オフィーリア・フォン・マージライン!!
エスコ世界の噛ませ役、オフィーリア・フォン・マージライン。
通称、『噛ませお嬢』。
噛ませお嬢とは、噛ませ役のお嬢様の略称。
噛ませ役とは、主人公の地位向上に使われる哀れな役柄である。
例えば、『おい、このザコがよぉ~!』なんて主人公に絡んで、パンチ一発でのされる不良とか。長々とした口上で、己の強さを語った後に、瞬殺されるいけ好かないイケメンとか。某小説家になれたら良いね的なサイトで、大人気の悪役令嬢とか。
主人公をアゲアゲにするために、生け贄に捧げられる
通称、主人公のバフ係。
『噛ませお嬢』の愛称で、ファンから親しまれている彼女は、主人公が辛い目に
秒で現れ、秒で敗けて、秒で『おぼえておきなさいー!!』と去っていく。
ヌルゲーのエスコ世界の中でも、ダントツの弱さを誇っているので、戦ってボコる度にほっこりとしていた。
シリアスな雰囲気も、彼女がいれば、あっという間にコメディシーンに変わるので、
彼女の噛ませ力は、他に類を視ない。
わかりやすいまでのお嬢様、
彼女がマージライン家の家宝として身に着けている首飾り……
そんなゴミを身につけて、チート主人公に挑む姿は、主人公よりも主人公っぽい。
明らかな実力差があるにも関わらず、終盤まで主人公に
しかも、
彼女は、最後の最後まで、主人公と和解することはない。
ノーマルエンドのエンディングでは、各キャラクターの末路が語られるが、彼女は『最後まで、主人公を認めなかった』と明記されている。
唯一、オフィーリア・ルートでのみ、主人公の実力を認めて多少デレる(それでも、恋愛関係に至ることはない。百合ゲーなのに!!(号泣))。
ある意味、
サブキャラの癖に、第一回人気投票では、ヒロインたちと並んで上位にランクインし、エスコ・ファンの中では話題になったりした。
さて、そんな、噛ませお嬢ことオフィーリアであるが。
「あら、最近の猿は、口も
「…………」
類に漏れず、俺も、オフィーリアはキャラクターとして気に入っている。
一時期、エスコ学会(やり込みすぎて、開発陣に『俺たち、そんなゲーム知らない』とまで言わしめた
本来であれば、この後、ヒイロとオフィーリアは
邪魔者と噛ませの頂上決戦である。
ヒイロの主張は『死ね、縦ロール』であり、オフィーリアの主張は『死ね、男』である。不毛な口合戦が行われ、とある事情で遅刻してきた主人公こと月檻桜は、心のなかで『教室に入れない……』と
そこで、丁度、担任教師が入ってきて、ショートホームルームが始まる……という流れだったな。
ちなみに、壊れた扉への言及は特にない。
「ちょっと!? わたくしを無視する気!? なにか言ったら、どうかしら!?」
「…………」
噛ませ役は、主人公のために存在するのだ。
ココで、俺が余計なことをすれば、主人公様に迷惑がかかるかもしれないからな……未来の百合のためにも、ココは、沈黙を選んでおこう。
ヒイロが嫌いだから、詳しいセリフまで憶えてないし、下手なセリフ選びは妙な事態を招きかけない。
と、俺は判断したのだが。
オフィーリアは、下等な男に舐められていると感じたのか、ぐいっと、俺のネクタイを掴んで綺麗な顔を近づけてくる。
「さっきの男みたいに、泣き喚きながら逃げ出したくなかったら……わたくしの気を害したことを謝罪なさい……さぁ、おはやくっ!!」
「…………」
主人公ーっ!! 早く、来てくれーっ!!
なんて、思いながら、棒立ちしていると――静かに、オフィーリアの手が掴まれる。
端正な横顔。
栗色の髪と透明感の漂う顔立ち、圧倒的な王者としての雰囲気を醸し出し、一種のオーラを
いや、
おいおい、コイツ……やばすぎるだろ……。
信じ難い程の魔力量、渦を巻くようにして、蒼白い火花が上がっていた。
真っ黒な瞳を教室内に向けて、背の高い彼女は、ニコリともせずにささやいた。
「彼、困ってるよ」
本ゲームの主人公であり、抜群の成長具合、ありとあらゆる
初期ステも、ヒロインたちと比べれば、圧倒的に高い。
さすがは、ヌルゲーの主人公と言うべきか……彼女の魔力量は、ただ立っているだけでも、漏れ出るほどだった。
「そこ、退いたら」
クールキャラの彼女は、無表情のままで言った。
どうやら、俺が無言を貫くと言う選択を選んだ結果、主人公様は哀れな男を助けると言う方向性にシフトしたらしい……さすが、主人公!! 優しい!! よっ!! 女の唇、奪うの世界一!!(褒め言葉)
とりあえず、俺は、どうしたら良いだろうか。
今後、死亡フラグを避けるためにも、ある程度、主人公とも絡む必要がある。
ココは、怯えたフリをして、
「や、やめてください……こ、こわいよぉ(棒)」
「ほら、怖がってる」
「どう視ても、煽ってるでしょうが!? 貴女、なんなの!? 急に横から入ってきて!?」
「
彼女は、ささやく。
「
わたくしは、オフィーリア・フォン・マージラ――」
「どうでも良いから、退いて」
ぶちっと、堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。
「決闘ですわっ!!」
彼女は、床に白い手袋を叩きつける。
「わたくしは、貴女に、決闘を申し込みますわ!! 尋常に立ち会いなさい!!」
「二回も言わなくても聞こえてるけど」
彼女は、後ろに下がって、
「良いよ、いつでも」
「ば、バカにしてぇ……!!」
ざわめく教室、ふたりは、互いに反対方向へと距離をとって。
俺は、オフィーリアの横で、
「…………」
「…………」
「なんでっ!?」
「え? ぁあ!?」
しまった!! つい!! 噛ませお嬢の味方を!! いや、だって、戦力に差がありすぎるし!! 気に入ってるから!!
「どいつもこいつも、わたくしをバカにしてぇ……!!」
「いや、別に、バカにしてな――」
おっ……もっ……!!
驚愕。
眼を見開いた主人公が、驚嘆の表情でこちらを視ていた。
「いきますわよ、
正々堂々、勝負なさ――ぇええっ!?」
鍔迫り合う俺たちを視て、噛ませお嬢は驚きの声を上げる。
上。
壁を蹴り上げて、天井から切り落としてきた桜を打ち上げる。トンボ返りしながら、天井に着地した彼女は、壁へと飛んでから高速移動、ありとあらゆる方向からこちらを斬りつけてくる。
「いやいやいや、お嬢お嬢!! 噛ませはこっちこっち!? さっきのは、つい、反応しちゃっただけだから!! 味方味方!!」
それらを全て弾き返して――桜は、呆然と、こちらを見つめる。
「……なんなの、あなた」
「オフィーリア・フォン・マージライン!!」
いや、お前じゃねーよ。
ドヤ顔で、胸を張ったお嬢は、首飾りを構えて不敵に微笑む。
「そして、この男は、わたくしの専属奴隷ですわ!!」
しかも、勝手に、専属奴隷にされた。この数秒で、手柄の総取りを考えるそのスタイル、実に小物臭くてオフィーリア。
「来なさい、奴隷」
俺は、笑顔の彼女に手招きされる。
「今回のところは、こんなところにしておいてあげましょう! 哀れな庶民に情けをかけるのも貴族の役目ですわ! オーホッホッホ!!」
興味深そうに、こちらを見つめる主人公に見守られながら。
俺は、コレ幸いとばかりに教室へと逃げ込んだ。