船旅の始まり
お嬢様学園のオリエンテーション合宿は規模が違う。
なにせ、この2泊3日の旅は、クルーズ客船での
鳳嬢魔法学園の持つ豪華客船、『クイーン・ウォッチ』。
昨日、スノウと肩をくっつけ合って調べた結果、クルーズ客船は4つのクラスに区分される。
クイーン・ウォッチは、
名前から推測出来るとは思うが、
船内設備は、驚くくらいに充実している。
ラウンジにはプロのスタッフ、クルーが控えており、お嬢様たちのワガママの大半を叶えてくれる。
船上にはプールとサーフシミュレータが常設されており、フィットネスクラブ、スパ、美容室に各種ショップ、遊戯室にダンスフロア、医師・看護師も乗船しており、医務室に行けば適切な処置も受けられる。
マリーナ先生から配布されたクイーン・ウォッチのサービス内容を視て、俺は『こんなん動くサービス要塞じゃん』、スノウは『中央から真っ二つに折れて欲しい』と称賛の声を惜しまなかった。
俺とスノウにとっては、
お嬢様たちにとっては、『こんなもの乗り飽きてますわよごめんあそばせ』的なレベルらしく、興奮する俺を
基本的に、
そのため、イベントやショーなどの船内プログラムが事前に告知されており、寄港地で下りて観光する以外の時間は
飽くまでも、今回のオリエンテーション合宿は、学生同士の交流が目的である。
そのため、AクラスからEクラスまで、同じ船に乗り合わせることになる。クラスを問わずに、コミュニケーションを
とは言っても、イベントはクラス内で行われるし、その中でも
寄港地でも
別に、寄港地で下りなくても問題ないくらいに自由度はある。
ただ、
可哀想に……マリーナ先生は、胃が痛いことだろう……。
さて、このオリエンテーション合宿だが、当然のことながらタダでは終わらない。
俺は、
覚悟を決めてきたものの、月檻が対処出来ないとは思えないし、今回、俺が出る幕はないと思っている。
隅の方で主人公とヒロインズに声援を送り、彼女たちの百合の芽生えを観察することに
何事もなければ、この出来事を切っ掛けに、月檻とヒロインズの距離はぐっと近づく筈だ。
だからこそ、この合宿は、主人公にとっての
息を。息を潜めなければ。
俺は、今回、存在を消して
俺がクリアしなければならない課題は、師匠とスノウ、ミュールとリリィさんにお土産を買って帰るくらいのものだ。
改めて決意した俺は、待合席に腰を下ろしている。
あと10分後には、ココから
「…………」
いや、だって、豪華客船とか乗るの初めてだもん!! めっちゃ、緊張するわ!! つーか、ワクワクするわ!! 昨日、ソワソワし過ぎて、スノウに『早くトイレ行ってきてくださいよ』って言われたもん!!
「…………」
船酔いしたらどうしよう……不安になってきた……従者の乗船は自由だって言ってたけど、諸々の費用は自己負担って言ってたし……無理してでも、スノウ連れてくれば良かったかな……なんだかんだ、アイツ、気が
全面ガラス張りのエントランスホールから上がって、広々とした空間が用意されている2階の待合スペース。
どこまでも奥行きのある待合スペースで、お嬢様たちが集う姿は壮観だった。
当然、男である俺の周囲には誰も居な――
「ヒイロくん」
制服姿の月檻は、足を組んで、こちらに微笑みかける。
「具合悪い? 大丈夫? ガム食べる?」
「…………」
なぜか、主人公様は、ヒロインズを無視して俺の隣に座っていた。
まぁ、同じ
「お兄様、どうぞ、お茶です」
「…………」
当然のように、従者を引き連れた三条家のお嬢様、俺の妹、レイはカップに入ったお茶を渡してくる。
なぜ、コイツは、俺と同じ
「ヒイロ! ヒイロ、わたし、プール入りたいなプール!」
「…………」
ラピス、お前の言うフォローは、俺と一緒にプールに入ることか?
俺がラピスを見上げると、彼女はハッとしたかのように頷く。
「わかってる! 参加したいイベントには赤線付けておいたから!」
百合の神よ……聞こえますか、今、あなたの心に話しかけています……○ね……。
「…………」
絶望した俺は、その場で
ラピスは、もうダメだ……己の使命を忘れて、心がワクワクに支配されている……お友達と一緒に行くお泊りに、胸を高鳴らせちゃってる……カワイイね……(泣)。
とりあえず、俺は、
「…………」
無言で立ち上がり、スノウに電話をかける。
「もしもし、たすけて(単刀直入)」
『え……もうですか……? 早くない……? とりあえず、待ち受け画面は私とのラブラブツーショットにしておいたんですよね……? その画面をそれとなく見せる計画は、どうなりましたか……?』
「ガン無視された(3敗0勝)」
『えぇ……』
「とりあえず作戦第二弾で、さらなるジャブを入れておきたい。
お前の左ジャブの速さ、見せつけてやってくれ。俺は、もう、拳を振るえない。振るえないけど、震えてはいる」
『わかりました。スピーカーに切り替えてください』
俺は、スピーカーに切り替えた状態でスノウと通話を始める。
「もしもし、ハニー。
こっちは、ターミナルに着い――」
『レイ様から電話がかかってきたので切りますね頑張ってください愛しのダーリンさよなら(早口)』
ツーツーツー。
電話が切れて、俺は、呆然と画面を見つめる。
はえ~、つっかえね~^^
「ご、ごめんなさいお兄様……邪魔したりして……もう乗船時間みたいなので……さっきから話しかけていたのですが反応がなかったので……スノウには謝っておきました……あの、本当に、おふたりの邪魔をするつもりはなくて……」
「わかってる、そこは信じてる。
俺にも、着信入ってたし、スノウが俺を裏切る速度が音を超えていっただけだ」
ため息を吐いて、俺は、正攻法でいくことにした。
「ラピス、レイ、俺たちは別々の
一緒にイベントを楽しむ分には否定しないが、このオリエンテーション合宿の基本は
反論しようとは思ったものの、言葉が見つからなかったのか。
レイとラピスは、しゅんっと
「わかりました……一度、戻ります……」
「ヒイロ、ごめん、あの、わたし、自分の立場わかってるから。ごめんね」
「俺は、ふたりにわかってもらえてとても嬉しい……嬉しい……!(涙声)」
正論であれば、聞き分けの良いふたりは受け入れてくれるらしい。
彼女らは、班員と合流するためにすごすごと去っていく。見守っていた月檻は、微笑を浮かべる。
「言う時は言うね」
「いつも言ってるつもりなんだが……と言うか、お嬢はどうした? イヤイヤ言う気持ちはわかるが、乗船の時に点呼があるから、
「あそこで、もう、イベントを楽しんでるけど?」
「イベント?」
視てみれば。
「ふん!! これだから下民は!! わたくしは、だから、貴女たちのような下々の者と関わり合いたくないと言ってるのよ!!」
「ちょっと、口に気をつけなさいよ! こっちは三人なんだからね!」
「先生の視てない間に、あなたの顔を切り裂くことだって出来るのよ!」
「なに、偉ぶってんのよ! あんたから、吹っかけてきたんでしょ!?」
お嬢は、自信満々で、
「オーホッホッホ!! たった三人で、このオフィーリア・フォン・マージラインを相手取るつもりかしら?
お
ちょっと視ない間に、もう、噛ませてる!!(動詞)
「月檻、お前、視てないで止めろよ!! あの自信満々の顔、視てみろ!! あと三秒もすれば、泣き顔に変わるぞ!!」
「いつものことじゃん」
「可哀想だろぉ!? 泣いちゃうんだぞぉ!?
すいません!! すいませんでした!! あの!! 土下座するので、許してください!!」
俺は、慌てて、お嬢と彼女らの間に入る。
早くも、前途多難な旅路が、始まったような気がした。