スパイシー・モクテル
アンリ様主催『私の神シチュ&萌え恋企画』参加作品です。
【萌え恋】傷ついたハイスぺ男に片思いしつつ受け止める女
【神シチュ】事後のアダルトな空気
そして……
【急募】男性視点書いてくださる方もしくは男性視点が書けるスキル
私のド性癖です(笑)
ゴリゴリに大人の香りなのでご注意を!!!
あとがきにちょいと人物説明とタイトルの意味を汗
ラブホテルのスイートは、変にぎらぎらしていて落ち着かない。ただ、あの男もケバケバしたものが嫌いでシックなものを好むから今回のホテルも他のラブホテルよりは落ち着いた部屋なんだと思う。
タオル地のバスローブを着ると、体についた水滴が勝手に吸い取られていく。バスタオルでターバンを作って部屋に戻ると、ボクサーパンツのみ身に着けた男がベッドヘッドを背もたれにして電話をしていた。
――仕事用の言葉づかいで。
「あー……なるほどね。うん、ホントは五時までだからね? あははは……まぁ今度は忘れないように。じゃあメールで送ってくれたら確認するから。はーい、お疲れ様」
彼がスマートフォンをソファに投げて大きくため息をついた。
「仕事?」と私が聞くと「ん」と返事が来た。そして彼は、ビジネスバッグから携帯型の最新ゲーム機を取り出して再びベッドに飛び込んだ。私の右隣に放られたスマホの時計は、二十一時二十分。そっか、事が終わってから四十分くらい経ってるのか。
「なんかさぁ、デリカシーないよね。淳って」
「なんでだよ。お前も最中に電話出たくせに」
「今日は出てないじゃん。それにあれは仕事の電話だから」
「俺だって同じだよ」
淳の視線はもうゲーム画面だ。シーツの上では恋人みたいに私に触れるくせに、終わればこうだ。割り切った関係なのに、ベッドの上との温度差が激しいから自分本位なのかどうかわからない男だと思う。
事後独特の倦怠感が治まるとお腹が空いてきた。頭のターバンを取って適当に髪をおろしながらリモコンを操作する。
「ねえ、なんか頼んでいい?」
「お前が出すなら」
それもそうか、と私は心の中で笑った。ルーム料金は彼が全額出すのだから。対価にしては小さいが、メニューからオレンジジュースとジンジャーエールと、フライドポテトを注文した。
意味もなくインスタグラムを見ている途中で、無造作に脱ぎ捨てられた新品のスーツが目に入った。私も仕事が仕事だからわかる。質のいいもので、きっと二十万は下らない。大手商社の総合職で、役職も持っていればそれなりの稼ぎもあるのだろうが。
――いや、違う。そうじゃなくて。
私は以前にもこのスーツを着た淳を見た。仲のいい社員同士で食事に行った帰り、児童養護施設の前で。淳は自分よりも年上の男性に頭を下げていた。たぶん施設の職員だと思う。会話は聞き取れなかったが、職員の男性は穏やかな顔をしていた。
割り切った関係だから当然ではあるが、淳の恋愛話を聞かない。私と同じような女性は何人かいるらしいが。
「淳」
「あん?」
「淳って、結婚してたの?」
地雷だってわかって聞いた。数いる女の一人に詮索なんてされたくないだろうと察していて聞いたのは、少しでも彼を刺激したい欲求がちらついたから。
「……どうして?」
質問に質問を返した淳の声には少し棘がある。淳のゲーム機からは間の抜けたサウンドが聞こえて、すぐに盛大な舌打ちも聞こえた。あ、もしかして私、こいつの集中切らした?
ゲームオーバーで気分を害したらしい淳は、コトミ、と一音一音はっきり発音する。いつも怒っているように聞こえる。気の強い肉食系の声。
「お前のせいだぞ」
ベッドから降りた男の無骨な手が、がっしりと私の頭を鷲掴む。それほど力は入っていないし一瞬で解放されたため、痛みはほぼ感じなかった。
淳はそのままシャワーを浴びに行った。部屋に一人残された私は、注文していたポテトを摘まみながらインスタグラムを覗く。職場のアルバイトちゃんは彼氏とデートだったようだ。幸せそうな写真と透き通ったスープのラーメンが投稿されている。片や私は何をやっているんだとも思うけど、彼に抱かれるときは多幸感がカンストするから周りが思うほど惨めではなかった。
ゲームの音が聞こえなくなった代わりに、シャワーが水を噴き出す音が響く。半分ほど残したオレンジジュースのグラスにジンジャーエールを注いだ。モクテルを作るのは好きだ。組み合わせによって味がどんどん複雑になっていくから。高校生の頃はファミレスのドリンクバーで友達に作って飲ませては、何が入っているのか当てさせていた。
「うん、おいし」
オレンジの香りと、心地よく喉を指す強炭酸とシャープな味は、どうやら仲良くしてくれたらしい。
淳は濡れた髪のままシャワーから上がってきた。同じシャンプーを使っているのに、雄の香りがする。シャワーを浴びる前と同じ、下着以外は何も身に着けていない体は引き締まっていて、女が欲情する体だ。
「淳、さっきの――」
「お前が知ることじゃねえ」
少し前の質問を繰り返そうとすると、案の定はぐらかされた。
「じゃあ渋谷の施設で職員の人と話してたのはどうして?」
半分残っていたジンジャーエールを飲み干す彼の喉が大きく動いた。もう少しつついてやろうか。
「ゲーム機二台渡してたけど、子どもゲーム好きなの?」
「知らねえよ手放したガキのことなんか」
強い苛立ちから彼は珍しく口を滑らせた。お互いの視線がぶつかる。
「別に誰かに言うわけじゃないからご安心を」
ジンジャーオレンジをストローで啜りながら私は言った。
「でもさ、淳の機嫌損ねたとしても聞いた価値はあったな」
「なんでだよ」
「だって他の女の子は知らないことを聞けたし、淳がこれをきっかけに私を切ることはないでしょ?」
私とあんたはなんだかんだ相性いいし
私が喜んでいることを感じ取ったのか、彼は舌打ちをした。
「ベイプ! 俺のベイプは?」
苛立ちを隠さずに声を上げる彼は癇癪を起こした子どものようだった。昼は仕事が出来て人望が厚い男だろうに。そんな男が夜になるとこんなに感情を剥き出しにするんだと考えたら笑えてくる。
「スーツのポケットじゃないの?」
「え? ああ、ホントだ」
淳はスーツの内ポケットから電子タバコを取り出して慣れた手つきで吸い始めた。
淳は本数は少ないものの喫煙者だった。電子タバコを吸っているのは初めて見た。カートリッジの色はグリーンだから多分ミントだ。ベッドで電子タバコを指で挟みつつゲーム機を操作する淳の器用さに感心しながら質問する。
「いつの間に煙草やめたの?」
「お前が嫌だっつったんだろ?」
「私そんなこと言ってないけど」
「あれ? ああ、お前じゃねえイズミだ」
割り切った関係だからこそ彼は私を傷つけることを平気で言う。こんな不躾な言葉は、きっと自分の後輩や部下には言わない。
でも、名前も聞かずに数時間の関係で終わる女性もいるなかで、一年半続いて、名前を何度も呼んでもらえて優しく抱いてもらえる私は、淳が関係を持っている女性たちのなかでは恵まれているんだと最近思い始めた。夢心地なアバンチュールのあとで冷淡な男に幻滅した女性たちに、憐憫と優越感を抱きながらつまむケチャップまみれのしなしなポテトは、やっぱり甘しょっぱい。
琴美、とハスキーなテノールが私を呼んだ。
「明日仕事か? 土曜日だろ?」
「今日、公休で明日は……有休取ったけどなんで?」
「なんだよ。お前が明日仕事だったら即帰ろうと思ったのに。まだ十時前だし、どうせ休みでもやることねえから浴びるほど飲んで、いい女がいれば遊ぶつもりでいた」
無毒な煙を吐いて自分本位なことを言う男の言葉を適当な相槌で流した。出会ったときから、勝ち組の人生をぞんざいに振りかざす彼がどうしても可哀そうに見える。今の彼を慰めているのはミントフレーバーの電子タバコで、人ではない。
きっと、悪い人生ではないはずだ。男前に生まれて、いい大学出て大手企業でキャリアを積んで、無造作に放られたスーツだって時計だって私の給料全額出しても買えないし、たまにモデルみたいに綺麗な女性をエスコートするところも見るし。悪い人生ではないと思う。それなのに、それに感謝しているように見えないのは、それを大切だと思っているように見えないのは、どうしてなの?
なぁ。息を多く含んだ声が短く私を呼ぶ。最後に残しておいた一番長いポテトを小さく咥えながらベッドに乗り上げた。強い力で引っ張られるバスローブの結び目に、びくっと肩が跳ねる。
「珍しい、マジで?」
茶化す私に淳は何も言わなかった。慌ててフライドポテトを食べきって指先についた塩を舐める。白いタオル地を剥がす健康的な小麦色の腕を眺めながら、今回もキスマークはつけられないと想像する。
もう正直に言おう。淳を歪めたものごと、淳が好きだ。
ぼやける視界で時計を見ると、二十三時前だった。まだ遅いとはいえない時間なのに、睡魔に誘われてとろとろする。
「なあ」
「ん~?」
あの上質なスーツに着替えた淳が、半分眠っている私に話しかけてきた。
「なんでいつも……優しい目してんの?」
初めて会ったときからずっと不思議なんだけど
戸惑いが混ざった声に、私はまともに答えられる気がしない。でも、まあいいかと思った。寝言だと思って言葉に出してしまえばいいと。
「……だって、うれしいから」
「嬉しい?」
「うん……」
「変なやつ」
それからは興味をなくしたように「時間には出ろよ」とぶっきらぼうに言って部屋を出た。
淳がそんな質問をしたのも初めてだった。気まぐれなのかずっと引っかかっていた点を解消したかっただけなのかは、あの一瞬で判断できなかった。寝ぼけ目でスマートフォンを手に取ってLINEを起動する。淳とのトーク画面は日時を空けながら小さい緑と白の吹き出しを交互に飛ばしていた。
一番新しいトーク履歴。淳からの「今日空いてんの?」というメッセージに、私は哀れみを感じながら「いいよ」と返したと思う。不夜城の中を、淳より数歩下がって歩くことに慣れた頃から、残酷で最低な想いをずっと抱えている。
淳、ずっと歪な心でいて。
体力が消耗されたのと、シーツが温かくて、私は本格的に目を閉じた。私はきっと、幸せに舞い上がって酔うことはない。理性は絶対残すから。
淳、あんたとの夜はリキュールもジュースもないカクテルの舌触りがしたね。
琴美(25)…アパレルのショップ店員。社員(サブ店長)。
金髪が似合うスレンダー美女。
社交的だけど5年間恋愛ニートしている。
お酒嫌いでジュース大好き。
淳(32)……大手商社の営業で課長をしている。
フェロモンでまくりのガチ恋製造機。
昔付き合っていた女性との間に
中学生の息子がいるが、
色々あって一緒に暮らしていない。
スパイシー・モクテル:「モクテル」がノンアルコールカクテルの別称。本当にお酒を飲んでいる人と一緒に酔うふりをして楽しむためのもの……的な比喩っぽいタイトルです汗
お付き合いいただき、ありがとうございます!
ギリギリ攻めたので色んな意味でヒヤヒヤ……(苦笑)