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オフィーリア・フォン・マージライン!!

 エスコ世界の噛ませ役、オフィーリア・フォン・マージライン。


 通称、『噛ませお嬢』。


 噛ませお嬢とは、噛ませ役のお嬢様の略称。


 噛ませ役とは、主人公の地位向上に使われる哀れな役柄である。


 例えば、『おい、このザコがよぉ~!』なんて主人公に絡んで、パンチ一発でのされる不良とか。長々とした口上で、己の強さを語った後に、瞬殺されるいけ好かないイケメンとか。某小説家になれたら良いね的なサイトで、大人気の悪役令嬢とか。


 主人公をアゲアゲにするために、生け贄に捧げられる敬虔けいけん供物くもつのことである。


 通称、主人公のバフ係。


 『噛ませお嬢』の愛称で、ファンから親しまれている彼女は、主人公が辛い目にっている時に颯爽と現れるヒーローである。


 秒で現れ、秒で敗けて、秒で『おぼえておきなさいー!!』と去っていく。


 ヌルゲーのエスコ世界の中でも、ダントツの弱さを誇っているので、戦ってボコる度にほっこりとしていた。


 シリアスな雰囲気も、彼女がいれば、あっという間にコメディシーンに変わるので、生粋きっすいのコメディアンとして人気をはくしている。


 彼女の噛ませ力は、他に類を視ない。


 わかりやすいまでのお嬢様、饒舌じょうぜつなお嬢様言葉、この世界で唯一『オーホッホッホ!!』と笑い、敗けそうになると『な、なぜ、わたくしの魔法が通じないの……!』とか『くっ……このわたくしよりも強い女性がいるとは……!』とか、こちらの強さを引き立てるセリフを吐いてくれる。


 彼女がマージライン家の家宝として身に着けている首飾り……魔導触媒器(マジックデバイス)耽溺たんできのオフィーリア』は、驚きの式枠スロ1で、まともな属性魔法すら唱えられない産廃である。


 そんなゴミを身につけて、チート主人公に挑む姿は、主人公よりも主人公っぽい。


 明らかな実力差があるにも関わらず、終盤まで主人公にすがり付き、しつこく悪態と罵倒を繰り返し、ボコられる彼女の姿は涙を誘った。


 しかも、場合ルートによっては、絶対悪たる魔人戦にも参戦し『ふん、貴女と肩を並べることになるなんて……最悪ですわ』とか、熱いセリフを吐きながら、颯爽と助けに来て秒で沈む姿はプレイヤーの涙と爆笑を誘った。


 彼女は、最後の最後まで、主人公と和解することはない。


 ノーマルエンドのエンディングでは、各キャラクターの末路が語られるが、彼女は『最後まで、主人公を認めなかった』と明記されている。


 唯一、オフィーリア・ルートでのみ、主人公の実力を認めて多少デレる(それでも、恋愛関係に至ることはない。百合ゲーなのに!!(号泣))。


 ある意味、いさぎいいその姿勢に、プレイヤーたちの共感が集まったのか。


 サブキャラの癖に、第一回人気投票では、ヒロインたちと並んで上位にランクインし、エスコ・ファンの中では話題になったりした。


 さて、そんな、噛ませお嬢ことオフィーリアであるが。


 現在いま、俺の眼の前で、見事な金髪縦ロールを披露している。


「あら、最近の猿は、口もけないのかしら?」

「…………」


 類に漏れず、俺も、オフィーリアはキャラクターとして気に入っている。


 一時期、エスコ学会(やり込みすぎて、開発陣に『俺たち、そんなゲーム知らない』とまで言わしめた研究者ゲーマーたちの集い)では『金髪縦ロール・育成計画』まで立ち上げられ、最終的には主人公を瞬殺する最強チートに仕立て上げられたりしていたので、一方的に偏執的な愛情を向けられていたりする。


 本来であれば、この後、ヒイロとオフィーリアは舌戦ぜっせんを繰り広げる。


 邪魔者と噛ませの頂上決戦である。


 ヒイロの主張は『死ね、縦ロール』であり、オフィーリアの主張は『死ね、男』である。不毛な口合戦が行われ、とある事情で遅刻してきた主人公こと月檻桜は、心のなかで『教室に入れない……』と述懐じゅっかいする。


 そこで、丁度、担任教師が入ってきて、ショートホームルームが始まる……という流れだったな。


 ちなみに、壊れた扉への言及は特にない。


「ちょっと!? わたくしを無視する気!? なにか言ったら、どうかしら!?」

「…………」


 噛ませ役は、主人公のために存在するのだ。


 ココで、俺が余計なことをすれば、主人公様に迷惑がかかるかもしれないからな……未来の百合のためにも、ココは、沈黙を選んでおこう。


 ヒイロが嫌いだから、詳しいセリフまで憶えてないし、下手なセリフ選びは妙な事態を招きかけない。


 と、俺は判断したのだが。


 オフィーリアは、下等な男に舐められていると感じたのか、ぐいっと、俺のネクタイを掴んで綺麗な顔を近づけてくる。


「さっきの男みたいに、泣き喚きながら逃げ出したくなかったら……わたくしの気を害したことを謝罪なさい……さぁ、おはやくっ!!」

「…………」


 主人公ーっ!! 早く、来てくれーっ!!


 なんて、思いながら、棒立ちしていると――静かに、オフィーリアの手が掴まれる。


 端正な横顔。


 栗色の髪と透明感の漂う顔立ち、圧倒的な王者としての雰囲気を醸し出し、一種のオーラをまとった少女がそこに居た。


 いや、った。そこに、魔力の塊が。


 おいおい、コイツ……やばすぎるだろ……。


 信じ難い程の魔力量、渦を巻くようにして、蒼白い火花が上がっていた。


 真っ黒な瞳を教室内に向けて、背の高い彼女は、ニコリともせずにささやいた。


「彼、困ってるよ」


 月檻つきをりさくら


 本ゲームの主人公であり、抜群の成長具合、ありとあらゆる魔導触媒器チートを扱うバケモノ。


 初期ステも、ヒロインたちと比べれば、圧倒的に高い。


 さすがは、ヌルゲーの主人公と言うべきか……彼女の魔力量は、ただ立っているだけでも、漏れ出るほどだった。


「そこ、退いたら」


 クールキャラの彼女は、無表情のままで言った。


 どうやら、俺が無言を貫くと言う選択を選んだ結果、主人公様は哀れな男を助けると言う方向性にシフトしたらしい……さすが、主人公!! 優しい!! よっ!! 女の唇、奪うの世界一!!(褒め言葉)


 とりあえず、俺は、どうしたら良いだろうか。


 今後、死亡フラグを避けるためにも、ある程度、主人公とも絡む必要がある。


 ココは、怯えたフリをして、庇護欲ひごよくを誘っておくか。


「や、やめてください……こ、こわいよぉ(棒)」

「ほら、怖がってる」

「どう視ても、煽ってるでしょうが!? 貴女、なんなの!? 急に横から入ってきて!?」

月檻つきをりさくら


 彼女は、ささやく。


月檻つきをりさくら……ふん、庶民ですわね。聞いたこともない。

 わたくしは、オフィーリア・フォン・マージラ――」

「どうでも良いから、退いて」


 ぶちっと、堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。


「決闘ですわっ!!」


 彼女は、床に白い手袋を叩きつける。


「わたくしは、貴女に、決闘を申し込みますわ!! 尋常に立ち会いなさい!!」

「二回も言わなくても聞こえてるけど」


 彼女は、後ろに下がって、腰の長剣(マジックデバイス)を抜いた。


「良いよ、いつでも」

「ば、バカにしてぇ……!!」


 ざわめく教室、ふたりは、互いに反対方向へと距離をとって。


 俺は、オフィーリアの横で、魔導触媒器マジックデバイスを構える。


「…………」

「…………」

「なんでっ!?」

「え? ぁあ!?」


 しまった!! つい!! 噛ませお嬢の味方を!! いや、だって、戦力に差がありすぎるし!! 気に入ってるから!!


「どいつもこいつも、わたくしをバカにしてぇ……!!」

「いや、別に、バカにしてな――」


 反応アクション


 引き金(トリガー)発動アクティベート光剣ルークス――俺は、噛ませお嬢を狙った一撃を受け止める。


 おっ……もっ……!!


 驚愕。


 眼を見開いた主人公が、驚嘆の表情でこちらを視ていた。


「いきますわよ、月檻つきをりさくら

 正々堂々、勝負なさ――ぇええっ!?」


 鍔迫り合う俺たちを視て、噛ませお嬢は驚きの声を上げる。


 上。


 壁を蹴り上げて、天井から切り落としてきた桜を打ち上げる。トンボ返りしながら、天井に着地した彼女は、壁へと飛んでから高速移動、ありとあらゆる方向からこちらを斬りつけてくる。


「いやいやいや、お嬢お嬢!! 噛ませはこっちこっち!? さっきのは、つい、反応しちゃっただけだから!! 味方味方!!」


 それらを全て弾き返して――桜は、呆然と、こちらを見つめる。


「……なんなの、あなた」

「オフィーリア・フォン・マージライン!!」


 いや、お前じゃねーよ。


 ドヤ顔で、胸を張ったお嬢は、首飾りを構えて不敵に微笑む。


「そして、この男は、わたくしの専属奴隷ですわ!!」


 しかも、勝手に、専属奴隷にされた。この数秒で、手柄の総取りを考えるそのスタイル、実に小物臭くてオフィーリア。


「来なさい、奴隷」


 俺は、笑顔の彼女に手招きされる。


「今回のところは、こんなところにしておいてあげましょう! 哀れな庶民に情けをかけるのも貴族の役目ですわ! オーホッホッホ!!」


 興味深そうに、こちらを見つめる主人公に見守られながら。


 俺は、コレ幸いとばかりに教室へと逃げ込んだ。

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