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死ぬしかない

「…………」


 決着は着いた。


 俺のチョキは、3つのグーにへし折られる。


「…………」


 そっと、俺は、チョキをパーに変える。


「「「じゃんけ~ん」」」


 当然のように無視されて、視界が歪んだ俺は、膝をついて嗚咽おえつを上げる。


 俺は……俺は……弱い……ッ!!


「あっ!」


 小さな歓喜の声が上がって、興奮で顔が赤らんだラピスが笑った。


「わたしの勝ち! やった!」


 どうやら、三人のじゃんけん勝負はラピスが勝ちを収めたらしい。


 ちらっと、こちらを視たラピスと目が合うと、彼女はちっちゃくピースサインを作って笑いかけてくる。


「…………」


 まぁ、まだマシか。


 最悪はレイ、次点で月檻……ラピスには、スノウが偽婚約者であることをバラしているが、俺が女性とお付き合い出来ないことを知っている。


 俺に恋心を抱きると忠告を受けたレイや、なにをしてくるかわからない月檻よりかは信頼が置ける。


 三条家・別邸で一緒に暮らしていたような仲だし、今更、一晩共に過ごしたところで問題はないだろう。


 異様に悔しがっているレイは、哀しそうな顔をして去っていく。月檻はため息を吐いてから、とっとと、部屋に戻っていった。


「ラピス、あんまり、気をつかうなよ。大抵のことは自分で出来る」

「あんまり遠慮しないで。ヒイロとわたしの仲じゃない。必要なことは言ってくれれば、なんでもするから」


 俺は、ホッと、安堵の息をいた。


 なんだ、案外、普通だな。俺の意識のし過ぎか。


 俺のスーパーファインプレイミスで、ラピスのことを命()けでまもったみたいな構図になったから心配したが……ラピスはラピス、いつも通りだ。


「それじゃあ、飯だっけ? どこに集合なんだ? グループごと?」

「ううん、レクリエーションでクラスへだてず仲良くなっただろうから、無理にグループで食べなくても良いって。

 好きなところで、食べても良いって言うから……一緒に船内案内デッキ・プラン視て選ぼ?」


 そう言って、ラピスは画面ウィンドウを広げる。


 俺は、その画面ウィンドウを見つめて――肩に柔らかい感触を感じる。


 ……ん?


「あのね、サファイア・デッキの『ライト・アテンダント』ってところ、海鮮料理が美味しいんだって。船内案内デッキ・プランの詳細説明に書いてあったんだけど、シェフが素材を厳選し――」

「……あの、ラピスさん?」

「ん? なに?」


 俺は、さっきから触れ合っている自身とラピスの肩を指差す。


「ち、近くない……?」

「そう? 普通じゃない?」


 微笑して、ラピスは髪を耳にかける。


 シャンプーの匂いが鼻をくすぐって、真っ白いうなじがあらわになる。


 黄金色の髪の毛が、彼女の首元を流れており、見下ろせば無防備な胸元が――俺は、左拳を、己の顔面にブチ込む。


「うわっ!? ちょっと、ヒイロ!?」

「ナンデモナイヨ」

「な、なんでもないって……鼻血……!」


 ラピスは、ハンカチで鼻血を優しくいてくれる。


「もう、ヒイロは……」


 彼女は、どこか嬉しそうに微笑む。


「しょうがないんだから」


 俺の中で、大音量の警報が鳴り響いた。


 ヤバい……ヤバい気がする……このまま進めば、取り返しがつかなくなる予感が……大々的に百合作品として始まったのに、途中から男が出てきて、ヒロインたちと絡み始めた時みたいな……そんな、胸のざわつきを感じる……!


「ら、ラピス、ごめん、ちょっと電話かけるわ」

「うん? わかった、待ってるね」


 柵に両腕を置いて、海を眺めているラピスを待たせて……俺は、電話をかける。


「スノえも~ん……!」

『誰が未来の猫型メイドロボですか。なにかある度に、電話で泣きついてくるのやめてくれませんか?』


 電話に出たスノウに、俺は、必死で経緯けいいを説明する。


 相槌あいづちを打っていた彼女は、俺へと回答を提示した。


『抱いちまえば良いんじゃないですか?』

「この邪教徒がァ!!」

『たぶん、まだ、恋愛感情が芽生めばえるところまではいってないと思いますよ。ただ、距離が近づいたのは間違いありませんね。

 でも、あのお姫様は押しに弱そうだから、今回の件を恩に着せて強引に押し倒せば『だ、ダメだって……ヒイロ……』とか言いながら、身を預けてく――』

「エイメェエエエエエエエエエエエエエエン!! エイメェエエエエエエエエエエエエエエエエエン!! 滅びろ、邪教徒よッ!! 俺は貴様の小癪こしゃくな誘惑などに屈せんぞ!! 滅びろォオオオオオオオオオ!!」

『まぁまぁ、落ち着きなさいなご主人』


 リリィさんとお茶でも飲んでいたのだろうか。


 電話口の向こう側から、寮長ミュールのやかましい自慢話とそれに相槌を打っているリリィさんの声が聞こえてくる。


『ラピス様は、真面目な姫殿下です。御主人様が手を出さなければ、飽くまでも、友人と言う名のラインを踏み越えることはありません。

 ただ、これ以上、好感度を上げるような真似マネつつしんでくださいよ』

「わかってる、もう余計なことはしない」

『…………』

「なに、お前、そのは。電話越しに不信感を覚えるとか、普通、絶対に有り得ないことだよ、お前。なに、お前、その絶妙な間は。相手と不和を作る間の作り方の研究でもしてんのか、お前」


 少し、考え込むような間があって、ぼそりとスノウはつぶやいた。


『一応、釘を刺しておきますか』

「よっ!! さすが、スノウさん!! そういうの待ってた待ってたぁ~!! いっちょ、でっかい釘刺しちゃってくださいよぉ!!」

『三下の演技が、絶妙に上手いなコイツ……それとなく、会話を続けたまま、ラピス様に近づいてもらえますか?』

「そ~そ~! この間、友達の大リーガーがちゃぶ台返してさぁ~!!」

『それとない会話って言ってんだろ。誰と会話してる想定で、友達の大リーガーがちゃぶ台返す話になるんですか。

 私だったらぶっ殺しますよ』


 近づいてくる俺を、ラピスは不審げに見つめてくる。


『十分に近づいたら、スピーカーに切り替えてください』


 俺は、スピーカーに切り替える。


 瞬間、電話口から甘ったるい声が聞こえてきた。


『だぁいすき、ダーリン! はやく、かえってきてね!』


 『ちゅっ』とキス音が響き渡り、俺に片手を挙げたラピスの動きが固まる。


 電話を切った俺の前で、彼女は気まずそうに片手を下げた。


「あっ……さ、さっきのスノウさん?」

「あ、うん。そう」


 右手で左手の手首を握ったラピスは、視線を下に落とす。


「ヒイロって、その……スノウさんとは、嘘の婚約関係を結んでるんだよね……?」

「そうだけど、常に、演技してないとフリがバレるからな。

 ほら、俺、女性と付き合うわけにはいかないから。俺もスノウも、本気でやってるんだよ。うん」

「そっか……そうだよね、ヒイロは……うん、ごめん」


 かすかに、ラピスは微笑む。


「行こっか。『ライト・アテンダント』で良いよね」

「おう、行こうぜ」


 俺は、ラピスと並んで歩き出し……スノウの偉大さに拍手を送った。


 さすがは、スノウだ。完璧な作戦。ラピスの真面目さを利用して、完璧なる釘を刺し込んだ。こうなれば、もう、ラピスも事務的に俺へと対応せざるを得なくな――ピタッと、ラピスは立ち止まる。


 ん?


 いぶかしむ俺の前で、彼女は、くるりと振り返った。


「ごめん、ヒイロ」


 彼女は、自分の腕を掴んで、頬を染めたままそっぽを向く。


「わたしがお世話してる時は……もう、スノウさんと電話しないで」

「えっ。

 いや、なんで?」

「い、嫌だから」


 上目遣いで、彼女は俺を見つめる。


「嫌だから……もう、電話しないで……」

「…………」


 死ぬか(達観)。


 呆然と立ち尽くす俺の人差し指を掴んで、彼女はそっと揺すってくる。


「…………行こ」

「…………」


 マジで、もう死ぬしかない(決心)。


 脳をぐちゃぐちゃに破壊された俺は、ラピスに引っ張られて、『ライト・アテンダント』にまで足を運んだ。


 既に何人かの生徒たちが、豪勢な夕食を堪能していた。


 船内の一流レストランとは違って、『ライト・アテンダント』には過度な服装規定ドレスコードは必要ないらしい。


 ラフな格好(俺から見れば派手だが)をした淑女の皆さんが、海を一望出来る屋外席に腰掛けて、潮風を浴びながら談笑していた。


「…………」

「ひ、ヒイロ」


 顔を真っ赤にしたラピスが、ぷるぷると震えながら、スプーンを差し出してくる。


「あ、あ~ん」

「…………」


 だらんと脱力した俺は、口をぽっかりと空けており、そこにラピスは海鮮スープを入れてくる。


 魚介類の旨味を閉じ込めた美味しいスープが、俺の錆びついた心に一滴のオイルを垂らし、目の端から涙が溢れ出る。


「ご、ごめん、こういうのしたことないから……」


 ラピスは、首筋まで真っ赤にして両手で顔を覆う。


「は、恥ずかしいかも……かもじゃなくて……恥ずかしい……ご、ごめんね、ヒイロは自分でご飯食べられないのに……」

「…………(口の端からよだれ)」

「ひ、ヒイロ……あ~ん……」


 宵闇に包まれている海原うなばら


 ロマンティックにキャンドルをともしている屋外席は、あたかも、海の上に浮かぶ綺羅びやかなシャンデリアのようだ。


 だが、現在いま、俺の目にソレは墓前にそなえるロウソクのように見える。


「…………」


 死んだ目で、隣のテーブルに目を映す。


「う~ん! このでっかいエビ、美味しいね」

「でっかいエビじゃなくてロブスターですよ」


 くすくすと笑いながら、知的に視える少女が、対面に座る元気な女の子を見つめる。


「あ! また、バカにしたでしょ!」

「してませんよ。

 ただ」


 知的な少女は、元気少女の頬に唇を寄せて――ぺろりと、頬についたソースを舐め取った。


「可愛いなと思って」

「ぁ……ぁう……ず、ずるい……」


 その百億ドルの夜景を視て、俺は、滂沱ぼうだの涙を流した。


 隣の芝生は青く見える……隣の百合は白く見える……俺はバカだ……なにが百合IQ180だ……百合ゲーのヒロインと一対一で飯を食べて『あ~ん』だなんて……なにが百合を絶対護るだ……俺は……俺はバカだ……無能だ……月檻たちを護るためだからと言って……無理に生きようとした罰が当たったんだ……!


 やはり、俺はもう、死ぬしかな――


「手筈は」

「もちろん整ってる。コレで、ラピス・クルエ・ラ・ルーメットも、三条黎も、月檻桜も……邪魔な奴らは全員おしまいよ」


 勢いよく――俺は、椅子から立ち上がり、周囲に目線を走らせる。


「ひ、ヒイロ、どうし――」

「座ってろ、立つな」


 どこだ……どこにいる……?


 ざわめきの中に耳をませて、俺は、両目を動かし続ける。


「ふふっ、現在いまから楽しみね」

「楽しむのは良いけれど、あの御方の意思に背かないように」


 見つけた――席を立ったふたりを見つけて、俺は、ラピスに微笑みかける。


「夕食、そのまま食べててくれ。

 少ししたら戻ってきてひとりで食うから……心配しないで、部屋に戻ってろ」

「えっ、ちょっと、ヒイロ……って、え、なにこれ……?」


 俺は、駆け出して、ふたりの少女の後を追いかける。


 俺は船内案内デッキ・プランを見ながら、左手で画面ウィンドウを呼び出し――入力しながら、船内へと駆け下りる。


 いつの間にか、人の気配は消えていて……人気のない船内の廊下に、すぅっと、六人の少女たちが現れる。


「ほ、ほんとに……釣れた……」

「バカな男。あんなところで、重要な計画の話なんかするわけないでしょ」

「罠だと知らずにノコノコ現れて……ラピスたちに危機が迫れば、必ず動き出すってあの御方が言った通り……」

「格好つけて『部屋に戻ってろ』って、騎士ナイト気取りのつもりか?」

「あんたは、今からココで死ぬのよ」

「右腕、使えないんでしょ。可哀想に。勝てるとでも思ったの?」


 多勢に無勢。


 四方八方から魔導触媒器マジックデバイスを突き付けられて、俺は――ニヤニヤと笑った。


「なに? 気でも触れた?」

「いや、まだ、わからないのかと思ってな」


 俺は、顔を上げて、満面の笑みを浮かべる。


「罠にかかったのは、お前らだよ、バーカ」


 物陰に身を隠していた月檻、レイが現れて、追ってきたラピスが弓を構える。


 月檻たちの強さを知っている眷属たちは、狼狽うろたえて後退あとずさる。局面が裏返ったことを自覚したのか、一気に顔が青ざめていった。


「ネタバラシは後にして」


 俺は、笑いながら、右腕のギプスを外す。


「吐いてもらおうか、お前らの『手筈』ってヤツを」


 観念したのか、眷属たちは魔導触媒器マジックデバイスを下ろした。

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