好感度を下げるたったひとつの冴えたやりかた
鳳嬢魔法学園の大講堂。
中央の講壇を取り囲むようにして、段となった赤い椅子が並んでいる。
あの個室は、高スコア保持者……つまり、優等生のためのVIP席で、上級生らしき生徒たちが、優雅に飲み物を口にしながら雑談していた。
つつがなく、入学式を終了させた俺たちは、大講堂の中へと足を運ぶ。
薄暗い大講堂の中で、引率していたマリーナ先生が転んでいた。
泣きそうな顔をした彼女のことを、生徒たちが必死に介護している光景が、場の雰囲気も相まって悲劇っぽかった。
「あ、あの、ココからココまで! ココまでが、Aクラスの席になりますので、今日のところは、好きなところに座ってください!
これから、三寮長の寮紹介が始まりますので! お、お静かに!」
俺は、適当な席に腰を下ろす。
「…………」
波が引くようにして、俺の周りから、クラスメイトたちが去っていった。
俺は、その対応に、心の中で拍手を送る。
男の存在は毒劇物扱いで当然、俺が座った途端に、席を変えた彼女らの対応は素晴らしい。むしろ、当然のように、関わってこようとするラピスやレイたちの方がおかしいわけで。
孤立した俺が、腕を組んで、一眠りしようとすると――隣に、誰か、座った。
「こんにちは」
甘い香り。
俺の横に座った月檻桜は、微笑を浮かべている。あたかも、雲の切れ間から覗いた月のように、美しい笑顔の光を浴びせてくる。
「……良いのか、俺の隣なんかに座って」
「あなた、剣術かなにか、習ってたりするの?」
おいおいおーい!! 人の話を聞きなさーい!!(お母さん)
「師はいるが、ちょっと事故があってな……魔力切れで死にかけてたから、まだ、剣術は習ってない」
「我流、か」
前の無人席にもたれかかって、彼女は微笑む。
「強いね、すごく」
チート主人公に言われても、皮肉にしか聞こえないんですが……俺とお前の魔力量、コップとプールくらいの差あるからね?
なぜ、急に、話しかけてきたのかは知らないが。
必要以上に、月檻と仲良くする必要性はない。
なにせ、生粋のタンク職、ヒイロくんが
月檻には、大量のイベントを起こしてもらって、可能であればハーレムルートに進んで欲しいので……とっとと、ラピスとレイのところに行けやァ!!
「…………」
と言うわけで、俺は、会話を打ち切るように目を閉じる。
「ね、ダンジョンって行ったことある?」
「…………」
「一緒に行かない? 今日の放課後、時間ある?」
「…………」
「どこ住んでるの? 寮、入るんでしょ? どの寮、目指すつもり?」
「…………」
なんなの、コイツぅ!?
なんで、こんな絡んでくるの!? お前、クールキャラだろ!? なんで、脇、ツンツン突いてくるの!? 俺のなにをそんなに気に入ったの!? 初対面の相手のほっぺ、つついてくるのやめてくれる!?
「…………おい」
「なんだ、やっぱり、起きてた」
真っ黒な瞳で、月檻は、こちらを覗き込んでくる。
綺麗な瞳だ。澄んでいる。
一瞬、その底知れなさに
「せっかくの学園生活、男なんぞに構ってて良いのか。こんなにカワイイ女の子が、たくさんいるのに、男のほっぺをつついて一生を終えるつもりか」
「あの子たちは弱い」
冷めきった表情で、彼女はささやいた。
「わたしは、対等な相手しか好きにならないから」
彼女のこの言い分には、それなりの理由がある。
元々、月檻桜は、強さを求めて、この鳳嬢魔法学園に入学した。彼女の目的は、日本中のダンジョンの核を潰すことであり、庶民の彼女がこのお嬢様学校に入学出来たのも、魔法の扱いに優れていると認められたからだ。
ヒロインたちに出逢うことで、徐々に、彼女の
まぁ、まだ序盤だ……いずれ、彼女も、女の子とキスするようになる(確定した未来)。
月檻の反応を、感慨深く思っていると、ラピスがやって来て俺の左隣に座る。
俺は、無言で、立ち上がって後ろの席に移る。
「…………」
「…………」
当然のように、追ってきたふたりは、俺を挟んで左右に座る。
コイツら、俺を百合で挟んで殺すつもりか……?
「あの」
レイがやって来て、綺麗な笑顔で、月檻に語りかける。
「席を変わって頂けませんか? 貴女の左隣に座っているのは兄で……兄と言っても、遠縁の兄で、ほぼ血が繋がっていません。誕生日が、少し、兄の方が早いので、私が妹として振る舞っています。
先日、兄は、私を命懸けで救ってくれました。その恩に報いるためにも、男性として生き辛い兄をサポートする責務があります。
だから、席を変わって頂けませんか?」
「…………」
「席を変わって頂けませんか?(圧)」
「…………」
完全に無視して、月檻は俺に微笑みを向ける。
「ガム、食べる?」
お前の胆力、どうなってんだ……?(恐怖)
仕方なさそうに、ため息を吐いて、レイは俺の前の席に腰を下ろした。
彼女は、黒い長髪をなびかせて、くるりと振り返り、こちらを見つめてくる。
「お兄様」
「あ、はい」
「寮には入りませんよね? 三条の本邸がありますもんね?」
「入るよ」
急に、間に、月檻が入ってくる。
「さっき、一緒の寮に入るって約束したから」
してねーよ!! 笑顔で捏造するんじゃねーよ!!
「はぁ!? 君、寮に入るの!? 聞いてないんだけど!? あの家はどうするのよ!? アステミルも
「お兄様は、三条の本邸に住みますよ。さっき、約束しました」
「え? さっき、別邸に住むって約束したでしょ?」
「ううん、さっき、寮に入るって約束した」
こ、こわい……じ、事実が三方向から捻じ曲げられて、原型を留めないほどに変形している……と言うか……。
ギャーギャー言い争う三人の間で、俺は、両腕の間に顔を伏せる。
どうして、こうなった……コレじゃあ、一般ラブコメ、ハーレムものだ……いつの間に、こんなに好感度が上がったんだよ……恋愛感情とかではなく、純粋な好意であることはわかるからまだ救いだが……意味がわからんわ……。
俺は、真剣に、この状況から、一気に三人の好感度を0に落とす方法を考える。
「…………」
う○こでも漏らすか……いや、でも、他の方法が……。
「…………」
やはり、う○こか……?
「…………」
どう考えても、う○こを漏らすしかない……(絶望)。
百合のために、人としての尊厳を捨てようと決意した時、折り悪く周囲が真っ暗になって――講壇に、スポットライトが当たる。
どうやら、三寮長の寮紹介が始まるらしい。
三寮長の登壇と言うことは……彼女の紹介も行われるということだ。
いがみ合っていた三人も、静けさを取り戻し、俺は講壇上に目線を注ぐ。
第三のヒロインの――お出ましだ。