魔人と眷属
俺は跳んで――背後の大木が、へし折れる。
「なに外してんのよ!? アイツ、スコア0よ!? あんなゴミクズ男くらいとっとと殺して、ラピス・クルエ・ラ・ルーメットを
リーダー格らしい少女が叫ぶ。
「そんなに怒らないでよ」
残りのふたりは、ニヤニヤと笑った。
「あんなザコ、物の数じゃないでしょ。スコア0よ、スコア0。
まともに実戦経験もないクソザコの証拠なんだから」
笑いながら、彼女らは俺を
「視てよ、アレ、
パァンッ!!
甲高い音が鳴って、しゃべっていた彼女は横に倒れる。
しんと、音が
瞬間、残ったふたりは、勢いよく後ろに跳んだ。
「は、はぁ!? あ、アイツ、なにしたのよ!?」
「は、発射されてない!!
「良いから、身を隠し――ひっ!!」
ゆっくりと、俺は、
東西
弓とは、力学の塊だ。
矢を目的の方向に飛ばすため、和弓は技術を追求し、洋弓は道具(弓と矢)に重きを置いたとされている。
弓には『引いて』、『狙い』、『撃つ』と言う三動作が必要になる。
対して
弓だろうと
この引いて飛ばす力は、『操作:射出』の
だから、重視するべきは、どちらがより威力的に優れているか。
ただし、150kg程度の高張力を要するので、連射性能は弓よりも劣っており、射出後の空気中での安定性も悪い。
だが、これらのデメリットは、
高張力は、前述した『操作:射出』の
筒状の
その
真っ直ぐに伸びた右腕を安定させるために、俺は、折り曲げた左腕を台座にして、クロスさせた状態で狙いを付ける。
その矢は、長く、軽く……殺傷力を抑えるために
魔力の矢――撃ち放つ弾体は三つ。
蒼色の矢が、蒼白く輝きながら腕の裏に伸びる。
人差し指と中指の間に張り付いて、ぐっと、後方へと張り詰める。
右腕の回りを囲むように張り付いた魔力の弾体は、矢の形をしており、魔力の
この魔力の弾体は、撃った後、空気中に紛れて見えなくなる。
だが、それは、俺が形成した筒状の
蒼白い魔力の火花を散らしながら、
既に、
その魔力の弾体は、少女の
「吹き飛べ」
「え?」
ドッ!!!!
真横に吹っ飛んだ彼女は、大木に叩きつけられて沈む。
リーダー格の少女は、その光景を視て、ひゅっと息を
顔を真っ青にして――叫んだ。
「ぁ、ぁあ、ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
物陰から飛び出した彼女は、がむしゃらに、赤黒い腕を伸ばした。
ずおっ――伸びてきた四本の腕、その狭間を潜り抜けながら、俺は
「き、聞いてない!! 聞いてないわよ!! つ、月檻桜以外、注意する必要はないって言ってたのに!!
こ、こんなヤツがいるなんて――」
間合いに入った俺は、すれ違いざまに
「き、聞いて……ない……」
はらりと、斬られた前髪が風に流れて、彼女はその場にへたれ込んだ。
「…………」
え、俺、めちゃくちゃ強くなってね……?
俺は、静かに、ほくそ笑む。
もう、死ぬ気しないわ。死亡フラグを克服した。寮に婚約者(偽)を置いてきてるが、その程度の死亡フラグは余裕で超越している(フラグ)。
とかなんとか、調子にのっていた俺は、我を取り戻してリーダー格の少女を
完全に、闘志を失くした彼女は、虚ろな瞳を宙に向けていた。
俺は、そっと、彼女の首元をめくって――
やっぱり、魔神の襲撃イベントか……この烙印はアルスハリヤのものだし、シナリオ通りなのは間違いない。
魔神――かつて、異界を支配しようとして、己を神だと
その一匹の魔物は、人間を真似て六柱の魔人を作った。
第一柱、
第二柱、
第三柱、
第四柱、
第五柱、
第六柱、日月神隠し。
六柱の魔人は、異界と現界を支配すると言う目的のために動いた。
これらの魔人は、各ルートの物語の
魔人は、現界に
そのため、高名な魔法士やヒロインたちを狙い続けており、コイツらにヒロインを殺されれば速攻でバッドエンドに至る。
六柱の魔人は、人間を操る
魔神教は六つの支部に分かれており、支持している魔人に合わせて、身体のどこかに各魔人の証たる烙印を持っている。
彼女らは『
ところで、この魔人、実は第七と第八の魔人が存在する。
誰と誰だよと言われれば……我らがヒイロくんと月檻である。
ラピスルートでは、死霊術でヒイロが
なにせ、あのヒイロと馬が合い、彼が百合の間に挟まるのを手助けしようとする。
あのシーンを視て、俺はアルスハリヤが大嫌いになった。ヒイロの次に○したい。
月檻が魔人化するのは、『悪落ちルート』の序盤である。
魔神の力に魅入られた彼女が、魔人『月檻桜』と化して、ヒロインたちを
今回のラピス襲撃イベントは、魔人との最初の接触に当たる。
主犯は、魔人アルスハリヤ。
彼女の眷属となった人間は、先程の赤黒い手……『
単なる異界からの召喚技術の一種なので、正確に言えば
魔人との初接触と言っても、肝心のアルスハリヤが出てくるのは終盤も終盤だ。
この段階で戦えば、月檻であろうともどうやっても死ぬので、ゲームの都合上、彼女と戦うのは最終盤となる。
で、今回の件、どう片付けるか……。
原作のゲーム通りであれば、ラピスはこのオリエンテーション合宿で、友人を作ると言う目標がある。そのため、威圧的に思われる護衛の
今回の襲撃は、その隙を突いたものだ。
月檻が助けなければ、彼女は、このゲーム上から消えることとなり、ラピスルートは完全に消滅する。
本来であれば、ラピスのことを月檻が助けることで、喧嘩ばかりだったふたりに友情が
初めて出来た友人、月檻桜に徐々に
ココで、俺がラピスを助けてしまったら、その大事な切っ掛けが台無しになる……それでは、ゴミクソ・オブ・ザ・ヒイロクンと同じになる。
どうにかして、ラピスを助けたのは月檻だとラピスに思い込まさなければ。
俺は、気を失っているラピスの安否を確かめてから、じっくりと考え込む。
「…………」
良いアイディア、思いついたァ!!
俺は、
「俺を殴れ」
「…………は?」
「
「いや、はい、あの……?」
俺は、腕を組んで、仁王立ちになる。
「おっしゃぁ、ばっちこぉい!!」
「…………」
抜刀した俺は、満面の笑みで、彼女に刃を突きつける。
「お前は……百合に
「ひ、ひぃ!! な、殴ります!! 殴りますっ!!」
「気合い入れてこいやぁ!!」
正面から飛んできた
「…………」
立ち上がって、自分の身体を見つめるが、どうにも傷の出来具合がいまいちだ。
「あ、あの……?」
「足らねぇよなぁ!? お前の百合に対する意気込みはそんなもんかっ!? 缶○先生の『あの○にキスと白百合を』を百万回読み直して来いや!! 気合が足らないんだよ、気合がよぉ!!」
「ひぃいいいいい!! すいませぇええええん!!!」
「『合○のための! やさしい三角関○入門』もちゃんと読めやぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
乱打が降り注ぎ、俺は、シャワーを浴びるような気持ちでそれに耐える。
ようやく、血だらけアザだらけになった俺は、ボロボロの状態で眷属の少女に親指を立てる。
「やれば……出来るじゃん(爽やかな笑顔)」
「もうやだぁ……眷属、やめるぅ……!!」
眷属には、各魔人ごとに
死ぬような勢いで吹っ飛んだふたりの少女も、体力と魔力に補正がかかっているお陰か目を覚まし、スタコラサッサと逃げていった。
ラピスを殺してたら殺してたが、あの様子だったらもう
傷だらけの俺は、まともに抵抗も出来ずに敗北した
そして、月檻に連絡を入れた。
完璧だ……この状態で月檻がきたら、有無を言わさず、眷属三人衆を倒したのは月檻桜だと言うことにしてやる……俺はマヌケにもボコボコにやられて、月檻に泣きついたということにすれば、ラピスは自分を助けた月檻に恋心をもつ筈……まったく、百合IQ180の頭脳が冴え渡るぜ……!
こうして、俺は、その場に寝そべり――
「……ぅん」
「えっ、ちょっと、思ったよりも目覚めるの速――うぅ……やられたぁ……(神演技への切り替え)」
月檻が来る前に、ラピスは、ゆっくりと目を開いた。