<< 前へ次へ >>  更新
17/253

好感度を下げるたったひとつの冴えたやりかた

 鳳嬢魔法学園の大講堂。


 中央の講壇を取り囲むようにして、段となった赤い椅子が並んでいる。


 歌劇場オペラハウスのように、宗教画の描かれた立派な円蓋があった。まるみを帯びている壁には、赤い垂れ幕(カーテン)のかかった個室が並んでいる。


 あの個室は、高スコア保持者……つまり、優等生のためのVIP席で、上級生らしき生徒たちが、優雅に飲み物を口にしながら雑談していた。


 つつがなく、入学式を終了させた俺たちは、大講堂の中へと足を運ぶ。


 薄暗い大講堂の中で、引率していたマリーナ先生が転んでいた。


 泣きそうな顔をした彼女のことを、生徒たちが必死に介護している光景が、場の雰囲気も相まって悲劇っぽかった。


「あ、あの、ココからココまで! ココまでが、Aクラスの席になりますので、今日のところは、好きなところに座ってください!

 これから、三寮長の寮紹介が始まりますので! お、お静かに!」


 俺は、適当な席に腰を下ろす。


「…………」


 波が引くようにして、俺の周りから、クラスメイトたちが去っていった。


 俺は、その対応に、心の中で拍手を送る。


 男の存在は毒劇物扱いで当然、俺が座った途端に、席を変えた彼女らの対応は素晴らしい。むしろ、当然のように、関わってこようとするラピスやレイたちの方がおかしいわけで。


 孤立した俺が、腕を組んで、一眠りしようとすると――隣に、誰か、座った。


「こんにちは」


 甘い香り。


 俺の横に座った月檻桜は、微笑を浮かべている。あたかも、雲の切れ間から覗いた月のように、美しい笑顔の光を浴びせてくる。


「……良いのか、俺の隣なんかに座って」

「あなた、剣術かなにか、習ってたりするの?」


 おいおいおーい!! 人の話を聞きなさーい!!(お母さん)


「師はいるが、ちょっと事故があってな……魔力切れで死にかけてたから、まだ、剣術は習ってない」

「我流、か」


 前の無人席にもたれかかって、彼女は微笑む。


「強いね、すごく」


 チート主人公に言われても、皮肉にしか聞こえないんですが……俺とお前の魔力量、コップとプールくらいの差あるからね?


 なぜ、急に、話しかけてきたのかは知らないが。


 必要以上に、月檻と仲良くする必要性はない。


 なにせ、生粋のタンク職、ヒイロくんが注目タゲを集めれば集めるほどに、月檻とヒロインの貴重な時が費やされるのだ。


 月檻には、大量のイベントを起こしてもらって、可能であればハーレムルートに進んで欲しいので……とっとと、ラピスとレイのところに行けやァ!!


「…………」


 と言うわけで、俺は、会話を打ち切るように目を閉じる。


「ね、ダンジョンって行ったことある?」

「…………」

「一緒に行かない? 今日の放課後、時間ある?」

「…………」

「どこ住んでるの? 寮、入るんでしょ? どの寮、目指すつもり?」

「…………」


 なんなの、コイツぅ!?


 なんで、こんな絡んでくるの!? お前、クールキャラだろ!? なんで、脇、ツンツン突いてくるの!? 俺のなにをそんなに気に入ったの!? 初対面の相手のほっぺ、つついてくるのやめてくれる!?


「…………おい」

「なんだ、やっぱり、起きてた」


 真っ黒な瞳で、月檻は、こちらを覗き込んでくる。


 綺麗な瞳だ。澄んでいる。


 一瞬、その底知れなさにき込まれそうになるが……すんでのところで、我を取り戻す。


「せっかくの学園生活、男なんぞに構ってて良いのか。こんなにカワイイ女の子が、たくさんいるのに、男のほっぺをつついて一生を終えるつもりか」

「あの子たちは弱い」


 冷めきった表情で、彼女はささやいた。


「わたしは、対等な相手しか好きにならないから」


 彼女のこの言い分には、それなりの理由がある。


 元々、月檻桜は、強さを求めて、この鳳嬢魔法学園に入学した。彼女の目的は、日本中のダンジョンの核を潰すことであり、庶民の彼女がこのお嬢様学校に入学出来たのも、魔法の扱いに優れていると認められたからだ。


 ヒロインたちに出逢うことで、徐々に、彼女のかたくなな心はほぐれて、最終的には『ダンジョンなんてどうでもええわ!! わたしは、女の子とイチャラブして幸せになる!!』と恋愛に目覚める。


 まぁ、まだ序盤だ……いずれ、彼女も、女の子とキスするようになる(確定した未来)。


 月檻の反応を、感慨深く思っていると、ラピスがやって来て俺の左隣に座る。


 俺は、無言で、立ち上がって後ろの席に移る。


「…………」

「…………」


 当然のように、追ってきたふたりは、俺を挟んで左右に座る。


 コイツら、俺を百合で挟んで殺すつもりか……?


「あの」


 レイがやって来て、綺麗な笑顔で、月檻に語りかける。


「席を変わって頂けませんか? 貴女の左隣に座っているのは兄で……兄と言っても、遠縁の兄で、ほぼ血が繋がっていません。誕生日が、少し、兄の方が早いので、私が妹として振る舞っています。

 先日、兄は、私を命懸けで救ってくれました。その恩に報いるためにも、男性として生き辛い兄をサポートする責務があります。

 だから、席を変わって頂けませんか?」

「…………」

「席を変わって頂けませんか?(圧)」

「…………」


 完全に無視して、月檻は俺に微笑みを向ける。


「ガム、食べる?」


 お前の胆力、どうなってんだ……?(恐怖)


 仕方なさそうに、ため息を吐いて、レイは俺の前の席に腰を下ろした。


 彼女は、黒い長髪をなびかせて、くるりと振り返り、こちらを見つめてくる。


「お兄様」

「あ、はい」

「寮には入りませんよね? 三条の本邸がありますもんね?」

「入るよ」


 急に、間に、月檻が入ってくる。


「さっき、一緒の寮に入るって約束したから」


 してねーよ!! 笑顔で捏造するんじゃねーよ!!


「はぁ!? 君、寮に入るの!? 聞いてないんだけど!? あの家はどうするのよ!? アステミルも御影弓手アールヴも騒ぐよ!? と言うか、そういう大事なことは、ちゃんと相談してよ!!」

「お兄様は、三条の本邸に住みますよ。さっき、約束しました」

「え? さっき、別邸に住むって約束したでしょ?」

「ううん、さっき、寮に入るって約束した」


 こ、こわい……じ、事実が三方向から捻じ曲げられて、原型を留めないほどに変形している……と言うか……。


 ギャーギャー言い争う三人の間で、俺は、両腕の間に顔を伏せる。


 どうして、こうなった……コレじゃあ、一般ラブコメ、ハーレムものだ……いつの間に、こんなに好感度が上がったんだよ……恋愛感情とかではなく、純粋な好意であることはわかるからまだ救いだが……意味がわからんわ……。


 俺は、真剣に、この状況から、一気に三人の好感度を0に落とす方法を考える。


「…………」


 う○こでも漏らすか……いや、でも、他の方法が……。


「…………」


 やはり、う○こか……?


「…………」


 どう考えても、う○こを漏らすしかない……(絶望)。


 百合のために、人としての尊厳を捨てようと決意した時、折り悪く周囲が真っ暗になって――講壇に、スポットライトが当たる。


 どうやら、三寮長の寮紹介が始まるらしい。


 三寮長の登壇と言うことは……彼女の紹介も行われるということだ。


 いがみ合っていた三人も、静けさを取り戻し、俺は講壇上に目線を注ぐ。


 第三のヒロインの――お出ましだ。

<< 前へ次へ >>目次  更新