転生したら死亡フラグしかない
目が覚めたら、百合ゲー世界のお邪魔キャラになってました。
俺が冷静になれたのは、裏路地でハンバーガー片手に百合を鑑賞し終えた後だった。
間違いない。
なにせ、男の存在が
目の前の通りを歩く男性は、存在しているのには存在しているのだが、あたかも背景のようで上手く捉えられない。
コレは、百合ゲーにおけるタイプ3と4の複合型の特徴を示している。
百合ゲーにおける男の扱いは、大まかに分けて4つである。
1.男が存在しない
2.男が存在しない場所が舞台なので、男が登場することはない(女学校等)
3.男が存在するが、サブキャラ、モブ、背景として扱われる
4.男が存在するが、悪役かお邪魔キャラ
コレは、俺が勝手に定義した4タイプだが、そうズレていない筈だ。
この世界では、誰も彼もが、女性同士で腕を組み、裏路地では女性が女性とキスを交わしている。
「天国か……?」
どうやら、俺は、天に召されたらしい。
だが、幸福を感じられていたのも束の間。
よくよく、現状を考えてみれば、自分がマズイ立ち位置にいることに気づいた。
女の子として、百合ゲー世界に転生していれば、今頃、膝を折って祈りを捧げていたかもしれないが……俺は、あの『ヒイロ』として転生してしまったのだ。
『Everything for the Score』の憎まれ役、お邪魔キャラにして、百合の間に挟まる男……悲惨な死を宿命付けられているあのヒイロに。
「ヤバい……コレ、ヤバい……よな……」
駅前のトイレに退避した俺は、胸元のネクタイを緩める。
理由はわからないが、ヒイロはスーツ姿だった。中途半端に整った顔立ちのせいか、スーツ姿も様になっているものの、焦燥で歪んだ顔は哀れなものだ。
『Everything for the Score』におけるヒイロの結末は1パターンしかない。
死――である。
とあるルートでは転落死、とあるルートでは溺死、とあるルートでは餓死、とあるルートではショック死、とあるルートでは実の妹に謀殺される。
なにせ、ヒイロは、お邪魔キャラである。
それでいて、プレイヤーのヘイトが集まるように調整されている。
最後の最後、ヒイロが悲惨な死を迎えることで、プレイヤーは爽快感を味わうことが出来るのだ。死なないわけにはいかない。
ヒイロの死因の大概には、主人公とヒロインが関わってくる。
俺がヒイロとして生き残るには……主人公とヒロインに、何らかのアプローチをかける必要があるだろう。
例えば、先に、主人公とヒロインを亡き者にしてしまうとか。
「有り得んわッ!! 例え命を落とそうとも、俺は、百合を
とんでもない仮定を思い描いたが、それだけは有り得ない。ヒロインの百合が破壊される場合、フィールドのヒイロもまた破壊される(特殊効果)。
優先順位は、百合>>>>>>>>>>>>>>>>>俺>>その他、だ。
だとすれば、別の手を考えよう。
真面目に
もしかしたら、ヒイロも、まともに鍛え続けていれば、死の運命を免れることが出来るかも……まぁ、彼が、努力をしようとは思わない相応の理由はあるのだが。
俺は、物思いに
「お兄様」
声。
振り向くと、黒髪の長髪をもった少女が立っていた。
宇宙の海原を思わせるキレイな黒い瞳。
凛とした
「急にいなくなられたので心配しました」
凍てつく声音。
「会食に間に合わなくなりますよ。外にリムジンを待たせています。
この会食の意味、わかっておりますよね?」
もちろん、それ相応のことをヒイロがした結果であり、俺は歓声を上げながらヘッドバンキングした側なのでなにも言えない。
なにも言えないが、
言葉と、態度でわかる。
彼女は、俺に、一欠片の好意も抱いていない。
「あ、あぁ……」
「では、直ぐに乗り込んでください。お兄様の捜索で時をとられました」
オペラグローブを
「…………っ」
俺は、ぐるぐると、頭をフル回転させる。
会食……会食って言うと、三条家の会食か?
ようやく、俺は、なぜ、ヒイロがスーツ姿だったのか理解する。
ヒイロは、三条公爵家の一人息子である。
『Everything for the Score』は、現代日本を舞台にしているが、華族……つまり、貴族階級が残り続けている世界だ。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
華族令によってランク分けされた上級華族と下級華族、三条家は公爵の位を
つまるところ、ヒイロは、貴族の御曹司という訳である。
そんなわけで、彼は、その身分に甘えきって努力もなにもせず、最終的には命を落とすことになるのだが……差し当たって、
「では、お遅れなく」
「え、あれ、ちょっと待って」
クールに、そう言い放って、立ち去ろうとするレイを俺は引き止める。
「……なんですか?」
「めっちゃ、露骨に嫌そうな顔するじゃん」
めっちゃ、露骨に嫌そうな顔するじゃん。
「は? してませんが」
「あ、ごめん、生来の正直者気質が顔を出しちゃった……本音が、つい、心の奥底からぴょこんと……ちょっと、待ってて」
俺は、コンビニにダッシュして、絆創膏を買って戻ってくる。
「ほい」
「……なんですか?」
「手、怪我してるんでしょ。会食って、ほら、フォークとかナイフ、持ったりするじゃん。食べるのキツくなるのもアレかと思って」
彼女は、目を見張る。
「なんで」
「俺はね」
キレイな笑顔で、俺は言った。
「百合に関することは、なにも見逃さないんだよ」
「……は?」
無表情だった彼女の仮面に、
その嫌悪の表情に、俺は、慌てて答えた。
「さっき、懐中時計を取り出した時に痛そうにしてたから。
手元、なんか、怪我でもしたのかと思ってね。君のその美しい手は、将来の結婚相手(女性)のためにあるんだから大事にしないと」
ぽかんと。
彼女は、一瞬、呆けてから口を開く。
「頭、ですか?」
「あぁ、俺、百合IQ180、ね」
「もしもし、急患です」
「こらこら、ノータイムで119にかけるんじゃない」
「冗談です」
無表情で、彼女は、そうささやく。
「でも、お兄様が冗談なんて……案外、そう言う
「俺、人生で、一度も冗談なんて言ったことないけど」
「本当に、そろそろ、現地に向かわなければ遅れますね」
俺の手から、絆創膏をひったくって、彼女は背を向ける。
「お兄様もお遅れなきように。
私の貴重な時間を奪ったのですから」
颯爽と、彼女は立ち去っていき、俺はリムジンに乗り込み――ヒイロの立ち位置と言うものを、嫌と言う程にわからせられた。