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三寮長

 鳳嬢魔法学園には、三つの寮が存在する。


 ルーフスカエルレウムフラーウム……三つの色で分けられた寮は、エスコ・ファンからは『信号機』とも呼ばれている。


 各寮には、寮長と呼ばれる支配者マスターが存在する。


 寮長たちは、全員が全員、高スコアの持ち主であり、一度、寮に入れば、彼女らに逆らうことは許されない。寮内の規則もそれぞれの寮長が決めており、寮対抗のイベント内でも、陣頭指揮をることになっている。


 ゲーム内では、各寮に入ることで、主人公は能力値パラメーター追加能力値ボーナスを得ることが出来る。


 ルーフスに入れば体力と筋力、カエルレウムに入れば魔力と知性、フラーウムに入れば敏捷。


 寮に入った時点で、主人公が上げたスコアは、所属した寮にも加算される。


 そのスコア総量が上がれば上がるほどに、追加補助ボーナスのパーセンテージが上がっていく。また、一定のスコアを稼ぐことによって、魔導触媒器マジックデバイスや各種アイテムをもらえたり、寮長の好感度を上げて各寮のルートに入ることも出来る。


 また、半年に一度、スコアによるクラス分けと同時に、各寮の順位が発表される。そこで、見事、一位に輝いた寮には、学園長からご褒美をもらえる。


 ゲーム開始時、主人公は、決められた棲家すみかを持たない。


 そのため、主人公の入寮は強制されているが、どの寮に入るかを自由に決められる。ただし、入寮試験と呼ばれる審査が存在しているため、そこで好成績を収められなかった場合、入寮を拒まれることもある。


 ルーフスへの入寮は、一周目でも頑張れば可能。


 カエルレウムへの入寮は、二周目ないし三周目以降でなければ無理(エスコ学会員でもない限り)。


 フラーウムへの入寮は、選びさえすれば余裕で入れる。


 魔力が重視されるエスコにおいては、カエルレウム一択のようにも思えるが、前述した一定スコアでもらえる特典も軽視出来ない。その上、各寮で発生するイベントも異なるので、どの寮が良いとは一概には言えないだろう。


 ゲーム内で、ヒイロが、寮に入ることはない。


 ただ、寮に入らなくても、擬似的にどの寮に属するかは決めなければならない。


 そうしなければ、今後のイベントに支障をきたす。


 裕福なお嬢様たちの中で、わざわざ寮に入るのは上を目指すエリート志向くらいなので、絶対数が足りなくなって寮制度が崩壊するからだ。


 設定上では、各寮に入って好成績を収めると、就職先がより良いものになる。


 つまり、各種企業が、鳳嬢魔法学園の寮内成績に重きを置いており、それを一種の判断基準としているのだ。


 それに、寮に入れば、各寮長とのコネも作れる。


 そのコネが就活時に役立つのはもちろん、学生生活においても、高スコア保持者と仲良くするのは得にしかならない。


 おこぼれに預かれるのはもちろん、彼女らに同行すればチャンスも巡ってくるので、相乗的にスコアも上がっていくのだ。


 と言うわけで、ゲーム内のヒイロは寮に入らなかったが、俺は入寮を目指そうと思う。


 当然、強さを求めればカエルレウム一択だが……スコア0の俺は、フラーウムに入れるかも怪しい。


 基本的に、寮のスコアは、入寮した全員のスコア総量となるため、エリート志向のカエルレウムでもなければ『コイツを取り入れれば得になる』と判断されれば、問題なく入寮出来る。


 ただ、ごくまれに、どの寮にも『受け入れても得にならない』と見做みなされて、入寮出来ない人間もいる。


 例えば、スコア0で、百合の間に挟まってくるクソ男とか……アイツ、嫌われすぎて、入寮拒否されたって設定だったよな……?


 とりあえず、現在いまは、寮長の寮紹介に集中するか。


 中央の講壇。


 スポットライトを当てられて、光り輝いているそこに、朱色の髪をもつ少女が、堂々たる面持ちで歩いてくる。


 彼女の頭には、捻じくれた角がある。彼女が、龍人ドラゴニュートであることの証だ。


 フレア・ビィ・ルルフレイム。


 ルーフスの寮長であり、炎属性特化、別名『炎骸』と呼ばれることもある。


 彼女は、微笑を浮かべて、マイクに口を寄せる。


「我々は、強者を求めている」


 その一言から始まった演説は。


 身振り手振りを交えて行われ、華麗な演劇を視ているかのようで。


 あの月檻桜でさえも、俺の右横で、魅入られるかのように壇上へと目線を注いでいる。


 あっという間に、時間は流れ落ちた。


 たっぷりと聴衆の視線を吸い込んだ彼女は、最後に、一枚の紙片を開いてつぶやいた。


「朱の寮、特別指名者……『三条黎』」


 大講堂が、どよめいて、俺の前の席に視線が集まる。


「…………」


 注目を集めたレイは、いつものようにすました顔で。


 綺麗に背筋を伸ばしたまま、壇上を見つめていた。


 各寮の寮長は、一年に一度、新入生を迎えるに当たって『絶対に自分の寮に入れたい推薦者』を一名だけ指定出来る。


 それが、特別指名者である。


 設定資料集によれば、特別指名者は、家柄、スコア、魔法の実力、『優秀』だと判断される程度の能力値パラメーター……諸々を合算し、寮長の独断によって、個人的な見解含めて決定される。


 当然、俺は、各寮長が指名する特別指名者を知っている。


 なので、驚くことはなかったが……主人公でさえ入るのに努力を要するルーフスの特別指名者に選ばれ、微動だにしないレイの胆力は大したものだ。


 どよめきが静まったのは、ひとりの少女が、場を支配したからだった。


 しんと、いつの間にか、大講堂が静まっている。


 蒼色の髪を持つ美しい少女……世界樹のかんむりをかぶった彼女は、人差し指を口の前に捧げて、ゆっくりと息を吐いた。


 しーっ……。


 その吐息に魅入られたのか、席上でのおしゃべりが止んだ。


 彼女は、文字通り、透き通っている。


 精霊種である彼女は、体表を透かしてなにもない中身を露出し、純白の薄いベールで綺麗な顔を少しだけ隠していた。


 フーリィ・フロマ・フリギエンス。


 カエルレウムの寮長であり、『至高』のくらいいただく最高峰の魔法士、別名『絶零』。


「ご協力、感謝いたします」


 そのささやき声は、空気中に溶け落ちるようで。


 マイクもなしに、その声音こわねは、大講堂に浸透していった。それどころか、聞く者の心にさえ染みていった。


 たったの数秒で場を支配した彼女は、いつまでもしゃべり始めることはなかった。


 ただ、そこに立っているだけ。


 数分が経って、さすがに、おかしいと新入生たちがざわめき始めると。


「私の寮は」


 急に、しゃべり始める。


 途端に、ぎゅっと、心臓を掴まれたかのように。


 新入生たちは、何事だと一気にき込まれ、その言葉を聞くために壇上へと目線を注いだ。見事なまでの演説手法である。


 朗々と、彼女は話し続ける。


「…………」


 吸い込まれるように。


 左隣のラピスは、ろくにまばたきもせずに、壇上の彼女を見つめていた。


 最後に、フーリィは、一枚の紙片を開いた。


「蒼の寮、特別指名者……『ラピス・クルエ・ラ・ルーメット』」


 一気に。


 場がざわついて、俺の左隣に注目が集まった。


「…………」


 無言で、目を細めたラピスは、壇上を睨みつけている。


 その視線を感じ取ったかのように、フーリィはラピスを見つめ返して微笑んだ。


 もしかして……コレは……百合か……?(敏感肌)


 朱、蒼、と。


 寮長による寮紹介が終わって、ついに、大トリを迎える。


 フラーウムの寮長、第三のヒロイン、別名『似非』――ミュール・エッセ・アイズベルト。


 朱、蒼の寮長による完璧とも言える演説の後、期待感を抱いている新入生たちは、最初から壇上に視線を集中させていた。


 その期待に溢れる眼差しの前に。


 ちっこい女の子が、尊大に腕を組んで歩いてくる。


 彼女の後ろには、従者らしき少女が付いており、なにか講壇に仕掛けのようなものをほどこして去っていく。


 髪の一部を編み込んだ白金の長髪(プラチナブロンド)


 学園指定の帽子をかぶって、碧色の美しい瞳を聴衆に向ける彼女は、どこの幼女を誘拐してきたんだと思われても仕方ないくらいに……小さい。


 偉そうに、腕を組んで。


 居丈高いたけだかにふんぞり返っている彼女は、この世の支配者然としていた。


「えー、ごほん」


 彼女は、咳払いをして、マイクを掴む。


 キーンッ!!


 途端に、ハウリングが起きて、新入生たちが両耳を塞いだ。


 あわあわと、壇上で慌てているミュールの横から、従者の女性がさっと手を出してハウリングを収める。


 小さな彼女は、ホッとしたように息を吐く。マイクに触れないように気をつけながら、不遜ふそんに話し始めた。


「えー、まずは、新入生の皆さん、入学おめでとう。我々は、貴女たちの入学を心から歓迎する」


 傲慢ごうまんぶった彼女は、学園長かなにかか……? と、疑うような格式張った言葉を並べ立て始める。


 朱、蒼の寮長によるカリスマ溢れる演説とは、かけ離れた面白みのない内容……延々と朗々と順々と続いていく。


 手に取るようにして、新入生たちの期待がしぼんでいく様子が見て取れた。


 その雰囲気を感じ取ったのか、必死になった黃の寮長は、身振り手振りを大きくして話し続けていた。


 それでも、場の流れは好転しない。


「な、なので、我が学園の歴史は、史上類を視ないものであり……」


 ついには、寮紹介から外れて、学園の紹介までし始めた。


 前方の席から、くすくす笑いが聞こえてくる。


「ぷっ、なにあれ、だっさ。

 アレで、寮長って……幾ら、献金詰んでるのよ?」

「噂通りね。フラーウムの寮長は落ちこぼれだって。あのアイズベルト家のご令嬢だって言うから、少しは期待してたのに」

「早く終わってくれないかしら。あんな子供相手に、時間の無駄だわ。視てて、こっちが恥ずかしくなる」

「それにしても、よくあの成りで、朱と蒼の寮長の後に壇上に上がれたものね。恥ずかしくないのかしら。アイズベルト家の面汚しね」


 小馬鹿にしている笑いが、壇上のミュールにも聞こえているのか。


 彼女の両目に、徐々に、涙がにじみ始める。


「…………」


 席から立った俺は、わざと聞こえるように小馬鹿にしているふたりの前に立ち、無言で彼女らを見下ろす。


「ちょ、ちょっと、な、なによ……?」

「…………」

「な、なんなのよ、ちょっとバカにしてただけでしょ?」

「…………」

「き、気色悪い! 男如きが! 行きましょ!」

「お、落ちこぼれには落ちこぼれがお似合いだわ!!」


 彼女らは立ち上がって逃げ出し、俺は、その席にドカッと腰を下ろして足を組む。


 顔を突き合わせて、ひそひそ話をするのは実に結構。


 だが、百合に邪悪さは要らない。それは、もう枯れ落ちている。将来、咲き誇る美しい百合の花を枯らそうとしているのもOUTだ。


 こちらを視ながら、周囲の生徒たちがうわさ話をしていた。


 俺が一方的に因縁をつけたように視えたのか、早くも三条燈色の悪評が回り始めているようだ。俺としては、百合を護れれば後はどうでも良いので本懐とも言える。


「…………」


 さすがに、ココまでは追ってこなかったが。


 どこか、嬉しそうに、月檻が俺のことを見つめていた。


「えー、こ、コレで、フラーウムの紹介を終える!」


 安堵の息を吐いて、ミュールは紙片を開いた。


 そこに書いてある特別指名者の名は、もう決まっている。


 主人公、月檻桜――入学式直前の朝、月檻はミュールを助けており、その恩に『利用価値』を見出したミュールが、彼女のことを指名するのだ。


 そのため、月檻は、朝のショートホームルームに遅れかけていた。


 どれ、選ばれた時の月檻の反応でも視てやるか。


「黄の寮、特別指名者――」


 俺は、どことなくワクワクしながら、後方の月檻に目線を注ぐ。


「三条燈色(ヒイロ)!!」


 一瞬、時が止まって。


 大講堂内を揺るがすようなどよめきが、場を埋め尽くし、驚愕の眼差しが俺の顔面に突き刺さる。


 俺は、ぽかんと、口を開いて。


「…………はぁ?」


 あまりの衝撃に、間抜け面を浮かべていた。

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