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全身全霊のじゃんけん

作者(とまとすぱげてぃ)ページの活動報告に、本作の『登場人物リスト』を掲載しました。

キャラクター関連で混乱した際にご参照ください。よろしくお願いいたします。

「折れてますね」

「…………」


 ラピスたちに連行された俺は、医務室に直行して予想外の診断を受けた。


「……先生の持ってるボールペンが?」

「いや、貴方の骨が」


 綺麗に足を組んだ女医さんは、俺の胸部をX線撮影した写真を見せてくる。


「ココ、ほら、綺麗に折れてますよ」

「……先生の持ってるボールペンが?」

「いや、だから、貴方の骨が」


 医務室で休んでいたお嬢は、もう、部屋に戻っているらしかった。


 レクリエーションも終わって、現在いまはもう夕方。


 夕食の時間まで、美しい夕焼けを眺めながら、クルージングを楽しんでいるお嬢様たちを他所よそに、俺は右の前腕とあばら骨を折っていた。


「魔法を使えば、明日の朝には完治とまではいきませんが、ほぼ気にならない状態には出来ます。ただ、それなりの痛みをともなうう。投薬の作用で、意識も朦朧もうろうとするでしょう。

 今日の夜は、担任の先生に付き添ってもら――」

「わたしが付き添います」


 俺に寄り添ったラピスが、真剣な顔で言い切る。


「彼、わたしのために怪我をしたんです。

 だから、わたしが付き添います」

「私も同じ部屋なので」


 月檻は微笑んで、俺は、ふたりに聞こえないように女医さんにささやく。


「……金色のお菓子が欲しくありませんか?」

「はい?」

「俺は三条家の人間です。

 俺の骨ではなく、先生のボールペンが折れていたということにしてくだされば……それなりの御礼をお約束しますよ」


 俺は、ニヤニヤと笑う。


「貴女にとっても……そう、悪い話じゃないでしょう?」

「付き添うにしても、彼は男性ですよ(ガン無視)。

 鳳嬢魔法学園のお嬢様が、男性に付き添って一夜を過ごすと言うのは……女性同士であれば、そう言う関係性として処理されるでしょうが……あまりおすすめしませんね」

「ひ、ヒイロなら」


 ラピスは、うつむき、顔を赤らめてささやく。


「構いません……彼は、命の恩人ですから……わたしのために傷ついたんです……」

「ラピス、コレ、実は自分でやったんだ。

 お前と月檻に仲良くなって欲しくて、魔神教の眷属の子に何回も殴ってもらった。なので、この傷は故意に付けたもので、お前のために傷ついたと言う事実はひとつもない(白状)」

「右腕とあばらが折れるまで、わざと殴られ続けるなんて……そんなバカなことやる人なんているわけないでしょ。

 嘘を吐くにしても、もう少し、現実味リアリティを考えたほうが良いよ」


 現在いま、俺のことバカって言ったか?(真顔)


「わかりました、きちんと、担任の先生には報告してくださいね。

 もし、彼が呼吸などに違和感を覚えたら、直ぐに私を呼ぶようにしてください」

「はい、わかりました。

 彼に付き添って、ずっと、視てるようにします」

「右に同じく」

「左に同じじゃなァい!!」


 俺は、立ち上がって叫んだ。


「左に同じじゃなァい!!」


 俺は、心の中身をぶちけるように叫んだ。


「左に同じじゃ――」


 ぐっと、先生に肋骨を優しく押される。


「…………(声が出せない系の痛み)」


 俺は、無言でその場に座り込み、そっと胸を押さえた。


「では、治療するので、おふたりは外に出ていてください。

 三条家のお坊ちゃまは、上を全部脱いで、こちらを向いてくださいますか?」

「先生!! あんた、名医なんだろ!? 明日と言わず、現在いま、この場で治してくれ!! 金なら(三条家を脅して)幾らでも積む!! 頼むよ!!」


 退場するふたりを余所目よそめに、俺は、白衣の先生にすがり付く。


「俺は……ココで、終わるわけにはいかねぇんだよォ……!!」

「脱がしてください(名医)」

「は~い、脱いじゃいましょうね~!」

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 人権侵害だぞ、コレはぁあああああああああああああああああ!! 俺は三条家の御曹司だぞぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺は、ナースさんに取り押さえられて、あっという間に脱がされる。


 ニコニコとしているふたりのナースさんは、身体強化の魔法をかけているのか、マウンテンゴリラみたいな力で俺を椅子に押さえつけていた。


「…………」


 痛みをともなわないくらいの力で。


 先生は、俺の胸部にさわさわと指で触れて、腫れ上がった患部を確かめる。


「先生……あんた、なにが欲しい……地位か名誉か、それとも女か……くくっ、澄ました顔したって無駄だぜ……人間の欲望は底なしだ……あんたの欲を満たせるのは、この俺だけだ……よく考えな……10秒、待ってやる……俺の提案を呑めるのは、あと10秒の間だけだ……譲歩してやる……(権力者の貫禄)」


 10秒後、先生は、真剣な顔つきで俺の患部に触れていた。


「あと、30秒くらい待ってあげようかなぁ……!(震え声)」

「三条さん」


 真顔で、先生は、俺につぶやく。


「医師は患者を救うのが仕事です。そこに男も女もない。当然、三条家もその他もない。全てが平等です。

 言っている意味、わかりますか?」

「すいませんでしたぁ……!(涙声)」


 俺は、先生の邪魔をしないように黙り込む。


 ピタッと、先生は、俺の胸部の一点、恐らく肋骨の上で指を止める。


 彼女は、目を細めて、胸元のポケットに差していたボールペン――魔導触媒器マジックデバイスを取り出し、くるくると回しながら引き金(トリガー)――頭の箇所をノックして、蒼白い光がほとばしる。


 人間の体内には、内因性魔術演算子が存在するので、魔導触媒器マジックデバイスを用いれば外側から病気や怪我にアプローチ出来る。


 ただ、魔法発動には、想像力イメージが必要とされる。


 刃や矢を作るにしても、細かな要素まで思い浮かべる必要があるのだ。人間の中身をいじると言うことは、ソレ以上にこと細やかな想像イメージと知識が必要不可欠と言うことになる。


 だから、エスコ世界でも、医師と言う名の職業につく魔法士は、現実世界と同じように貴重視されていた。


 止血や応急処置くらいなら個人でも可能だろうが、それ以上の治療を望むのであれば、専門機関による治療が必要となる。


 じわじわと、痛みが消えていく。


 先生は、何度か導体コンソールを取り替えながら、魔法発動を繰り返した。


 数十分後に処置が終わる。


 俺の右腕に副子ふくしをあてがって、固定させた先生は微笑んだ。


「もう良いですよ。お疲れ様でした。特に食事や入浴の制限はありませんが、激しい運動は控えるように。

 現在いまは、鎮痛薬をっていて内部で骨を固定しているので痛みはありませんが、今日の夜はそれなりに痛みも出てくると思います。薬が効いてくれば、意識も朦朧もうろうとしてくるでしょうし、なにかあれば、付き添いの彼女たちに知らせてこちらに来てください」

「この度はご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした(誠心誠意)」


 医務室の外に出ると、ラピスと月檻が待っていた。


「どうだった……だいじょうぶ……?」

「完治したってさ(大嘘)」

「嘘だね(即看破)」

「ヒイロ、これから、皆でご飯だって」


 俺にそっと寄り添って、ラピスは、柔らかい身体を寄せてくる。


「ひとりで歩けないでしょ……支えてあげる……」

「いや、折ったのは右腕とあばらだし、普通に歩けるよ」

「ヒイロくんにくっつきたいだけじゃないの」


 月檻にからかわれたラピスは、顔を真っ赤にして俺から離れる。


「ち、違う……! ひ、ヒイロには婚約者がいるんだから、わ、わたしが、手を出すわけないでしょ……そ、それに男の子だし……」

「婚約者……」


 唇に指を当てて考え込んでいた月檻は、俺を見上げてニコッと笑う。


「いたっけ、そんなの?」


 スノウ、聞こえるか……お前、もう、コイツの頭から消えてるよ……俺たちが夢見た婚約関係は……一夜の幻だったのかなぁ……?


「お兄様!」


 ひとり、幻であることを願う女の子が走ってくる。


 黒色の長髪を振り乱し、必死に駆けてきたレイは、ひしっと俺にすがり付いて涙を流す。


「良かった……無事で……私、お兄様が怪我をしたと聞いて……心配で、気が気じゃなくて……また、私を護るために無茶をしたから……」

「俺は、お前を護って怪我したわけじゃないよ?(真顔)」

「良いんです……お兄様がそういう人だって、わかってますから……」

「わかってないよ?(真顔)」

「ひ、ヒイロは、肋骨を折ってるから、あんまり無闇矢鱈にくっつかないほうが良いよ。

 そ、それに、彼、婚約者がいるから」


 ぐいっと、レイを押して俺から離し、ラピスが素晴らしいフォローを入れる。


「それに、ヒイロが命懸けで護ったのはわたしだから……あなたのそれは、勘違いだから、ね?」


 オーケー!! オーケー、ラピス!! 良いよぉ!! すげー良いよぉ!! スノウの言う通り、俺は、お前を味方に引き入れて良かったよぉ!! でも、俺は、お前のことも護ってないよぉ!!


「いや、俺は、どっちも護ってないが」

「ラピスさんは、なにを根拠にそんなことを言ってるんですか?」

「レイは、わたしと別行動とってたでしょ。ほら、班員の子が具合悪くなって、その付き添いで船に戻ったじゃない。

 その時には、ヒイロは、わたしのために戦ってたから」

「貴女が襲われていた正確な時刻はわかりませんが、私も、船に戻る途中でぞくから急襲を受けました。

 どうにか逃れようと立ち回りましたが……いつの間にか、賊は打ち倒されていて、その時に間違いなくお兄様の影を視ました」

「いや、でも、傷だらけのヒイロは、わたしの目の前に倒れてたから」

「貴女は、一度、気を失ったと聞きました。

 その間に、お兄様が私を救って深手を負い、貴女の元に戻った瞬間に力尽きたと考えれば辻褄つじつまが合うと思いますが」

「でも――」

「別に片方じゃなくても良いんじゃないの」


 月檻は、面倒くさそうにつぶやく。


「両方とも、ヒイロくんが救ったってことで収めたら」


 ふたりは、視線を絡めて、同じタイミングでそっぽを向いた。


「まぁ、ヒイロなら、それくらいするかもだけど……」

「お兄様なら、確かに……まぁ……」

「異議ありぃ!!」


 決着しようとした議論に対して、俺は、天を貫くような咆哮ほうこうを上げた。


「その結論に異議ありぃ!!」

「どうしたの被告人、傷に響くよ」

「レイを助けたのは月檻、お前だろうがっ!! 人に手柄を押し付けるなんて酷いこと、よく考えられたもんだなァ!! 人間として最低の行為だぞ、それはァ!!」

「でも、レイがヒイロの影を視たって」

「見間違いに決まってんだろ!! 証拠あんのか証拠ォ!! 出してみろよ、証拠ォ!! 無罪無罪!! ヒイロくんは無罪!! 裁判長は推定有罪を認めろォ!!」

「アレは、お兄様の影でした。

 間違いありません(きっぱり)」

「はい、閉廷」

「逃げるな卑怯者!! 逃げるなァ!! 逃げるな馬鹿野郎馬鹿野郎!! 卑怯者ォ!!(号泣)」

「そんなことよりも、今夜、どうするの?」


 月檻の言葉を受けて、ラピスとレイは目配せし合う。


「さすがに、全員でヒイロくんのお世話をするなんて言っても、マリーナ先生は許してくれないだろうし……誰かひとりに絞らないと」


 しとやかに、レイは、一歩前に出る。


「当然、それは妹の私です。

 そもそも、お兄様の傷の原因は私の不甲斐なさにあります。なので、お兄様の介抱をうけたまわるのは私と言うことになります。他人の介助は必要ありません」

「ヒイロは、わたしのために傷ついたんだからわたしに決まってる。

 ソレ以外の選択肢なんてないでしょ?」

「私は同室だから、マリーナ先生から許可を取りやすいと思う。私がヒイロくんのフォローを出来なかったから、彼が怪我を負ったとも考えられるし、怪我の遠因は私にあると言っても過言じゃない」

「俺だァ!! 自分で自分の世話をしてなにが悪い!? 俺以上に三条燈色と言う人間を知り尽くしている人間はいない!! 彼は望んでいる!! 己は己で治せと!! 女の子は女の子同士で一緒にベッドで眠るべきだ!! 男の世話なんて必要ない!!

 お前らは!! 間違えているッ!! 俺は、ココで、この世界の歪みをただす!!」

「このままいっても、話は平行線だね」


 微笑んだ月檻は、そっと、自分の手のひらを出した。


単純シンプルにじゃんけんで決めようよ」


 空気がざわついて、俺たちは、静かに見つめ合った。


 四方向に広がった俺、月檻、ラピス、レイは、宿命で結び付けられたかのように『グー』の形で拳を突き出した。


 様々な想いが巡る。


 お互いの意思がぶつかり合って、火花を散らしているかのようだった。


 俺は、目を閉じて深呼吸。名誉の負傷の痛みで、うめいた。


 敗けるわけにはいかない……このままいけば、骨折り損のくたびれ儲けを有言実行するマヌケになる……俺は、エスコ・ファンの想いを背負ってココに立っている……研ぎ澄ませ……大丈夫、俺は勝てる……百合の神よ、視ていてくれ……俺は……!


 俺は――目を開く。


 ココで!! 必ず!! 勝つッ!!


「「「「じゃん、けん!!」」」」


 俺たちの間で、熱狂の渦が出来上がった。


 俺の熱い想いが、天高く舞い上がって、一陣の突風を引き寄せる。吹き寄せた風に、全員の髪がなびいて、空高く叫び声が遠ざかる。


 この一合いちごうに――俺の全てを――けるッ!!


 俺の『チョキ』が、空気の流れを切り裂いて叩きつけられる。


「ぽぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああああああおおおおおおおおんっ!!」


 俺たちは、同時に――手を出した。

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