<< 前へ次へ >>  更新
23/253

久々の鍛錬と魔眼

 鳳嬢魔法学園から、師匠と待ち合わせた公園へはバスで一本。


 大体、15~20分のバス旅になる。


 早朝4時ともなると、さすがにバスなんてものは走っていない。身体を温めるついでに、自分の足で走っていくことにした。


「ふっ、ふっ、はっ、はっ……!」


 魔力の流れを意識する。


 下肢かしにのみ魔力を集めれば、確かに速度は上がるが、無防備な上半身に攻撃を喰らえば命はない。


 薄く、伸ばすイメージ。


 必要最低限の魔力を下肢に回して、その他の魔力を上半身に注いだ。


 両目に、徐々に、魔力を投入していく。


 木立ちの葉の重なり、その葉脈すらも見通せる。


「…………うっ」


 立ちくらみ。


 一気に、魔力を一箇所に注ぎ込んだ影響か。


 魔力切れによく似た、立ちくらみのような症状が現れる。


 やはり、全力で、魔力を流し込むのはダメだ。一度に流せる魔力量には限界があって、許容範囲を超えれば拒否反応が起きる。


 そもそも、100%、全力の状態で戦えるなんて、そんな甘い状況が続くとは限らない。


 常に、何%の状態で戦うか。


 その指標を定めて、どこに何%の魔力を回すのかを考える必要がある。


 一度、瞑想のような時間を作って、体内に流れる魔力、体外に溢れる魔力を知覚出来るようにならなければ。小数点以下のレベルで、その魔力量を察知して、コントロールする緻密ちみつさが求められている。


 程よく汗をかいて。


 公園に辿り着くと、先に着いていた師匠が、急にそっぽを向いた。


「つーん!!」

「……いや、なに?」


 師匠は、明後日の方向を向いて叫ぶ。


「つーん!! つんつんつーん!!」


 この420歳……うっざ……。


 ちらちら、俺の反応を視ながら、良い歳した師匠は「つーん!!」を繰り返す。


「……わかりませんか?」


 腕を組んだ師匠は、ぷくぅと、頬を膨らませる。


「怒ってますけどぉ!?」

「あ、はい。そうすか」

「理由を聞きなさい!! 理由を!! 理由を聞きなさい!!」

「なんで、怒ってるんですか(棒)」

「婚約したそうですね」


 もう、ラピスから、情報が流れてるのか。


 俺は、苦笑して、頷いた。


「うん、婚約したよ。三条家の別邸に勤めてたメイド。前々から、俺がアプローチしてたんだけど、この間、ようやく了承をもらった」

「私、師匠なのに、聞いてませんよ!!」

「言ってないからね(自明の理)」


 頬を膨らませたまま、師匠は、懐から○ンテンドー○イッチを取り出す。


「折角、○イッチ買ったのに!! 可愛い弟子と、スマ○ラやりたくて買ったのに!! なのに、寝取られた!! 愛弟子、寝取られたァ!!」

「JOYコン、逆向きに刺さってるけど、もしかして初日に壊したの? ボタン、ベコベコに凹んでるけど、力加減、ド下手か?」


 よよよと、師匠は、泣き崩れる真似をする。


「可哀想に、昨日、ラピスなんて、一日中、ぼーっとしてたんですからね……あの子が、なにをしたって言うんですか?」

「別に、ラピスは、俺に恋愛感情を抱いてたわけじゃないだろ? 確信をもってるつもりなんだけど、なんで、アイツがへこむの?」

「……複雑なんですよ、女心は」


 落ち着いたのか、師匠は、○イッチを懐に仕舞う。


「まぁ、婚約自体は否定しません。むしろ、男性の貴方は、早めに婚約者を作っておくことが立派な自衛になる。

 三条家への牽制けんせいにもなるでしょうしね」

「いや、さすがに、三条家の分家連中には公言するつもりはないけど……妙に勘ぐられて、スノウに手出しされたら困るし」


 腕を組んだ師匠は、重苦しく頷く。


「であれば、そこは、ヒイロの判断に任せます。

 ただ、ひとつ、貴方には遵守じゅんしゅしてもらいたいことがある」

「なに?」

「師匠>>>>>>>>>>>>>>>>>婚約者>>その他。

 絶対に、この図式を崩さないようにお願いします」

「真顔でなにとち狂ったこと言ってんだ、コイツ」


 そう言った途端、大袈裟に師匠は叫んだ。


「だって、私の方が、先にヒイロを見出みいだしたんですよ!! どう考えても、師匠が上でしょう上!! 私がスマ○ラやろうと誘ったら、ヒイロは、婚約者を放り出して会いに来る義務があるんですっ!!」

「いや、俺、師匠よりも先にスノウとってるから」

「…………(絶望)」


 俺は、屈伸しながら、つぶやく。


「冗談は良いから、とっとと、始めようぜ。

 俺、追いつきたいヤツがいるし、護りたいものもあるからさ」

「半ば、冗談じゃないんですが……まぁ、良いでしょう」


 師匠は、棒の形をした魔導触媒器マジックデバイスを投げ渡してくる。


 受け取った途端、ずしりと、両腕が沈み込んだ。


 普段、使っている九鬼正宗の数倍は重い……それでいて、引き金(トリガー)は、溶かし込まれたかのように硬い。


 と言うか、引けるように作られているとは思えない。引き金(トリガー)がなければ、魔導触媒器マジックデバイスだと気づくことは出来なかっただろう。


 それは、まるで、黒色の鉄塊のように思えた。


「なにコレ」

黒戒カノン


 師匠は、静かに、ささやく。


式枠スロットが存在しない魔導触媒器マジックデバイスですよ。

 古来、神殿光都アルフヘイムを治めていたエンシェント・エルフが、好んで用いたとされる大昔の遺物(オーパーツ)

「いや、式枠スロットが存在しないって……どうやって、魔法を発動させんの?」

式枠スロットらずで発動出来る魔法が、一種類あるでしょう?」


 俺は、ゆっくりと目を見開く。


「無属性魔法か……」


 こくりと、師匠は頷く。


「いや、でも、無理だろ。生成系統の導体コンソールがないと、なんの形も保てないんだから魔力が雲散霧消する」

「でしょうね。

 でも、たったひとつだけ、使用出来る方法がある」


 まじまじと、黒戒カノンを見つめて、俺はようやく気がついた。


 もしかして、コレ、『ナナシ』か?


 『世界樹のダンジョン』のボス敵からドロップして、説明文には『使用出来ない魔導触媒器マジックデバイス。骨董品であり、売り払うしか価値を見いだせない』と書かれている換金用アイテム。


 それが、エスコで言うところの『ナナシ』である。


 でも、確か、アレには強武器に変化する条件があって……俺は、ピンとくる。


「魔眼か」


 嬉しそうに、師匠は微笑む。


「素晴らしいかんの鋭さ。

 ヒイロ、私が貴方を評価しているのは、素の能力値ではない。努力が出来ることでもない。その勘の鋭さと勝負強さですよ」

「いや、褒めてくれるのは嬉しいけど……魔眼って……俺、開眼出来るの……?」

「素養はある。

 貴方は、三条本家、唯一無二の正当な後継者でしょう?」


 よく調べてるな……ヒイロが、三条本家の正当な後継者だなんて、設定資料集にしか書かれてない情報だぞ。


 言われてみれば、三条燈色には、魔眼の開眼条件が整っている。


 生来の所以ゆえんにより、生み出された特殊な内因性魔術演算子が眼に集まることで、目玉自体が擬似的な魔導触媒器(マジックデバイス)に変化することがある。


 その変化した眼を――魔眼と呼ぶ。


 引き金(トリガー)は、意識的に、魔力を眼に流し込むことで引くことが出来る。


 目玉自体が魔導触媒器マジックデバイスであり導体コンソールでもあるため、たったひとつの特殊魔法を発動させることしか出来ないが……その威力は絶大であるし、その他にも、副次的な効果を生み出す(この副次的効果で、師匠は、黒戒カノンを使おうとしてるらしい)。


 魔眼は、血統による相伝そうでんが最も開眼確率が高い。生まれが良ければ良いほどに、開眼確率と言うのは倍々に上がる。


 エスコ世界の公爵家は、3%程の確率で、魔眼を開眼出来ると言う設定だった筈だ。


 三条家の持つ魔眼――『払暁叙事』。


 三条黎・ルートでは、イベントをこなして条件を満たした上で、戦闘後に低確率でレイが魔眼を取得することがある。


 確か、その確率は3%にも満たなかった。公爵家と言っても、レイは傍系ぼうけいの人間であり血が薄いので、確率が低くなっているのかもしれない。


「いや、一気に、ステップ飛ばしすぎじゃない?

 まずは、俺、水属性の魔法を身に着けたいし、剣術・弓術の基本を習得していきたい心持ちなんだけど」

「もちろん、魔眼の開眼は、現在いまの目標ではありません。

 いずれ、の話ですよ。運にも左右されますからね」


 師匠は、指先で、自分のあごを撫でながら微笑する。


「とは言え、魔眼の開眼は、早いうちから意識しているのと意識していないのとでは、雲泥の差が出てくる……現在いまのうちから、黒戒カノンを手にして、目標を見据えておくことは必要不可欠だと思いますよ」


 個人的には、気が早すぎるとは思うが。


 師匠の言うことは絶対なので、俺は、重くて邪魔な黒戒カノンを腰にぶら下げておくことにした。


「で、師匠、まずはなにから教えてくれるの?」

「剣術の基礎は、素振りから。

 とは言っても、走ってきて早々、単純な鍛錬にいそしむのもアレでしょうし」


 師匠は、微笑む。


「弓から教えましょうか。

 でも、貴方に教えるのは、ただの弓矢ではありません」


 俺の眼の前で、師匠は、引き金(トリガー)を引いて――


「貴方にとっては、普通の弓矢よりもこちらの方が、ずっとよく馴染なじむ筈ですよ」


 こちらの想像を上回ったその『弓矢』を視て、俺は笑った。

<< 前へ次へ >>目次  更新