<< 前へ次へ >>  更新
32/253

※レクリエーション

 第一寄港地――『鳳凰島』。


 この島は、現実には存在しない架空の無人島である。


 エスコ世界には、異界と呼ばれるもうひとつの世界が存在し、そこはわかりやすいファンタジーの世界だ。


 この異界と現実世界(通称、現界)は、バランス台に一本足で立っているくらいに、不安定な状態で安定している。


 この異界と不安定に重なっている状態は、様々な種類・方法で、現界と影響を及ぼし合っている。


 例えば、魔物が湧いているダンジョンは、常に異界へと通じている(閉じることは出来ない)。


 例えば、エルフたちの国である神殿光都アルフヘイムは、儀式を通して異界から現界へと通じることが出来る(閉じたり開いたり)。


 例えば、鳳凰島のように、異界のものが現界に現れているものもある。


 魔術演算子なんかも、設定上は、異界から流れてきた粒子らしい。その粒子を用いた技術を体系化したのが魔導触媒器マジックデバイスであり、人間が使いやすいように想像イメージと結びつけたのが魔法である。


 トーキョーのご近所さんに現れた鳳凰島は、異界と繋がり始めた時期からその影響力を巧みに操り経済を支配した鳳皇家(鳳嬢学園を治める公爵家)の支配下に置かれ、別荘ならぬ別島扱いされている。


 と言うわけで、純白のビーチハウスが用意された鳳凰島には、学園生以外は存在せず、完全にプライベートビーチ化していた。


 オリエンテーション合宿中は、基本的に無礼講。


 学園の制服を脱いだお嬢様たちは、可愛らしい私服に着替えていた。


「潮風が気持ちいいですわぁ~!!」


 ご機嫌の噛ませお嬢は、デカすぎる麦わら帽子に、胸元がざっくり開いた白いワンピース姿だ(お前は、ハリウッド女優か?)。


「……だる」


 対する月檻は、ゴム紐で髪をひとつにまとめて、シャツにジーンズと言うラフな格好をしていた。


 あまりにもスタイルが良すぎるせいで、そのラフさが逆に目立っている。お嬢様たちから、熱い視線を注がれるのも当然と言えた。


 ……てか、コイツ、顔が良すぎない?


 彼女は、ポケットに両手を突っ込んで、ダルそうに目を細めている。その格好も相まって、中性的な美しさをかもし出していた。


「……あ、あの、月檻さん?」

「うん? なに?」


 俺は、もじもじと、お嬢を指差す。


「ちょ、ちょっとで良いから、お嬢の肩をそっと抱いてもらって良い?」

「は? なんで?」

「いや、あの、ちょっとで良いから。ごめんね。ちょっとで良いから」


 ため息を吐いて。


 月檻は髪を掻き回しながら、お嬢に近づいて――そっと、その肩を抱いた。


「ふぁん!? な、なんですの急に!?」

「…………」


 無言で、月檻が見つめていると、見る見る間にお嬢の顔が真っ赤になっていく。


「な、なんですの……」


 月檻は、手に力をめる。


 お嬢は、扇子で顔を隠して、そっぽを向いた。


「ちょ、ちょっと……」

「……嫌なの?」

「い、嫌と言うか……あ、あの……」

「嫌なの(ささやき声)」

「ふぇえ!? え、いええ!?」


 あ、さ、さいこ……さいこ……いきてて……よかっ……さいこ……(白目)


 密着するふたりを視て、脳の許容量を超えた俺は白目をく。


 月檻、俺は、お前が出来る子だと知っていた……本来のお前は、こうして、ちょろい女の子を片っ端から落としていく子なんだ……落とせ……落とせ……! お前の本来の力を見せてみろ……月檻、さぁ……!!


「オフィーリア」

「あ、は、はひ……」


 月檻は微笑んで――くるりと、きびすを返して、こちらに戻ってくる。


 茫然自失のお嬢は取り残されて、俺は、絶望の面持おももちで月檻を出迎えた。


「飽きた(爽やかな笑顔)」

「いや、そんな月檻さん、ご無体な……頼みますよ……こんな寸前で……俺、今夜、眠れないんだけど……」

「ん? なら、添い寝してあげる」


 微笑して、月檻は俺の頬を撫でる。


「寝付けるまで、背中、トントンって叩いてあげるよ?」

「俺の背中じゃなくて、お嬢の背中をトントンってしたら秒で爆睡 (のフリ)するよ」

「あの子と同期してんの……? 同じメーカーの製品……?」 

「つ、月檻桜ぁああああああああああああああああああああああああああ!! また、わたくしをバカにしましたわねぇええええええええええええええええ!!」


 こちらに走ってきたお嬢がコケて、顔から砂浜に突っ込む。


 足をりむいたらしい。彼女は、赤くなったヒザを抱えて顔を歪める。


「…………ぅう」


 や、ヤバい、泣きそう!! 泣き顔だけは視たくない!!


 俺の跳ねた髪を直すのに夢中な月檻は、助けに入る気はサラサラなさそうだった。


 放置するわけにもいかず、俺は、今にも泣きそうなお嬢に駆け寄る。


「お嬢、ほら、掴まれ」

「よ、余計なお世話ですわ!!

 だ、誰が男の世話になんか……い、いたい……」


 涙目のお嬢を視て、俺は、その場に座り込んで背中を差し出す。


「ほら、お嬢、乗りな。

 俺のことは乗り物かなにかだと思って。他の奴らには、俺が脅して無理矢理、乗せたことにするから。

 一回、船に戻って、傷の手当てしような」

「こ、子供扱いしないで!! そ、そもそも、わたくしは、男なんかに触れたくもないのよ!!」

「わかった。

 月檻なら良いか? 大丈夫だよな? 直ぐに呼んでくるから」

「や、やだ……あの子は、わたくしのこと、バカにするもの……」

「他の女の子なら良いか?」

「い、嫌よ……わたくしは、マージライン家の令嬢なのよ……こんな情けない姿……視られたくない……」


 うーん、このワガママっぷり、たまらねぇ(ご満悦)。


 しゃあない。強硬手段だな。


 俺は、彼女のことを両腕で抱えて、一気に持ち上げる。


「きゃっ!」


 彼女をお姫様抱っこした俺は、他の連中の目を避けながら、迅速にクイーン・ウォッチへと戻っていく。


「や、やめて!! 離しなさい!! 無礼者!!」


 ぽかぽかと、か弱い力で、お嬢は俺を叩いてくる。


 なんと言う噛ませ力だ……1ダメージも喰らっている気がしない……本人は、顔真っ赤で必死なのがカワイイね……お嬢成分が満たされる……。


 抵抗は諦めたのか、体力が尽きたのか。


 ぐったりと、全体重を預けたお嬢は、うるんだ瞳で俺を見上げる。


「この……バカぁ……!」

「あ、はい(事務的対応)」


 嫌悪感よりも羞恥心が勝ったのか。


 彼女は、嫌いな筈の男のシャツをぎゅっと握って、逃れるように顔をうずめる。


「もう……やだぁ……」

「ういーす、すいません、急ぎまーす(駆け足)」


 とっとと、俺は船内に戻って、医務室にお嬢を預けてくる。


「…………」


 その頃には、お嬢の肌の赤らみは首筋にまで広がっていた。


 彼女は、一言も発さずに、震えながら口をつぐむ。


「治療が終わっても、しばらく、ココにいな。急に無理して動いたら危ないから、ちゃんと、ココでじっとしてろよ。良いな?

 すいません、この子、痛みに弱いのでくれぐれもよろしくお願いします」

「承知いたしました」

「…………」


 今にも泣きそうな顔で、お嬢は俺をにらみつける。


「三条燈色……このおんは忘れませんわよ……ありがとうとは……言っておくけれども……ばか……」

「気にすんな、恩返しは多くを求めない。

 今夜、月檻と同じベッドで眠ってくれれば良いよ(きらめく笑顔)」

「ふん……冗談のセンスはありませんわね……奴隷にしては、まぁまぁ、ですけれども……」


 冗談ではない(真顔)。


 まぁ、飽くまでも、本人の意思を尊重するのが俺の指針ガイドライン。無理強いはしないが、常に可能性は求めていて欲しい。


 俺が砂浜に戻ると、丁度、レクリエーションの説明が始まるところだった。


 月檻は微笑んで、俺を出迎える。


「おかえり、王子様」

「お前、マジで頼むよ。本来、お前がやるべきことなんだよ。頼むよ、本当に。これからが勝負だからな、お前。このレクリエーションで変わるんだからな。ちゃんと、覚悟しておけよ、お前。俺があんなことするの今回までだからな」


 と言うか、俺は、こんなことしてる場合じゃないんだよ。


 出遅れた形で、俺は、AからEクラスの集団を見回し……いた。


「…………」

「…………」

「…………」


 あの三人組。


 Bクラスか、原作と同じだな。


 さて、原作通りであれば、これからあの三人組が騒ぎを起こすわけだが……さくっと、月檻が解決してくれるだろうから俺は手出ししない。


 有り得ないとは思うが、月檻が死にそうな目にいそうになった場合は、援護射撃等も行うつもりはある。


 ギリギリまで手出しをするつもりはないが、月檻が死ねば、ありとあらゆるハッピーエンドが掻き消える。


 今後の百合のためにも、手助けするタイミングを見極めて、主人公アゲの機会を奪わないようにしよう。


「と言うわけで、皆様には、こちらの自己紹介カードをお配りいたします。

 現在いまから、スタッフが島内に散らばって、各種アクティビティの補助員となります。それらのアクティビティに挑む際にはスタッフに声がけし、自己紹介カードを用いて他のグループへの挨拶を済ませてから、対戦形式でアクティビティに望んでください。

 勝利の際には2ポイント、敗北しても1ポイントを差し上げます。最も多くのポイントを取得したグループには景品も用意してありますので……なるべく、多くのグループと交流をするように頑張ってください」


 レクリエーションの説明が終わるなり、Bクラスの三人組は、そそくさと島内を進んでいき――


「月檻、こっちだ。

 アイツらにアクティビティを挑――月檻?」


 月檻の姿がない。


 唖然あぜんとして、さっきまで隣にいた彼女を探すがどこにもいない。


「月檻!? おい、月檻!? どこだ!?」


 必死に探し回るが、忽然こつぜんと月檻桜は消え去っていた。


 俺は、隠していた九鬼正宗を腰に差し、呆然と人気のない砂浜に立ち尽くす。


 どこからか、歓声が響いてくる。


 各種アクティビティに散らばったお嬢様たちは、早くも遊び始めているようだった。


 や、やべぇ……な、なんで、このタイミングでいなくなるんだよ……! アイツがいなかったら、色々とマズイぞ……!


 ハッとして、俺は、引き金(トリガー)を引く。


 マズイマズイマズイ!! 月檻がアイツらと鉢合はちあわせしてないとしたら!!


 鬱蒼うっそうとした森林の中へと駆け込み、全力で、島内を駆け抜ける。


 木々を蹴りつけながら、俺は、空中を飛び――案の定、マズイ事態に陥っていた。


 B組の三人組。


 目つきの鋭い少女たちの背後、歪んでいる異空間から赤黒い両腕が伸びていた。


 その異形の腕は、ひとりの女の子を樹に押し付け首を締め付けている。


「ふふっ、悪く思わないでよ……貴女は、あの御方のいしずえになる……アステミルの前に、ココで命をたせてもらうわ……」

「あ……あぐっ……!!」


 レクリエーション中のため、魔導触媒器マジックデバイスを持っていなかったラピスは、完全に不意を突かれる形になった。


 赤黒いアザが首に広がり、彼女は、苦しそうに顔を歪める。


 月檻を呼んでくる――そんな考えは、その光景を視た瞬間に吹っ飛んだ。


 一気に、俺は、突っ込んで。


「なっ!?」


 断――!!


 赤黒い腕を叩き斬り、ぐったりとしたラピスを抱きとめる。


 驚愕の面持ちで、後ろに下がった三人を睨みつけ――俺は、ささやいた。


「…………えろ」

「え?」

「構えろ」


 俺は、右腕に不可視の矢(ニル・アロウ)を生成する。


「どうせ、避けられないだろうが……機会チャンスはやるよ」


 人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし――水の矢が、伸び切って、張り詰める。


「死にたくなかったら構えろ」


 俺の視線と指先が、三人を射抜いぬく。


「お前らがこの子(ヒロイン)に触れて良い道理はねぇんだよ……女の子が女の子の首を締めやがって……ゆるされるなんて思うなよ……」


 びくりと、三人は震えて、俺は微笑む。


「お前らとこの子の間なら、喜んで挟まってやるよ」


 本来、ヒイロが挑めば、瞬殺されるであろう三人を指で招く。


「底辺の男の子様が遊んでやるから……とっとと、かかって来い」


 彼女らは、一斉に――俺へと、赤黒い腕を伸ばした。

<< 前へ次へ >>目次  更新