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修羅場の方がまだマシ

 さすがは、お嬢様学校だと言うべきか。


 鳳嬢魔法学園の食堂は、第一から第三まで存在する。


 スコアで支配されるこの世界ならではの決まりで、この第一から第三食堂は、スコアによって利用可能な場所が異なる。


 第一食堂は、万超えの高スコア用。

 第二食堂は、数千規模の中スコア用。

 第三食堂は、それ以外の低スコア用。


 第一食堂なんかは、食堂と言うよりは、最早、式典場みたいな雰囲気がある。立ち入るお嬢様たちも、服装規定ドレスコードのっとってか、夕食時には綺羅びやかなドレスを身にまとっている。


 とは言え、第三食堂だって、食堂と言うよりもレストランの方が近い。


 なにせ、セルフサービスなんてものは存在しない。テーブルごとに給仕とシェフが控えており、座ろうとすれば椅子を引いてくれるご奉仕ぶりだ。


 テーブル席の周囲は円形の仕切り(パーテーション)で区分けされており、手元の飲み物が空けば勝手に注いでくれる。


 朝食から夕食まで提供され、値段もリーズナブルだ。


 夜にはコース料理も提供されるが、正直、テーブルマナーにえんのない俺が、利用することはないだろう(金に余裕があるわけでもないし)。


「…………」

「…………」


 で、ラピスに連れられた俺は、第三食堂の隅のテーブルに座っているわけだが。


「…………」

「…………」


 『席だけ使わせて欲しい』と、ラピスが給仕人を追い払ってから、ゆうに10分ほど無言が続いている。


「…………」

「…………」


 え、なに、この空気?


 重苦しい空気に耐えかねて、口を開こうとした時――隣から、甘酸っぱい声音こわねが聞こえてくる。


「はい、あ~ん!」

「い、いいよ、あたし、そう言うの苦手だって……恥ずかしいし……」

「周りに誰もいないんだから、大丈夫だって!

 ほら、あ~ん!」

「わ、わかったって……あ、あ~ん……」


 俺は、全ての意識を耳に集中させる。


「美味しい?」

「美味しいけど……」


 声だけだったが。


 目を閉じた俺の脳裏には、はっきりと、顔を赤らめるボーイッシュな女子の姿が映った。


「は、恥ずかしい……」


 静かに、俺は、涙を流した。


 世界は……こんなにも、美しかったのか……ココに連れてきてくれたラピスに、感謝の言葉を伝えたい……いや、この感動を伝えたい……ラピス、この世界は、こんなにも美しいよ……聞こえるか、お前にも……この感動おとが……。


「ヒイロ、あの、その、ね……。

 君に渡したいも――なんで、泣いてるの!?」

「気にするな(号泣)」

「気にするでしょ! なに、花粉症!? ほら、ちゃんと拭いて! なんか、わたしが泣かせたみたいじゃない!」


 優しく、ラピスが、俺の目元にハンカチを当てる。


 微笑みながら、俺の涙を拭き取って。


 ラピスは、ピンク色の包みを取り出して俺に突きつける。


「……は、はい」


 頬を染めて、ぶっきらぼうに、片手で突き出してきたピンク色の包み。


 俺は、困惑しながら、それを受け取る。


「新種の魔導触媒器マジックデバイスか……?」

「ば、バカ、お弁当でしょ。どう視ても」

「弁当?」


 首を傾げて、俺は、包みを開いた。


 ラピスの言う通り、楕円形の小さな弁当箱が現れる。


 可愛らしい色合い(パステルカラー)。二段になっているその弁当箱は、クマのキャラクターのバンドで止められていた。


「で、コレを月檻に渡せば良いのか?」

「は? なんで、アイツの名前が出てくるの?」


 え、こわい……本気でキレてる……た、確かに、初期のラピスと月檻の仲が険悪なのは、シナリオの通りだけども……殺意さえ混じってませんか……?


 打って変わって。


 ラピスは、もじもじとしながら、ごにょごにょと口ずさむ。


「ほ、ほら、君って、アステミルと朝早くから鍛錬してるでしょ……朝ご飯、食べる時間ないかなって……だから、お弁当……こ、このサイズだったら、授業前に、ちょっとはお腹が満たせるでしょ……?」

「…………」


 しげしげと、俺は、その弁当を見つめる。


「コレ、俺の!?」

「そ、それはそうでしょ」

「お前が作ったの!?」

「う、うん……御影弓手アールヴの中に、料理が得意な子がいて……習ってみたの……たぶんだけど、上手く作れたと思う……」


 俺は、絶望の面持ちで、きらめく手作り弁当を見下ろした。


 ま、マズい……手作りのお弁当はマズい……完全に、ラブコメのアレだ……だが、ラピスは、俺に恋愛感情は持っていない筈……それだけは間違いない……婚約者アピールで距離を取りつつ、なぜ、こんな事態に陥ったのかを探らなければ……。


「俺、婚約者がいるんだよね(強者の風格)」

「うん、知ってる」

「え、あ……ふぅん……(負け犬)」


 震える手で、俺は、弁当の箱(パンドラボックス)を開いた。


 一段目がご飯。


 二段目には、卵焼き、肉団子、おひたし、肉巻きアスパラ……手の込んでいる料理が並んでいて、俺は、思わずフタを閉じた。


 ま、マズい……ガチのヤツだ……まともに料理をしてこなかったお姫様が、丹精込めて作った感が全面に出てきている……大半の人間が、この弁当ひとつに数万円支払えるレベルだ……。


「ひ、ヒイロって、嫌いな食べ物とかあるの?」

「ゆ、百合に挟まる男」

「そ、そうなんだ。

 じゃ、じゃあ、それは、入れないようにする」


 お互いに。


 過度の緊張状態にあるためか、会話がまるで成立していなかった。それでも、事態は前へ前へと進み続ける。


 上目遣いで、ラピスは、俺をうながしてくる。


「た、食べないの……?」


 なぜだ。


 なぜ、こうなった。


 理由を……理由を探らなければ……婚約者がいると明言したにも関わらず、前よりも悪化しているのはどういう……なにか……なにか、理由がある筈だ……原因を掴んで、対策しなければマズい……!


「な、なんで、急に弁当? 俺たち、友達だよね?」

「と、友達じゃないでしょ」


 えっ!?(心臓の止まる音)


好敵手ライバル、でしょ」


 お、OK!! OK!! GOGOGO!!(心臓の動き出す音)


好敵手ライバルにお弁当作ってくるのはおかしい……?」

「お、おかしいかな。

 敵に塩を送る的な言葉はあるけど、敵に手作り弁当まで送っちゃったら、それはもう恋心的なニュアンスを抱いてない?」

「こ、恋……?」


 ようやく、自覚したのか。


 ラピスは、大きく目を見開いて、純白の肌を真っ赤に染めた。


「ち、ちが……っ!

 こ、コレ、そういうのじゃなくて! わ、わたし! あのっ!!」

「オーケーオーケー、大丈夫だ、落ち着け。

 俺たちは、今、ようやく心が通い出した。スゴイ安堵してる。そういう系統の手作り弁当じゃないんだよな、お前、婚約者のいる男にちょっかいかけられるようなヤツじゃないもんな」

「う、うん……わたし、あの……だって、急に、ヒイロに婚約者がいるって言われて……」


 ぎゅっと、握った両手をひざに置いて。


 真下を見つめたラピスは、とつとつと、語り始める。


「色々、考えちゃって……勝負とか一緒に出かけたりとか……そういうの、もう、迷惑だからやっちゃいけないのかなって……そもそも、最初に『勝負勝負!』なんて言って押しかけて……ヒイロの優しさに甘えて、居候いそうろうさせてもらっちゃったけど……わたし、ヒイロになにもしてあげられてないなって思って……」


 罪悪感で青くなっている俺の前で。


 ラピスは、真剣に言葉をつむぎ続ける。


「わたし、学園に友達とかひとりもいないし……ヒイロくらいしか、まともにしゃべれる相手いないから……こ、婚約者のいる男の子に近づくのはダメってわかってるけど……出来れば、今まで通りに接したくて……そういうの、全部、めて……お弁当、作ってみたの……ごめんなさい……」


 今にも、泣き出しそうなラピスを視て。


 俺は、弁当箱を開けて、美味しそうなソレらをかき込む。


 呆気に取られているラピスの前で、完食し終えた俺は、彼女に微笑みかける。


「最高に美味い。才能あるよ、お前」

「ヒイロ……」

「俺たちは、好敵手ライバルで、それ以上でもそれ以下でもない。

 それなら、別に、今まで通りでも問題ないだろ」

「じゃあ……!」


 笑顔になったラピスに、俺は頷きかける。


「今まで通りだ。

 たまになら、勝負は受け付けるし、一緒に遊びたければ遊べば良い」


 顔を輝かせるラピスに、俺は笑顔を向ける。


好敵手ライバルだからな、俺たちは。好敵手ライバルだから。それ以上でもそれ以下でもなく、好敵手ライバルだから。お前に好きな女の子が出来たら俺は応援するし、お前も、俺と婚約者の恋路を手助けする。なぜなら、好敵手ライバルだから。この世界で、男と女は恋人関係に至ることはない。なぜなら、好敵手ライバルだから。俺とお前は好敵手ライバルだ――」

「じゃあ、明日からも、お弁当、作ってくるから!」

「えっ」


 話は終わったと言わんばかりに。


 弁当箱を包み直したラピスは、笑顔で、俺に手を振りながら走っていく。


「明日も、同じ時間にね! ヒイロ、頑張って! 応援してる! 好敵手ライバルだから!」


 その可愛らしさに、一瞬、見惚みとれて。


 我に返った俺は、胃に重たいものを抱えながら、Aクラスの教室に足を運んだ。


 ゆっくりと、席に着く。


 両手で顔を包んだ俺は、隣の月檻にささやきかけた。


「たすけてくれ、月檻……取り返しがつかなくなる前に……はやく……はやく、たすけてくれ……月檻……俺を救ってくれ……頼む……月檻……たすけて……」

「ん?

 よしよし、大丈夫大丈夫」


 気安く、笑顔で、頭を撫でるなァ……! お前、クールキャラだろうがァ……! その美しい手で、男なんぞの頭に触れるなァ……!!


 俺たちのやり取りを視て、左隣の噛ませお嬢が鼻で笑う。


「ふっ、朝から、男に触れるなんて。

 月檻桜、さすがは庶民と言うべきか、常識も知らないのかしら?」

「よしよし(フルシカト)」

「ひ、人の話をお聞きなさい!!」


 やはり、このふたりは、犬猿の仲なのか。


 今にも、噛みつきそうな噛ませお嬢(オフィーリア)と、まるで相手にしていない月檻の間(つまり、俺)では、火花がほとばしっているようだった。


 心からの願いだが、ふたりには、俺を挟まずに徹底的にやり合って欲しい。そうすることで生まれる絆が、百合が、きっとある筈なんだ(光り輝くまなこ)。


 俺は、お嬢と月檻の間に挟まって、ふたりの邪魔をしたくはない……なるべく関わらないように、ふたりの間でじっとしていなければ。


 改めて、そう決意した後に、マリーナ先生が入ってくる。


 彼女は、緊張の面持ちで、いつものようにホームルームを始めた。


「お、オリエンテーション合宿で、行動を共にしてもらうグループ決めですが……ま、まだ、互いをあまり知らない皆さんに任せるのもどうかと思いまして。

 こ、こちらで決定しておきました」


 そうして、黒板に張り出された(グループ)表……それを見上げた俺は、絶望の面持ちでたたずむ。


「あ、やった。ヒイロくんと一緒だ」

「は、はぁ!? こ、このわたくしが、男と庶民と同じ班!? この三人で動けとおっしゃられるの!? ご、御免だわ!! 責任者を呼びなさい!!」

「…………」


 三条燈色、月檻桜、オフィーリア・フォン・マージライン。


 第5班としてまとめられた三人の名前を視て、俺は、微笑を浮かべて頷いた。


 もう、どうしようもねぇ(諦観)。

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