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船旅の始まり

 お嬢様学園のオリエンテーション合宿は規模が違う。


 なにせ、この2泊3日の旅は、クルーズ客船での船旅クルーズである。


 鳳嬢魔法学園の持つ豪華客船、『クイーン・ウォッチ』。


 昨日、スノウと肩をくっつけ合って調べた結果、クルーズ客船は4つのクラスに区分される。


 大衆船マス特別船プレミアム上級船ラグジュアリー最高級船ブティック


 クイーン・ウォッチは、最高級船ブティックに分類される。


 名前から推測出来るとは思うが、大衆船マスが最も低いランクで、最高級船ブティックは最も高いランクだ(一概いちがいに言えないところもある)。


 船内設備は、驚くくらいに充実している。


 客室キャビンは高級ホテルのソレだし、複数あるレストランは和・洋・中を取り揃えており、学生用の癖にバーまである(教員には酒類が提供される)。


 ラウンジにはプロのスタッフ、クルーが控えており、お嬢様たちのワガママの大半を叶えてくれる。


 船上にはプールとサーフシミュレータが常設されており、フィットネスクラブ、スパ、美容室に各種ショップ、遊戯室にダンスフロア、医師・看護師も乗船しており、医務室に行けば適切な処置も受けられる。


 マリーナ先生から配布されたクイーン・ウォッチのサービス内容を視て、俺は『こんなん動くサービス要塞じゃん』、スノウは『中央から真っ二つに折れて欲しい』と称賛の声を惜しまなかった。


 俺とスノウにとっては、あごが外れるレベルに馴染なじみのない豪華客船ではあるが。


 お嬢様たちにとっては、『こんなもの乗り飽きてますわよごめんあそばせ』的なレベルらしく、興奮する俺を他所よそに『はいはい、豪華客船豪華客船』みたいな顔をして、つまらなそうにあくびをしていた。


 基本的に、船旅クルーズの大半の時間は、海の上で過ごすことになる。


 そのため、イベントやショーなどの船内プログラムが事前に告知されており、寄港地で下りて観光する以外の時間はもよおし物を楽しむのが基本だ。


 飽くまでも、今回のオリエンテーション合宿は、学生同士の交流が目的である。


 そのため、AクラスからEクラスまで、同じ船に乗り合わせることになる。クラスを問わずに、コミュニケーションをはかるためだ。


 とは言っても、イベントはクラス内で行われるし、その中でもグループでの行動が基本となる。


 寄港地でもグループ行動を常とされるが、特段、縛りらしい縛りは存在しない。


 別に、寄港地で下りなくても問題ないくらいに自由度はある。


 ただ、魔導触媒器マジックデバイスには小導体ミニ・コンソールを付けられて、現在地は常に特定される。教員は画面ウィンドウとにらめっこして、やべーことをやらかしそうなバカがいれば、すっ飛んで来て処理しなければならない。


 可哀想に……マリーナ先生は、胃が痛いことだろう……。


 さて、このオリエンテーション合宿だが、当然のことながらタダでは終わらない。


 俺は、原作ゲームをプレイしているから、なにが起こるかは知っている。


 覚悟を決めてきたものの、月檻が対処出来ないとは思えないし、今回、俺が出る幕はないと思っている。


 隅の方で主人公とヒロインズに声援を送り、彼女たちの百合の芽生えを観察することにてっするつもりだ。


 何事もなければ、この出来事を切っ掛けに、月檻とヒロインズの距離はぐっと近づく筈だ。


 だからこそ、この合宿は、主人公にとっての分水嶺ぶんすいれいと成り得る。


 息を。息を潜めなければ。


 俺は、今回、存在を消して船旅クルーズを楽しむ。


 俺がクリアしなければならない課題は、師匠とスノウ、ミュールとリリィさんにお土産を買って帰るくらいのものだ。


 改めて決意した俺は、待合席に腰を下ろしている。


 現在いま、俺たちが居るのは、『トーキョー国際クルーズターミナル』。


 あと10分後には、ココから豪華客船クイーン・ウォッチに乗り込むわけだが……正直言って、クソ眠い。


「…………」


 いや、だって、豪華客船とか乗るの初めてだもん!! めっちゃ、緊張するわ!! つーか、ワクワクするわ!! 昨日、ソワソワし過ぎて、スノウに『早くトイレ行ってきてくださいよ』って言われたもん!!


「…………」


 船酔いしたらどうしよう……不安になってきた……従者の乗船は自由だって言ってたけど、諸々の費用は自己負担って言ってたし……無理してでも、スノウ連れてくれば良かったかな……なんだかんだ、アイツ、気がくし……。


 全面ガラス張りのエントランスホールから上がって、広々とした空間が用意されている2階の待合スペース。


 どこまでも奥行きのある待合スペースで、お嬢様たちが集う姿は壮観だった。


 当然、男である俺の周囲には誰も居な――


「ヒイロくん」


 制服姿の月檻は、足を組んで、こちらに微笑みかける。


「具合悪い? 大丈夫? ガム食べる?」

「…………」


 なぜか、主人公様は、ヒロインズを無視して俺の隣に座っていた。


 まぁ、同じグループだからな……『男のそばなんて、虫唾むしずが走りますわ!』とか言って、とっとと、どこかに消えたお嬢を見習って欲しい。


「お兄様、どうぞ、お茶です」

「…………」


 当然のように、従者を引き連れた三条家のお嬢様、俺の妹、レイはカップに入ったお茶を渡してくる。


 なぜ、コイツは、俺と同じグループじゃないのに、当然のような顔で世話を焼いてくるんだろうか。どのイベントに参加するのかとか、早口でたずねてくるし、従者に俺用の酔い止めを買いに行かせてるし。


「ヒイロ! ヒイロ、わたし、プール入りたいなプール!」

「…………」


 ラピス、お前の言うフォローは、俺と一緒にプールに入ることか?


 俺がラピスを見上げると、彼女はハッとしたかのように頷く。


「わかってる! 参加したいイベントには赤線付けておいたから!」


 百合の神よ……聞こえますか、今、あなたの心に話しかけています……○ね……。


「…………」


 絶望した俺は、その場でうつむいた。


 ラピスは、もうダメだ……己の使命を忘れて、心がワクワクに支配されている……お友達と一緒に行くお泊りに、胸を高鳴らせちゃってる……カワイイね……(泣)。


 とりあえず、俺は、牽制ジャブを入れておくことにした。


「…………」


 無言で立ち上がり、スノウに電話をかける。


「もしもし、たすけて(単刀直入)」

『え……もうですか……? 早くない……? とりあえず、待ち受け画面は私とのラブラブツーショットにしておいたんですよね……? その画面をそれとなく見せる計画は、どうなりましたか……?』

「ガン無視された(3敗0勝)」

『えぇ……』

「とりあえず作戦第二弾で、さらなるジャブを入れておきたい。

 お前の左ジャブの速さ、見せつけてやってくれ。俺は、もう、拳を振るえない。振るえないけど、震えてはいる」

『わかりました。スピーカーに切り替えてください』


 俺は、スピーカーに切り替えた状態でスノウと通話を始める。


「もしもし、ハニー。

 こっちは、ターミナルに着い――」

『レイ様から電話がかかってきたので切りますね頑張ってください愛しのダーリンさよなら(早口)』


 ツーツーツー。


 電話が切れて、俺は、呆然と画面を見つめる。


 はえ~、つっかえね~^^


「ご、ごめんなさいお兄様……邪魔したりして……もう乗船時間みたいなので……さっきから話しかけていたのですが反応がなかったので……スノウには謝っておきました……あの、本当に、おふたりの邪魔をするつもりはなくて……」

「わかってる、そこは信じてる。

 俺にも、着信入ってたし、スノウが俺を裏切る速度が音を超えていっただけだ」


 ため息を吐いて、俺は、正攻法でいくことにした。


「ラピス、レイ、俺たちは別々のグループだろ。

 一緒にイベントを楽しむ分には否定しないが、このオリエンテーション合宿の基本はグループ行動だ。お前らがふたりで好き勝手に行動したら、残ったひとりが可哀想だろ」


 反論しようとは思ったものの、言葉が見つからなかったのか。


 レイとラピスは、しゅんっと項垂うなだれる。


「わかりました……一度、戻ります……」

「ヒイロ、ごめん、あの、わたし、自分の立場わかってるから。ごめんね」

「俺は、ふたりにわかってもらえてとても嬉しい……嬉しい……!(涙声)」


 正論であれば、聞き分けの良いふたりは受け入れてくれるらしい。


 彼女らは、班員と合流するためにすごすごと去っていく。見守っていた月檻は、微笑を浮かべる。


「言う時は言うね」

「いつも言ってるつもりなんだが……と言うか、お嬢はどうした? イヤイヤ言う気持ちはわかるが、乗船の時に点呼があるから、グループで固まらないと面倒だぞ」

「あそこで、もう、イベントを楽しんでるけど?」

「イベント?」


 視てみれば。


 現在いまにも、掴み合いそうになりそうな勢いで、お嬢と別クラスの少女たちが口論にきょうじていた。


「ふん!! これだから下民は!! わたくしは、だから、貴女たちのような下々の者と関わり合いたくないと言ってるのよ!!」

「ちょっと、口に気をつけなさいよ! こっちは三人なんだからね!」

「先生の視てない間に、あなたの顔を切り裂くことだって出来るのよ!」

「なに、偉ぶってんのよ! あんたから、吹っかけてきたんでしょ!?」


 お嬢は、自信満々で、首飾り(マジックデバイス)を構える。


「オーホッホッホ!! たった三人で、このオフィーリア・フォン・マージラインを相手取るつもりかしら?

 おたわむれが過ぎますことよ。己の程度を知ることね」


 ちょっと視ない間に、もう、噛ませてる!!(動詞)


「月檻、お前、視てないで止めろよ!! あの自信満々の顔、視てみろ!! あと三秒もすれば、泣き顔に変わるぞ!!」

「いつものことじゃん」

「可哀想だろぉ!? 泣いちゃうんだぞぉ!?

 すいません!! すいませんでした!! あの!! 土下座するので、許してください!!」


 俺は、慌てて、お嬢と彼女らの間に入る。


 早くも、前途多難な旅路が、始まったような気がした。

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