死ぬしかない
「…………」
決着は着いた。
俺のチョキは、3つのグーにへし折られる。
「…………」
そっと、俺は、チョキをパーに変える。
「「「じゃんけ~ん」」」
当然のように無視されて、視界が歪んだ俺は、膝をついて
俺は……俺は……弱い……ッ!!
「あっ!」
小さな歓喜の声が上がって、興奮で顔が赤らんだラピスが笑った。
「わたしの勝ち! やった!」
どうやら、三人のじゃんけん勝負はラピスが勝ちを収めたらしい。
ちらっと、こちらを視たラピスと目が合うと、彼女はちっちゃくピースサインを作って笑いかけてくる。
「…………」
まぁ、まだマシか。
最悪はレイ、次点で月檻……ラピスには、スノウが偽婚約者であることをバラしているが、俺が女性とお付き合い出来ないことを知っている。
俺に恋心を抱き
三条家・別邸で一緒に暮らしていたような仲だし、今更、一晩共に過ごしたところで問題はないだろう。
異様に悔しがっているレイは、哀しそうな顔をして去っていく。月檻はため息を吐いてから、とっとと、部屋に戻っていった。
「ラピス、あんまり、気を
「あんまり遠慮しないで。ヒイロとわたしの仲じゃない。必要なことは言ってくれれば、なんでもするから」
俺は、ホッと、安堵の息を
なんだ、案外、普通だな。俺の意識のし過ぎか。
俺のスーパーファインプレイミスで、ラピスのことを命
「それじゃあ、飯だっけ? どこに集合なんだ?
「ううん、レクリエーションでクラス
好きなところで、食べても良いって言うから……一緒に
そう言って、ラピスは
俺は、その
……ん?
「あのね、サファイア・デッキの『ライト・アテンダント』ってところ、海鮮料理が美味しいんだって。
「……あの、ラピスさん?」
「ん? なに?」
俺は、さっきから触れ合っている自身とラピスの肩を指差す。
「ち、近くない……?」
「そう? 普通じゃない?」
微笑して、ラピスは髪を耳にかける。
シャンプーの匂いが鼻をくすぐって、真っ白いうなじが
黄金色の髪の毛が、彼女の首元を流れており、見下ろせば無防備な胸元が――俺は、左拳を、己の顔面にブチ込む。
「うわっ!? ちょっと、ヒイロ!?」
「ナンデモナイヨ」
「な、なんでもないって……鼻血……!」
ラピスは、ハンカチで鼻血を優しく
「もう、ヒイロは……」
彼女は、どこか嬉しそうに微笑む。
「しょうがないんだから」
俺の中で、大音量の警報が鳴り響いた。
ヤバい……ヤバい気がする……このまま進めば、取り返しがつかなくなる予感が……大々的に百合作品として始まったのに、途中から男が出てきて、ヒロインたちと絡み始めた時みたいな……そんな、胸のざわつきを感じる……!
「ら、ラピス、ごめん、ちょっと電話かけるわ」
「うん? わかった、待ってるね」
柵に両腕を置いて、海を眺めているラピスを待たせて……俺は、電話をかける。
「スノえも~ん……!」
『誰が未来の猫型メイドロボですか。なにかある度に、電話で泣きついてくるのやめてくれませんか?』
電話に出たスノウに、俺は、必死で
『抱いちまえば良いんじゃないですか?』
「この邪教徒がァ!!」
『たぶん、まだ、恋愛感情が
でも、あのお姫様は押しに弱そうだから、今回の件を恩に着せて強引に押し倒せば『だ、ダメだって……ヒイロ……』とか言いながら、身を預けてく――』
「エイメェエエエエエエエエエエエエエエン!! エイメェエエエエエエエエエエエエエエエエエン!! 滅びろ、邪教徒よッ!! 俺は貴様の
『まぁまぁ、落ち着きなさいなご主人』
リリィさんとお茶でも飲んでいたのだろうか。
電話口の向こう側から、
『ラピス様は、真面目な姫殿下です。御主人様が手を出さなければ、飽くまでも、友人と言う名のラインを踏み越えることはありません。
ただ、これ以上、好感度を上げるような
「わかってる、もう余計なことはしない」
『…………』
「なに、お前、その
少し、考え込むような間があって、ぼそりとスノウはつぶやいた。
『一応、釘を刺しておきますか』
「よっ!! さすが、スノウさん!! そういうの待ってた待ってたぁ~!! いっちょ、でっかい釘刺しちゃってくださいよぉ!!」
『三下の演技が、絶妙に上手いなコイツ……それとなく、会話を続けたまま、ラピス様に近づいてもらえますか?』
「そ~そ~! この間、友達の大リーガーがちゃぶ台返してさぁ~!!」
『それとない会話って言ってんだろ。誰と会話してる想定で、友達の大リーガーがちゃぶ台返す話になるんですか。
私だったらぶっ殺しますよ』
近づいてくる俺を、ラピスは不審げに見つめてくる。
『十分に近づいたら、スピーカーに切り替えてください』
俺は、スピーカーに切り替える。
瞬間、電話口から甘ったるい声が聞こえてきた。
『だぁいすき、ダーリン! はやく、かえってきてね!』
『ちゅっ』とキス音が響き渡り、俺に片手を挙げたラピスの動きが固まる。
電話を切った俺の前で、彼女は気まずそうに片手を下げた。
「あっ……さ、さっきのスノウさん?」
「あ、うん。そう」
右手で左手の手首を握ったラピスは、視線を下に落とす。
「ヒイロって、その……スノウさんとは、嘘の婚約関係を結んでるんだよね……?」
「そうだけど、常に、演技してないとフリがバレるからな。
ほら、俺、女性と付き合うわけにはいかないから。俺もスノウも、本気でやってるんだよ。うん」
「そっか……そうだよね、ヒイロは……うん、ごめん」
「行こっか。『ライト・アテンダント』で良いよね」
「おう、行こうぜ」
俺は、ラピスと並んで歩き出し……スノウの偉大さに拍手を送った。
さすがは、スノウだ。完璧な作戦。ラピスの真面目さを利用して、完璧なる釘を刺し込んだ。こうなれば、もう、ラピスも事務的に俺へと対応せざるを得なくな――ピタッと、ラピスは立ち止まる。
ん?
「ごめん、ヒイロ」
彼女は、自分の腕を掴んで、頬を染めたままそっぽを向く。
「わたしがお世話してる時は……もう、スノウさんと電話しないで」
「えっ。
いや、なんで?」
「い、嫌だから」
上目遣いで、彼女は俺を見つめる。
「嫌だから……もう、電話しないで……」
「…………」
死ぬか(達観)。
呆然と立ち尽くす俺の人差し指を掴んで、彼女はそっと揺すってくる。
「…………行こ」
「…………」
マジで、もう死ぬしかない(決心)。
脳をぐちゃぐちゃに破壊された俺は、ラピスに引っ張られて、『ライト・アテンダント』にまで足を運んだ。
既に何人かの生徒たちが、豪勢な夕食を堪能していた。
船内の一流レストランとは違って、『ライト・アテンダント』には過度な
ラフな格好(俺から見れば派手だが)をした淑女の皆さんが、海を一望出来る屋外席に腰掛けて、潮風を浴びながら談笑していた。
「…………」
「ひ、ヒイロ」
顔を真っ赤にしたラピスが、ぷるぷると震えながら、スプーンを差し出してくる。
「あ、あ~ん」
「…………」
だらんと脱力した俺は、口をぽっかりと空けており、そこにラピスは海鮮スープを入れてくる。
魚介類の旨味を閉じ込めた美味しいスープが、俺の錆びついた心に一滴のオイルを垂らし、目の端から涙が溢れ出る。
「ご、ごめん、こういうのしたことないから……」
ラピスは、首筋まで真っ赤にして両手で顔を覆う。
「は、恥ずかしいかも……かもじゃなくて……恥ずかしい……ご、ごめんね、ヒイロは自分でご飯食べられないのに……」
「…………(口の端からよだれ)」
「ひ、ヒイロ……あ~ん……」
宵闇に包まれている
ロマンティックにキャンドルを
だが、
「…………」
死んだ目で、隣のテーブルに目を映す。
「う~ん! このでっかいエビ、美味しいね」
「でっかいエビじゃなくてロブスターですよ」
くすくすと笑いながら、知的に視える少女が、対面に座る元気な女の子を見つめる。
「あ! また、バカにしたでしょ!」
「してませんよ。
ただ」
知的な少女は、元気少女の頬に唇を寄せて――ぺろりと、頬についたソースを舐め取った。
「可愛いなと思って」
「ぁ……ぁう……ず、ずるい……」
その百億ドルの夜景を視て、俺は、
隣の芝生は青く見える……隣の百合は白く見える……俺はバカだ……なにが百合IQ180だ……百合ゲーのヒロインと一対一で飯を食べて『あ~ん』だなんて……なにが百合を絶対護るだ……俺は……俺はバカだ……無能だ……月檻たちを護るためだからと言って……無理に生きようとした罰が当たったんだ……!
やはり、俺はもう、死ぬしかな――
「手筈は」
「もちろん整ってる。コレで、ラピス・クルエ・ラ・ルーメットも、三条黎も、月檻桜も……邪魔な奴らは全員おしまいよ」
勢いよく――俺は、椅子から立ち上がり、周囲に目線を走らせる。
「ひ、ヒイロ、どうし――」
「座ってろ、立つな」
どこだ……どこにいる……?
ざわめきの中に耳を
「ふふっ、
「楽しむのは良いけれど、あの御方の意思に背かないように」
見つけた――席を立ったふたりを見つけて、俺は、ラピスに微笑みかける。
「夕食、そのまま食べててくれ。
少ししたら戻ってきてひとりで食うから……心配しないで、部屋に戻ってろ」
「えっ、ちょっと、ヒイロ……って、え、なにこれ……?」
俺は、駆け出して、ふたりの少女の後を追いかける。
俺は
いつの間にか、人の気配は消えていて……人気のない船内の廊下に、すぅっと、六人の少女たちが現れる。
「ほ、ほんとに……釣れた……」
「バカな男。あんなところで、重要な計画の話なんかするわけないでしょ」
「罠だと知らずにノコノコ現れて……ラピスたちに危機が迫れば、必ず動き出すってあの御方が言った通り……」
「格好つけて『部屋に戻ってろ』って、
「あんたは、今からココで死ぬのよ」
「右腕、使えないんでしょ。可哀想に。勝てるとでも思ったの?」
多勢に無勢。
四方八方から
「なに? 気でも触れた?」
「いや、まだ、わからないのかと思ってな」
俺は、顔を上げて、満面の笑みを浮かべる。
「罠にかかったのは、お前らだよ、バーカ」
物陰に身を隠していた月檻、レイが現れて、追ってきたラピスが弓を構える。
月檻たちの強さを知っている眷属たちは、
「ネタバラシは後にして」
俺は、笑いながら、右腕のギプスを外す。
「吐いてもらおうか、お前らの『手筈』ってヤツを」
観念したのか、眷属たちは