百合の守護キャラ
鳳嬢魔法学園では、半年に一度、スコア・チェックが行われる。
AからEまで。
最優秀な生徒はAクラス、最底辺な生徒はEクラス。
主人公たちは、ゲーム開始時、自動的にAクラスに配属される。普通に進めていれば、まず、クラスが落ちることはない。
なにせ、エスコはヌルゲーだし、クイズ形式の中間、期末テストは余裕で、実技もただのぬるいリズムゲーである。
特定のルートに進みたければ、クラス落ちを狙う必要があるが、諸々の特典が付くAクラスは普通に攻略するには申し分ない。
ラピスやレイと言った主だったヒロインも、Aクラスから落ちることはないので、クラス落ちをするとすれば、サブキャラ狙いの時くらいだろうか。
さて、俺は、
左隣は噛ませお嬢ことオフィーリア、右隣は主人公こと月檻桜。
「ふんっ!!」
「…………」
犬猿の仲……と言うか、お嬢が、一方的に敵視している間に挟まれてしまった。
「ふんふんふんっ!!」
お嬢、『ふんっ!!』は、一回だけで良いんだ……何回も続けると、野良犬っぽいぞ……そこらへんでやめとけ……。
「ふんふんふんふんふんふんっ!!」
やめとけッ!!(必死)
俺は、左隣と右隣を
どうにも、ヒイロは、百合に挟まる男としての適性が高すぎる。たぶん、ユニークスキル持ちだ。『百合挟まり』と『即死(自分)』持ちだろう。羨ましいなぁ(皮肉)。
「そ、それでは、皆さん! 席に着いてください!!」
前方の扉が開いて、ひとりの教師が入ってくる。
Aクラスの担任、マリーナ・ツー・ベイサンズだ。
マリーナは、ベイサンズ伯爵家の一人娘であり、24歳の新任高校教師である。
薄い桃色のショートカットを持つ彼女は、チョロインとして有名であり、選択肢で『キスをする』を選ぶだけで、次の瞬間には主人公と結婚している。
百合パワーが強すぎるぞ、ベイサンズ家、良いぞもっとやれ(拍車)。
さて、そんなマリーナ先生が、わたわたと、入学式の説明を始める。
「な、なので、入場の合図があったら……ぼほっ!! うえへっ!! す、すいません……き、緊張して……は、吐き気が……」
大丈夫か、あの
後方の席で、俺は、肘を突きながら教室を眺める。
見覚えのあるキャラクターたちが、勢揃いである。オールスターだ。本当に、あのエスコ世界に来たのだと実感する。
黒板前。
左斜め前の席から、じっと、ラピスがこっちを睨んできていた。
彼女は、ぶすっとした表情で『初日からなに騒ぎ起こしてんの』と、ジェスチャーサインを送ってくる。
俺は、手を動かして『素晴らしい噛ませだった。彼女はスゴイ人だよ(通訳風)』と返すと『噛ませ』が伝わらなかったのか首を捻られる。
続いて、右斜め前から視線を感じる。
こちらを視ていたレイが、笑顔で小さく手を振ってくる。
「…………」
無視していると、しゅんとなる。
仕方なく、小さく振り返す。
途端に、レイは、パァッと笑顔になって、コンパクトに手を振り返してきた。
「…………」
振り返さずにいると、しゅんとなる。無限ループかな?
「えぇと……えぇと……そ、それで、せ、先生は、あの、昔からですね、ちょっとオタク気味なところがあってぇ……」
良い歳した大人が、一生懸命、真っ赤な顔で自己紹介している。
クラス全員が、ほっこりとした
俺も、また、見守り体勢に入りつつ今後のことを考えていた。
この学園で、俺が目指すべき目標は、ハッキリとしている。
主人公とヒロインたちの
命よりも百合を取った俺は、本来であれば、ヒイロに転生した時点で腹を切らなければならない。おめおめと
なにせ、このゲーム、ヌルゲーと言えども危ないポイントは幾つもある。
ゲームであれば、セーブ・ロードで済ませられるかもしれないが……初見で、主人公が、敗北を
月檻桜……主人公が死ねば、ラピスもレイも、誰も幸せにはなれない。
俺は、エスコを何度もプレイしたからわかる。
ヒロインたちを幸せに出来るのは主人公だけだ。
何度……何度、主人公、分身してくれ……結ばれなかったヒロインたちはどうなるんだ……分身しろ……ッ!! と、思ったことか。
と言うわけで、俺は、主人公の命、引いては百合を護ることに尽力する。
最悪、彼女の盾になって散ることも辞さない。
そのためには、今後、好き勝手に死ぬわけにもいかない。迫りくる死亡フラグは、迎撃して、叩き折らなければ。
百合を
そうと決めているのであれば、今後の俺の動き方は決まっている。
まずは、スコアを上げられるようにする。
恐らく、主人公並びにヒロインは、クラスを落とすことはない。
彼女らが咲かせる美しい百合の花を護るためには、Aクラスに居座り続けることが必要不可欠だ。多少、強引な手を使ってでも、スコア0から脱却しなければならないだろう。
次に、
コレは、裏から主人公を手助けするため、なおかつ、主人公のルート進行に助力するためである。
間違えても、元のヒイロのように、主人公とヒロインのイベントを潰したり、不要な経験値をもらうようなことはあってはならない。
主人公アゲに全集中する。主人公が死なないようにもする。
両方やらなくっちゃあならないってのが、百合ゲーマーのつらいところだな。
俺は、
なにせ、コレはヌルゲーで、主人公はちょっとした手間で、俺の血みどろの努力を軽々と超えていく。彼女の強さに付いていくことが出来ないのに、彼女を護ることが出来る筈もない。
俺は、余波で震えている手を見下げる。
月檻桜のあの一撃、凄まじかった。こんなんじゃ、全然、ダメだ。俺は、もっと、強くならなければならない。百合を護るために、全てを捧げる覚悟がなければ、あのチート主人公に付いていける気がしない。
「で、では、皆さん! 移動しましょう! 入学式の後、オリエンテーションとして、三人の寮長から寮の紹介がありますので! 入寮の検討もしておいてくださ――ごほえっ!! えへっ!! ごほぉ!!」
いつの間にか、ショートホームルームが終わっていた。
俺は、決意を持って、前を歩くヒロインたちを見つめる。
俺が――いや、月檻桜が、絶対に幸せにしてやる。
図らずも、俺の隣に並んだ月檻は、どこか楽しそうに微笑んでいた。