいんを確認する。


 見間違いようもなく、魔人アルスハリヤの烙印。


「…………」


 やはり、おかしい……あまりにも、眷属の数が多すぎる……原作通りであれば、3日目の“アレ”が起きるまで、人員不足のアルスハリヤ派が動くことはない筈だ……。


 俺は、思考を巡らせて考え込む。


 警戒するに越したことはないが……月檻の成長をうながすイベントを潰すような真似マネは避けたい……レクリエーション合宿は、このまま続けるべきだろう。


「ひ、ヒイロ?」


 おずおずと、ラピスが俺に声をかけてくる。


「コレ、だけど……さっき、テーブルに置いていったメモ」


 ラピスは、俺が左手で乱暴に『てき。ついてこい』と殴り書きしたメモを取り出した。


「ヒイロは、この女性ひとたちのこと気づいてたの? それに、右腕、もしかしてなんともないの?」

かんだ。

 ラピスとレイが同時に襲われたと聞いた時点で、眷属の数が多すぎると思った。だから、万が一のために、仕込んでおいた布石ふせきを回収しただけだ」

「もしかして、あの時?」


 月檻の言葉に、俺は頷く。


「お嬢と医務室に行った時に、あの先生にお願いしておいた。

 『今度、俺が来た時には、右腕と肋骨が折れていることにして欲しい』……情が深い女性ひとだったからな、『男はるだけでいじめられて辛い。レクリエーション合宿を抜け出したいから協力して欲しい』とか言えばイチコロだったよ」

「じゃあ、お兄様、その右腕は……」


 俺は、右腕をぶん回す。


偽装ブラフだ。折れてなんかねーよ。

 まだ船内に眷属が居るかもしれないのに、ぐっすりお休みとはいかないから、おびき出すためにフリをしただけだ」


 瞬間、ラピスは顔を真っ赤にする。


 ノリノリで『あ~ん』とかやったことを思い出し、その必要はなかったと言う事実に、今にも羞恥しゅうちで気を失いそうだった。


「じゃ、じゃあ、わたしをかばったって言うのも?」

「この仕込みのために、わざと攻撃を受けただけだよ」

「わ、私のも、ですか?」

「何度も言うが、そっちは月檻の仕業だ」

「言ってくれれば良いのに」


 ため息を吐いた月檻は、落胆した表情で俺を見つめる。


「悪いな……敵をあざむくには、まず味方からって言うだろ?」

「だからって、コイツらを追いながら、私とレイを呼び出すなんて性急すぎる。間に合わなかったら、どうするつもりだったの」

「右腕が使えるんだから、ひとりでどうにかしただろ」


 ふてくされている月檻を余所目よそめに、俺は、眷属に刃先を突きつける。


「なんで、俺のことを知ってる……?」

「な、なんのこと?」


 引き金(トリガー)


 徐々に刀身を伸ばしていき、彼女の眼球へと迫らせる。


 拘束された彼女は「ひぃい……!」と喚きながら足をバタつかせた。


「昼間に戦った眷属は、俺のことなんて知らなかった。

 アイツらが知ってたのは、襲いかかったラピスにレイ、そしてなにかと口に出してた月檻のことだけだ……見逃してやった三人は、船に乗ってなかったから、アイツらがお前らにしゃべったとも考えにくい。

 誰から、俺を殺すように命じられた。言え」

「い、言えない!! 本当に言えない!! アルスハリヤ様の烙印が刻まれている限り、あの御方に不利なことはなにも言えない!!」

「なるほど、本当に、お前らの上に指示を出してるヤツがいるのか。

 教えてくれてありがとう」


 さぁーっと、彼女の顔が青ざめる。


「お仲間は? 何人いる?」

「い、言えない!! 本当に言えない!!」

「否定しないってことは、仲間がまだ他にもいるんだな。ありがとう」


 わかりやすく、顔色が青から白に変わる。


 俺は、首を傾げて、彼女のことをのぞき込む。


「俺はなぁ……毎日毎日毎日、百合をキメてるんだよ……だから、わかる……お前らからは、百合の香りがしない……魔人に全てを捧げているせいで、そういった感情をコントロールされているせいだ……つまるところ、俺にとって、お前らの存在価値はゼロに等しい……」


 少しずつ、刀身を伸ばしていき、彼女は悲鳴を上げる。


「お前らは……百合の敵か……? それとも、これから、綺麗な百合の花を咲かせたもう同志か……? ぅん……?(生ぬるい吐息)」


 無表情で六人を見回すと、彼女らは泣き声を上げる。


 六人で抱き合って震える眷属たちは、怯えきっており、最早、まともに戦えそうにもなかった。


 年相応の少女に戻った彼女らを見回し、らしめ終わった俺はため息を吐いた。


「月檻」

「なに?」

「今日は、ラピスとレイ、三人で眠れ。

 いざと言う時には、ふたりを頼む。見張りには俺が立つ」

「先生たちには?」

「言うな。魔神教と繋がっててもおかしくない。むしろ、予想外の出来事を招きかねないから、このまま流れに任せておいた方が良い。

 いざと言う時は、俺がお前らを命()けで護るから心配するな」


 と言うか、原作通りなら、魔神教が鳳嬢魔法学園の教師として紛れ込んでるんだよなぁ……だから、この子らが、生徒に成りすまして紛れ込んでるわけだし……現在いま、それを表沙汰おもてざたにしても、誰も信じないだろうからなにもする気はしないが。


「ヒイロ、この子たちはどうするの?」

「海にポイ捨てする。

 小型ボート使わせてやるから、とっとと、その烙印外してこい。街には可愛い女の子がたくさんいるんだからエンジョイしろよ。人生を無駄にすんな」

「…………」

「月檻、レイ、ラピスも、現在いまの部屋は使うな。

 どうせ、部屋は余ってるんだから、適当な理由つけてAさんから部屋の都合をつけてもらえ。お嬢は余裕でけむに巻けるだろ」

「では、同じ班の方には、私から――」

「言うな」

「え?」


 驚くレイに、俺はささやく。


「レイもラピスも、残りひとりの班員にはなにも言うな。

 ソイツが眠り込んだのを確認してから、月檻が確保した部屋に移動して、早朝に元の部屋に戻るようにしろ」

「え……ヒイロ、なんで……?」

「8割……いや、9割、俺の考え過ぎだ……でも、危ない橋を叩いて渡る時には、幾ら念を入れても足りないくらいだからな……飽くまでも念のためだから、普通にしてろ」

「わ、わかった」

「ラピス」


 俺は、彼女に微笑みかける。


「そんなに心配するな。大丈夫だ。少なくとも、明日はなにも起こらないから楽しんで良い。

 楽しみにしてたんだろ、この合宿? なにがあろうとも、絶対に、お前らには指一本足りとも触れさせないから、三人で夜ふかしして恋バナにでも花咲かせてろ」

「う、うん……」


 ラピスたちと別れた俺は、最初から小導体ミニ・コンソールに紐付けられていた小型ボートに眷属たちを乗せる。


「じゃあな、元気でやれよ。

 自動運転で本土までセットしておいたが、なんかあったらマニュアル視ろ。最悪、電波は通じるだろうから、118にでもかけて助けてもらいな」


 戻ろうとして――ぐいっと、眷属の女の子に引っ張られる。


「……いや、なに?」


 彼女は、必死な顔で、俺をボートに引っ張り込もうとして……残りの五人に止められ、申し訳無さそうな顔で、俺の服から手を離した。


 その瞬間、現在いままでの流れが頭をよぎって――直感的に理解する。


「悪いな」


 俺は、彼女に微笑みかける。


「俺は、百合を護る者なんだ」


 彼女は、放心して動きを止め、俺へと両手を伸ばしたまま……エンジン音を響かせながら、彼方かなたへと去っていった。


「三条様?」


 小導体ミニ・コンソールによる小型ボートの発進を検知したらしく、Aさんが音もなくやってくる。


「失礼ながら、教員の方の許しもなく、またこんな時間に、小型ボートでのクルージングは認められておりません」

「いや、間違えて切り離しちゃって……どっか行っちゃったんで、代金は三条家に請求しといてください」

「……承知しました」


 こんなワガママくらいは、慣れきっているとでも言わんばかりに、彼女は手を前に組んで頭を下げる。


 俺は、その脇を颯爽さっそうと通り抜けて、人気のない場所にまで辿り着き――


「うおっしゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! おらぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 歓喜の雄叫びを上げた。


「どないもんじゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 全員の好感度、元の値まで下げてやったわぁああああああああああああああああああああああ!! コレが百合IQ180の実力じゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 喜びの涙を流しながら、俺は、海へと叫んだ。


「俺の右腕、普通に折れとるわバカどもがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 俺は、折れた肋骨ろっこつと右腕の痛みにうめく。


 だが、その激痛は、勝利に打ち震える胸にこたえることはなかった。


 計画通り(ニチャァ)。


 俺は、ニヤけながら、ギプスを右腕にめ直した。


 どこまでが嘘で、どこまでが本当か。


 まず、眷属の数が多すぎることを警戒していたのは本当だ。


 だから、ラピスとの夕食の席で、これ見よがしに計画をしゃべる眷属を視た時、罠の可能性を考えた。


 船内にまだ眷属たちが潜んでいるとすれば、多勢に無勢、月檻たちを呼び寄せたのは警戒心からだ。


 それ以外は、全部、あの場で考えついた嘘である。


 眷属たちを視た瞬間、俺の百合色の脳細胞は高速で回転した。


 百合IQ180の俺は、驚くべき脳の巡りを見せつけて、『今回の怪我は全て偽装ブラフで、コイツらをおびき寄せるため』と言う嘘を思いついた。


 お嬢がけていなければ、今回の嘘は成り立たなかっただろう。


 月檻は、俺がお嬢を医務室に連れ込んでいるのを視ていた。


 だからこそ、女医の先生に協力依頼を取り付けていたと言う嘘が通じ、相乗効果で、ラピスとレイを護るためにかばったと言う幻想も掻き消えた。


 眷属への感謝の気持ちを伝えるために、俺は、彼女たちに小型ボートをプレゼントした。


 これくらい、お安い御用である。むしろ、足りないくらいだ。代金は三条家のBBAどもが払うので、幾らでも使ってくれ。


 船の先頭に立った俺は、両手を水平に広げて、目を閉じたまま潮風を浴びる。


 勝った……。


 俺は、余韻を感じながら、折れた右腕の痛みを噛み締める。


 俺が……いや、百合が勝った……誰だ、俺の百合IQ180は嘘だろとか言ったヤツは……謝罪しろ……ひとりタイタ○ックしてる俺に……謝罪しろ……ディカ○リオみたいに、後ろから優しく抱き締めて『ごめん……』って耳元でささやけ……。


「俺の右腕は……」


 勝利宣告として、目を開けた俺は叫んだ。


「普通に折れちゃってまぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああす!!」


 満足した俺は、くるりときびすを返して――こちらを見つめている月檻、ラピス、レイと目が合った。


「…………」

「「「…………」」」

「…………」

「「「…………」」」

「…………」


 この船……現在いまから沈まねぇかな……。


「やっぱり、右腕、折れてたんだ?

 先生に確認とってみたけど、『幾ら頼まれても誤診を口にしたりはしない』ってさ」

「…………」

「ヒイロ、ご飯食べる時に、痛そうにしてたもんね。演技に視えなかったし」

「…………」

「お兄様は、お優しいから、嘘をいて私たちを安心させようとしたんですね」

「…………」

「ヒイロ、やっぱり、わたしを護ってくれてたんだ」

「私のことを想って、ラピスたちと仲良く出来るタイミングを作ってくれたんだね」

「私のことも命懸けで護って……その上で、自分の手柄を誇示しようともせず、それどころか、嘘を吐いて押し隠そうとするなんて……」

「いつも、ひとりで我慢するんだから。ばか」

「ヒイロくんらしいと言えばヒイロくんらしいかな」

「お兄様、その手だと、色々とご不便ですよね。

 それに、今夜、意識が朦朧もうろうするとのことですから、おひとりで寝られるのは心配です。見張りも無理でしょうし」


 囲まれた俺は、静かに、右腕のギプスを外した。


「折れてな~い」


 三方向から胸を押されて、俺は、無言でうずくまる。


 彼女たちは、俺を両脇から捕まえて、ゆっくりと引きずり始める。


「この世界は狂ってる……! 間違えてる……! お、俺は、百合IQ180なのにぃ……! なんでぇ……! なんでぇ……!!」


 俺は、静かに、闇の中へと連行されていった。

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