94.二級クラスの教師サーフ
2022/01/04 致命的ミスを修正しました。
サトリの研究室に入るなり気づいた。
「――あれ? サーフ先生?」
この部屋の主であるサトリ。
それと、もう一人。記憶にある魔力を感じた。
「やあ、クノン。久しぶりだな」
そう、そこにいたのは、魔術学校の入学試験を担当した風属性の教師だ。
サーフ・クリケット。
入学から半年近くが過ぎているが、その間ほとんど会うことがなかった。
一度だけ、クノンが訪ねて飛行の実技を見てもらったくらいだ。
それ以外で偶然会うことはなかった。
多少魔術学校の中を知った今こそ、クノンはわかることがある。
この学校の教師はとても優秀な人ばかりだ、と。
サトリ然り、サーフ然りだ。
「お久しぶりです。セイフィ先生は元気ですか?」
そして、サーフと言えば思い出すのが、セイフィだ。
彼とともに入学試験を行った準教師セイフィも、しばらく会っていない。
懐かしい――が、まあ、セイフィとは会えなくてもいいのかな、という気もしないでもない。
彼女はゼオンリーに含むことがあるようで、あまりクノンにはいい印象はなさそうだったから。
もちろんクノンは女性なら会いたいタイプだが。
「ああ、元気だよ。昨日一緒に呑みに行ったよ」
「へえ、いいですね。あ、もしかしてサーフ先生とセイフィ先生ってお付き合いを……って、僕もしかして邪魔ですか?」
世間話に熱が入りそうになったところで、クノンは言葉を止めた。
一応入室の許可は取ったのだが。
サトリとサーフは教師同士である。
属性は違えど、高次元の魔術師ともなれば、話が通じる部分は多いだろう。
もしかしたら教師同士として。
あるいは、熟練の魔術師同士として、議論や相談などをしていたのではないか。
クノンはそう気を遣った。
どんな話でも聞いていたいが、もし邪魔になるなら外す必要がある。
もしサーフが女性なら挨拶代わりにグイッと行ったかもしれない。
――「こんなところで会うなんて、これは運命の出会いなのでは? この出会いを祝して僕の個人授業を優しくするというのはどうです?」とでも言ったかもしれない。
だが、サーフは男性教師なので、クノンは行かなかった。
ちなみにジェニエは、今日もテスト作成のため不在である。
「いや、君に用が
「できた?」
少々引っかかる言葉だ。
「もしかしてこの運命の出会いを祝して、僕に個人授業を優しくするつもりになったとか?」
「……望むならしてもいいが。でも特級クラスには優しくは教えないぞ」
期待はしていなかったが。
しかし予想に反して、サーフの返答は望外だった。
「やった! よろしくお願いします!」
思いのほか忙しそうな魔術学校の教師が、わざわざクノンのために時間を割いてくれる。
嬉しくないわけがない。
属性は違うが、きっと得るものは多いはずだ。
「まあでも待てよ。その前に私の頼みを聞いてくれないか? 個人授業は私の頼みを聞いてくれたら、その報酬ということにしよう」
頼み。
女性の頼みなら二つ返事だが、クノンは迷った。
「単位取得があるので長い拘束は困るんですが……」
新しい魔術は覚えた。
今日で三級クラスの授業に混ざるのは一旦終わりにした。
そして、これから覚えた魔術を駆使して、研究や実験をするつもりだったのだ。
サトリとの対話や書類整理を経て、気になる説もたくさん出てきた。
しばらくは没頭しようかと思っていたのだが。
「長くは掛からないと思う。ただ、ちょっと厄介な問題があってね。腕のいい新入生の手伝いが欲しいんだ」
「そうなんですか」
「――クノン、とりあえず座りな」
黙って聞いていたサトリに命じられ、クノンは二人が着いているテーブルに向かう。
きっとサトリは、サーフの相談事を知っている。
もしかしたら、今そういう話をしていたのかもしれない。
その上で、話を進めようとしている。
サトリに止めるつもりがないなら受けるしかないな、と思いながら、クノンは椅子に座った。
そして翌日。
「彼はクノンだ。二、三日この教室で授業を受けるから、仲良くしてやってくれ」
クノンは二級クラスにいた。
サーフが臨時で担当する、水属性の一年生の教室である。
「クノンです。よろしくね」
にこやかに挨拶をするクノンだが、クラス十二名から返ってくる視線は少々厳しい。
こいつは何者だ、と。
見えなくともわかるほどに、疑念や猜疑心が肌を刺す。
三級クラスとはまるで違う。
校舎も違えば、雰囲気もまるで違う。
魔術に懸ける意気込みも、きっと違うのだろう。
――これはこれで楽しみだな、とクノンは思った。
「じゃあクノン、後ろの空いた席に座ってくれ」
サーフの指示を受け、クノンは注目を集めながら後ろの空いた席に座る。
そして流れるように隣のゴージャスな巻き毛の女子に声を掛けた。
「よろしくね。魔術は好き? 僕は昨日花を渡した女子に怒られたよ。未だになんで怒られたかよくわからないんだよね」
「……」
なんだこいつ、という視線を向けられた。
さて。
「――連絡事項は以上だ。
今日は二学期終業のテストに向けて、第六実験室で実戦訓練をする。速やかに移動してくれ」
サーフは軽くこれからの日程に触れ、移動を促した。
連絡事項は、特級クラスには関係ない話だった。
特級クラスには授業も休暇も存在しないし、逆に自由に取ることもできる。
学校側の都合でスケジュールを左右されることはない。
だが、三級クラスの授業は楽しかった。
だからたまには混じっても悪くない気はする。
しかしまあ、今はやはり単位が欲しいところだが。
そして。
「――君は何者だ」
サーフが教室を出ていくと、十二人の視線がクノンに集まった。
その中の一人が、座るクノンの正面に立つ。
「君がアゼル? この教室のリーダーってことでいいのかな?」
ざわ、と。
声はないが、クラス中にざわめくような動揺が走った。
「……私の質問が聞こえなかったか?」
威圧される。
しかし、特に感じ入ることはない。
あの我儘で横暴で圧倒的な濃い魔力を持つゼオンリーを師とし、付き合って来たクノンだ。
時に威圧されたり脅されたりという、理不尽も経験してきた。
それだけに、同年代の男子に威圧されたところで、怖くもなんともない。
「二級クラスってさ、身分差がどうこうなんてつまんないこと言ってるってほんと?」
たとえ彼がどこぞの王族でも。
怖くもなんともない。
「――ここ、魔術学校だよ? 魔術以外で優劣なんてつくの? というか魔術師としてつけていいの?」
魔術を学ぶにはお金が掛かる。
少なくとも、魔術学校に入学する前は。
クノンもそうだった。
貴族の子であっても、分不相応に大金をはたいた。
実家がグリオン侯爵家だったからこそ、たくさん学ぶことができたのだ。
家庭教師を雇うのも、魔術に関する本や資料を集めるのも、お金がかかった。
この魔術学校は、十二歳から入学を認められている。
その入学の時点で特級や二級に入れるということは、クノンと同じように学んできた者たちばかりだ、ということだ。
つまり、二級クラスは裕福な家の子が多い。
それは必然的に、世界中から王侯貴族の子、あるいは富豪の子が多く集まっている、ということになる。
貴族が集まるということは、派閥ができるということだ。
学び舎にあってはならない権威や権力が、幅を利かせるということだ。
魔術学校にお国事情や身分などは持ち込まない、というのが暗黙のルールになっているはずなのだが。
「僕は女性の質問にはできるだけ答えるけど、男性相手には答えたくないことは答えないよ。紳士だからね」
それは果たして紳士なのだろうか。
そんな疑問もなくはないが。
目の前の少年――アゼル・オ・ヴィグ・アーセルヴィガは、いろんな意味でクノンの態度が気に入らなかったようだ。
「君はこの私より魔術が得意だと?」
「うーん。どうだろうね。いい勝負しそうだとは思うけど」
感じる魔力で判断するなら、アゼルは二級クラスの中でも頭一つ抜きんでている気はする。
サーフが言っていた通り、このクラスのリーダー格は彼で間違いないだろう。
本当に、印象だけなら、いい勝負しそうだとは思う。
「……私の名を知っていてその態度なら、いい度胸だ。実験室に来い」
そう言って踵を返すアゼルに、クノンは言った。
「あ、ごめん。僕は基本的に男性の誘いは即答しない主義なんだ。紳士としてね」
「……」
アゼルは肩越しにクノンを睨むと、何も言わずに行ってしまった。
そして、アゼルが取り巻き二人を連れて教室を出ていくと、囁くような声が耳に入る。
――果たしてクノンは何者か、という類のものだ。
直接問われないので、クノンは気にしないことにした。
「あ、第六実験室ってどこ?」
「は?」
「僕、君にエスコートしてほしいな」
「……」
隣のゴージャスな巻き毛の女子は、嫌そうな顔をしたが、断らなかった。
サーフ・クリケットからの注文は、至極簡単で単純明快だった。
――曰く、「身分差ゲームに夢中なガキどもに、目が覚めるような魔術を見せてやってくれ」と。
正直クノンには何をしたらいいのかよくわからないのだが。
そのままの君でいいと言われて、今ここにいる。